環境問題スペシャリスト 小澤徳太郎のブログ

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またしても、ミスリードしかねない「スウェーデンの脱原発政策転換」という日本の報道

2009-03-21 19:04:03 | 原発/エネルギー/資源
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まずは、次4つの新聞記事をご覧ください。


●スウェーデン『脱原発』を転換へ(産経新聞)

●スウェーデン、脱原発転換(朝日新聞)

●原発回帰の欧州 スウェーデン廃棄政策撤回(毎日新聞)

これらはいずれも、2009年2月6日あるいは2月7日(毎日新聞)付けの全国紙に掲載されたものです。
 
これらの記事を、ここ数年のマスメディアが報じる海外や日本の原発の動向を意識しながら素直に読む と「やはり、スウェーデンも『温暖化対策』のために原発の廃棄を諦めて、原発再開に転換したのか」と考えてしまうでしょう。ネット上には似たような記事があふれ、いわゆる「原発推進派の期待」と「脱原発派の失望」が渦巻いています。そうではないのです。

さる2月6日、スウェーデン政府の首相府は、これらの報道の源となったと考えられるラインフェルト連立政権を支える与党中道右派(保守党、自由党、中央党およびキリスト教民主党)の2月5日付の4党合意文書 「A sustainable energy and climate policy for the environment, competitiveness and long-term stability(環境、競争力および長期安定をめざす持続可能なエネルギー・気候政策)」を公表しました。

この合意文書の原発関連部分の要点は、「原子力と水力からなる現在の電力システム」に今後、第3の柱となるべき再生可能エネルギーを導入していく過程で、電力のほぼ半分近くを供給している既存の原発10基(このうち4基は70年代に運転開始、すでに40年近く稼働している)のいずれかの更新が将来必要になったときに備えて更新の道を開く用意をするというだけのことなのです。

基本合意書には次のように書かれています。

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原子力の利用期間を延長し、最大10基までという現在の限定枠で既存の原発サイトでの更新を許可する。これにより、現在稼働中の原子炉が技術的および経済的寿命に達したときに継続的に新設の炉で置き換えることができるようになる。
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ですから、原発への依存を今後さらに高めていくわけでもありませんし、ましてや原発を温暖化問題の解決策として位置づけたわけでもありません。

このスウェーデンの「原発の老朽化の更新の問題」は、たとえ原発事故が起こらず、安全に運転されていても、これから20年間の「日本の原発推進政策」で間違いなく再現される大問題です。ですから、スウェーデンの連立政権の合意文書は、「地球温暖化対策のために原発推進を!」 などという日本のお粗末な原発推進議論はもうやめた方がよいことを示唆していると思います。

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★2月5日付けの4党合意文書「環境・競争力・長期安定をめざす持続可能なエネルギー・気候政策」の内容(前文のみ)

スウェーデン連立政権の党指導者は今日、長期的な持続可能なエネルギー・気候政策で合意に達した。この合意は気候変動問題に関する科学協議会、連立与党の気候委員会およびエネルギーと気候問題に関する政府と市民、企業部門との対話から得られた情報に基づくものである。最近、EUが承認した気候およびエネルギー・パッケージがスウェーデンの政策の基礎となっている。

この合意はエネルギー市場の参入者に対する長期的なルールの条件を整備すると共に、気候分野におけるスウェーデン政府の野心的な目標を明確にし、現在進行中の気候変動に関する新たな国際合意に向けた会議(註:2009年12月にデンマークの首都で開催される予定の国連気候変動枠組み条約第15回締約国会議、COP15までの準備会議)の交渉でスウェーデンの強いリーダーシップを容易にするためのものである。今回の合意が国民、そして、ビジネス・セクターから幅広い支援が得られるものと確信している。

スウェーデンのビジネス・セクターや消費者にはエネルギーが安定的に供給されなければならない。そのためにはエネルギー事業者に長期的なルールと安定した条件を提供する必要がある。頻繁なルールの変更はエネルギー供給の不安定化を招き、先行投資の意欲を損ない、電力料金の上昇を伴って、気候変動に必要な適応に失敗することになる。

このような状況に鑑み、政府は広範な支持が得られるエネルギー・気候政策を検討してきた。今回の合意に基づいて、政府はスウェーデンの将来の気候・エネルギー政策に関する議論に参加する反対意見を募集している。


以上はこの合意文書のいわば「前文」に相当する部分で、本文はここから始まるのですが、このブログでは、「本文の見出し」だけを掲げておきます。

1.3本の柱
   目標
2.長期優先順位
3.供給
    暖房
    交通システム
    電力
    ビジョン
3.1 化石エネルギー
3.2 再生可能なエネルギー
3.3 原子力
3.4 その他の事項
4.1 さらなるエネルギーの有効利用
4.2 効率の良い市場
5.政策手段
6.研究、開発、実証
7.進捗状況の調査



