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ZONE-ZERO

ガン種中心二次創作サイト簡易版。アスキラ中心です。

E.D.E.N. 10

2007-06-15 19:06:21 | 病みキラ闇アス(戦後)(完結)
 その日を境に、キラの体調はいままでの不調が嘘のように善くなった。
 欝はなにかをきっかけにけろりと治ることがあるという。
 まさにその状態だ。
「リバウンドさえ気をつければ、あとはもう大丈夫」
 アディのお墨付きだ。
 リバウンド。すなわち、一度癒えた傷を再び開くことがなければ だ。
 キラの心の傷。
 アスランとの別れと、戦争。
「じゃあ、もう大丈夫ですね」
 アスランはほっと息をついた。
 キラと離れることは、もうありえない。
 万が一離れるときがくれば、キラを引きずってでも連れて行く。
 それだけの力を、アスランはもう身につけていた。
 もう一つの問題は、自分たちの努力でなんとかするしかない。
 そういう力も、望まないうちに身につけてしまった。
「キラくん。よく眠れる?」
「んー」
「ごはんはおいしい?」
「うー」
「キラ」
「ちょっと待ってー」
 話半分なキラは、アディの前でキューブを完成させるのだと躍起になっている。
「手止めて。話聞け」
「だから待ってー」
 うー とキラが唸って。
 カチン と音を鳴らせて。
「できた!」
 前面色が揃ったキューブを、アディに差し出した。
「いままでありがとう」
「キラくん・・・」
「もう大丈夫」
 にこり と、キラは心から笑った。

 いきなり多くのトラウマと向き合ったキラは、疲れたのかすっきりしたのか。
 急に寝つきがよくなった。
 食も、弱った胃が善くなるのと合わせてすすむようになり。
 それでも、元の体重に戻すのに三ヶ月。
 医学的に「照準値」とされる体重になり、顔色も改善、衰えた体力は戻すのに苦労したが、その辺はイザークのスパルタだった。
 仕事の時間も徐々に戻し。
 以前と変わらない生活になったとき、アスランが我慢の限界を迎えた。
「三ヶ月我慢した」
「・・・は?」
 深夜。やっとで床についたキラに、風呂上りのアスランは低い声で言い放つ。
「あれだけ毎晩だったのがいきなり三ヶ月のお預けだ」
「・・・はい?」
「もう駄目」
 ばたり と倒れこむように、キラを押し倒す。
「ちょ、アスラン!?」
「限界」
 ちゅう とキラの首筋に口付けて、するりとパジャマの下に手を滑らせる。
 その感触に、アスランは満足する。
「骨、浮いてないな」
「食べてるもん」
「気持ちいい」
 そのままキラの上着をたくし上げれば。
 健康的なキラの身体。
「うん。健康そのもの」
「・・・そういう確認しないでよ」
「しかたないだろ」
 痩せこけたキラの身体を目の当たりにするたびに、こっちが欝になりそうだった。
 せがまれてしてはいたけれど、内心あのときは本意ではなかったのだ。
「ああ、でも腰は細いままだ」
 へその辺りにキスを落として。
「覚悟はいいか?」
「・・・なんの」
「明日は足腰立たないと思え」
 死刑宣告を聞いた気分だった。
 でもキラは気づいている。
 アスランに求められたのは本当に久しぶりで。
 うれしくて。
「お手柔らかに」
 降ってきたキスを、甘受した。
   
というわけで、おまけのような完結。
病んでるキラを書こうと思ったはずが、ただアスランがかわいそうなだけの話になりました(反省)
向いてないよ。私、連載向いてない。

E.D.E.N. 9

2007-06-14 19:47:30 | 病みキラ闇アス(戦後)(完結)
 その日の夕方、アディのところに診察に寄った。
 カウンセリングはなく、ただキラの健康診断のみが行われ。
 出された薬は、前よりぐっと軽いものになっていた。
「気を抜かないこと。ただしアスラン君には甘えること。肩肘張らないで、ね?」
「うん」
 アディの言葉に、キラは素直に頷く。
 栄養剤は変わっていないが、精神安定剤が軽くなっていることに、アスランは不安と安堵を隠せない。
 前回の二の舞にならないか。
 これでキラが安定してくれれば。
 交錯する思いに難しい顔にないっていたらしく、アディに
「大丈夫よ」
 とくすくす笑われてしまった。
「キラくん、欲しいものも手に入れて、トラウマと向かい合って、とてもいい顔してるもの。大丈夫よ」
 だから貴方も、そんなに思いつめないで。
 看護する側が、連鎖的に倒れるケースは多いのだから。
 アディの言葉とキラの無邪気な顔に、アスランは肩に入っていた力を抜いた。
 きっと大丈夫。
 
「結局、なにが欲しかったんだ?」
 帰りの車の中で、アスランはふとイザークに聞いた「キラのほしいもの」を思い出した。
「べつに欲しいものはないよ?」
「勝ったら俺に強請りたいものがあったんだろ?」
「ああ、それ」
 車の中でも、キラは持ち歩いているキューブを弄っている。
 アスランにコツを教えてもらって上達はしたのだが、どうにもあと一面 なのだ。
「負けたから言わない」
「我慢しない」
「うー」
「言って」
「言うだけね?」
「それは俺が判断する」
 キラはキューブを弄る手を止め、じっとアスランの横顔を見つめる。
 運転中のアスランは、キラを横目で見ることしかできない。
 黙りこむキラになんだろう と思っていたら。
 ちゅっ と、頬にキスをされた。
「・・・なに?」
「手、繋ぎたかったんだ」
「手?」
「手繋いで、デートしてみたかったんだ」
 プラントではできないこと。
 同性の恋人を自慢すること。
 それをしたかったのだと、キラは告白する。
「キラは昔から、いけないことが好きだな」
「うん。悪戯とか、悪いこととか、大好き」
「手、か」
 ふむ とアスランは考える。
「なんでコペルニクスにいるとき言わなかったんだ?」
 あそこなら人目も少なかったのに。
 あそこなら、偏見の目も少なかったのに。
「プラントじゃなきゃ意味がない」
「意味?」
「みんながアスランのこと知ってるじゃない。別にオーブでもいいんだけど、僕らが今住んでるところじゃなきゃ意味がないよ」
 普通のデートがしたいのだと。
「一緒に住んでるから待ち合わせとかしないけど、普通に出かけて、手繋いで買い物したり、したかったんだ」
 負けたからいいけど。
 拗ねたキラに、アスランはふっ と笑って。
「乙女だな、キラは」
「うるさいな!」
「しようか」
「へ?」
「デート、しようか」
「・・・いつ」
「明日」
 ちょうど明日は休みだ。今日の模擬戦の疲れを取れと、イザークが出した「療養休暇」。
 アスランの休みは、すべてキラに合わせてある。カガリの計らいだ。
「どこ行きたい?」
「だって負けたもん」
「負けたから言うこと聞け。どこ行きたい?」
 うー とキラは唸る。
 返答に困るということは、後ろ暗いことでも考えているのか。
「どこ?」
 マンションの地下駐車場に車を停め、アスランはシートベルトを外してキラに覆いかぶさる。
 逃げ場を失ったキラは、視線をそらす。
「言って」
 キラの好きな甘い声で囁けば。
 天岩戸は陥落した。
「・・・お墓」
「墓?」
 誰の。
「僕が殺した人。アスランがわかるだけ」
 キラが殺したひと。
 ラスティ・・・は、連合の兵士に撃たれたからカウントしないとして。
 ミゲル。ニコル。クルーゼ。ハイネは直接的には殺していないけれど、数にはいるだろうか。
「あと、レイと、デュランダル議長と」
 しどろもどろと、キラは続ける。
「アスランのお母さんと、お父さんの・・・」
「父は戦犯扱いだから」
「あるんでしょ? からっぽのお墓」
 実は、ある。
 共同墓地の片隅、人のあまりこない場所に、こっそり建てた。
「どうして知ってる」
「イザークに聞いた」 
 あのお喋り。
「お父さん無理なら、お母さんだけでいい」
 母の墓もカラッポだ。
 母だけでなく、キラが手にかけた人間は皆機体と共に塵となった。
 カラッポの墓に、キラは行きたいという。
「・・・いいよ。行こう」
「いいの?」
「結構数あるし、あそこ広いから。朝早めに出よう」
 そのあと普通にデートしよう。
 アスランの言葉に、キラは躊躇いがちに頷いた。

 翌朝。
 途中の花屋で多くの花束を買えば、店主が「軍人さんかい?」と訊いてきた。
 そうだと答えると、注文より大き目の花束を作ってくれた。
 彼等のおかげで今の平和があるのだから。
 しっかり礼を言ってきてくれ と。

 プラントの共同墓地は広い。
 同じ墓標が整然と並ぶその広大な土地を、アスランは迷いなく歩く。
 片手に大量の花。
 片手は、キラの手を掴んで。
 そうしてしばらく歩いて、一つの墓標の前で止まった。
「ミゲル・アイマン」
「・・・いつ」
「最初。緑のザクに乗ってた」
 キラが最初に殺した人間。
 その墓標の前に花束を一つ、手向けた。
「先輩でさ、色々教えてもらった。緑なのに、戦場で二つ名を持つような人だった」
 『黄昏の魔弾』と、人は呼んだ。
「ミゲル、驚いたか? あのストライクに乗ってたのがこんな甘えただ」
「甘えたって」
「じゃあな」
 軽く敬礼して、アスランは次へとキラの手を引く。
 二つ目はすぐ近くだった。
「ニコル・アマルフィ」
「知ってる。ブリッツの人」
「そう」
 ニコルの話は、以前ディアッカに聞いた。
 「おまえそっくり」と言われた。どこがと聞けば「かわいい見た目」と言われた。
「一つ年下。ピアノ好きの、やさしいやつだった」
 花束を手向けて。
「ニコル、会いたがってたキラだ。やっと連れてこれたよ」
「会いたがってた?」
「幼馴染だって話したら、俺が気を許す人を見てみたいって」
 甲板で話したのが、最後だった。
 一緒に飛魚の群れを見てやればよかった。
「じゃあ、またな」
 敬礼して、次へ。
 三つ目は、少し離れていた。
「ラウ・ル・クルーゼ。言うまでもないな」
「・・・うん」
 キラが「最高のコーディネイター」だと。
 そう言って、最後までキラを恨んで死んでいった人。
「隊長、あの世では仮面を取らないと、人に嫌われたままですよ」
 そう笑って、花束を手向けて。
「最後まで貴方の素顔は見れなかった」
 アスランはどこか寂しそうだった。
 そうして敬礼して、次へ。
 もうここが墓地のどのあたりなのかキラにはわからなくなってきた。
「ハイネ・ヴェステンフルス」
「・・・いつ?」
「二度目の戦争。キラが殺したわけじゃないけど・・・黄色のグフ、わかるか?」
「わかる」
 自分の介入のせいで混乱した戦闘で死んだ人。
「フェイスの先輩。おもしろい人だったよ。懐っこいっていうのかな」
 花束を手向ける。
「でも、俺が何と戦うべきなのかを気づかせてくれた」
 じゃあおまえ、どことなら戦いたい?
 あの質問に、今なら答えられる。
「ハイネ。俺は、キラの敵と戦うよ」
 じゃあな。
 敬礼をして、今度は
「レイと、議長と、グラディス艦長」
「並んでる・・・」
「シンがイザークに頼み込んだんだ」
 どうしても、傍にいさせてやりたいと。
 泣きながらシンがイザークに頼み込んだのだ。
 レイが、議長を「お父さん」、艦長を「お母さん」と呼びながら死んだと聞いて。
 どうしても と。
 三つの墓標にそれぞれ花を手向けて。
 アスランは
「幸せに」
 そう言って敬礼した。
 
