テアトル十瑠

1920年代のサイレント映画から21世紀の最新映像まで、僕の映画備忘録。そして日々の雑感も。

抵抗

2013-03-06 | 戦争もの
(1956/ロベール・ブレッソン監督・脚本/フランソワ・ルテリエ、シャルル・ル・クランシュ、モーリス・ベアブロック、ローラン・モノー/100分)


 高校に入学した頃から読み出した「SCREEN」で、滋野辰彦さんは双葉十三郎さんの次によく読んでいた評論家だった。演出についての考察が多く、「抵抗」も何度か取り上げられていたので当時から興味があったが、TVで放送されることはまず無かった。ロベール・ブレッソンの名前もこの「抵抗」という作品で初めて知ったと思う。そんな高校生の頃、製作より6年後に公開されたロバが主人公の「バルタザールどこへ行く(1964)」が「SCREEN」の批評家年間ベストテンで上位にランクインし、ブレッソンの名前は深く記憶に刻まれることになった。

*

 「抵抗」は、第二次世界大戦中の実話を基にした映画で、ナチスドイツの占領下にあったフランスで、レジスタンス活動をしていたフランス人青年がゲシュタポに捕まり、収容された刑務所から脱獄する話です。
 昔はただ「抵抗」というタイトルだけでしたが、最近は「抵抗(レジスタンス)-死刑囚の手記より-」と長たらしい名前になったようです。実際、原題は『死刑囚は逃げた、あるいは、風は己の望む所に吹く』との事。つまり脱獄は成功するってことです。そして『風は己の望む所に吹く』というのは、「天は自ら助くる者を助く」と同じ意味だと思われます。なんだか努力すれば夢は叶うみたいな話に聞こえますが・・・。

 1943年、フランス第2の都市リヨン。ナチスドイツに抵抗するフランス軍中尉フォンテーヌは車で連行されるところだった。信号で止まった時に、あわよくば逃げようかと機会を狙っていたが、一旦は車を飛び出したものの後続車のゲシュタポに捕まり、拳銃で頭を殴られて刑務所に収容されることになった。
 収容所でも拷問付きの尋問を受けて、担架で放り込まれるように独房に入れられた。両手には手錠が掛けられ、アチコチが痛み、頭からも出血していた。翌日、又も尋問を受けそうになったが、疲労困憊している風を装ったらそのままにしておいてくれた。ひょっとしたら、あのまま房を出て行ったら殺されていたかも知れない。
 周りをコンクリートの壁で囲まれた小さな独房。トイレ用の大きなブリキの缶と洗面器代わりの小さな缶、粗末なベッドと毛布が与えられた。出入口とは反対側の壁の高い所に小さな窓があり、明かりはそこからしか届かなかった。

 隣の囚人と壁を叩くことで会話が出来るようになり、手錠を安全ピン一つで外す方法も教えてもらった。高窓とベッドの中間あたりの壁に小さな台が付いており、その台に上ると窓から外を見ることが出来た。窓の外は刑務所の中庭であり、平服を着たフランス人の囚人が三人散歩をしていた。その内の一人と会話を交わし、安全ピンや紙、鉛筆を調達してもらった。
 捕まって4日目。近くのホテルにあるゲシュタポ本部へ連行されて尋問を受け、刑務所に戻ると最上階の3階の独房107号室に移されることとなった。手錠も解かれ、4日ぶりに食べ物にもありつける事が出来たが、それは缶に入ったスープで、あっという間に無くなってしまった。

 3階には大勢のフランス人が収容されていたが、彼等と会うのは、朝のひと時しかなかった。一列に並んで歩き、房から持ってきたバケツの排泄物を捨て、洗面所で顔を洗う。『しゃべるな!』とドイツ兵に言われるので、小声で手短に話すしかなかった。
 隣の106号室は空室のようで、反対側の108号室には老人が居た。壁を叩いて合図を送ったが、老人からは反応がなかった。高窓越しに声を掛けてみたが、老人は生きる気力を無くしかけていた。

 偶然からフォンテーヌは脱獄のきっかけを得る。暇をもてあまし、何の気なしに出入口の木製の扉を見ていた彼は、扉が小さな6枚の板が2段になって組み合わせられた物であることに気付き、継ぎ目を開いていけば人が通る事が出来るのではないかと思い始めたのだ。その巾は3枚分の板で十分だった。
 毎回の食事にはスプーンが付いていたが、ある時、スプーンを忘れたふりをして缶だけを看守に返したら気付かれなかった。成功だ。スプーンの食物を掬う方を持って、反対側を床のコンクリートで削った。それはノミのように鋭くなり、木製扉の継ぎ目を削るのに丁度良い道具となった。幸いにして看守は1階にしか居なかったが、時に見回りに来ることもあり、物音には敏感にならざるを得なかった。こうして、フォンテーヌの命を懸けた抵抗が始まるのである・・・。


 全編、主人公のモノローグでストーリーが進行される為、内面の葛藤がひしひしと伝わります。ロングショットは皆無に近く、殆どのショットがバストショット以上のアップで撮られているため、息を呑むような緊迫感が漂っています。映画で結末が分かっていては面白くないと言う人がいますが、映画は描写ですから、映像から伝わる緊張感、葛藤を素直に感じとればいいんです。
 画面は主人公を中心に展開しており、敵方のドイツ兵の様子は殆ど描かれません。刑務所の描写もフォンテーヌが見れる範囲でしか描かれません。狭い視界。しかし、ドイツ兵の足音、中庭で行われているであろう銃殺刑での銃声等により、空間の広がりを感じさせるようになっています。終盤の脱出シーンでは、近くを通っているであろう列車の音が聞こえてきて、解放への望みが膨らんでいく気分になります。