今日のこの記事に関する詳細な報告がアーカイブ内にあります。

★「原発の段階的廃止」を堅持する社民党 

今回の合意文書の目新しいところは、前社民党政権下で法的に禁止されていた「既存の原発の更新」を限定条件付きで可能にする道を開こうとしていることです。当然のことながら、現在、野党である社民党は今回の合意文書で示された政権与党の「既存の原発の更新」の姿勢を批判しています。

このような状況を考えますと、今年になって突如浮上したスウェーデン国内の原発論争は、2010年9月の第3日曜日(19日)に予定されている総選挙まで続くかもしれません。総選挙の1年前、つまり今年の9月頃から選挙運動が始まるからです。

そして、今年7月1日から、スウェーデンはEUの議長国となり、12月にデンマークの首都コペンハーゲンで開催される予定のCOP15(国連気候変動枠組み条約第15回締約国会議)に臨むことになります。  


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スウェーデンの「脱原発政策の歩み」⑯ 1980年の「原子力に対する国民投票」(2007-11-14)

スウェーデンの「脱原発政策の歩み」⑰ 国民投票の結果を踏まえた1980年の「国会決議」(2007-11-15)

原発論議の再燃(1)-老朽化した原発を更新すべきか? (佐藤吉宗さんのブログから)

原発論議の再燃(2)-中央党の妥協(佐藤吉宗さんのブログから)

原発論議の再燃(3)-誇張されすぎ(?)(佐藤吉宗さんのブログから)

●反原発講座 「スェーデンが原発新設」報道の真相 佐藤吉宗



★20年前もミスリードした日本のマスメディア

今回のマスメディアの報道を見て、私が思い出したのが20年前の似たような報道でした。1988年年6月9日の朝日新聞の記事はAP電を引用した後、ニュースの背景を解説しています。構造的には今回の報道と似ていると思います。

当時も他社が似たような趣旨の報道をしておりました。そこで、これらの報道記事に違和感を持った私が当時の朝日新聞の論壇に投稿したのが次の図です。

大変興味深かったのは、この記事にすぐ反応を示したのは、私の予想に反して脱原発の活動グループではなく、当時、原子力の研究開発を所管していた科学技術庁でした。そして、私は科学技術庁に出向いて「スウェーデン政府のエネルギー政策の包括的な行動計画」をスタッフの方々に講義をすることになりました。
 
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20年前の「スウェーデン政府のエネルギー政策の包括的な行動計画」(社民党単独政権)と去る2月5日の「連立与党の合意文書」(保守党を中心とする中道右派の連立政権)が20年という長い時間の経過があったにもかかわらず、国際社会の変化に対応しながら、福祉国家を支えるエネルギー政策の議論を継承していることがおわかりいただけたでしょうか




★エネルギー政策の将来を理解するカギは政治の中にある

1989年4月、日本原子力産業会議(JAIF、現在の社団法人日本原子力産業協会の前身。日本原子力産業協会は2006年4月1日に発足)の第22回年次大会にゲスト・スピーカーとして招かれ、原子力推進の立場から講演したストックホルム大学の物理学教授 T.R.イャールホルムさんはその講演の中で、スウェーデンの「国会決議」の重みを次のように表現していました。
 
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●スウェーデンのエネルギー政策の将来を理解するカギは政策の中にあるのではなく、政治の中にある。我々にとって民主主義は、どんなエネルギー政策よりも重要である。 

●2010年までにすべての原子炉を廃棄するという「国会決議」がある限り、我々は法にしたがい、あたかも最後の原子炉を2009年12月31日までに廃棄するよう計画を立てることになる。

●しかし、このようなことは起こらないであろう。代替供給策がないというエネルギー技術の現状を考え合せると、私の結論は、原子力は廃棄されないであろうということだ。        
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私は20年前に日本原子力産業会議(現日本原子力産業協会)で聞いたこの言葉に、議会制民主主義に基づくスウェーデンの「行動原理の神髄」を見たような気がしました。

今回の連立政権与党の合意文書に示された政策は法的な変更をともないますので、国会の承認が必要となります。しかし、たとえ、国会の承認が予定通りなされたとしても、日本の、あるいは世界の原発推進派が期待しているような具体的な変化は来年9月19日の総選挙までには起こらないと思います。

私たちが当面注目すべきは、これから総選挙までのおよそ1年半にどのような議論やキャンペーンが行われるか、そして、総選挙の結果がどうなるかだと思います。

もともとスウェーデン人の自国の原発に対する技術的信頼度は日本よりも高く、たとえば、1980年の国民投票でも、過半数(58.0%)の人々は原発容認に投票していたのです。 国民投票後、継続的に行われているスウェーデンの世論調査が示していることは現在に至るまで常に原発容認派は60~65%程度を占めているという事実です。ですから、「原発容認が過半数を占めた」という程度ではまだ不十分ですが、80%程度を占めたということになりますと、日本の原発推進派が期待するような方向性が見えてくるのかもしれません。


 

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