 最後の二つは、入口の近くだった。
 血のバレンタインで死んだアスランの母、レノアの墓の前で、キラはとうとう泣き崩れた。
 やさしかったアスランの母。
 幼い頃何度も冗談で「うちにお嫁にいらっしゃいな」と言っていた人。
 それだけ、キラにやさしかった人。
 見知った人の墓の前に立つことは、キラにとって初めてだった。
「母上。キラ、大きくなったでしょう」
 花を手向けて、しゃがみこむキラの肩を抱いて。
「泣き虫は変わっていませんよ」
「おばさ・・・」
「甘ったれで、俺にベタ惚れのままです」
 だから
「だから、もう一生離れません」
 キラの涙が、ぴたりとやんだ。
「すいません、孫は連れてこれません」
 でも
「貴女は、笑って喜んでくれますよね?」
 ひっ と涙を堪えて、キラはアスランに抱きつく。
 アスランもそれを受け止めて。
 しばらく、二人で泣いた。

 泣いて泣いて。互いに涙を拭いあって。
 最後の一つは、入口から続く壁の、一番角。
 人が一番目をつけにくいところにあった。
 パトリック・ザラ。
 本来なら戦犯扱いで、墓は建てられない人だ。
 入るべき遺体は、要塞もろとも宇宙の塵になった。
「父上」
 手向ける花は、もうアスランの手に残っていない。
 最初から数に入れていなかった。
 花を手向ければ、目立ってしまうから。
「どこまでも親不孝者です、俺は」
 キラの手をぎゅっと握って。
 アスランはどこか、緊張した面持ちだった。
「貴方を裏切り、ザフトを二度も裏切り、貴方の嫌ったナチュラルと馴れ合い、挙句選んだのは同性のキラです」
 あれだけ忌み嫌った「フリーダムのパイロット」。
「でも、謝ることはしません」
 謝る理由が、思いつかない。
「俺は何一つ、悪いことはしていない」
 ただ、望むままに生きているだけで。
 恥じることはなにひとつない。
「ただ、俺を作ってくれたこと。月に匿ってくれたこと。それだけ、感謝しています」
 父がアスランと母の身を案じて月に匿ってくれなければ。
 キラと出会えなかった。
 だから。
「ありがとうございます。そして、さようなら。もう、ここには来ません」
 ぺこり と二人で頭を下げて。
 墓地を後にした。

 涙でぐしゃぐしゃになったキラの顔を、車に積んであったタオルで綺麗にして。
「どこ行こうか」
 アスランはすっきりした顔で言う。
「どこでもいい?」
「いいよ」
「じゃあね、アスランが好きな場所」
 そう言われて、アスランは困る。
 プラントにはいい思い出がない。
 キラと離れてからの自分の荒み具合はひどいものだったから。
「街をぶらぶらした思い出しかないな」
「じゃ、それで」
 いいじゃん、ぶらぶらしようよ。
 手を繋いでさ。
 キラの笑顔に、アスランは
「わかった」
 そう言って、車を発進させた。 

 手を繋いであるけば、予想以上に目立った。
 目立ってはいたけれど、何も悪いことはしていないのだから、二人は堂々としたものだった。
 入った店でじろじろ見られ、小声でアスランの名を囁かれるたびに、キラは自慢げな顔をしていた。
 戦争の英雄。ラクス・クラインの元婚約者。パトリック・ザラの息子。
 それだけアスランの顔と名は、プラントで売れているのだ。
 午後を丸々手を繋いで歩くだけ。
 アスランはこっそり、「週刊誌のネタにでもされるかな」と思ったが、キラが楽しそうなのでいいことにした。
 なにも悪いことはしていない。
 ただ、恋人と手を繋いで歩いているだけ。
 だれでもしていることだ。
 アスランもキラも、初めてすることだったけれど。
 そうして夕刻。
「行きたい店があるんだ」
 アスランが言えば、キラは素直に頷いた。
 着いたのは、一件の小さなレストラン。
 いかにも老舗 といった風格の店構え。
 キラの食欲が落ちてから外食は避けていたが、今日だけはどうしてもここに来たかった。
「ここ?」
「うん」
 手動のドアを開いて入ると、こじんまりとした店内に、テーブルが並ぶ。
「いらっしゃいませ」
 いかにもベテランといった面持ちの男性定員が頭を下げ、ふとアスランを見て
「ああ、ザラさまでしたか」
「覚えておいでですか」
「ええ、よく覚えています」
 こちらにどうぞ と案内されたのは、店の奥のテーブル。
「キラはこっち」
 と指されたほうにキラは座る。
 出されたメニューをアスランは捲らず、
「オムライスと、オレンジジュースを」
 二人分、迷わず注文する。
 定員も意味を察したらしく、笑顔で「かしこまりました」と奥に去っていく。
「オムライス?」
 なんで? 
「ここ、俺がプラントに来た日に来た店なんだ」
 テーブルに行儀悪く肘をついて、アスランは懐かしそうに店内を見回す。
「変わってないな」
 月から引っ越してきて、キラと離れて不安になっていたアスランを励ますために、母が連れてきてくれた。
「父と母が最初のデートで来た店なんだってさ」
「え?」
「俺の起源と言ってもいいな」
 そこに とアスランはキラが座る席を指して
「俺が座ってた。両親の時は母が」
「アス・・・」
「連れてきたかったんだけど、なかなか思い切りがつかなくて」
 話していたら、注文の品が運ばれてきた。
 とろとろ卵のオムライスと、オレンジジュース。
「それくらいなら大丈夫だろ?」
「・・・たぶん」
「無理しなくていいから」
 言って、先に口をつけたアスランの顔がほころんで。
「味、変わってない」
 うれしそうに言う。
 つられてキラも一口食べてみれば、それはとてもおいしかったけれど。
「なんか、アスランが作るのに似てる・・・」
「うん。俺のオムライスはここに似るな、どうしても」
 料理っていうのは、覚えているなかで一番美味しいものに似せて作るから。
 この卵の質感が出せなくて、コツを料理上手なディアッカに教わったのだ。
「おいしい」
「よかった」
 そう言ってキラは、出されたものを綺麗に食べきった。

たぶん、あと一回くらいで終わります・・・。
ネタ詰め込みすぎました。(反省)

E.D.E.N. 8

2007-06-12 19:21:37 | 病みキラ闇アス(戦後)(完結)
「キラさーん! おかえりなさい!」
「ただいま。はい、おみやげ」
 一週間の休暇期間を終えて仕事に行けば、シンが飛びついてきた。
 懐かれたものだ。
「月銘菓・・・」
「うさぎが搗いたお餅・・・」
「って名前のおまんじゅうみたいなやつ。賞味期限ヤバいから早く食べちゃってね」
 シンとルナマリアが不満げな顔をする。
「なんか・・・適当に選びませんでしたか? これ」
「わかる?」
 びりびりと包装を破いて中身の大福を取り出して、シンがそれでも食べてみる。
「美味いー。くやしいけど美味いー」
「シン、好きだよね、そういう地味なお菓子」
「ケーキとかよりこっちのが好きです」
 ルナー、お茶淹れて、緑茶。
 シンが和みまくってルナマリアに強請れば、ルナマリアもやれやれ という顔でお茶を淹れてくれた。
 三人で大福を摘んで。
「で、身体のほうはもういいんですか?」
 ルナマリアが訊けば、キラはうーん と考えて
「僕は別に悪いとか思わないんだよね。数字的にはまだよくないみたいなんだけど」
「じゃ、無理は禁物?」
「だねー。勤務時間も制限されたままだし」
 ごめんね、迷惑かけて。
 えへへ と笑ってお茶を啜ったところで、なんの挨拶もなしにドアが開いた。
 こんなことをする人間は一人しかいない。
「いい身分だな、貴様」
「久しぶりイザーク。はいお土産」
「大福は好かん」
「こっちはお煎餅」
「なんでそう爺臭いんだ!」
 仕事だ! とイザークはキラの執務机に書類を投げつける。
「・・・僕、病み上がり」
「病み中の間違いだろう」
 反論できない。
「イザーク、絶叫が外まで響いてる」
「ディアッカ、久しぶりー」
「おひさ」
 遅れて入ってきたディアッカはシンが持っていた大福を見て
「あ、いいな」
「食べます? 賞味期限ヤバイのにまだこんなにあるんですよ」
「さんきゅ! お茶!」
 和みの会に参加した。
「・・・貴様ら」
「一個だけ! 俺こういうの弱いんだよ!」
「そんなことは知っている!」
 ちゃっかりソファに座って大福を頬張るディアッカ という絵も、かなり珍しい。
「どいつもこいつも爺臭い・・・」
「アタシ女です、ジュール隊長」
「やかましい」
 ルナマリアの正論に、イザークはむっとした顔をする。
 これだからミネルバ出身は とかぶつぶつと。
 あの、前線にいるくせにやけにフレンドリーな艦にいたシンやルナマリアは、あまり軍人らしくない。
 今軍を辞めてカレッジに入っても浮くことはないだろう。
 そのくせ一旦MSに乗ってしまえばエースなのだから、イザークは扱いに困っているのだ。
「仕事ってなに?」
「オーブ軍と合同訓練だ」
「訓練?」
「模擬戦だ。互いの新型を使ってのな」
「誰が乗るの?」
「貴様だ」
 ぴたり とその場の空気が止まった。
「えーと、俺でも、いいんじゃないですか?」
 キラさん病み上がりだし。
「貴様では負ける。それではザフトのメンツが保てん」
「ってことはオーブのパイロットって・・・」
「駐屯部隊隊長殿だ」
 げっ とシンが顔をしかめる。
 アスランが相手では、シンも自信がない。
「トラウマ発動か?」
 にやり とイザークが笑う。
 キラは書類を眺めて
「これさぁ、スペック弄っていい?」
「なに?」
「っていうか、OS丸ごと書き換えていい? これじゃ負けちゃう」
「何をする気だ」
「アスランをぶち負かす」
 はっきりとしたキラの言葉に、イザークは大笑いして許可を出した。

 模擬戦の話に、アスランは乗り気ではなかった。
 相手がキラ。
 それは、互いに付け合った深い傷をえぐりあうだけの気がする。
 いっそ一撃で負けてやりたい。
 べつに死ぬわけではないのだし。
 そう思っていたとき、通信が入った。
 イザークだ。
「はい?」
『やつはOKしたぞ』
「なに?」
『やる気満々だ。精々負けて来い』
「ちょっと待て。やる気? キラが?」
 あれだけあの傷に触れることを恐れていたキラが?
『吹っ切れたか、ただ切れただけか。OSの書き換えまで始めた』
「本気じゃないか・・・」
 通常使用のOSは扱いにくいのだと、キラはフリーダムのOSを丸ごと書き換えた。
 アスランもジャスティスの扱いにくいところは書き換えたが、あそこまではやらなかった。
 戦中一度フリーダムの中を見せてもらったが、アスランにすら理解不能だったのだ。
「グフとフリーダムは違うんだぞ・・・」
『だからこそだろう。貴様をぶち負かすんだそうだ』
「なんだそれ?」
『勝って、ひとつ強請りたいものがあるんだそうだ』
「ほしいもの?」
 そんなもの、勝負しなくても買ってやるのに。
『精々負けてやれ。それでザフトも安泰だ』
「それは・・・おもしろくないな」
『でたな負けず嫌い』
「おまえが言うな」
 ふむ とアスランは考える。
 キラがやる気。これはこちらが負ける気で勝負すれば後々駄々を捏ねるに違いない。
「了解した。こちらも本気でやらせてもらう」
『楽しませろよ』
 イザークは笑いを噛み殺して通信を切った。
 キラがやる気。
 ということは、トラウマと向き合う気なのだ。
 これが殺し合いではないとわかった上で。
「すまない。新型のデータ、こっちに回してくれ」
「頼みますよ。ザフトに負けっぱなしじゃ、オーブ軍のメンツ丸つぶれなんですから」
「ああ。だから」
「今送ります」
 キラがその気だというなら。
 この勝負、買ってやる。
 アスランは賭け事も嫌いだが、それに輪をかけて負け勝負が嫌いだった。

