本能寺の変 「明智憲三郎的世界 天下布文!」

『本能寺の変 431年目の真実』著者の公式ブログです。
通説・俗説・虚説に惑わされない「真実」の世界を探究します。

『本能寺の変 四二七年目の真実』読者書評

2012年07月29日 | 427年目からの挑戦
【2012年7月29日追記】
 久しぶりに読者の書評をご紹介します。引き続きご評価をいただいており、大変感謝しております。
★ かたすみでひっそりと 2011年11月1日
   ドラマにしたらとても面白い
★ simfullworld 2011年11月8日
   点が線になるような感じ
★ akasia-no-dairen 2011年11月13日
   歴史探索の醍醐味を満喫
★ ちろわんこの雑記帳 2011年11月15日
   「証拠」を提示しながらの説明には説得力
★ Daikoku奄美 2012年1月11日
   読み終わると けっこう 衝撃的
★ ねねのパパブログ 2011年11月21日
   SEあがりの人間が理詰めで書いた本
★ 抽斎のブログ 2012年2月5日
   一級の歴史推理ドキュメントに仕上がっている
★ にわか歴史研究者@かつふみのブログ 2012年2月15日
   ○○黒幕説などと誰かを首謀者にして単純なストーリーを描くのはナンセンス
★ アネモネ・カフェ★のブログ 2012年3月4日
   今はこの本に釘付けです面白い
★ 西龍庵日記 2012年5月5日
   名著であると思う

【2012年1月2日追記】
 「読書メーター」というサイトに読者から多数の書評をいただいていました。>>>こちらのサイトです

【2011年10月27日追記】
 amazonの拙著のページのカスタマーレビューに「我が意を得たり!!」と思わず拍手したくなる書評が書き込まれました。正に「簡にして要」です。今後、拙著の宣伝文として使いたい!!
 以下に転記いたします。
 
徹底した文献調査に基づく大規模なストーリ
 明智光秀の血を引く筆者の長年の研究の成果である。本能寺の変は昔から様々な研究と異論がある。本書はその一つではあるが、格段に徹底した文献調査に基づく結論である。さすがIT技術者出身の経営者である筆者はあらゆる文献を読み込み相互検証し、推論を排し事実と思われる事柄を抽出し科学的論理的に驚くほど広範囲大規模なストーリを構築しており、私には大変説得力があった。
 通常のサスペンスドラマよりも数段論理的な考察で、数等複雑なストーリを構築しており、数倍面白かった


 (できれば4つ★でなく5つ★をつけていただきたかったですが・・・

【2011年10月23日追記】
 10月20日放送のBS歴史館で拙著のご紹介をいただきましたが、私の解明した本能寺の変の真実についての解説はほとんどなく、むしろ極めて生煮えの説であるかの如きの誤解を視聴者に与える結果になってしまったと危惧しています。
 そう思われた方には「こんな面白い本が2年以上も前に出版されていて知らなかったとは」と書いてくださった下記の読者書評をお読みください。放送ではまったく触れられなかった奥行きを垣間見ることができると思います。
 ★ 読書日記 2011年10月19日
 また、出版時の私の思いを書いた下記のページをご覧いただければ「生煮え」を超えたものを感じ取っていただけると思います。
 ★ 本能寺の変 四二七年目の真実』出版のお知らせ
 いずれにせよ、拙著『本能寺の変 四二七年目の真実』を是非一度お読みいただきたいと思います。本能寺の変について云々議論するのはそれからの方が有意義なものになるとお勧めいたします。


【2011年10月19日追記】
 拙著『本能寺の変 四二七年目の真実』出版以来2年7ヶ月にして、ようやくテレビに取り上げていただくことになりました。明日放送のNHK・BSプレミアム「BS歴史館」です。テレビの放送をご覧になって興味をもたれて本ブログにいらっしゃる方のために最近の読者書評を3つご紹介します。
 ★ ジャンク会計士のジャンクな日常 2011年9月25日
 「日本史が大好物の私にピッタリの本
 ★ マツイ・オフィス・レポート2011 2011年8月17日
 「この一冊は土岐明智氏の思いが語られている
 ★ 薬局開業コンサルタントのブログ 2011年10月15日
 「光秀子孫が世に出した渾身の一冊

【2011年9月11日追記】
 拙著『本能寺の変 四二七年目の真実』出版以来2年半がたち、そろそろ話題性がなくなってWeb上の読者書評も減ったかなと思って検索してみたところ、引き続きご評価くださる書評がいくつも掲載されていました。まことに有難いことです。以下にその一部をご紹介いたします。

