かまくらdeたんか   鹿取 未放

「かりん」鎌倉支部による渡辺松男の歌・馬場あき子の外国詠などの鑑賞

 

馬場あき子の外国詠71(スペイン)

2017年02月28日 | 短歌一首鑑賞

  馬場あき子の外国詠8(2008年5月)
      【西班牙 Ⅰモスクワ空港へ】『青い夜のことば』(1999年刊)P51
       参加者:N・I、M・S、H・S、T・S、藤本満須子、T・H、
           渡部慧子、鹿取未放
       レポーター:H・S
       まとめ:鹿取未放

◆ものを書くことや鑑賞に不慣れな会員がレポーターをつとめています。不備が多々ありますが
 ご容赦ください。

71 歌は癒しおもしろうしていつしかに見えずなりたる心の癒し

         (レポート)
 歌には人の心を癒す力があるのかもしれない。だが興に乗りすぎると表層的になりがちな面も持つ。また繰り返し耳にすると色あせた響きとなって聞こえてくることも多々ある。癒す力も弱まる。作者の思いはそこにあるのであろうか。今、何かと安易に使われているように思える癒しという言葉。人の心を癒す。何と難しいことか。慣れから来る恐さの一面を表現しているのであろうか。目には見えないものに深く心を傾ける大切さに気づかされる。(H・S)


     (当日発言)
★レポーターの「繰り返し耳にすると色あせた響きとなって聞こえてくる」って、もしかして「歌」
 を歌謡曲など唱う歌として解釈されたかしら?当然「短歌」がテーマでしょう。(鹿取)


     (まとめ)
 「歌は癒しだ」などと巷では軽々しく言われたりしているが、ほんとうにそうかなあ、癒しなんかじゃないんじゃないの、という意味か。70番歌(肥えて思ふエステ日本やさしけれ精神はかすか無に近づくを)とセットになった歌だろう。「おもしろうしていつしかに見えずなりたる」だからある時期までは癒しであったというのか。私自身は「癒し」という言葉自体に何か不信感をもっているので、どうもこの歌の真意がよく見えてこない。今後の課題としたい。(鹿取)


      (後日意見)(2015年10月)
 癒しを肯定的に捉えている。想起されるのは芭蕉の「おもしろうて やがてかなしき 鵜舟哉」という句である。にぎやかに、かがり火を焚いて行われる鵜飼は興が尽きないものであるが、やがて闇の彼方にかがり火とともに舟が消え去ると、いいしれぬもの悲しさ、空虚さにとらわれのである。時間の経過に沿って移ろいゆき、失われるものの、かなしさという点では似かようものがある。
 東日本大震災の際、歌を詠むことによって、悲痛な体験した人は癒された、という話がある、
素朴で臨場感あふれる歌は、読者の気持ちを惹きつけ、感動を呼ぶのである。歌作は癒し、と一口に括ることはできないが、少なくとも短歌という定型様式は癒しの要素が多い表現媒体である。
見えなくなったのは、このような「心の癒し」ではないだろうか、歌を作ることは興の尽きないことであるが、表現者として作品を昇華させてゆく過程で、「心の癒し」はゆるやかに、失われていくのである。癒しが見えなくなってしまうのは、歌人としての宿命だと、捉えておられるのではないだろうか。(S・I)
コメント
この記事をはてなブックマークに追加

馬場あき子の外国詠70(スペイン)

2017年02月26日 | 短歌一首鑑賞

 馬場あき子の外国詠8(2008年5月実施)
      【西班牙 Ⅰモスクワ空港へ】『青い夜のことば』(1999年刊)P50
       参加者:N・I、M・S、H・S、T・S、藤本満須子、T・H、
           渡部慧子、鹿取未放
       レポーター:H・S
       まとめ:鹿取未放