 昼間は職場、自宅に帰ってもお互い会話もなく仕事部屋に籠りパソコンと向かいあうことになった。
 ザフトが出すのは新型のグフ。
 オーブ軍が出すのはM1をベースにしたまったくの新型。
 M1はそのOSをキラが組み立てた。だがそれではナチュラルのオーブ軍開発部が理解できず、「ナチュラルでもあつかえるもの」になったのが今回の新型だ。
 それではアスランには枷でしかない。
 丸ごと組み替える必要があった。
 アスランもそれなりにプログラムは組めるが、キラほどではない。
 だが、負けてやるつもりもない。
 要は勝てばいいのだ。
 勝って、「自分はキラより強い」のだと、思い知らせてやればいいのだ。
 そうすれば、キラは身をゆだねることを拒絶しない。
 動物的本能だ。
 アスランもすでに本気だった。
 元ザフトのエースを舐めるなよ と。

 模擬戦は三日後に行われた。
 キラの体調は、まだ万全とは言えない。
 万が一に備えて、ザフトの軍医と、アディが控えることになった。
 アディに会ったときの、イザークのバツが悪そうな顔は見ものだった。
 ディアッカは暢気に挨拶していたが、アディはディアッカに敵意があるらしく、笑顔でかわしていた。
 美女(男だが)にあしらわれるディアッカも、かなりの見ものだった。
 そうして、更衣室から出てきたキラとアスランは。
 互いに、自軍のものとは違うパイロットスーツだった。
「同じこと考えてたな」
「機体は違うけどね」
「実弾でもないしな」
「衝撃弾も結構効くよ」
「・・・貴様等。そのパイロットスーツはどこから手に入れた」
 イザークがもっともなツッコミを入れる。
 アスランはザフトの赤いパイロットスーツで。
 キラに至っては、連合のパイロットスーツを着ていたのだ。
「俺はシンに借りたんだ。シンは身長が伸びたからちょうどいいぞ」
 デザインはあの頃よりちょっと変わったけど。
「僕は内緒」
「またヤバイところから手に入れたんだろ」
「えへへー」
「それを脱げ! 着替えろ!」
「やだ」
「断る」
 ぴきぴきと青筋を立てるイザークをディアッカが「べつにいいじゃん」と宥めて、またアディの怒りを買っていた。
「というわけで全力でやる。覚悟しろよ」
「こっちの台詞」
「間違ってもコクピット狙うなよ」
「自爆装置はないんだっけ?」
 怒り心頭のイザークを放って、キラとアスランは観察室を出て機体に向かった。
 ペイント前で真っ白なグフと。
 M1をベースにしたせいで赤い名もない機体。
 その色は、あの頃を蘇らせる。
 機体に乗り込んでシステムを起動させる。
 久々の狭いコクピットに、キラは眩暈を感じた。
 恐怖 だ。
 大丈夫。死なせない方法を、自分は知っている。
 そう言い聞かせても、手が震えて仕方ない。
 振り切るように頭を振れば。
『大丈夫か?』
 タイミングを見計らったように、アスランから通信が入る。
「敵に塩送るもんじゃないよ」
『敵じゃない。ただの対戦相手』 
 俺はキラの敵じゃないよ。
 そういうアスランのほうが、緊張した顔をしていた。

 模擬戦は、前線で戦ったシンですら息を飲むものだった。
 互いの呼吸が読めすぎているキラとアスランでは、先手を読みすぎて展開が速すぎるのだ。
 しかも特別に乗せかえられたOSのせいで、反応速度も並みのものではない。
 自分が乗ってもああ動くのだろうか と、現役ザフトのエースは不安になった。
 格が違う。
 そう思ったとき。アスランの機体の右腕が飛んだ。
「げっ!」
「まだ決まらん」
 思わず声を上げたシンに、イザークは冷静に返す。
 仕返しとばかりに、次の瞬間にはキラの機体の左腕が飛んだ。
「新型がガタガタだな」
 イザークがぼやくと同時に、今度はキラの機体の頭が半分飛んだ。
「メインカメラはお釈迦だな」
「あれの開発にいくらかけたと思っているんだ」
 ディアッカの暢気な言葉に、ザフトの最高司令官はため息をつかざるを得ない。
「試合・・・いや、死合だな」
「言葉遊び?」
「現実にそうだろう」
「殺し合いじゃねぇだろ、これ」
「死に合いだ」
「はい?」
「いかに全力で死ぬか。そういうことだ」
 イザークの言うとおりだった。
 キラもアスランも。
 相手を殺す気でやっている。
 相手の死は、すなわち己の死を意味する。
 相打ちなど、はなから頭にない。
 あのときと同じだ。
 こいつを殺せば。
 自分はこの心のすべてを殺せるのに。
 そう、思ってしまう。
「フラッシュバック」
「なに?」
 アディの呟きに、イザークが反応した。
「心が戻ってしまっているのよ。殺しあった頃に」
「アスランもか?」
「つられてる・・・キラくんに同調しすぎてるわ」
「だが、俺は止めんぞ」
「どうして?」
「トラウマと向き合うのが、最高の荒療治だからだ」
「乱暴ね」
「そういう気質だと知っているだろうが」
 イザークの言葉に、アディは口を噤んだ。
 知っている。
 イザークがそういう性格だということも。
 トラウマと向き合うことが、キラの心を救う鍵になるかもしれないということも。
 逃げてばかりいては解決しないのだということを。
「あっ!」
 神妙な空気を、シンの声がかき消す。
 アスランの機体が傾いた。
 足 だ。
「得意技だな」
 俺もやられた とイザークは苦い顔をする。
 アスランの左足が膝関節部分から切り取られ、重力のせいで右足が膝をつかなければ姿勢を保てなくなった。
「決まったか?」
「貴様の思考と逆だな」
「あん?」
 ディアッカの声を掻き消すように、とどめをさそうとしたキラの機体ががくんと動きを止めた。
「時間切れだ」
「あ、エネルギー・・・」
「そういうことだ」
 あいつには訓練が足りん。
 そう呆れたように言って、イザークが終了の合図を出した。
 アスランの勝ちだった。 
 アスランの機体は、もう1アクション起こすだけのエネルギーが残っていた。

「なんで!? おんなじだけ動いてたじゃん!!」
「配分の差だよ」 
 着替えたキラは、ザフト本部の応接室で吠え立てた。
「キラはOSしか弄ってないんだろ?」
「うん」
「俺はちょっと、他に回すエネルギー方面も弄っててさ」
 要はハード面だ。
「あの設定だと、実践投入は無理だな。途中で推進力がガタついて安定しない」
「卑怯者ー!」
「得意なことを生かしただけ」
 しれっとするアスランにキラはぎゃんぎゃんと吠える。
 とてもさっきまで殺しあっていた者同士とは思えなかった。
 いや、殺さないのだけど。
「キラさん、グフはフリーダムじゃないんですから、そこんとこ考えましょうよ」
「だってあれに慣れちゃってるんだもん!」
「慣れちゃ駄目なんですって」
 シンの軍人らしい言葉も、今のキラには届かない。
 完全な興奮状態だ。
 頭に上った血が下がりきっていない。
「ほら、そんなに叫ぶな」
「だってムカツク!!」
「キラ」
「んっ」
 どうしようもないな と諦めたアスランは。
 キラの肩を引き寄せ、その口を無理やり自らの唇で塞いだ。
 他人の濃厚なキスに、シンは絶句、イザークは頭を抱え、ディアッカは苦笑い。
「落ち着いた?」
「・・・ん」
 急に甘い空気になった二人に、アディは慣れたもので。
「キラくん。今の気分は、どう?」
 医師として、質問する。
「んー? すっきりしてる」
「すっきり?」
「僕、ちゃんとアスランに殺してもらえるんだって思ったから」
 キラの言葉に、アスランは不機嫌を隠さず
「俺はキラを殺さないぞ」
 と低い声で否定する。
「でも、それだけの力持ってるじゃん」
 だから大丈夫。
 笑って言うキラは、言うとおりすっきりした顔をしている。
「あのときさぁ、殺したって思ったんだ」
 人目も憚らず、キラはアスランの肩に頭を預ける。
「手が、アスランの血で真っ赤になった気がしてさ」
 怖くて。
「その血が、こびりついてる気がしてたんだよね」
「俺も」
 自分の手のひらを見つめるキラに、アスランも頷く。
「あのとき、キラを殺したって思ったときから、生きてるって確認するまで。ずっと・・・」
 背徳感と罪悪感でいっぱいで。
 ああ、自分はもういつ死んでも後悔は無いと。
 そう思っていた。
「でも、アスラン死なないんだもん」
 かざしていた手をアスランの頬に滑らせて。
「ちゃんと生きてる。僕、殺してない」
「うん。生きてるよ」
「だから、もう、平気」
 にこりと笑うキラに、アスランはもう一度軽くキスを贈る。
 もう大丈夫。
 怖くない。
 この手は、汚れていないのだと。
 わかったから。
 生きていける。
 この人と。

ほんとはこんなにいきなりトラウマに向き合いすぎちゃいけないんだけれども。
標準ペースで書いていたらとんでもなく長くなるので。
ガンバッテ、キラさま(爆)



E..D.E..N. 7

2007-06-10 21:23:41 | 病みキラ闇アス(戦後)(完結)
 その日キラは薬を使わず眠った。
 疲れたのか、安心したのか。
 アスランの腕に抱かれて、久しぶりに深い眠りに落ちた。
 その寝顔に掛かる前髪をそっとよけてやって。
 痩せた頬にキスを落とせば。
 眠ったキラは幸せそうに笑った。

 たった4日間。
 それだけしか、この家には居られなかった。
 帰って病院で検査があるのだ。
 帰り支度をしながら、キラは初日の夜言われたまま先延ばしにしていたことを、切り出す。
「アスラン。書類」
「・・・いいのか?」
「それ、僕の台詞」
 カバンから封筒に入れられた書類を出して。
「ここと、ここにサインすればいい」
 指された場所に丁寧にサインを入れる。
 二箇所目に入れる手を止めて
「婚姻届にサインするのってこんな気分かな」
 と茶化せば
「養子縁組はしないぞ。結婚できるようになったとき困る」
 とアスランは真面目に返す。
 でも。
「僕、ザラの名前ほしいなぁ」
「ゴロが悪いだろ」
「あー。でもアスランがヤマトでもゴロ悪いね」
「結婚認めるときはその辺考えてもらわないとな」
「ラクスにお願いしてみよっと」
「いや、それ、ラクス本気で受け取るから・・・」
 やっちゃうから彼女。
 笑いあいながら入れた最後のサインは、右上がりになってしまった。
「・・・運気は上向きってことで」
「相変わらず字が下手だ」
「いいんだよ! いまは全部パソコンで打つんだもん!」
「書類にこの字でサイン入れてるのか?」
「・・・ものによってはもっと悪いかも」
「イザークがぼやくわけだ」
「なにを!?」
 ぎゃいぎゃい騒いで、戸締りをして。
 家のシステムを落としてセキュリティを再開させて。
 閉じてしまった門に、キラは呟いた。

