Con Gas, Sin Hielo

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「ブリッジオブスパイ」

2016年02月14日 18時47分28秒 | 映画(2016)
勝算があっても手を出せるものではない。


ベルリンの壁が造られたときって、どれだけ昔のことなのか。情報技術という言葉すら存在しない時代、勝負を大きく左右したのは心理戦であった。

米ソとも互いの手の内を分かっているからこそ自ら動くことができない。ソ連は交渉の仲介役として東ドイツを指定し、米国は交渉人として政府と無関係の民間人を送り込んだ。

その民間人とは、NY在住の敏腕弁護士・ドノヴァン。保険の案件を得意としていた彼に突然ソ連のスパイであったアベルを弁護する役割が回ってきた。彼は、国じゅうがアベルの断罪を望む中で、その先の国益を冷静に分析し、外交カードの切り札として温存させることに成功する。

現状を的確に把握し、あくまで正当な手続きを踏みつつ、裏で根回しを図って最善の答えを導き出す。巷で最近耳にする「タフ・ネゴシエーター」とはまさにドノヴァンのような人物を言うのであろう。

ドノヴァンへの指令は、ソ連で捉えられた米国人スパイとアベルの交換を成功させること。双方とも交換がウィン・ウィンであることを理解しているが、致命的なまでに信頼関係がない。つまりドノヴァンの責務は、ソ連側の信頼を獲得することにあった。

更にややこしいことに、新たに米国人学生がベルリン市内で捕えられ、自国の威信を誇示したい東ドイツ政府が交渉に割り込んできた。スパイも学生も同じ米国人。ドノヴァンの正義感は、どうにかして2人とも救い出さないといけないと強く思っていた。ソ連との薄氷を踏む交渉は、綱渡りの曲芸へと様相を変えた。

二兎を追う者は一兎をも得ずと言う。人の命に差はないが、国益への直接的影響を考えれば、スパイの交換が成り立たなかったときの損害が甚大であることは明らかだ。しかし、ドノヴァンはソ連や東ドイツの状況を見切っていたのだろう。必ず譲歩してくる。しなければ同等以上の損害が相手方にも生じると。

刹那的な損得で物事を判断したり、必要以上に相手にへりくだってみたりするのは、良い交渉とは言えない。頭では分かっているものの、なかなか実践できるものではない。本気の駆け引きには、更に演技力が必要になってくる。

観客は誰もがT.ハンクスの輝かしい実績を承知しているから、本作のドノヴァンは登場した瞬間から敏腕弁護士と認識される。しかし実際は誰も知らない一介の弁護士なのだから驚きだ。想像するに、本物のドノヴァンはもっと他人を魅了する演技に長けた人物だったに違いない。

物語の強さと同じくらい強く印象に残るのは、東ドイツという国家の描写である。創立間もなく不安定な時期独特のいびつさが風景や事象に現れる。すべての交渉が完了して普通の生活に戻ったドノヴァンの視界に東ドイツの殺伐とした景色が重なる。

ドイツは統一され豊かな国になったが、混沌は場所と形を変えて顕在化し続けている。ネゴシエーターは眠れない。

(80点)
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