かっこうのつれづれ

麗夢同盟橿原支部の日記。日々の雑事や思いを並べる極私的テキスト

4.死神現る。その1

2007-10-06 21:57:28 | 麗夢小説『ドリームジェノミクス』
 ハンス・ゲオルグ・ヴァンダーリヒ、夢見小僧、そして美奈。偶然も三つ重なるとさすがに無視できない。年齢、性別、出自、性格、どれをとってもまるで異なる三人ではあるが、麗夢達にだけ分かるただ一つの共通点がある。
 「夢」だ。
 ハンスは、夢の世界をさ迷った末に、哀魅の夢から麗夢の力によって現実世界に叩き出された男である。
 夢見小僧は集団夢催眠を得意とし、ナチスの亡霊にその力を危うく利用させられそうになった経歴を持つ。
 美奈も夢の世界を渡り歩く力があり、遠隔能力では麗夢をも凌ぐ能力者だ。
 もちろん、3人の失踪が全くの偶然という可能性も否定は出来ない。だが、麗夢の直感は、その背後に未知のきな臭さを感知していた。
 まずセオリーどおり、麗夢は3人の失踪直前の足取りを追おうとしたが、夢見小僧はもとより神出鬼没、麗夢でさえ、彼女がどこに住んで、普段何をしているのかは全く知らないため、その線から追跡するのはほとんど不可能だった。
 一方ハンスと美奈は、失踪直前までかなりはっきりした痕跡を残していた。
 もともと貴公子然とした白人青年であるハンスは、買い物の経路上であちこちにはっきりした記憶をばらまいていた。写真を一目見ただけでほとんどの人が思い出し、その足跡は間違いなく哀魅に言いつけられたとおり近所のスーパーに来てメモ通りの買い物を済ませ、店を出てまっすぐ家に向かっていた。美奈も、学校から友達と別れるまではもちろん、その後も幾つかの目撃情報が得られた。だが、帰宅直前、そこで空間と時間を切れ味鋭い銘刀で一刀両断にしたかのように、すっぱりと二人の消息が消えてなくなるのである。
 これは例えば、夢魔の女王が美奈に対してやったように、突如何者かが二人を夢の世界に引きずり込むと言ったような超現実的な異常が生じたとしたらどうだろうか。美奈の前例があるだけに、麗夢も未知の敵の可能性は一応考慮した。しかし、それならそれで、ベータの鼻にも引っかからないというのはあり得ない。少なくとも二人の家やその周辺には、瘴気の残滓は全く感知できなかった。
 それでは、夢見小僧のような力で、最後の瞬間の目撃者全員が幻覚を見せられたとしたらどうだろうか。確かに忽然と姿が消えたように見せるのは可能になるが、本当にそんなことができるのかというと、さすがに麗夢も考え込まざるを得なかった。もし本当に集団催眠だったとしたら、その術者は少なくとも数分間に渡って不特定多数の人間に幻覚を見せたことになる。その技を得意とする夢見小僧の場合、幻覚はほんの十数秒程度。しかも相手が自分へと意識を向けていることが条件だ。注目度が高ければ高いほどかけやすいようで、現に榊はこれに何度も苦渋を味あわされている。ところが今回、もしその様な力が使われたのだとすると、その者の力は、夢見小僧など足元にも及ばぬまるで別次元の強さだと言うことになる。そんな者がはたして本当にいるのだろうか? 既に、あの死夢羅を含めて夢守の民の血を引く者は自分一人ではない、と言うことは承知の麗夢だったが、これまでそんな強力な力に遭遇したことはなかった。自分が最強だ、と思うほど麗夢も愚かではないが、自分達と同種の人間がいかに少ないか、は肌で感じられる事実だ。故に、三人を痕跡も残すことなく容易くさらっていく事が出来る者など、なかなか想像することが難しかった。
 こうして現実世界の捜査に行き詰まった麗夢は、もう一つの方策を採ることにした。麗夢の愛車が鬼童超心理物理学研究所の前に停車したのは、哀魅、榊、美奈のお母さんが次々舞い込んだ日より、四日が過ぎた夕方のことである。
「どうしたんです麗夢さん! 急に逢いたいだなんて!」
 突然の麗夢の訪問に喜色満面の鬼童は、薫り高い挽きたてのコーヒーを麗夢に勧めながら、手を応接セットのテーブルの上で組み合わせた。
「実は一つお願いがあるんだけど、聞いてくれる? 鬼童さん」
「麗夢さんの頼みならいくらでも協力しますけど、一体なんです、そのお願いって」
「『夢』を貸して欲しいのよ」
「夢?」
 話が見えない、と言う鬼童に、麗夢はここ数日続けた三人の行方不明者の捜索状況について説明した。
「ああ、夢見小僧のことは知ってますよ。榊警部に呼ばれて国立博物館に行きましたからね。結局会えずじまいでしたが、そうですか、あの日から夢見小僧は行方不明なんですか」