「いってきます」

「いったいどういう魔法を使ったのかしら」
「魔法?」
 プラントに戻った翌日、キラの診察を終えたアディに言われ、アスランは首をかしげた。
「キラくん、なにか吹っ切れたみたいな顔だったわ」
 キラはいま、診察室の外に追い出されている。早く傍に行ってやりたいのだが。
「まだ薬がなければ眠れませんよ」
「睡眠のリズムを取り戻すのは時間が掛かるのよ。でも、そうではなくて・・・」
 そうね とアディは言葉を探り
「安心しているのよ。守られているような、守っているような」
 もともとの甘え体質の部分は、守られていることに。
 男としてのプライドや責任感の強さは、守っていることに。
 安心している。
「心のバランスを、どうやって執ったのか。教えてくれない?」
「簡単ですよ」
 ふふ とアスランは笑う。
「あなたの言うとおりにしただけです」
「私?」
「助言くださったでしょう。大切なものをキラに預けろ、共有しろ と」
「・・・ええ」
「そうしただけです」
 決して簡単ではない決断だったはずだ。
 大の男一人の未来を、奪うこと。
 女なら守ってやるだけでいい。
 しかしアスランは同じ男で、力もあり、周囲の期待も大きい。
 それを捨てさせる。自分が奪う。
 それはキラにとってどれだけ勇気が要ったことだろう。
 あの臆病なキラが。
 求めることが罪だと、自分の存在が罪だと思い込んだキラが。
 一人の人を、切望するなど。
「これがあいつを追い詰めなければいいんですけど」
「追い詰めない。救いになると確信したのでしょう?」
「してません。一か八かの賭けです」
 アスランは賭け事は嫌いだ。
 負ける勝負なんて冗談じゃない。
 だけど。
「キラは、どちらを選んでも、後悔します」
「じゃあ、どうして」
「後悔して、現実を見て、安心するはずだと思ったんです」
 キラがアスランを手放したとして。
 アスランが普通に結婚して子を儲けて。「一般的な家庭」を築いて暮らしても、キラは安心しただろう。
 キラがアスランを選べば。
 何年経っても変わらずアスランが傍にいて、将来を誓い合う。そのことに安心する。
「背徳感の塊には、荒療治が必要だと思いまして」
「力技ね」
「結果は見えてましたけどね」
 キラが自分を手放せるわけがないと。
 過信ではない。
 現実にそうなのだと。
 長いときをかけて、アスランは身を持って知っていた。
 だからこそ、ああしたのだ。

 キラは待合室のソファに座り込んで、持ってきたルービックキューブを弄っていた。
「できそう?」
「まって。話しかけないで」
 月にいる間も、キラは暇になってはこれと格闘していた。
 どうしてもあと一面できないのだ。
 うーうー唸りながらキューブを弄るキラは、どんどん作り上げていた面も壊していく。
「でーきーなーいー」
「清算して、薬貰ってくる。待ってろよ」
「うー」
 返事なのかただの唸り声なのか。
 受付で清算をして、薬剤部で薬を貰って。
 戻ってみれば、キューブの色はバラバラになっていた。
「あー・・・」
「できない!」
 病院で騒ぐな とキラからキューブを取り上げ、建物から出て車に乗り込む。
 シートベルトを締めるキラの隣でアスランはベルトを締めず、かちゃかちゃと手に持ったキューブを弄りだした。
「要は数学なんだよ」
「数学?」
「ハンガリー人の、数学者が考え出したんだ、これ」
 言いながらも、アスランは面を合わせていく。
「一回コツを覚えたら簡単だよ」
 パズルゲームだから。
 そう言ってかちゃんとキューブを鳴らして、ぽんとキラの手に投げてやる。
 前面の色が揃ったキューブ。
「どうやったの!?」
「回しただけ」
「僕、回しても回しても揃わなかった」
「教えてやる。昼食べて帰ったら、やってみるといいよ」
「くやしい」
「キラ、パズルゲーム苦手だもんな」
「ややこしいのは苦手なの!」
 ややこしくないけどな、それ。
 アスランはベルトを締めて、車を発進させる。
 キラがこれを攻略すれば。
 なにか、変わるだろうか。

そんなわけで、連載に戻ります。

E.D.E.N. 6

2007-06-07 18:40:32 | 病みキラ闇アス(戦後)(完結)
「ちょっと埃くさい?」
 早めにベッドに潜って、くんと匂いを嗅ぐ。
「消臭スプレー、買ってくればよかったな」
「明日これ洗濯して干せば大丈夫だよ」
「だれが洗濯するんだ?」
「・・・アスラン?」
「この!」
 ばふっ と枕を押し付けられて、じゃれあえば。
 子供の頃を思い出す。
 笑いあってふざけあって。
 子供の頃と違うのは、その合間にキスがはいること。
「ん、んん・・・」
 唇を啄ばむものから、深いものまで。
 何度もキスをして。
「疲れた?」
 至近距離で覗き込まれて、心臓が跳ねる。
 狭い、いつもと違うセミダブルのベッドは壁に沿って置かれていて。
 気がつけばキラは追い詰められていた。
「・・・どうしてここなの?」
「帰ろうと思ったんだ」
「あの頃に?」
「帰りたかったんだろ?」
「・・・うん」
「だから」
 ずっと帰りたかった。あの幸せしか知らない日々に。
「キラの家はもう人手に渡って入れないから。せめてと思って」
「ここ、どうして残ってたの?」
 キラの住んでいた家は人手に渡り、買い物帰りにその前を通れば人の住んでいる気配はなかった。
 買われて捨てられた、思い出の場所。
「父は手に入れたものは手放さない主義で、ここは引っ越してもザラの家のものだったんだ」
 キラを押し倒したまま、アスランは説明する。
「戦争が終わって、俺はオーブに身を寄せている間にプラントにいる父の顧問弁護士と税理士に極秘に連絡を取った」
 一度目の戦争の後だ。
「財産整理の必要があったんだ。プラントの屋敷と、各地の別荘、マンション、他の各不動産と、預金、会員権から、なにからなにまで」
 アスランが連絡を取るまで、宙に浮いていたのだという。
「それを全部売却してもらった」
「すごそう・・・」
「ああ、小さいコロニー一つくらいなら作れたかもな」
 MSなら簡単に買える額だぞ。
 アスランは笑って言う。
「それをすべて、戦後復興支援団体に寄付した。偽名で」
 一部にはバレただろうけど。
「残ってるのはここだけ」
「どうして残したの?」
「手放せなかった」
 アスランは身体を離してキラの隣に転がり、キラを抱き寄せる。
 ぎゅっと強く抱かれて。
「キラと、唯一繋がれる場所だから。捨てられなかったんだ」
「じゃあ、ここって」
「俺の名義だよ、今は」
「アスランの家?」
「そう」
 ここが俺の帰る家。
 そう言われて、キラは胸の奥がちくりと痛むのを感じた。
 プラントのあの部屋は。
 アスランの家ではないのだと、言われた気がして。
「アス。ここで、なにしたいの」
「全部を元に戻したい」
「もと?」
「キラと出会った、あの頃に」
 ざっ と血の気が引いた。
 いやだ。
 これ以上聞きたくない。
 聞けば。
 すべてが、終わる。
「帰ろう。忘れることは、できないかもしれないけど」
「や・・・」
「最初からやり直そう」
「あすら・・・」
「離れなければよかったんだ」
 え?
「あの日、父に逆らってでも、ここに残ればよかった。そうしたら俺はキラを一人にしなかったし、ザフトにも入らなかった。キラもMSに乗らずに済んだんだ」
「アスラン?」
「ここから、はじめよう」
 ぎゅう と、アスランが抱きつく腕に力を込めた。
「ここを、二人の帰る場所にしたい」
「え?」
「ここを、共有してくれないか」
 ここだけが、キラと繋がる唯一の場所で。
「ここしか、俺の思い出は残ってないから」
 キラと撮った写真は、プラントの部屋のリビングに飾ってある一枚を残してすべて処分されてしまったから。
「キラと共有したい」
「共有って・・・」
「具体的に言う?」
「ん・・・」
「土地を俺、家をキラの名義にしたい」
 アスランの言葉に、息が詰まった。
「思い出の詰まった家はキラにあげる。そこを支える土地だけ、俺に譲って」
「逆でしょ? だって」
「キラは思い出、もう残ってないだろ?」
 言われて、反論できない。
 キラが持っていた写真や思い出は、トリィを残してすべて宇宙の塵だ。
 トリィは別れの思い出。
 一緒にすごした時間は、なにひとつキラの手元に残っていない。
「書類も持ってきた。サインするだけで、この家はキラのものだよ」
「アスラン・・・」
「受け取って欲しい」
 そして
「いつか、二人でここに帰ろう」
 いつかオーブ軍もザフトも辞めて。
 ここに。
 世界がふたりだけだった頃に。
「嫌?」
「いやじゃないけど・・・」
「けど?」
「アスランの思い出は、どうなるの?」
「俺にはキラがいればいい」
 写真や記憶なんかじゃなくて。
「キラが笑っていれば、それでいい」
 どうしよう。
 これって。
 生涯を誓う、確かなものだ。
 ずっとほしかったものだ。
 二人を繋ぐなにか。目に見えるなにか。アスランを縛り付けるなにか。
 アスランの未来を、独占するなにか。
「結婚、できないんだよ?」
「そのうちプラントも婚姻統制の無意味さに気づく」
「子供、できないんだよ?」
「キラがいればいい」
 嘘だ。
 アスランはずっと欲しがっていた。
 自分だけの家族を。
「キラ」
 拒む言葉を捜しているうちに身体が離れて、目を覗き込まれて。
「俺のものになって」
 俺の持つものすべてをあげるから。
 
 そんなこと、言われたら。

 言葉は役に立たなかった。
 ただアスランにしがみついて、涙を流して。
 ごめんなさいと。
 謝ることしかできなかった。
 すべてを奪ってしまう。
 過去も今も未来も。
 この人からすべてを。
 ごめんなさい。
 あの日出会ってしまったから。
 あのとき、その手を取ってしまったから。
 求めてしまったから。
 いま、こんなにもうれしい。
 ごめんなさい。
 貴方のすべてを。
 僕にください。


どうにもこうにも、ネタを詰め込みすぎです・・・。
「ここからはじめよう」はどうしてもアスに言わせたかった台詞。(わかる人だけわかってください)