◆ものを書くことや鑑賞に不慣れな会員がレポーターをつとめています。不備が多々ありますが
 ご容赦ください。

70 肥えて思ふエステ日本やさしけれ精神はかすか無に近づくを

          (レポート抄)
 飽食の海がある。外見にこだわる人。そこにエステがある。いたれりつくせりの日本の今がある。その優しさが考える力を削いでゆく。他国に旅にあれば、体だけでなく精神までもが脂ぶとりとなってしまっている人々がいる日本のやさしさを深く悲しむことであろう。鋏を入れなければ精神は立ち枯れてゆく。食の取り方も精神力に負うところが大だと表現しているのであろうか。しかし下の句の「かすか」「近づくを」からかすかな希望を示唆しているように感じる。(H・S)


     (当日発言)
★レポーターは「やさし」の意味を現代語の優しいと勘違いして解釈しているように思います。古
 語の「やさし」の第一義は「身がやせ細るようだ、たえがたい、つらい」です。手元の旺文社古
 語辞典第9版には〈世の中を憂しとやさしと思へども飛び立ちかねつ鳥にしあらねば〉と山上憶
 良の貧窮問答歌の反歌が例にあがっています。だから馬場のこの歌も日本のことを「身がやせ細
 るようにつらく」思うけれど、という意味でしょう。いわば「肥えて」「エステ」「やさしけれ」
 は縁語みたいな関係で繋がっている訳です。シビアーな問題を扱っているんだけど、それをおか 
 しみのオブラートにくるんでいる。「肥えた日本を身がやせ細るようにつらく思う」っておかし
 いでしょう。(鹿取)


     (まとめ)(2015年10月改訂)
 ロシアの若い人はスリムな体型が多いが、中年以降は太った人の割合が日本よりかなり多いようだ。空港に肥えた体型の人を見て、ふとこんな感慨が湧いたのかもしれない。馬場の旅行は95年、当時ロシアの市場に物が無くパンや肉を買うために行列している映像をよく見せられたが、あるいはそういう情景を思い描いての感想だろうか。初句の「肥えて」は自分を含めた日本人のことだろう。飽食の果てに肥えた日本人が暇にあかせてエステに通ったりしているがそれは何となく恥ずかしいことだ。美容にうつつをぬかしている間に、精神の方はだんだんと無に近づき考える力を失いつつあるようだというのだろう。もちろん「肥える」も「エステ」も比喩であって、実際にエステティックに通っているかどうかが問題なのではない。精神の力を失いつつある日本を憂えているのであろう。結句の「を」は深い詠嘆である。
 この歌を読んで、東京大学大河内総長の有名な言葉「肥った豚よりも痩せたソクラテスになれ」を思い出した。(1964年卒業式の式辞として世間に流布されたが、実はこの部分は大河内のオリジナルではなくJ・S・ミルの少し間違った引用で、しかも式当日は「肥った豚よりも痩せたソクラテスになれ」の部分は読み飛ばされて実はこのフレーズを誰も聞いた人はいなかった云々という面白い記事を最近読んだ。東京大学教養学部長石井洋二郎氏の「平成26年度教養学部学位記伝達式式辞」である。なぜ「肥った豚よりも痩せたソクラテスになれ」が流布したか、ミルの原文なども引きつつ書かれていて面白い。興味のある方はぜひ読んでみて下さい。)(鹿取)


 

コメント
この記事をはてなブックマークに追加

馬場あき子の外国詠69(スペイン)

2017年02月26日 | 短歌一首鑑賞

 馬場あき子の外国詠8(2008年5月実施)
      【西班牙 Ⅰモスクワ空港へ】『青い夜のことば』(1999年刊)P50
       参加者:N・I、M・S、H・S、T・S、藤本満須子、T・H、
           渡部慧子、鹿取未放
       レポーター:H・S
      まとめ:鹿取未放

◆ものを書くことや鑑賞に不慣れな会員がレポーターをつとめています。不備が多々ありますが
 ご容赦ください。

69 イベリア航空の小さな窓からみるだけのモスクワ空港のかなとこ雲よ

          (レポート抄)
 旅客機の窓はなぜか小さい。その小さな窓からロシアの広大な大地高くに湧く雲が目に入る。かなとこという言葉から想像する雲の姿は厚く角張っている。固有名詞であるイベリア航空、モスクワ空港が「の」と相俟って言葉の持つ堅さをやわらげている。小さな窓とも遊べる楽しさが旅にはまたあると表現しているのであろうか。(H・S) 