 ★ さぼてん 2011年2月24日
 「私はこの本を読んで、歴史を学びたいと強く感じました
 ★ COLONYの裏側 2011年8月13日
 「目から鱗な内容でした
 ★ あなたもできる!朝活読書。 2011年8月31日
 「自ら考えたい方におすすめです
 ★ セロ弾きの豪酒にようこそ 2011年9月5日
 「歴史観に新風を吹き込んでいる」  

【2011年1月29日追記】
 拙著『本能寺の変 四二七年目の真実』が徳川家康黒幕説だと掲示板に書きまくっている人がいます。どこをどう読むとそう書いてあるというのでしょうか。どうも、この人は拙著を読まずに書いているとしか思えません。困ったものです。
 一方で、しっかり読んでいただいた方がブログにいろいろ書評を書いてくださっています。とても元気付けられており、感謝しています。以下にいくつかご紹介します。 
 ★ Nori_g_Garten日々独酌 2010年11月15日 
  「これこそ真実だと思わせる説得力あふれる推論
 ★ ケアスタイリストな日常 2010年12月2日
  「作り話じゃない真実を膨大な資料から探り出した凄い本
 ★ コツコツとジョギング 2011年1月19日
  「最高の本でした
 ★ 私の想うまま 随想 2011年1月15日
  「今までの学説に大きな衝撃を与える名著

【2010年10月20日追記】
 この1ヶ月ほどで新たな心強い書評をブログに書いていただきました。これまでの通説に囚われずに虚心坦懐に読んでいただいた結果と思います。こうしてご声援いただける方々が増え続けていることがとてもうれしいです。ありがとうございます。拙著をしっかり読んでいただければご理解がいただけると自信を深めております。
 ★ 活字好き 9月30日
 「明智の子孫の方なので、明智家に都合のいい話ばかり?と一歩引いて読み始めたのですが、面白いです!」
 ★ 読書録 9月28日
 「本書は鈴木・藤本と同様の単独説に基づきつつも、出自や変直前までの状況証拠から動機に迫るという点で、「なぜ変は起きたのか」を考える上で面白い一冊だった
 ★ 本日も読書 10月13日
 「んで、面白いんですよ
 ★ だっさい やなあ~ 10月14日
 「著者がすっごい情熱で本能寺の変前後を調べ上げています。繰り返します「あー面白いよぉぉ」」

 こういった一言が本当に勇気を与えてくださいます。通説の高く厚い壁にくじけずに挑戦を続けますので、ご支援よろしお願いいたします。

【2010年9月23日追記】
 最近、twitterで「面白い」など書いてくださる方々が増えて来ています。誠にありがたいことです。
 今回はご自身のブログにしっかり書き込んでくださった書評をご紹介いたします。こうして評価してくださる方々が増え続けていることが拙著『本能寺の変 四二七年目の真実』に書いたことが着実に世の中に広まっていることと思います。これほどうれしく、元気付けられることはありません。何しろ私が乗り越えようとしている壁はとてつもなく厚く、高い壁です。是非、是非、ご支援、ご声援をよろしくお願いいたします。
 ★ synkan regbi  2010年9月11日
   「「う~んなるほど~」と..うなる内容が満載です 
 ★ 酒と畑に戯れるオヤジな私 2010年9月17日
   「多面的な思考の大切さ 面白さを満悦されることでしょう

【2010年9月15日追記】
 今日の東京・横浜は26℃でホッと一息。久しぶりに長袖ワイシャツに上着を着て、客先訪問などに出歩きました。
 さて、短文ですがポイントを大変よく捉えてくださっていると思う書評2件をご紹介します。いや~、とってもうれしいお言葉です。ありがとうございます。

 ★リュウケイの日々是丹精だわなも 2010年8月8日
 「この本おもしろい!
 著者は明智憲三郎氏。明智光秀の末裔ということ、それと歴史学者ではなく三菱電機株式会社元社員ならではの理系の検証。おもしろい!
 目からウロコの推理はワクワクしました。
 ちょうど今月は本能寺の変があった6月。
 一気に読めます。」


 ★文苑堂書店上飯野店 
 「なぜ、思慮深い光秀が謀反を起こしたのか?信長はなぜ、あれほど無警戒だったのか?など、明智光秀の子孫が長年の“歴史捜査”の結果、遂に本能寺の変7つの謎を解明。驚愕の真実!!この本ほど、満足できる解答はないのでは・・・。」