E.D.E.N. 5

2007-06-06 20:22:59 | 病みキラ闇アス(戦後)(完結)
 病室に戻ると、キラが目を覚ましていた。
 静かにベッドに近寄ると、シンが席を譲り、部屋から出て行く。
 二人きりの空間がこんなに重く感じたのは初めてだった。
「キラ、わかる?」
「ごめん、迷惑・・・」
「違う。心配した」
 迷惑なんかじゃないよ。
 そう言うと、キラはほっと息を吐く。
 こんなに、人の顔色を伺う性格だっただろうか。
 アスランの顔色を伺うなど。
 今までからは考えられない憔悴ぶりだった。
「ごめんな」
「なに?」
 キラの髪をそっと撫でて呟けば、キラがアスランの目を見つめる。
「自分のことばかり考えてた。キラのことすら、俺のことだと思い込んでた。キラはキラなのに・・・」
 同じものだと思い込んでいた。
 自分の考えはキラのもの。
 自分の行いはキラのそれ。
 そう思い込んでいたのだ。
「思い上がってた。ごめん」
「・・・アス?」
「手が、さ」
 髪を撫でていた手を止め、じっとそれを見つめて。
「血まみれに見えるときがあるんだ」
 ぎくり とキラの顔色が変わった。
「キラも、そうだろ?」
「・・・うん」
「だから、俺とキラは同じだと思ってたんだ」
 同じものを見て、同じものを食べて育った自分たちは。
 同じだけ、血に汚れていて。
 同じだけ、罪を背負っているのだと。
「俺なんかより、キラのほうがずっと繊細だってこと、忘れてた」
「アス、にぶいからね」
「うん。鈍いんだ」
 だから気づかなかった。
 自分は自分で、キラはキラ。
 一個人である自分たちは、決してひとつにはなれないのだと。
「とりあえず三日は入院だってさ」
「仕事・・・」
「ルナとシンがやってくれる。隊長の判が必要なときは、イザークが」
「迷惑かけちゃった」
「だから、迷惑じゃないよ」
 みんな心配してるんだよ。
 そう言えば、キラは困った顔をした。
 戸惑っているのだ。
 信頼され、心配され、愛されている。その事実に。
 連合時代散々裏切り者呼ばわりされてきた傷が、目に見えた。
「俺も、仕事前と後には来るよ。寂しかったら、呼んで」
 すぐ来るから。
 そう言っても、キラは呼ぶことは無いとわかっていた。
「ひとりはこわい」
「キラが眠るまで、ここにいるよ」
「夜中に目が覚めたら?」
「呼んで。来るから」
「面会時間は?」
「アカデミーで鍛えた人間を舐めるなよ。潜入は得意なんだ」
 キラは笑う。
 笑って、ほしかった。

 入院中、キラがアスランを呼ぶことは、一度もなかった。

 キラが入院したことを受けて、イザークはキラに退院後一週間の休養を命じた。
 大げさすぎる とキラは拒否したが、イザークは一度出した命令を取り下げないことで有名だった。
 それに合わせて、アスランも一週間の休暇を要請した。
 キラのためだと言えば、最高責任者のカガリから直接許可が下りた。
 そうして、退院日。
 三日ぶりに家に帰ったキラは、リビングの隅に置かれた二つのスーツケースに気づいた。
「なにこれ」
「里帰りの準備」
「オーブに帰るの?」
「違うよ」
 わからない という顔をするキラをソファに座らせ、アスランはその隣に腰を下ろす。
 キラの細くなった肩を抱き寄せれば、キラは甘えるように身を寄せてきた。
「帰ろうと、思って」
「アス、オーブに帰るの?」
「ううん」
 オーブじゃないよ。
 キラはまだわかっていない。
「俺たちの、故郷に帰ろうと思って」
「ふるさと?」
「月」
 コペルニクスは、連合の基地に近い。
 戦中、その火が及ぶことを恐れた人々はオーブなどに移住し、一時過疎化が進んだ。
 最近では戻る人もいるというが、それでも人口はキラたちが住んでいた頃の半分にも満たない。
 人が住まなくなったせいで物資は不足し、この先さらに過疎化が進むだろうと懸念される土地だった。
「だって、帰っても・・・」
 なにもないよ。
 キラが住んでいた家は、アスランと共に眠ったあのベッドは。
 引越しの時に手放し、人手に渡ってしまった。
 10年近い月日が流れれば、街並みは変わる。
 一緒に遊んだあの公園も、いまもあるかはわからない。
 帰っても無駄だと、キラは言う。
 それでもアスランは譲らなかった。
「もうシャトルのチケットも取った。明日の朝の便で、帰る」
「アス・・・!」
「嫌だって言っても、一緒に連れて帰るから」
 アスランは頑なに「帰る」と繰り返す。
 始まりの場所に、帰ろうと。
 キラにはそれが、終わりを告げる合図に聞こえた。
 なにもかも、白紙に戻そうと。
 元に還ろうと。

 翌朝のシャトルで、月に帰った。
 キラは最後まで抵抗したが、アスランが引きずってシャトルに押し込んだ。
 コペルニクスでもまだかろうじて走っていた数少なくなったエレカをつかまえて、荷物を載せて走る。
 車窓を流れる景色から、あの街に向かっていることにキラは気づいた。
 あのあたりにはホテルはないのに。
 車はそのまま走り続け、二人で通った幼年学校の前を通り。
 一件の家の前で停まった。
「ここ・・・」
「俺の家」
 アスランが4歳から13歳まで過ごした家。
 門がピッタリと閉じられ、セキュリティが掛かっていて。
 なのに、「Zala」という表札はそのままだった。
「売れなかったの?」
「売ってないんだ」
 門の隅でセキュリティを解除すれば、門が開いた。
「売ってない?」
「父は一度手に入れたものを手放すのが嫌いな人でね」
 言いながら、アスランは車から荷物を降ろす。
 手伝おうとしたら、「病み上がりは無理しない」と叱られた。
 玄関を開けると、うっすら光が差し込むそこはなにも変わっていなかった。
「埃、溜まっちゃってるな。掃除道具持ってきて正解だ」
 スリッパを叩いて、履き替えて。
 リビングに行けば、調度品のすべてがそのままそっくり残っていた。
「引っ越したのに・・・」
「細かいものは持って行ったけど、家具とかどうせ向こうにもあったし」
 スーツケースを二つ、どかりと置いて。
「簡単な掃除してくれる? リビングと俺の部屋と、あと風呂とか」
「あ、うん」
「システム関係見たらすぐ手伝うから。布団はたいて干して、シーツとか持ってきたのと交換してな」
「わかった・・・」
 言われてスーツケースから真新しいシーツを持ってアスランの部屋に行く。
 二階、突き当たり。
 ドアを開けると、昔のままのアスランの部屋があった。
「ほんとにそのまんまだ・・・」
 なくなっているのは、本棚や机、クローゼットの中身だけで。
 大きな本棚も、使い込まれた机も、二人で眠ったセミダブルのベッドもそのままだった。
 懐かしい気分に浸りながら掃除するのは楽しかった。
 
 不器用なキラを、アスランはすぐに助けてくれた。
 電気などの供給は先日再開させたらしく、すべて問題なく使える。
 粗方の掃除をしてみれば、そこは7年前、最後に見たときとなんら変わりはなかった。
 そのあと二人で近所のスーパーに出かけた。
 客は減っていたが、生活に困るほど物資は不足していない。
 食材や飲み水、持ってくるのを忘れたシャンプーなどを買い込み、ついでにキラが昔好きだったお菓子も買った。
 結構な量を買い込んで家に戻ると、アスランはすぐ夕食の支度を始めた。
 そういえば昼食を摂るのを忘れていた。
「すぐできるから。ゲームでもやってろ」
 携帯用、持ってきてるんだろ?
 言われてバッグから携帯ゲームを取り出してソファに座る。
 日常となんら変わりないことなのに、ここがあの家だと思うだけで。
 不思議な安心感があった。
 夕食はロールキャベツ。キラの母カリダに、前もってレシピを教えてもらっていたのだという。
 食べてみると、母の味で。
 なんだか涙が出た。
 帰りたかった。
 ずっと、ここに。


一つの連載に、書きたいネタを詰め込みすぎていることに気づきました。
馬鹿だ、私・・・。

E.D.E.N. 4

2007-06-05 18:14:42 | 病みキラ闇アス(戦後)(完結)
 戦中、キラはザフトに在籍していなかった。
 そのため労災は降りなかったが、代わりにイザークの計らいで勤務時間の指定を受けた。
 朝出勤し、退勤時間ぴったりに上がる。
 週に一度の通院の日を休日とし、体調が悪いときなどはある程度融通を利かせる。
 障害者認定を受け、仕事を取り上げることも可能だが、キラを一人で家に居させるよりも、誰かがいる軍本部にいさせたほうがいいだろうと、アディも言っていたのだ。
 仕事をいきなり取り上げるのは、虚脱感を誘い、欝の症状を悪化させる。
 障害者認定は、本人に強く「自分は病気なのだ」と自覚させる。それが逆効果になることもある。
 本人の意思や、体調が本格的に悪くなるなどの大きな理由がない限り、生活環境は変えないほうがいい。
 なにより、軍本部にはアスランが居る。
 なにかあったときにすぐ駆けつけられる体制を取ることを優先させた。
 話を聞いて一番慌てたのがシンだった。
 シンの中のキラは気丈な、英雄でしかない。
 一時は敵対心も大きかったが、今では信頼する人となっているキラの不調に動揺した。
 シンはいま、キラが日中行動を共にする唯一の人間でもある。
 ルナマリアはヤマト隊の広告塔としてあちこちを走り回り、キラと行動を共にすることは少ないのだ。
 そして女は、こういうとき冷静だった。
 シン、ルナマリア、ラクス。そして、躊躇いもしたがカガリにも知らせた。
 ラクスはどこか、予想していた様な表情で。
 カガリはただ、心配するだけだった。
 アスランの直接の上司であるカガリに許可を貰い、勤務時間と休日をキラに合わせる許可を貰った。
 部下には申し訳ないと思ったが、数人の部下はキラとも面識があり
 「具合でも悪いんですか?」とキラの心配をしていた。
 その日の夜、早めに帰ると、フラガから通信が入った。
 「風邪こじらせたって?」というフラガに風邪ではないと返せば
「欝は心の風邪つってな、特効薬もない、ずるずる引きずる病気だって言われてんだよ」
 という説明を受けた。
 今はフラガ夫人となり、妊娠3ヶ月のマリューも心を痛めているという。
 妊婦に不安ごとはよくない、あまり気にしないで普通にしてやってくれ と言うと、フラガも頷いていた。
 その後キラの母から電話があった。
 どうやらラクスが連絡したらしく、「ちゃんと食べて、よく眠って。泣きたい時は泣きなさい」という母の言葉にキラは泣いていた。
 誰もが、キラのことを気にかけていた。
「愛されてるな、キラは」
 母との通信を終えたキラの肩を抱いて言えば、キラは鼻をすん と鳴らして
「アスランの場合でも、みんな一緒だよ」
 と涙目で言う。
 それが愛しくて。
 その夜は薬を飲ませず、キラが気絶するまで抱いた。
 愛していると、うわ言のように囁きあいながら。