 1957年のカンヌ国際映画祭で監督賞を受賞したモノクロ作品。現代の刺激的なカメラワークに慣らされた観客には、この品の良い感覚は物足りなさを感じるかもしれませんな。

*

(↓Twitter on 十瑠 より

9日に届いていたブレッソンの「抵抗」を午後のひと時に観る。この映画、以前観たのか、初見なのかあやふやなんだが(冒頭の車のシーンに既視感が)、とりあえず予想通りの印象だった。ブレッソンらしいシンプルでスマートな作り方。時にヒッチコックをも連想させた。台詞がなくても観れるな。
 [2月 23日 以下同じ]

ブレッソンの「抵抗」、ロングショットはゼロに等しく、殆どがミディアムショット以上に対象に接近したカメラで綴られる。あのウディ・アレンの「インテリア」以上に、個性的な作り方。今、こんなに勇気のある作家がいるだろうか。何を描くかが明解だから出来たスタイルでしょう。

そして、例えば脱獄の作業をしている時に看守が近づいてくるなんていうシーンがあるんだけど、ありきたりなパラレルシークエンスのカットバックなんていう手法はとっていない。近づいてくる看守は靴音だけで表現される。カメラの表現が取り上げられる事の多いブレッソンだが実は音の使い方も巧いんだ。

事前の予想との違いを言うと、主観ショットが少なく感じたこと。アップショットは対象の人物の内面を感じさせるが、主観ショットをもっと使えば、もっと主人公の心情が切実に感じられると思うんだが、もう一度観ないと実際のところは分からない。ブレッソンの意図はまた違うかもしれないし・・。

終盤にそれまで独り部屋だった主人公の房に、若者が入ってくる。スパイの可能性もあるので、サスペンスが高まるんだが、この若者がマット・デーモンに似てて面白かった。それと、フランス人なのにドイツ側に付いていたという設定であり、ルイ・マルの「ルシアンの青春」の若者にも見えてきた。

音の使い方で言えば、脱獄の際の列車の音なんていうのも巧いなぁ。そして、この作品は主人公のモノローグが使われている。内面と外界の音(銃殺刑の銃の音など)との対比。カメラの場所の限定は主人公の境遇を観客にも感じさせる意図が有るのではないかと思うが、音の扱いも同じでありましょうな。

「抵抗」の題材を平凡な作家が作ったとしたら、例えば、ナチスに捕まる前の主人公の様子をフラッシュバックで入れたりするかも知れない。刑務所中の別の囚人の部屋にカメラが入ったりするかもしれないし、ナチスの看守を悪役らしく描いたりするかもしれない。

主人公の主観カメラで、例えば垢にまみれた主人公の掌だったり、格子窓から見える空のショットがあったらいいなぁ、なんて思ったんだけど、ブレッソンの解釈で、この主人公はそういう感傷的な人物ではないのかも知れない。だから、僕の期待したそういうショットがなかったのかも知れない。

今朝早くに「抵抗」の2回目を観る。あわよくば、紹介記事を書こうかとも思ったが、急に用事が色々と発生して、またもや後延ばしに。ったく。今月一杯は忙しそうだなぁ。「抵抗」のお薦め度は★四つ半くらい。もっとドラマチックな方が個人的にはお好みですからな。
 [3月 1日 以下同じ]

「抵抗」の主人公フォンテーヌ中尉さん。如何にもフランスの色っぽくてスラッと背の高いいい男。汚物入れのバケツも臭いがしないんじゃないかと思えるくらい。それにしても、も少し無精ひげが生えてる方がリアルだよね。ほんで、脱出途中でドイツ兵を殺すんだけど、死体の処理が大胆すぎないかなぁ。





(お薦め度は★四つ半くらいですが、孤高の創作姿勢に敬意を表して★五つです)


・お薦め度【★★★★★=大いに見るべし!】 テアトル十瑠

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4 コメント

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なつかしい! (筆致刻久)
2013-04-30 14:19:13
十瑠さん、はじめまして。
この映画「抵抗」は中学生のとき観ました。
当時これまで観てきた映画と違ってドラマらしい展開がないことにも驚きましたが、映画を観ている間、ずっと緊張しながらドキドキしていたのも事実。こんな経験は初めてだったので、今でもよく覚えています。
思わずコメントしてしまいました。
なつかしい映画のアップありがとうございました。
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筆致刻久さん (十瑠)
2013-04-30 21:28:24
分かりやすい名前ですなぁ。
思わずコメントといわず、どしどしお言葉ください。
まっとりまっせ
返信する
弊記事までTB&コメント有難うございました。 (オカピー)
2014-01-21 19:47:55
>滋野辰彦さん
僕も好きでした。
忘れられないのが、「フレンジー」がTV放映された時、カメラがバックしてアパートから出ていくところでCMを入れた為に「怒り心頭でTVを消した」というコメント。
70年代半ばTV欄の解説を担当していたことがあった時のことです。

>音の使い方
重要な要素なのに見落とし(?)がちですが、さすがに十瑠さんは着目されていました。
やはりベテランさんは違う。
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フレンジー (十瑠)
2014-01-21 21:32:13
あのクレーンカメラがスーッと階段を下がって、屋外まで引いていく所、あそこでCM中断なんて僕でも消すかもです。引き終わった後なら、許せそうですけどね。

シンプルな演出だったがゆえに気付いた音の巧みな使い方だったかもしれませんが、下手な監督はシンプルになればなるほどに、単調で退屈になってしまう。
映画って面白いです。
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