【2010年8月28日追記】
 今年の夏は正に記録的な猛暑ですね。日中屋外に出るとクラクラします。こういったときはエアコンの効いた涼しい部屋で読書が一番。ということで、拙著の読者の最近の書評をご紹介します。
 ★ 夕暮れどきの気まぐれ投資日記 6月1日記事
    「久しぶりに気持ちがわくわくするような本を読みました
 ★ lifeworks 50歳からの起業ブログ 6月18日記事
    「歴史捜査の姿勢にいたく感服
 ★ ひとりごと 7月4日記事
    「その内容は衝撃的。しかもその内容には非常に説得力がある
 ★ 古代妄想倶楽部 7月28日記事 
    「目からうろこ、面白いですよ
 ★ 読書備忘録 8月28日記事
    「随分と内容が濃い割には読みやすかった

【2010年6月14日追記】
 TBSラジオ「安住紳一郎の日曜天国」出演とポッドキャストでの配信のお陰で拙著『本能寺の変 四二七年目の真実』を読んだ方が増えたようで、ブログの書評もこのところだいぶ増えました。いくつかご紹介します。
 ★ トレーラーハウスのやきとりや
    「あまりの面白さに本当にあっという間に読みきってしまいました
 ★ heavytankのブログ
    「久しぶりに 自分で本を買った
 ★ TONKUЯAizm
    「しかし、この書籍を読むと、そのイメージは変わってきます

 是非、皆様も書評をお書きください。
 
【2010年6月9日追記】
 読者からいただいた最近の書評を追加してご紹介します。(以前に書かれたもので、最近私が気付いた書評もあります)
 twitterの影響でしょうか。短文でズバリと核心を書いた書評が多くなったような気がします。丁寧に書いてくださった書評もうれしいですし、短文で書いてくださったものもどちらもうれしいです。こういったお褒めの言葉は本当に励みになります。実は、私は褒められて、やる気になって成長するA型人間の典型ですので。

 ★ JAZZ PIANIST TAKASHI ONO
    「久しぶりに面白い本を読みました
 ★ としぞ~ 西瓜な日々
    「警察の事件捜査のように、数々の証拠を集めながら謎を解いていきます
 ★ エナメル異端審問
    「次次と証拠が挙げられていくのが何よりも楽しく感じられ
 ★ かおりんのMayのコレいち
    「今とは違う血族のつながりとかおもしろかったよ!!」
 ★ リュウケイの日々是丹精だわなも
    「目からウロコの推理はワクワクしました
 ★ naominet 
    「歴史にそんなに興味がない人も、推理小説の如く読み進めることができます
 ★ MY FAVORITE THINGS 2010 
    「なぜ、信長が討たれたのか?その疑問に、グッと迫る名著と思います

 なお、TBSラジオ「安住紳一郎の日曜天国」に出演した30分の対談を お聴き逃しの方はコチラから!バックナンバーの2010年5月16日放送分をお聴きください。
 ★ 「安住紳一郎の日曜天国」出演
 ★ 『本能寺の変 四二七年目の真実』あらすじ
 ★ 明智憲三郎のプロフィール
 ★ 『本能寺の変 四二七年目の真実』講演会(高輪区民ホール) 
 ★ このブログの説明のページ
 ★ このブログの目次(サイトマップ) 

【2010年4月18日記載】
 既に「明智憲三郎的世界by法丸」で紹介しているものが以下のようにあります。
 amazonの拙著のページ(下段に書評)
 読者からいただいたお褒めの言葉(その1)
 読者からいただいたお褒めの言葉(その2)

 ここでは最近気付いた書評をいくつかピックアップしてご紹介します。こういったご評価がどれだけ私を勇気付けてくれていることか。本当に感謝しております。

 ★是非に及ばず
   「贔屓(ひいき)の引き倒し」的本能寺論の終焉と表現していただきました。
 ★読書メーター ムクさんの感想
   歴史の奥深さを素直に感じ取っていただきました。
 ★炎の悶絶喋り屋伝説
   うれしくなってブログにコメントを書かせていただきました。
 ★プロムナード82.4
   FM守口で放送していただいたようです。
 ★more than words
   本能寺の変の本をいろいろ読んだ上で私の本を評価していただきました。
 ★文苑堂書店 おすすめ本
   富山に本社のある書店チェーンの書評です。
 ★名古屋のMARIE
   諸手を上げてお勧めして下さっている感じです。
 ★不知火亮 -戦国- 時の足跡
   不知火さんには連載で続きも書いていただいています。