 一週間も経つと、キラは薬に慣れた。
 朝食の後慣れた手つきでシートから薬を取り出すキラに、アスランは複雑な心境を隠せなかった。
「そう。食事は、少しは食べているのね?」
「アスランが作ってくれるから、ちょっとだけ」
「吐き気や胃痛は?」
「ない・・・と思う」
 年上には敬語を使うことを常とするキラは、不思議とアディには軽い口調で話す。
 診察は今日で三回目。
 あれから三週間の時が流れ、キラは薬の効果で落ち着いていた。
「眠れる?」
「時々、眠れなくて、アスランに寝かせてもらう」
「あら、仲のいいこと」
 微笑むアディに、アスランは複雑な心境になる。
 気を許すのはいいが、許しすぎだ。
「怖いことはない?」
「あるよ」
「なにかしら。教えてくれる?」
 アディにそう言われると、キラは隣に座るアスランをちらりと見た。
「なに?」
「アスランに聞かれたくない」
「え?」
 弱みを見せることを、いまさら拒絶されるとは思わなかった。
「アスランくん、少し、席を外してもらえる?」
「アディには言えて、俺には言えないのか」
「うん。やだ」
 きっぱりと言うキラに、アスランは不満を隠せない。
 いまさらなぜ隠し事など と思いつつ、部屋から出る。
 部屋は防音なので、話し声は外に出てしまえば一切聞こえない。
「不安ごとは、アスランくん?」
 アスランが部屋を出るのを確認して、アディが切り出すと、キラはうーん と伸びをして
「アディはさ、ずっと一緒にいたいって思う人、いる?」
「そうね。たくさん」
「じゃなくて」
「今はパートナーはいないわ」
「今は?」
「昔はね。でも、私は男でしょう? 結婚を望む人には、ね」
 アディの言葉に、キラは表情を曇らせ
「それなんだよね」
 と呟く。
「僕とアスランも男同士でしょ? 僕はもうプラント国籍だから、同性婚はできないんだ」
 オーブ国籍であれば、一定の条件を満たせば同性婚はできたのだ。
 それを、自分は捨ててしまった。
 一度捨てた国籍を元に戻すことは、不可能に近い。
「結婚はできない。当然子供もできない。僕とアスランを繋ぐものは、これしかない」
 そう言って、キラは首から提げていたペンダントを摘んだ。
 誕生日に貰ったアスランとの揃いのペンダントに、「恥ずかしい」と着けられないままの指輪が通っている。
「アスランは自分の家庭が欲しい人なんだ」
 キラの言葉を、アディは慎重に聞いた。
「小さいころから仕事人間の両親で、僕の親に育てられたみたいなものだし。戦争で両親亡くしちゃって天涯孤独」
 ぽつぽつと、キラは話す。
「家族が、欲しい人なんだ」 
 僕はどうやってもアスランの「家族」にはなれない。
 養子縁組などの手段もあるが、それは本意ではない。
「八方塞。駄目なんだ、どうしても」
「アスランくんが、信じられない?」
「いつかアスランに好きな女の子とかできたり、遊び心で手を出した女の子に子供とかできちゃったらさ」
 アスラン、絶対そっちに行くよ。
 キラの言葉は、アスランへの裏切りにも思えた。
 だからキラはアスランに聞かれることを嫌がったのだ。
 「自分は貴方を信じていません」。
 そう言っているのと同じだから。
「過去に、アスランくんに裏切られて、辛かったのね」
「すごく。怖かった。死んじゃいたかった」
 目の前真っ暗。
 キラは笑って話す。
「おかしいでしょ。あの頃僕らはまだ『親友』だったんだよ?」
「でも、キラくんはずっとアスランくんのことが好きだったんでしょう?」
 アディの言葉に、キラは考え。
「うん。たぶん、ずっと、子供の頃から」
 アスランには内緒ね。
 キラが言うと、アディは「わかってるわ」と微笑み、外で待っていたアスランを呼んだ。

 その日処方された薬は、以前より少し弱いものだった。
 お試し期間 だ。
 軽い薬で症状が治まるなら、それに越したことはない。
 強い薬は身体への負担が大きいのだ。
 それが逆効果だった。
 薬の効力が弱まったせいか、キラが不安を自覚したせいか。
 キラの食欲はぐっと落ち、食べたものの半分は吐いてしまう。
 寝付けない夜は続き、アスランが切れて3日目でアディに連絡を入れ、緊急に診断、薬の再処方がされた。
 薬が元にもどれば、キラはけろりとしていた。
 弱ったキラの身体を気遣いセックスを避ければ、キラは不安がりアスランに強請る。
 夜毎痩せたキラの身体を見せ付けられ、アスランは自分が欝になりそうだと思った。

 コーディネイターは強い肉体を持つ。
 キラは、「完全なるコーディネイター」。
 そうは言っても、人間は人間。
 キラが倒れたのは4週間目の金曜日だった。
 キラが会議中に倒れ、病院に緊急搬送された という連絡をシンから受け、アスランは仕事を放り出して病院に駆けつけた。
「アスランさん!」
 こっち! とシンが大声を上げれば、通りがかりの看護師に「院内は静かに!」と叱られた。
「様子は・・・」
「貧血とか過労とか、あとは心因性だって」
 貧血は予想のしていたことだ。
 栄養剤でも補いきれないほど、キラは痩せていたのだから。
 病室のドアをそっと開けると、キラが静かに眠っていた。
 その傍らに、アディが。
「アディ、キラは・・・」
「点滴で強制的に栄養を摂らせてはいるけど・・・」
 アディが言葉を濁し、
「普段、服に誤魔化されていたわ。痩せすぎよ、彼」
 報告しなかった、アスランの責が問われた。
「アスランくんと話がしたいの。キラくんをお任せしてもいいかしら」
 不意にアディがシンに目を向ける。
 シンはアディを女性と思い込み、その美貌に圧倒されながら「はい!」と元気よく答える。
「点滴が終わったらナースコールを押して。もし目が覚めたら、少し水分を摂らせてね」
 すぐ戻ります。
 そう言って、アディはアスランを伴って病室を離れる。
 通された先は、いつものアディの部屋だった。
「キラくんには口止めされてるんだけど、緊急事態なのでお話します」
 普段の微笑みは消え、医師の顔つきになったアディにアスランも自然と緊張する。
「キラくん、貴方のことで悩んでいるのよ」
 え? と聞き返すと
「わからない? キラくんの不調は、貴方の過去の行いが大きく影響しているわ」
 過去の行い と言われて、思い当たるものはいくつもあった。
「俺の、キラへの裏切り、ですか」
「そうね。軍のこと然り。女性関係然り」
 過去の女性関係は、キラに問い詰められて話したことがある。
 キラはそのときも「自分のせいだ」と言っていた。
「どう、償えばいいですか」
「キラくんの国籍を戻すことは、難しいわね・・・」
 アディの言葉の意図を、アスランは感じ取る。
「俺は、信用に値しないとでも言っていましたか?」
「信用していないわけではないの。信じたいの。でも、現実がこうでしょう?」
 手を取り合うことを許されない現実。
 確かなものを得られない現実。
 過去の行いからくる、逃げ切れない不安。
 追い詰めたのは、アスランだ。
「イザークの言葉は、当たっていましたね」
「え?」
「キラがああなったのは俺のせいだと。本当だ・・・」
 アスランは俯き、自嘲的な笑みを浮かべる。
「たとえばの話だけど」
 落ち込むアスランに、アディはふと思い出したように話し出した。
「私の想い人はね、男と居るのよ」
「男性では?」
「そうよ」
「俺たちみたいなのが、このプラントにもいましたか」
 婚姻統制の引かれたプラントでは、同性同士そういう関係でいることは許されない。
 アスランとキラはそれに逆らって共にいる。
 周囲の目を避け、デートに出かけても手を繋ぐことすらできず、誰かれかまわず恋人を自慢することもできず。
 キラは「ザフト本部とオーブ軍の一部は知ってる」と言うが、それでもいい目をするものは少ない。
「その人はね、批難されてもかまわないと言うのよ」
「よほどの自信家だ」
「立場ある人だから、周囲にバレれば立場を危うくするのに、それでもいいと言うの」
 ただ
「ただ、その人といることが、幸せなんだと」
 アディの口ぶりで、アスランは直感的にそれが誰のことを言っているのかわかってしまった。
 あの銀色。
 そんな惚気を吐いていたのか。
「でも、確かなものがないことは、お互い不安なのですって」
 不安? あいつが?
「だからいつも傍にいて、存在を確かめて、言いたいことを言い合う。そういう約束を、しているって」
 言い出したのは大方あの金色だろう。
「共有できるものを、たくさん作ろうと、約束したんですって」
 貴方たちは、何を共有している?
 そう訊かれて、アスランは戸惑った。
 キラと共有しているものが、思い当たらなかったからだ。
 思い出。
 それすら、すれ違うものが多い。
「確かなもの。それを、キラくんは望んでいるわ」
「たしかなもの・・・」
「なんでもいいの。貴方の、一番大切なもの。それを、キラくんに半分別けてあげることはできない?」
 そうは言われても、アスランが持つものは少なかった。
 戦中、いつも肌身離さず持ち歩いていた、幼い頃キラと撮った写真は、リビングに飾ってある。
 過去からアスランが持っていた私物は、そのほとんどを一度目にザフトを裏切ったときに処分されていた。
「考えてみて。それが、キラくんを救うかもしれない」
 そう言って、アディは部屋から出て行った。
 残されたアスランは考える。
 アスランは何もかもを捨ててキラを選んだ。
 それが仇となってしまったのだ。
 過去の自分の軽薄さに、嫌気が差した。

 血に汚れた手は、同じだ。
 殺した数はわからない。
 戦闘能力を問われれば、アスランのほうが劣るかもしれない。
 それでもキラは。
 自分との間に、確かな溝を感じていたのだ。


PC内のファイル名が違うので、更新のとき戸惑う罠。
ファイル名変えよう。そうしよう。
ここらへんから、アスが闇んできます。

E.D.E.N. 3

2007-06-04 18:27:34 | 病みキラ闇アス(戦後)(完結)
「少しだけ、アスランくんとお話してもいい?」
「僕は?」
「そうね。これで遊んでいて?」
 アディは棚に置いてあったルービックキューブをキラに差し出す。
「一面を同じ色にするの。できるかしら?」
「やってみる」
 4色のキューブを受け取って、キラはうんうん唸りながら色を合わせていく。
 その隙に、アディはアスランを見た。
「状態は、いいとは言えません」
「深刻なんですか?」
「生い立ちと、16歳からいままでの経緯。それがあまりに重すぎます」
 多くの犠牲の元に、ただ学者の「完全」を求める心のままに作られたキラ。
 その力のせいで負うことになった責任と重圧。
「貴方と過ごした9年間だけが、彼の救いになっています」
「・・・俺?」
「貴方がいること。それだけが、彼を生かしています」
 重たいこと言ってごめんなさい。
 アディが言うと、アスランは笑って
「イザークには、キラがこうなったのは俺のせいだと言われてきました」
「貴方がいるから不調を訴えられる。そういう意味です」
 どうやら彼女はイザークと私的な付き合いがあるらしい。
「連合、オーブ、ザフト。三軍を股にかけたのは、彼だけでしょうね」
「機密もなにもあったものじゃありません」
「オーブで与えられた准将の座。ザフトでの隊長の席。彼は、ほんとうは管理職が苦手でしょう?」
「責任逃れが特技でした」
 宿題を終わらせてないことを責めれば、「アスランが教えてくれないから」と返していたキラ。
「とにかく、今は体調管理が先です。栄養剤と睡眠剤、あと、精神安定剤を出します」
 それから胃薬と頭痛薬も。
「薬嫌いなんですけどね」
「飲ませてやってください、旦那さん?」
「了解しました」
 くすくす笑いあっていると。
「できた!」
 えっ とアスランがキラに向き直れば。
「できたよ! みどり!」
 キラが格闘していたキューブの一面が、緑で揃えられていた。
「どうして緑なんだ?」
 訊けば
「アスランの色だから」
 そう言うキラは、もう大人のキラに戻っていた。