「それで結局他の二人も手がかりが無くて。そこで『夢』から三人の行方を探してみようと思うの」
 意中の美少女の真剣な眼差しに、鬼童の心臓が二割ほど鼓動を増した。耳たぶがほんのり熱くなるのを覚えながら、鬼童は努めて平静を装って麗夢に言った。
「で、僕の『夢』を貸して欲しい、と?」
「ええ、夢を足がかりにすれば、アルファ、ベータならきっと見つけられるわ。三人とも特徴のはっきりしたオーラを発しているし」
 現実世界では捕まえにくい幽かなオーラの波動でも、『夢』の中からならば感度が格段に上がり、アルファ、ベータの鋭敏な感覚なら、それをかぎ分けることが出来る。ただ、この場合誰の『夢』に入るかが問題だった。単に捜索のためだけなら、哀魅や美奈の母、いや、極端な話誰の『夢』でもよい。しかし、もしこの事件に、例えば死神死夢羅のような恐ろしい相手が絡んでいたとしたら、夢見る者を相当な危険にさらすことになるだろう。そんな可能性が僅かでも感じられる以上、哀魅達にそれを頼むことは麗夢には出来なかった。
「榊警部は出張でしばらく東京にいないし、円光さんはいつもの通りどこにいるか判らないし、頼れるのは鬼童さんしかいないの。もちろんもしもの時は私とこの子達で鬼童さんを守るから、お願い、鬼童さんの『夢』を貸して」
 鬼童は、円光よりも自分を頼りにしてくれた麗夢の言葉に半ば陶然としながら、頭の片隅ではそのリスクと利益をきちんと秤にかけていた。冷静に考えてみれば、このような仕事は円光の方が適任だろう。円光なら強力な法力でもって、夢の中でも自分の身を守る事が出来るだろうし、それだけでなく、麗夢をサポートして闘うことさえ可能かも知れない。
 対して自分は、純然たる戦闘力は皆無に等しい。まして自分の夢だ。自分の意志で夢を制御するため、明晰夢を見る訓練は行ってはいるが、円光ほど自在に自分の夢の中で振る舞うのは恐らく不可能だ。下手をすると明晰夢すら見ることが出来ず、ただ麗夢の足を引っ張るだけになるかも知れない。
 だが、事情はどうあれ麗夢と二人で一つの夢を共有するというのは、そんな冷静な判断をまとめてくず入れにぽいとせずにはいられない、強烈な魅力を秘めている。それに、南麻布以来久しぶりに、麗夢の闘い振りを堪能できるかも知れない。そのデータが得られるなら、多少の危険を厭う理由はないではないか。
 第一、必ずしも敵がいると決まったわけではない。確かに三人の失踪は腑に落ちない点も多々あるが、事実が小説よりも奇妙なことは良くあることだ。因果関係など何もなく、ただの偶然で三人が三人ともどこかで迷子になっていただけということだって確率的には零ではない。麗夢やアルファ、ベータの夢探知とでも言うべき能力を間近で観察するのも、これはこれで重要な研究テーマとなるだろう。
 結局全てを自分の研究に収斂させた鬼童は、縋るような目で見つめる目の前の少女に、これ以上ない朗らかな笑顔で白い歯をこぼして見せた。
「ええ、いいでしょう。僕の夢で良ければ使って下さい。その代わり・・・」
「その代わり?」
「事件が解決したら、一度食事でも御一緒しませんか? なかなか美味しいケーキを食べさせてくれるレストランを見つけたんですよ」
 ケーキと聞いて、麗夢の左右に陣取っていたアルファとベータの耳がぴくりと動いた。自然に尻尾が動き出し、期待の目で間に挟まった麗夢を見上げる。同時に伝わったテレパシーの強さに、麗夢は苦笑いしつつはいはい、と左右のお供に答えた。
「いいわよ。この子達も一緒なら」
「ニャーン!」
「ワン、ワンワン!」
 今度は期待の視線が鬼童の方へ直射する。瞬間鬼童のこわばった表情が改まり、内心の悲鳴が表に溢れかえる寸前で、しっかりと抑え込まれた。
「え、ええ、もちろんですよ麗夢さん! じゃあ約束ですからね」
「それじゃ早速お願いします!」
「え? こ、ここでですか?」
「善は急げ、っていうじゃない。早ければそのレストランに今夜行けるわよ・」
 麗夢のウインクで、鬼童の胸の内を暖かい津波が打ち付けた。
(まあいい。慌てなくても、少しずつ距離を縮めていけば・・・)
 鬼童は麗夢を睡眠実験室のリクライニングチェアに誘いながら、取りあえずライバルに対し、小さなリードを確立できたことを素直に喜んだ。

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