      (まとめ)
 かなとこは、上が平らになっている金槌を受ける台だが、映像で見るとかなり特徴的な形状で、「朝顔雲」とも呼ばれているそうだ。見方によっては原子雲の上端を平らに切ったようにも見えてかなりまがまがしい。また、積乱雲の発達したものだそうで、この雲が出ると天気が悪くなる。強い雨が降ったり寒冷前線があると雷・雹、風を伴うこともあるそうだ。
作者はトランジットでこの地を後にするようだが、飛行機の窓から見えるかなとこ雲からこの国の不穏な空気を感じ取っているのだろうか。圧政や粛正にかかわる何かの暗示があるのかもしれない。(鹿取)

コメント
この記事をはてなブックマークに追加

馬場あき子の外国詠68(スペイン)

2017年02月25日 | 短歌一首鑑賞

  馬場あき子の外国詠8(2008年5月実施)
      【西班牙 Ⅰモスクワ空港へ】『青い夜のことば』(1999年刊)P50
       参加者:N・I、M・S、H・S、T・S、藤本満須子、T・H、
           渡部慧子、鹿取未放
       レポーター:H・S
       まとめ:鹿取未放

◆ものを書くことや鑑賞に不慣れな会員がレポーターをつとめています。不備が多々ありますが
 ご容赦ください。

68 歴史の時間忘れたやうな顔をしてモスクワ空港にロシアみてゐる

          (レポート抄)
 アレクサンドル二世による1861年の農奴解放令があり、日露戦争の敗北後、血の日曜日事件を契機に第一次ロシア革命へと発展する。1917年に300年続いたロマノフ王朝は倒れ世界で初めての社会主義政権が成立した。(旺文社 世界史事典より)その後の変遷を経ての今日のロシアである。国への入り口であるモスクワ空港にあって、歴史の年代等は頭に置かず、細くも、広くも、短くも、長くもあった目には見えない流れ去った時間をじっと見つめている作者の姿が目に浮かぶ。歴史の見方をふと考えさせられる。(H・S)


     (当日発言抄)
★ロシアを自分や日本との関係で身に引きつけ、今のロシア、これからのロシアを見てやるんだ
 という思い(藤本)
★高尾太夫の「忘れずこそ思ひ出さず候」に通じる思い(M・S)


       (まとめ)
 ここに詠われた「歴史の時間」とは何を指すのかを巡って会員が活発に応酬をした。議論を交わすことでみんなの認識が深まっていくことを意義のあることだと思った。
 「歴史の時間」をロシア古来から現代までの歴史だ、とみる見方と、学校で習った歴史教育のことだとする二つの意見が出された。また、客観的なロシアの歴史ではなく、日本や自分との関わりのあったロシアのことだという見方も出された。
 思うにそれらの意見全てを包み込んだような「歴史の時間」であろう。ロシア建国から始まって日露戦争あり、ロシア革命あり、シベリア抑留あり、戦後のもろもろの推移とその結果としてのソ連崩壊もある。それらを作者が忘れているわけではないが、もろもろは一旦脇に措いて一旅行者として目の前のロシアを興味津々の眼で見ているのである。ここはトランジットのようだが、空港の職員、行き交う人々、売店のありよう、トイレなどの設備、観察するものはいくらでもある。
 馬場には「見る」歌に秀歌が多いが、この歌もその独特な「見る」歌の系列上にある。(鹿取)

コメント
この記事をはてなブックマークに追加

馬場あき子の外国詠67(スペイン)

2017年02月24日 | 短歌一首鑑賞

  馬場あき子の外国詠8(2008年5月)
      【西班牙 Ⅰモスクワ空港へ】『青い夜のことば』(1999年刊)P49
       参加者:N・I、M・S、H・S、T・S、藤本満須子、T・H、
           渡部慧子、鹿取未放
       レポーター:H・S
       まとめ:鹿取未放