 ★鹿児島発 言い散らかし
   「気がつくと一晩で一気に読み終えてました」
 ★tatsuzoのオモチャ箱
   「歴史好きにはお薦めの一冊」
 ★unlimited
   「しょーげきっ!」
 ★歴史の裏側【もう一つの歴史】を読む!
   「絶対おススメ!!待ってました!!」
 ★XHOLIC
   「久々にオススメという本!」
 ★でえれ~岐阜 ブログ
   「けっこううなされました」
 ★御行奉為---
   「興味深い、濃い内容」

【お知らせ】
 本ブログは『本能寺の変 四二七年目の真実』著者のブログです。通説・俗説・虚説に惑わされない「真実」の世界を探究します。
 ★ このブログの説明のページ
 ★ このブログの目次(サイトマップ) 
 ★ 『本能寺の変 四二七年目の真実』出版のお知らせ

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 『本能寺の変 四二七年目の真実』のあらすじはこちらをご覧ください。
 また、読者の書評はこちらです
>>>トップページ
>>>『本能寺の変 四二七年目の真実』出版の思い
本能寺の変 四二七年目の真実
明智 憲三郎
プレジデント社

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20 コメント

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異論な異論 (ある場所では有名な伊作)
2010-01-05 12:00:21
別の掲示板で紹介されたので、異論を提示しに訪問しました。
天子を頂点とした統治体制・国家体制を知れば、謎でも何でもありません。日本は古来、倭国と呼ばれた3世紀ごろから、中国の天子を頂点とした政治体制を模倣してきました。政治体制だけではなく、国家的祭祀儀礼、信仰思想からファッションに至るまでがそうです。
とくに信長暗殺に至る彼の挙動をみるには、天子を頂点とした政治体制における「天子と将軍の関係」を知る必要があります。その資料事実を簡潔に提示します。
●三本足カラス、ヒキガエル、北斗七星、四神。
聖武天皇の正装は、赤地の服の両袖に竜の刺繍をつけた袞竜衣を身につけ、頭には冕(べん)と呼ばれる(中国風の玉すだれの)冠を被っている。袞竜衣の向かって右肩には日輪の中に三本足のカラス、左肩には月輪の中にヒキガエル。 明治天皇の即位礼に使用された袞竜衣もまったく同じで、三本足のカラス、ヒキガエル、3本爪の龍、北斗の星と四神が描かれている。「明治天皇御即位式図屏風」にも、日輪の中に三本足のカラスを描いた日像幢(にちぞうとう・のぼり)と、月輪の中にカエルを描いた日像幢が見える。
……このほかにも『日本書紀』をひもとけば、天皇の即位にあたって法統(皇位継承・王権神授)の証しとして「印璽」「璽」を授受したり、天皇が将軍を任命する時に印綬を与えたり斧鉞(絶対的命令権と生殺与奪の権利を象徴する)を与えたり。このように、日本列島の古代王家・王国の人びとは、誕生以来一貫して中国・中原の中央集権国家体勢・政治体勢とその文物文化・精神文化に倣ってきたのである。
●天子と将軍の関係
そもそもは、徳で治めるのが王道であり、徳で治める人物・天子が王者である。片や力で治めるのが覇道であり、武力で治める人物が覇者である。これが将軍と考えてよいだろう。天子の理想を旨とした周王朝時代において、徳で治める天子は軍隊を持たなかった。軍事行動の必要に応じて天子のみが任命しうる、天子代理の指揮官の称号が将軍である。将軍とは、そもそもは天子政府の軍事指揮官の爵号である。
●将軍と幕府:中国でいう将軍とは、戦争や反抗勢力の討伐に臨んで、天子から預かった軍隊を臨時に指揮する人のことである。中には、将軍職に格別の才能を発揮したフリーター(地盤金盤なしの軍師)もいたが、多くの場合は天子政府の実力者が兼務した。彼らは、出征中は幕を張った陣中で政務をこなしたことから、政治を行なう将軍の居所や陣営を幕府といった。そんな兼務人物には、将軍としての肩書きが追加されるのだが、主に出征する方面や任務内容に合わせた呼称が用いられた。
わが日本でも、将軍と幕府の本来の意味や、機能、権限、形態とも中国に倣ったもので、源頼朝が朝廷から征夷大将軍に任命されて以来、朝廷の認証を得て軍政を担う者を征夷大将軍と呼ぶようになり、武家政治の政庁を幕府と呼ぶようになる。およそ3~4000年前の中国で始まった天子を頂点とした政治形式が、日本でもほぼ原形どおり徳川時代まで続いた。その幕末に、「(天子から預かった)大いなる政をお還し奉る」とした「大政奉還」の4文字が、将軍と幕府の本質の何たるかを語り尽くしている。   