「なにか食べていこうか」
 会計を済ませ、薬を受け取れば、時刻は昼食の時間を過ぎていた。
 なにか食べたいものあるか?
 訊けばキラは車に乗り込み
「おなかすいてない」
 とそっけなく返す。
「そういうわけにもいかないだろ。パフェ食べるか?」
「パフェ?」
「苺の乗ったパフェ。人気店だけど、平日だから空いてると思うよ」
 昼食にするにはどうかと思うが、今はキラに「食べる習慣」をつけさせるのが先だ。
 キラの手は冷たすぎる。
 カロリーと熱量は同義語なのだと、アスランは身を持って知った。
「ルナマリアとメイリンが、お奨めだって言ってたんだ。行く?」
 あの二人のお墨付きなら、外れることはまずない。
「・・・いく」
 甘い誘惑にしぶしぶとキラが頷く。
 アスランはエンジンをかけて、車を走らせた。

 キラは苺のパフェを、アスランはサンドイッチとコーヒーで軽く食事をすませ、どこか行きたいところはあるかと訊けば
「おもちゃ屋さん」
 意外な返事が返ってきた。
「おもちゃ?」
「さっきのやつ、欲しい」
 ルービックキューブに、どうやらキラはハマったらしい。
 あれは集中力を養うにもいいし と考えて、おもちゃ屋に入った。
 三色と四色、どちらにするか散々悩んで、難易度の高い四色にした。
 流行のキャラクターグッズなどを見て、近くの本屋でぶらぶらとして。
 さらに足を伸ばして冬物の服を何点か買って、気がつけば夕時。
 昼食があれだったので、さすがに夕食はまともなものを食べさせたい。
 いくら栄養剤を出されているとはいえ、そもそも栄養は食物で摂取するのが普通だ。薬に頼りすぎるのはよくない。
「キラ。夕飯は食べろよ」
「うー」
「うーじゃない。オムライス作ろうか」
 ぴく とキラが反応する。
「ふわふわとろとろの卵で。ディアッカに作り方前に聞いたんだ」
「なんでディアッカ?」
「あいつ、あれで料理上手なんだよ」
 完全に家政婦だよな と笑えば、キラも「似合う」と笑う。
「デミソース? ケチャップ?」
「ケチャップ!」
「ちゃんと食べろよ」
「にんじん入れないでね」
「だからー」
 途中マーケットに寄って材料を買って。
 昔ならキラはお菓子コーナーに一直線だったが、今はそれもない。
 にんじんやピーマンを見ては顔をしかめるところは変わっていなかったが。
 確実に、キラの中で何かが変わっていた。

 キラを完全に甘やかす覚悟を決めたアスランは、キラのための極小のオムライスからにんじんを外した。
 風呂にも入れてやろうと思ったら、さすがに羞恥心はまだ残っているらしく、激しく拒絶された。
 キラが風呂に入っている間に、アスランは通信でイザークを呼び出す。
 おもちゃ屋でついでに買ったシャボン玉で遊んでいるキラは、当分出てこないだろう。
『行ったか』
 通信に出たイザークは、簡潔に話を進める。挨拶もなにもなしだ。
「変わった人でおどろいた。だが、腕はいいな」
『彼女の両親と母上が知り合いでな。俺は小さいころから世話になっている』
「なんというか、いい母親を見ている気分だったよ」
『で、どうなんだ』
 イザークの問いに、アスランは表情を曇らせ
「よくない」
 簡潔に答える。
「出されたのは、精神安定剤、睡眠剤、栄養剤、胃薬に頭痛薬。どれも強いものばかりだ」
『栄養なぞ、点滴すれば早い話だろう』
「カウンセリングの都合上、精神を子供に戻したんだ。キラは昔から注射針を怖がったから・・・」
『ガキだな』
「ガキに戻したんだよ」
 鼻で笑うイザークに、アスランは続ける。
「来週、もう一度行く。経過報告と、本格的なカウンセリング、治療に入る」
『仕事の方は気にするな』
「処理上必要かと思って、診断書も貰ってきた。明日、そっちに持っていく」
『また雑務が増えるのか。やれやれだ』
「俺のほうも、できるだけキラにあわせる」
 管理職はこういう融通が利いて便利だ と笑えば、イザークは「職権乱用だ」と笑った。
『あー、アディに会ってきたか』
 そのとき、通信画面にディアッカが割り込んだ。
 エプロン姿が妙に似合っている。アスランは笑いを噛み殺した。
『ディアッカ、邪魔だ』
『いいだろ。メシできたぜ』
『ああ』
 この二人の夫婦のようなやり取りをみるのは、なぜか笑えてしまう。
『美人だろ、アディ』
「ああ、絶世の美女だな」
『ほんとに女だったらなー、口説くんだけど』
「彼女はおまえなんかに堕ちないと思うぞ」
『なんかって言うな。堕ちたイザークに失礼だろ』
『誰が堕ちたかぁ!!』
 真顔のディアッカに、イザークが吠えた。
『とにかく明日は一日執務室にいる! 診断書はそのとき持ってこい! 俺はメシだ!』
「こんな時間に食うと太るぞ」
『いや、こいつもっと太ったほうがいい。腕とか足とか細っこいんだ』
『なんの話だ!!』
 切るぞ! とイザークが切れて、通信を一方的に切った。
 本当に夫婦みたいだな と思う。
 どちらが夫でどちらが妻かは置いておいて。
 さて と時計を見れば、キラが風呂に入って随分経っていた。
 のぼせているんじゃないだろな。
 心配になって、脱衣所から声をかける。
「キラ、長すぎるぞ」
「もうちょっとー」
 のぼせているわけではなさそうだ。
「もうちょっとじゃな・・・うわ!?」
 風呂のドアを開ければ、そこはシャボン玉だらけだった。
「キラ、やりすぎ・・・」
「あはは、おもしろくって」
 掃除が大変だ とアスランはキラからシャボン玉の器具を取り上げる。
「もう上がれ。俺が入れないだろ」
「はーい」
 言われるままに上がって、脱衣所にいるアスランに
「えっち。出てって」
 と吐き捨てる。
 これは大人のキラだ。
 しかたなく脱衣所から出て、リビングで待てば、ドライヤーを持ったキラが
「髪乾かして」
 とあどけない顔で言う。
 一瞬また子供返りしたのかと思ったが、その表情は20歳のキラのものだった。
 キラを座らせ、髪を乾かしてやって。
 先にベッドに行ってろ と風呂に入ってから寝室に行くと。
 ルービックキューブに熱中しているキラがいた。
 それも取り上げ、半ば無理やり薬を飲ませて。
 寝かしつけると、薬の効果か、キラは一時間もしないうちに寝息を立て始めた。
 戦いの始まりだった。


 更新遅くなりました。
 何ゆえルービックキューブかというと。 
 佐藤健くんが好きだからです!!(堂々)


E..D.E.N. 2

2007-06-01 18:46:17 | 病みキラ闇アス(戦後)(完結)
 翌日プラントは快晴。絶好のデート日和だ。
 こんな日に と思いながら、アスランは最近買った車のステアリングを握る。
 キラは助手席で上の空だ。
 車窓を流れる景色を、ただ眺めている。
 イザークに教えてもらった病院に着くと、そこは名の知れた大病院だった。
 そこに研究室を持つ、その世界では権威と言われる人らしい。
 連絡は昨日のうちにとり、イザークの名を出せばあっさり
 「お時間のよいときにいつでもどうぞ」
 とやわらかい女性の声が返ってきた。
 車を降りて受付で話を通す間も、キラはただアスランの手を握ったままなにも言わない。
「こわい?」
「・・・うん」
「大丈夫。一緒にいるから」
 案内を受けて病院の奥に通される。
 事務の女性がドアの前で声をかけると、中からどうぞ と電話で聞いた女性の声が返ってきた。
 恐る恐る中に入れば、そこは明るい部屋。
「こんにちは」
 デスクに着いた女性が振り向き、にこやかに声をかけてきた。
「お電話した、ザラです」
「ええ、ジュールさまからお話は伺ってます」
 どうぞ と薦められ、柔らかいソファに腰掛ける。
 キラはぎゅっとアスランの手を握って、緊張した顔をしている。
「甘いのはお好き?」
 ふとそんなことを訊かれて、
「・・・はい」
 キラが反射的に答えると、医師は柔らかく微笑み、丁寧に淹れたミルクティを出してくれた。
「そんなに緊張しなくていいわ。ああ、自己紹介をしなくちゃね」
 ミルクティに口をつけ、彼女は微笑んだまま
「はじめまして。アディ・ハインヒです」
 アディ? とアスランが訊き返す。それは愛称ではないか?
「ただしくはアディルです」
 え?
 アスランの表情の意味がわからないキラが、なに? と訊くと
「ええと、女性、で、いいんですよ、ね?」
「名前が中性的なのが救いだと、親に感謝している身よ」
 キラはまだ意味がわかっていない。
「男同士、隠し事なしでいきましょう」
 彼女・・・いや、彼の言葉で意味を解したキラが、え!? と声を上げる。
「おとこのひと?」
「半分はね」
「はんぶん?」
「身体は女よ。ただ、戸籍は男ね」
 まだ認められていないのよ。
 アディはなんでもないことのように言う。
「男の身体に女の心。これも精神病の一種だと言われているわ」
 カップをソーサーに戻して、彼女は言う。
「私が自覚したのは10歳のとき。周りにおかしいと言われて、腹が立って原因をつきとめるためにこの道に進んだわ」
 それが今ではこんな大げさな肩書きがついてしまった。
「あなたは、なにでお悩み?」
 呆然とするキラの隙を突いて、アディは話の軌道修正をした。
 見事なものだ とアスランは思う。
「えと、眠れなくて、ごはん、食べらんなくて」
「人が生きるために必要なことができなくなってしまった。そういうことね?」
「あと、頭とか、おなか痛くて」
「そう。今まで我慢していたの?」
「・・・はい」
「痛かったでしょう。もう大丈夫よ」
 母性すら感じさせる微笑に、キラはあっさりと心を開いた。
 ほんとうにみごとだ と、アスランは内心感服する。
「あなたたちのご関係は?」
 ご兄弟じゃないでしょう?
 そう言われて、キラは返答に困る。
 地球では最近多いらしいが、プラントでは同性愛はまだ肩身が狭い。
 言って大丈夫なのか と、視線でアスランに助けを求めると
「夫婦みたいなものだと思っていただければ」
 アスランはあっさりと言い切った。
「こちらもまだ、認められない身ですがね」
 ふっとアスランが笑うと、アディは
「素敵なパートナーね。うらやましいわ」
 とキラに微笑みかけた。
「お名前、訊いてもいいかしら?」