◆ものを書くことや鑑賞に不慣れな会員がレポーターをつとめています。不備が多々ありますが
 ご容赦ください。

67 一万七千の高度よりみる白雲の網に捕はれし初夏のシベリア

          (レポート抄)
 「一万七千の高度より」と詠い始め機内にある作者の位置をきわだたせている。幸いにも旅客機が細かい網の目を思わせるような、ふんわりとただようような白雲の上をつかの間飛んだのであろう。目下はるかにこの白雲を透かしてではあるが初夏のシベリアが見える。あたかも打った投網に手応えを感じ小躍りする時の喜びにあるかのような作者の目の輝きが目に浮かぶ。字余りである4句に捕らえきれないシベリアの広大さを思う。結句の初夏も印象深い。明るさと広がりを歌にもたらしている。(H・S) 


      (当日発言)
★時代を生きている先生の思いが迫ってくる。(藤本)


     (まとめ)(2015年10月)
一万七千の単位はフィートなのだろうか。キロに直すと五千メートルくらいだから着陸態勢に入って高度を下げている場面だろうか。次からはモスクワ空港に着いた歌が並ぶので、そう読むのだが眼下がシベリアといわれると少しとまどう。広義のシベリアと考えておく。
 白雲の下の初夏のシベリアの光景は一見爽やかそうだが、「網に捕はれし」という言葉や、シベリアという地名、また次の歌に「歴史の時間忘れたような顔をして」とあるところから、歌には翳りがあることが分かる。
 この旅に同行した清見糺の歌をかつて鎌倉支部で採り上げ、鹿取が鑑賞をしているので参考までにあげてみる。

   シベリアに春来たるらしオビ河をおおう氷にひびはしる見ゆ   清見糺

 6月初旬シベリアにも遅い春がやってきて、冬の間いちめんに河を覆っていた氷に罅が入り溶けてゆく様相を見せている。歌っていることはそれだけで、作者が何を思い浮かべていたのかは想像するしかないが、おそらく日本兵のシベリア抑留についてであったろう。餓えと寒さに苦しめられながら強制労働をさせられ、多くの日本兵が餓死した。酷寒の中で死んでいったひとりひとりの兵の叫びを作者は聞いていたのではないだろうか。十把一絡げではなく、個人としてのひとりひとりの声を、である。むろん作者はここで人間の愚かさについて考えたとしても、ロシアという国に敵意をいだいているわけではない。そのことは一連の歌を見れば分かる。また、作者の想像は、戦争や人間についてのみでなく春のシベリアを謳歌する野生のさまざまな動物たちや植物にも及んでいたかもしれない。
 馬場の歌もシベリアについて踏み込んだことは何も言ってはいないのだが、おそらく作者に去来した思いは清見の鑑賞であげたと同じようなことだったのではないだろうか。しかも馬場の掲出歌は情感たっぷりに詠まれていて、深みがある。(鹿取)

コメント
この記事をはてなブックマークに追加

馬場あき子の外国詠66(スペイン)

2017年02月23日 | 短歌一首鑑賞

 馬場あき子の外国詠8(2008年5月)
      【西班牙 Ⅰモスクワ空港へ】『青い夜のことば』(1999年刊)P49
       参加者:N・I、M・S、H・S、T・S、藤本満須子、T・H、
           渡部慧子、鹿取未放
       レポーター:H・S
       まとめ:鹿取未放

◆ものを書くことや鑑賞に不慣れな会員がレポーターをつとめています。不備が多々ありますが
 ご容赦ください。

66 あつといふまに雲後に沈む日本のさびしさとして海光りゐる

     (レポート抄)
 地図を広げれば日本がきわめて小さい国であることを思い知らされる。日本を後にしてゆく機窓からであってみればなおさらであろう。2句ではこの小さな島国を象徴しており、そこに生まれた宿命が滲む。下の句にはさまざまな営みにある人への、悲嘆にある人への、そしてこの島国への深い慈しみが伺える。国土は狭いが日本には海があると気づかされる。(H・S)


     (まとめ)
 「日本という国がさびしい」といっているのではなく、日本を離れていく自分の心のさびしさを詠っている。日本は小さく雲のかなたにあっという間に見えなくなっていくのだが、わずかに日本海が光っているのが見えるのである。その海のきらめきが更に旅人のさびしさを増幅させるのであろう。
 66番歌と似た情景を詠った同行会員の歌。(鹿取)