さて。それでは、あなたが提示された7つの謎について。
●謀反の動機は何か………
信長の朝廷への禅譲要求阻止。(信長に帝位簒奪の意図があった)。
●なぜ信長はあれほど無警戒で本能寺にいたのか………
古来、天子(日本では天皇)の都には、軍隊や軍人は許可なく入れなかった。王都は王都警備隊が警護し、「寸鉄を帯びず」が原則の王の身辺を武器を所持して警護するのは、最も信頼のおける王の近親血族で編成した親衛隊だった。これが物部氏(武器・武力・戦闘という「ものものしいこと」を専らとした氏族)や平氏や源氏のはじまりである。
信長とて、朝廷からみれば無粋で野蛮な武人にすぎない。将軍の爵位を頂戴する名目で都に入った信長だが、都に入るには武装解除が形式儀礼である。丸腰同然で手薄の状態で寺に宿泊したのは、そういう古来の形式儀礼にのっとったものである。だが実は信長は、朝廷無視の法度破りで、「ある意図をもって」二条城に密かに軍勢を待機させていた。
●なぜ光秀は本能寺の変をやすやすと成功させ得たか………
それよりも、光秀が軍隊を都へ入れたのは「独断の法度破り」だったのか、「誰かが許可したのか」を考えるべきである。
●光秀は本能寺の変以降、どのような政権維持策を持っていたのか………
あるはずがない。彼の目的は信長の帝位簒奪阻止、朝廷乗っ取り阻止、それだけ。

↓↓↓以下の3点は信長暗殺とは別次元で、各人の思惑が入った事象として考えるべきである。
▼家康の安土城訪問と上洛がなぜ無警戒だったのか
▼三河に戻り織田領を攻め取った家康に咎めがなかったのはなぜか
▼秀吉の中国大返しが成功した理由は……?
この3点を、「信長暗殺の7つの謎」ごっちゃにに入れるとはおかしい。

所詮は朝廷の庭先で勝手に振る舞っていたにすぎない武人が、増上慢すぎて朝廷を蔑ろにし、天皇が禅譲を拒絶すれば御所焼き討ちも辞さんする矢先の出来事です。「光秀が都へ軍隊を入れるのを許可したのは誰か」と自問されたほうが、より史実に近い回答が得られると思います。謎でもないものを勝手に謎にしてしまっては、際物視されても文句はいえないでしょうね。(古代史探究の天才)
返信する
ついしん。 (伊作)
2010-01-05 12:23:30
日本の長い歴史の中で、皇族同士の確執以外に、外野人が天子に弓を引こうとした事例を知りません。
信長はまさに、野人にありながら天子に弓を引こうとした人物だと思います。彼はたぶん、天皇制を廃止して西欧的な王国づくりをしようとしていたのではないでしょうかね。

ともあれ。秀吉は征夷大将軍ではなく、関白太政大臣になりました。私の知識がまちがっていなければ、百姓の小倅がなれるものではなかったはずです。これも大きな謎ですね。

ここでもまた、「朝廷したたかなり」という言葉を想起します。だてに2000年も続いたわけじゃないということでしょう。
返信する
本能寺の敵は誰の敵。 (伊作)
2010-01-05 13:26:48
「敵は本能寺にあり」とは。

そのまんま光秀の敵ということでしょうか。

それとも………?
返信する
信長帝位簒奪説は成り立ちません (明智憲三郎)
2010-01-05 18:50:27
 いろいろ書いていただきましたが「信長の帝位簒奪阻止説」は光秀謀反の動機として成り立ちません。なぜならば、信長が帝位を簒奪しようとした、という史実がないからです。
 「信長の朝廷への禅譲要求」があったことを前提とされていますが、禅譲は朝廷側の希望であり、むしろ信長はその実現を支援しようとしたというのが真相です。
 信長の帝位簒奪説は朝廷黒幕説の前提として一時期かなり派手に喧伝されましたが、その後、歴史学的な反論が多くなされて、今では根拠がないとされています。私も同じ考えですが、いずれ、「通説・俗説・虚説を斬る!」のコーナーで歴史捜査的に解説してみたいと思います。本件についてさらにご意見がある場合には、その際にお願いいたします。
 なお、「敵は本能寺にあり」という言葉は変から百年以上たって軍記物が面白おかしく作った言葉ですので、光秀自身が言った言葉ではありません。
返信する
ありがとうございました。 (伊作)
2010-01-05 20:35:33
ご返答ありがとうございます。
もともと私は古代史を中心にやっている者で、さほど詳しくはありません。いわば傍目八目で、古代から続く天子制度の観点から、(極めていやな表現ですが)「朝廷黒幕説」が最も史実に近いと思っています。