 その後は、カウンセリング前のカルテ作りから始まった。
 記憶を辿り、幼いころの思い出を洗いざらい話す。
 家族構成、育った場所、親しい友人関係。
 キラの記憶は、4歳のアスランとの出会いから始まっていた。その前の記憶はないのだという。
 4歳から13歳までの9年間、その思い出のいたるところに、というか必ずアスランの名が挙がり、アディは
「親友だったのね」
 とキラに続きを促す。
 13で別れ、そのときトリィを貰ったこと。
 その後アスランがいなくなってもアスランの家をずっと眺めていたこと。
 戦争の火が及ぶことを恐れて中立のヘリオポリスに移住し、工学カレッジに入ったこと。
 中立と言われてもコーディネイターは少なく、キラはその能力を買われてゼミの教授の手伝いをずっとやっていたこと。
 そして、16歳。
 炎の中で、アスランと再会したこと。
 なりゆきでMSに乗ることになってしまったこと。
 そこで、キラが口を噤んだ。
「疲れた? 休憩しましょうか」
 冷めてしまったミルクティを下げ、アディは新しい紅茶を淹れてくれる。
「キラくんにとって、アスランくんはどんな人?」
 え? と俯いていたキラが顔を上げた。
「幼馴染で親友で、今はパートナー。キラくんから見て、アスランくんはどんな人?」
 20歳の男にする言い方ではない。まるで子供と話すように、アディは話す。
 えーと とキラは考え
「やさしい」
 照れたように、子供のようなあどけなさで笑い、答える。
「好き?」
「大好き」
 キラを大人として見るなら惚気以外のなにものでもないその答えは、しかし子供が友達を「好き」という気軽さしかない。
 複雑だな とアスランは思う。
 キラは完全に子供に戻っている。
「心を子供に戻したほうが、プライドや周囲の目を気にしなくて、こういうときはいいんです」
 新しいカップを差し出して、アディは言う。
「キラくん、今の状態に疲れているみたいだから。わざとこうしました」
 ごめんなさいね。
 これは故意にキラを幼児化させたのだと、アスランに説明する。
「暗示かなにか?」
「いいえ。ただ、子供に戻りたがっている人は、すこしきっかけを与えただけで子供に戻れるの」
 話が終われば元に戻します。
 アディはそう言い切り、紅茶を飲むキラを見つめる。
「それで、16歳から、キラくんはなにをしたの?」
 続きを促すと、キラはうーん と唸って
「ひところした」
 あどけない口調で、そう言い放つ。
「友達がね、助けてもらったふねに乗ってたの。僕がやらなきゃみんな死んじゃうって」
「それで、あなたは戦ったのね?」
 アディの表情が、みるみる曇った。
「最初はストライク。何回かアスランとも戦ったよ」
 キラの言葉に、アディは思わずアスランを見た。
「事実です。何度も殺し合いました」
「・・・それで?」
「そのあとストライク壊しちゃって。ラクスに助けてもらって、フリーダム貰った」
「ラクス? ラクス・クラインのこと?」
「うん」
 それで地球に帰って、みんなを助けて、連合辞めて。
「そしたら、アスランがきたの」
「また戦ったの?」
「ううん。仲直りしたよ」
 にこっ と、キラが笑う。
「父・・・ザラ議長に、フリーダムに関した人間及び施設の破壊を命じられ、それをきっかけにザフトを脱してキラと共に戦う道を選びました」
 アスランは説明すると、アディはそう とだけ返す。
「ひところすのはそのころやめたの」
「え?」
「ころさないで、戦えないようにするの。僕、できるの」
 イザークのことも助けたんだよ!
 キラは楽しそうに語る。
「そのあと戦争終わって、オーブに行ったの。ラクスとか小さい子とか母さんとかといっしょに」
 キラは記憶を丁寧に辿る。
「戦争終わる前にカガリと姉弟だって言われてね。僕、父さんと母さんの子供じゃなくて」
「カガリって、オーブのアスハ首長?」
「うん!」
 アディがアスランを見ると
「内密にお願いします」
 とだけアスランは返す。
「・・・守秘義務があります。ここで話したことは外には漏れません」
 医師の顔つきで返し、アディはキラに続きを促す。
 そうしたやり取りを、3時間続けた。
 キラの出生。アスランがザフトに戻り、再びキラの敵となり、そうして大怪我をして帰ってきたこと。
 終戦後、アスランはカガリを、キラはラクスを守るため、それぞれの軍に籍を置き、遠く離れてしまったこと。
 そうして話は進み、最近の記憶になり、アスランが想いを告げ、キラがその手を取り、遠距離恋愛の果てに共に暮らすことになったところで話は終わった。
「いっぱいお話して、疲れたでしょう」
「ちょっと。でもたのしかった!」
「カガリさんとラクスさんは、キラくんにとってどういう人?」
 キラはまた、うーん と唸り。
「わかんない」
「わからない?」
 キラの答えを、アディは鸚鵡返しする。
「カガリはお姉さんって感じしないし、ラクスは僕のこと好きって言うけど、僕はそんなのないし」
 わかんない! とキラは話を投げ出した。
「じゃあ、アスランくんは?」
 もう一度訊くと、キラは満面の笑みで
「大好き!」
 と返した。


ストーリーの都合上、主義を曲げてオリキャラを出すことにしました。
単に趣味です。
カウンセリング前に人生を話さなければいけないのは事実です。
これが結構な苦痛です・・・。(思い出したくない過去万歳な管理人)(経験者)

E..D.E.N .

2007-05-30 19:15:49 | 病みキラ闇アス(戦後)(完結)
 キラの様子がおかしいことに気づいたのは、キラと暮らすようになって10日目だった。
 もともと好き嫌いの多いキラだが、最近食事を残すことが多かった。
 シンに電話して聞けば、昼食も抜くことが多いという。
 夜共にベッドに入れば、甘えるように身体を摺り寄せ、だがそのまま眠る気配はない。
 ふいに触れた手は、異常なまでに冷たく。
 「眠れない」と言うキラは、本当に気絶させてやらないと眠ることはなかった。
 そうした日々が10日。
 どうもおかしい とイザークに相談してみた。
 オーブ軍プラント駐屯部隊。それがザフト本部の隅に間借りするようになってから11日目。
 共同となっている、上官用カフェで休憩を取っているイザークをやっとで捕まえた。
 このかつての同僚は、どうにも多忙すぎて捕まらない。
「寝ていない?」
「眠れないんだそうだ」
 下にある一般兵士用の食堂とは違う、高級な茶葉で淹れられた紅茶を飲みながら、イザークが顔をしかめる。
 その隣に座っているディアッカも、深刻な顔をした。
「食も細い。というか、顔色も悪いんだ」
 病気だろうか。病院に連れて行って検査したほうがいいだろうか。
 そう訊くと、イザークは
「最近、懇意にしている精神科医から報告があった」
「精神科?」
「労災申請、休職申請も多いものだが」
 イザークは歯切れ悪く話す。
「戦中、限られた空間、特に宇宙勤務だったものに多い症状で、閉鎖的空間と戦地に赴くストレスが原因だと言われている」
「だからなんだ」
 アスランが急かすと、イザークは不機嫌を隠さないまま
「戦後ショック。所謂鬱病だ」
 そう言い放った。
 キラは兵士としての訓練を受けていない。
 肉体的、技術的なものだけでなく、軍では精神的な訓練もする。
 それを受けた兵士ですら、その後極度のストレスにより欝状態に陥るケースが、最近多いのだという。
 それまで長く緊張状態が続いていたのが、突然平和になり、気が抜けるのだと。
 虚脱感が襲い、何をするにも上の空。内臓が弱り、食事もままならなくなるものもいる。
 多く出る症状が、不眠と拒食、または過食だという。
「もともと集中力のないやつだとは思っていたが、最近のやつはあまりにひどいと俺も思っていた」
 人の話をまるで聞いていない と言いながら、イザークはポケットに入っていた携帯電話でメールを打つ。
 すぐにアスランの携帯電話が鳴った。
「俺の知り合いの医師の連絡先だ。予約制で診てもらうには時間のかかる人だが、俺の名前を出せば多少融通が利く」
 メールを開くと、医師の名と病院の位置、電話番号が記載されていた。
「引きずってでも連れて行け」
「どうして今・・・」
「気が抜けたんだろう。貴様が来て」
「俺のせいか?」
「貴様のせいだ。しっかり責任を取れ」
 言い捨てて、イザークは席を立つ。
「それから、あいつに軍服のサイズ更新をさせろ。ぶかぶかすぎて格好が悪い」
「・・・わかった。すまない」
「かまわん。最近ザフトでも多いんだ。その処理で俺も欝になりそうだ」
「おまえには無縁だよ、そんな病気」
 皮肉で返すと、イザークは鼻を鳴らして去って行った。
 ディアッカも何も言わず、ただ深刻な顔をしてイザークに続いた。

「キラ」
「んー?」
 寝る前のゆったりとした甘い時間の中、アスランは切り出した。
「明日、出かけよう」
「なんで?」
「仕事休みだろ? 連れて行きたいところがあるんだ」
 普通の解釈なら、それはデートの誘いだ。
 だが
「やだ」
 キラは拒絶した。
「俺と出かけたくない?」
「だって、やなとこ連れて行かれる気がする」
「どうして」
「目が笑ってないよ。嘘つく練習してから出直して」
 ぷいっ と、キラは背を向けてしまう。
 キラはここまで人の心を読むのが上手かっただろうか?
「イザークに紹介してもらった」
 アスランは嘘を吐くことを諦め、ありのままを話すことにした。
 嘘はすぐ見抜かれる。
「眠れるようにしてもらおう」
「やだ」
「キラ」
「病院、きらい」
「ということは、自覚あるんだな?」
 ぎくり と、キラの肩が揺れる。
「おまえも人を騙す能力がないな」
 ふっと笑うと、キラがごそりと身体をあお向けた。
「寝たくない」
「どうして?」
「こわい夢みる」
「どんな?」
「ひと殺すゆめ」
 子供のような舌ったらずな言い方で、キラはそう告白する。
「ごはんもねぇ、お肉やだ。血のにおいがする」
「魚は?」
「海のにおいが、やだ」
 キラは戦中、海を渡ることが多かった。
「アスラン」
「うん?」
 ごろり と寝返りを打って、キラが身体を寄せてくる。
「頭いたい。おなかいたい」
「え?」
「頭重くって、胃のあたりずきずきする」
 アスランは帰宅してから、ネットで欝病の症状を調べていた。
 頭痛と胃痛。それもまた、症状のひとつだ。
「ああ、ごめん。嫌なこと思い出させたな」
「うー」
 甘えるように、キラがアスランに抱きついてくる。
 それを受け止めて、しっかりと抱きしめて。
「あした、どこも痛くなくなるようにしてもらいに行こう」
「病院こわい」
「注射なんかしないよ」
「ほんと?」
「本当。お話するだけ」
「アスランも?」
「一緒に行くよ」
 じゃぁいく。
 子供と話してるみたいだな とアスランは思った。
 キラの子供時代がこうだった。
 心霊番組を見たあと。体調が悪いとき。キラは甘えて強請って、アスランが帰宅するのを阻止した。
 仕方なく泊まることにすると、まるで親鳥を追いかけるヒナのようにアスランのあとをついて周り、あげく
 「お風呂ひとりじゃこわい」
 と言ってアスランに共浴を強請った。
 そうして一緒に風呂に入ったかと思えば今度は
 「くらいのこわい」
 と言って結局は一つのベッドで寄り添うように眠った。
 朝になればけろりとしていたが、キラは身体が弱るとアスランに甘える癖がある。
 あのころから変わってないな。
 アスランは大きくなったキラの身体を精一杯抱きしめ、一晩中とりとめのない話をした。
 宵物語を聞かせるように。


再び連載を始めます!
戦後アスキラシリーズの続きですので、わからない方はまずカテゴリ「戦後アスキラ」からお読みください。
メンヘラーがメンヘラーを書きます。