  空にしてひと恋しきに眼のしたの雲のきれめに佐渡あおく見ゆ   清見糺



コメント
この記事をはてなブックマークに追加

馬場あき子の外国詠65(スペイン)

2017年02月22日 | 短歌一首鑑賞

 馬場あき子の外国詠8(2008年5月実施)
      【西班牙 Ⅰモスクワ空港へ】『青い夜のことば』(1999年刊)P49
       参加者:N・I、M・S、H・S、T・S、藤本満須子、T・H、
           渡部慧子、鹿取未放
       レポーター:H・S
       まとめ:鹿取未放

◆ものを書くことや鑑賞に不慣れな会員がレポーターをつとめています。不備が多々ありますが
 ご容赦ください。

65 明るき雲の上に出でたるイベリア機内ふいと爪切りを出して爪切る

          (レポート)
 上の句で旅客機が離陸し雲の上へと出るまでの瞬間を字余りにうたっている。優雅な表現である。その優雅さが時間の短さを際だたせている。と同時に機内にある作者にある無事な離陸からの安堵が滲む。4句の「ふいと」にゆったりとしている姿が読み取れる。あたかも雲の上にぽかっと浮かんでいるかのように思える機体に囲まれた機内には変わらぬ時が流れている。その機内の今を爪切りという指先による小さな行為で表現しているように思う。滑走する旅客機の速度と対比させているのであろうか。一瞬を字余りで詠っている象徴的な歌である。(H・S)


     (まとめ)
 イベリア機は、スペイン国営の航空会社の飛行機。安定飛行に入ってシートベルト着装のサインも解かれたのだろう。ほっとした機内で爪切りをするところが飄逸。明るい雲の上、イベリア機に旅情とこれからの旅への期待感も出ている。もっとも9・11後は刃物の機内持ち込みは禁止であるから今は叶わない光景であろうか。     (鹿取)

コメント
この記事をはてなブックマークに追加

馬場あき子の外国詠64(スペイン)

2017年02月21日 | 短歌の鑑賞

 馬場あき子の外国詠8(2008年5月実施)
      【西班牙 Ⅰモスクワ空港へ】『青い夜のことば』(1999年刊)P48
       参加者:N・I、M・S、H・S、T・S、藤本満須子、T・H、
           渡部慧子、鹿取未放
       レポーター:H・S
       まとめ:鹿取未放

◆ものを書くことや鑑賞に不慣れな会員がレポーターをつとめています。
 不備が多々ありますがご容赦ください。

64 成田空港包囲して林立するホテル消燈の時きらり小泉よねさん

     (レポート抄)
 新東京国際空港の建設にあたっては土地の売買を巡る一部の土地所有者達による長い月日をかけての抵抗があり、支援者達までも加わった抵抗運動は激しさを増し、成田闘争とまで呼ばれた。
 高い建物が隔壁を作り、空港を孤立させ全く異質な世界がそこに存在していると目に映ったのであろうか。また明かりのひとつひとつがかつての闘争を象徴しているように感じられたのであろうか。小泉よねさんが突然若々しい声で「きっとよい旅にするわ。」とでも言ったのであろうか。きらり」が印象深い。人工の明かりよりも時には人の存在の方がはるかに明るいと表現しているのであろうか。(H・S)


          (まとめ)
 成田空港の建設計画が発表されたのが1966年、即、反対闘争が組まれた。軍事目的による使用を危惧したためだという。小泉よねさんは7歳の時から子守に出されて、つつましく暮らしてきた人である。そういう農民達が立ち上がり、学生その他が全国から応援に駆けつけて闘った長い闘争だが、71年、土地収用法によりよねさんの家や田畑も強制収用された。78年には、4000メートル滑走路一本という、大幅に計画を縮小した形で成田空港は一応の完成をみた。
 死者や負傷者を大量に出した激しい反対闘争だが、91年に成田空港シンポジウムが開催され、94年には話し合いによる解決が合意された。(話し合い一切拒否、空港絶対反対の立場の人達も大勢存在する。)馬場一行のスペイン旅行は95年だから、闘争が一応の終結をみた一年後ということになる。ちなみに今年2008年5月が開港30年目に当たるという。
 きらびやかなホテルが空港を「包囲して」「林立」していると詠むことによって、かつてそこにそのようにしてあった反対運動の旗を鮮やかに二重写しにしてみせる。そうすることで、農民達の運動を封殺して成った空港を利用しようとする自らに対する痛みをも表現しているのであろう。寝ようとしてホテルの部屋の灯を消す時に、作者の脳裡を小泉よねさんのことがかすめる。彼女たちを蹂躙した為政者と自分たちが一体になって彼女たちを踏みにじっているような気分、それにもかかわらず自分たちの方がむしろ敗者であるかのような気分、それが小泉よねさんを「きらり」と光らせた理由であろう。