>なぜならば、信長が帝位を簒奪しようとした、という史実がないからです。
……天下人になろうかという大人物が心中に密めた大事が、「史実」として文献や民間の口伝で伝わるほど軽々に表沙汰になることはないでしょう。証拠がないのが当然です。しかし、彼の朝廷を蔑ろにした挙動などからはそれが推察できます。

>「信長の朝廷への禅譲要求」があったことを前提とされていますが、禅譲は朝廷側の希望であり、むしろ信長はその実現を支援しようとしたというのが真相です。
……少し話が見えにくいのですが、私は信長が朝廷に禅譲を迫る意図があったのではないかと考えているわけです。そのカンテなからは、「禅譲は朝廷側の希望であり」、「むしろ信長はその実現を支援しようとしたというのが分りかねます。

>その後、歴史学的な反論が多くなされて、今では根拠がないとされています。
……私もまた、度素人ながら歴史学の観点から、幾つかの「謎」について提示しました。どちらが歴史学的であるかは、今後の問題だと思います。

>いずれ、「通説・俗説・虚説を斬る!」のコーナーで歴史捜査的に解説してみたいと思います。
……その時にまた、歴史学的に詳しく異論を呈することにします。

>「敵は本能寺にあり」という言葉は変から百年以上たって軍記物が面白おかしく作った言葉です
そうでしたか。ありがとうございます。

最後に。持論を公にし喧伝すると、あらゆる批判を受け・これに冷静に応える責務みたいなものがつきまとうものです。私の経験がありますが、必ずしも期待したような声だけが寄せられるわけではないようです。では、いずれまた。
返信する
ありがとうございました (ひらぼん)
2011-02-13 22:20:47
著者ご本人様からのリンクありがとうございました。
実はブログの書評には書いていませんが、安住アナのラジオのご出演から知りました。
公式にサイトを開設されていたのですね。
これからお気に入りに登録して読ませて頂きたいと思います。
返信する
コツコツとジョギング (明智憲三郎)
2011-02-13 22:37:38
 ブログのタイトルの通りにコツコツとジョギングをされていますね。記録もたいしたものと感心します。
 私も42歳で禁煙をして、肥満防止にジョギングにがんばった時期がありました。三浦、厚木、横浜などの市民マラソンで出たりしました。一度だけフルマラソンを走って(といっても後半は歩いて)5時間半だったと思います。
 しばらくさぼっていたのですが、もう一度走ってみたくなって少しずつジョギングを始めています。ジョギングをしていると頭が普段落ち着いて考えないことを勝手に考え出すのが好きです。ジョギングをしている方は皆さんそうなんでしょうか?
返信する
私も考え事します (ひらぼん)
2011-02-14 23:02:45
私なんかは最初のフルマラソンは5時間52分でした(笑)

考え事は私もよく浮かびます。
他の走っている方でも、考え事をしていると聞きます。
返信する
足と手とでは違うようです (明智憲三郎)
2011-02-16 21:28:58
 やはりそうですか。ジョギングをしていると脳がいろいろ勝手に働きますね。
 ところが手を使う活動は不思議に脳が真っ白になって何も考えません。以前住んでいたマンションで芝生の手入れをして、雑草を抜いているときは全く脳が動きませんでした。いわゆる無心の状態です。面白いものです。
 
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質問です。 (真田幸成)
2011-08-16 12:44:21
『本能寺の変 四二七年目の真実』を拝見いたしました。
変の真相は、秀吉と家康と藤孝の3者での秘密となったという点が記載されていると思います。(読んでからしばらくたっているので間違えていたら申し訳ありません)。

 幕府を開いた後の家康がまだ秘密を保たなければならなかった理由が分かりません。貴書によれば、家康は信長に殺されそうになった立場である一方、秀吉は主家の危機を黙認した形になると思いますので、幕府を開いた後辺りでは、家康は、残っている豊臣家を追求する手段として、上記の秀吉の行為を非難してもよいのではと考えました。
 それとも、単に、天下を取った後であれば、あえて秘密をばらす必要がなかったのでしょうか。
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