 馬場の旅に同道した会員が、似たような場面を次のように詠っている。
  滑走する機窓に見えてうらがなし成田空港フンサイの塔(清見糺)
 清見の歌はやや情緒に流れているが、馬場の歌は矛先が己に向かっていて自己省察の鋭い歌である。なお、田村広志の『旅の方位図』の「廃井」13首は、空港の為に廃村となった村の風景を詠んでいてあわれぶかく心打たれる一連である。(鹿取)
* 田村氏の歌集に成田空港を詠った一連がある旨の指摘は、藤本満須子による。

  一村を廃墟となして成りてゆく空港 雨のけむれる彼方
                 田村 広志
  空港の高き鉄塔に灯はともり暮れはやき一面草の廃村

コメント
この記事をはてなブックマークに追加

馬場あき子の外国詠414(中欧)

2017年02月20日 | 短歌一首鑑賞

  馬場あき子の外国詠57(2012年10月実施)
    【中欧を行く カレル橋】『世紀』(2001年刊)P116~
      参加者:K・I、N・I、崎尾廣子、鈴木良明、曽我亮子、
         藤本満須子、渡部慧子、鹿取未放
     レポーター:崎尾 廣子
    司会と記録:鹿取 未放

414 羊のやうに群れて歩める小さき影カラードにして金持われら

     (レポート抄)
 人種はふつうコーカソイド(白人)、モンゴロイド(黄色人)、ニグロイド(黒人)に大別されている。また白色人種、有色人種に別けられている。
 この歌は初句だけが字余りの8音で歌われている。その8音にふかぶかと毛に包まれている羊の柔らかさ、親しみやすさが滲み出ている。羊が本来持っている群棲になぞらえているのであろう。旅の同行者達がガイドの後についてひとかたまりとなって歩いている姿が目に浮かぶ。観光地などでは日本人は金持ちと思われているのであろう。下の句の表現に今観光旅行をしているわれらはつつましやかな小さなグループであり有色人種である日本人だ。だが金持ちなどではないとの思いを込めたのであろう。結句に作者の笑い声を聞く。(崎尾)


     (当日発言抄)
★レポート3行目、初句「8音」とあるけど初句は7音です。この作者は、旅の都度この傾向の歌
 をよく作っていますね。(鹿取)
★「羊のやうに」はキリスト教文化をずっと見てこられたので、羊がここに出てきたのかなと思 
 った。(慧子)
★大聖堂の高さ、壮大さと比べて、その下を歩む人間の小ささを表している。迷わないようにく 
 っついて歩いている。「金持われら」はレポーターのいうように金持ちでないのではなく、金 
 持ちである自分たちを皮肉って歌っている。自虐的に。(藤本)
★ずいぶんと卑下した歌だが、それは矜持の裏返し。(曽我)
★それは先生の遊び心です。(N・I)
★下の句は考えようによっては重い。人種のこととか金持ちとか重いテーマを軽く詠んでいる。 
 影、カラード、金持ちとカ音で繋いでいるのが面白い。軽いリズム感が出ている。(鈴木)
★黄色人種は実際にカラードとして差別されている訳で、それはやはり重いこと。またチェコとい
 う貧しい国から見たら、個々人の違いを超えて外国旅行に来ている日本人はみんな金持ち。重い
 ことがらを鈴木さんがおっしゃったように軽くいなして歌っている。アフリカへ行った時もカラ
 ード、金持ちについては歌っていて、後ろめたさなど複雑な思いを抱えている。建物の外か中か
 の解釈はいろいろ出たが、聖堂を出て、聖堂に沿って歩いている場面というのが私の感じ。中に
 いたら影とは歌わないと思う。西洋人に比べて背が低いので「小さき影」になる。羊のように調
 教されておとなしく歩いている日本人。そういう自分たちの影を見ながら複雑な苦さを噛みしめ
 ている。その苦さをカラードというような語ではね返しているような感じ。(鹿取)


コメント
この記事をはてなブックマークに追加

馬場あき子の外国詠413(中欧)

2017年02月19日 | 短歌一首鑑賞

  馬場あき子の外国詠57(2012年10月実施)
    【中欧を行く カレル橋】『世紀』(2001年刊)P116~
      参加者:K・I、N・I、崎尾廣子、鈴木良明、曽我亮子、
         藤本満須子、渡部慧子、鹿取未放
     レポーター:崎尾 廣子
    司会と記録:鹿取 未放


413 幽閉されたき窓一つあり何の木か黄葉をきはめ実を結びをり

     (レポート抄)
 この歌は初句のみが字余りで表現されている。しかも8音である。この一首へぐんぐんとひきこまれてゆくような力感のある調べである。またこの初句が窓の魅力を象徴している。
 目線を少しあげたところに見える小さな窓なのであろう。3句の「何の木か」は美しい調べの続く下の句への「休止符」となっているように思える。その上この窓の不思議さまでも伝わってくる。一つの窓。それを縁取る名も知れぬ木の黄葉。しかもその色の美しさは極にある。実まで結んでいる。人を立ち止まらせずにはおかない静かな美しい窓を想う。また人を拒んでいるようにさえ作者には感じられたのであろう。この歌の詩情をより高めていると思える4句の「きはめ」が胸に染む。
日常のわずらわしさから解放され孤になりたいと思っているであろう作者の心のうちが涼しげに伝わってくる。O-Henryの「最後の一葉」を連想する窓の存在。しみじみと窓を思った歌である。(崎尾)


     (当日発言抄)
★レポーターが思い出したという、オーヘンリーの「最後の一葉」ってどんな小説ですか?
   (鹿取)
★女の子が窓から木を見ていて、あの木に葉っぱが付いている間は私の命もあると思っている、
 そんなお話ですよね。(慧子)
★その最後の葉っぱが落ちて、画家が少女のために葉っぱを描いてやる。画家は死ぬけど、少女
 は絵を見て元気を取り戻すという短編。(崎尾)
★この窓を作者はどこから見ているんだろう?(鈴木)
★外の道から見ていると思ったけど。目線を少しあげたところに木がある。(崎尾)
★「実を結びをり」のところは窓の内側から見ている感じがする。(鈴木)
★窓以外は黄葉で覆われている。(N・I)
★写実で言うと、窓に枝一本が掛かっているとでも歌ってくれたらイメージしやすいのになと思
 う。(慧子)
★ここは大聖堂の内側から小さな窓を見て歌っているのではないか。その外に実のなった枝があ 
 る。外からでは下の句が活きてこない。(藤本)
★「幽閉されたき窓」だから、この窓は低いところにはないだろう。すると窓の近くに実がなって
 いたら下からは見えないだろう。まあ、木の葉も実も下からずっと続いていて、だから実がなっ
 ているのも分かるのかもしれないけど。(鹿取)
★下から続いていたら何の木かは分かるのでは。(鈴木)
★でも異国の木で名前を知らないということも考えられる。次の歌は外に出ているので外かもし 
 れない。事実は分からないが、中にいたら窓一つとは言わないのじゃないか。外からたくさん
 の塔や窓を眺め、その一つに幽閉されたいような感じを持った。(鹿取)
★「幽閉されたき」という言葉が大事。(鈴木)
★しかし幽閉されたいとは不思議な感覚ですよね。普通は脱出したいとは思っても、あまり幽閉
 されたいとは思わないだろうけど。(鹿取)
★舞台のような感覚なんじゃないですか。(曽我)


コメント
この記事をはてなブックマークに追加