反抗期の子供を叱ってくる と言えば、部下はあっさり帰宅を許してくれた。
残業手当は、すこし色をつけてやらなければ。
「・・・帰っておまえがいるのは嫌な気分だな」
「お互い様だ」
帰宅すれば、リビングにイザーク。その横に、手錠でイザークに繋がれたキラがいた。
「逮捕か?」
「隔離しているだけだ」
クラッキングをかけていたパソコンは半壊。
いつもどおり という言い方は嫌だが、はやりIPの逆探知は叶わなかった。
証拠がないのだ。
現行犯と言ったが、シンが証言しない限り、犯罪としては成り立たない。
「とんだ跳ね返りだな」
「まったくだ」
上着を脱いで緩んだままのネクタイを外し、ついでにボタンを二つ外して。
「説教だけじゃ聞かないみたいだ」
キラの目の前に、逃げられないように立てば
「調教でもしろ」
イザークは手錠を外し
「ああ、俺は貴様が少年嗜好になっても偏見はしないから安心しろ」
言い捨てて、出て行った。
音のない、煌々と蛍光灯が光る部屋で。
ふたり、息を殺す。
拗ねた顔で横を向き、ソファに座ったままのキラと。
キラの前にただ立つアスラン。
すい とアスランの手が動いたとき、キラがびくり と逃げ腰になった。
その反応を見て
大きく、一振り。
その頬を、叩いた。
「・・・っ」
「そんなにここを出て行きたいか」
静かな、低い声。
怖い と、思う。
逃げたい。嫌だ。こんなの嫌いだ。
なのに。
嫌われたくない。ここにいたい と思うのは、どうして。
「出て行くなら、鍵を返せ。ふらふら入ってこられちゃたまらない」
俺はそこまで心が広い人間じゃない。
キラは無言のまま、ポケットに仕舞っていた鍵を掴み出す。
小さな鈴が、ちりん と鳴った。
これを返せば。
自由の身。
そして
待つのは、孤独だ。
「や、だ」
「わがままも大概にしろ」
キラの手から強引に鍵を取り返そうとするアスランに、キラは抵抗した。
「やだ! 返さない! 絶対嫌だ!」
「ならどうしてあんなことをする!」
「だって! なにかしたかったんだもん! アスランになにか返したかったんだもん!」
「迷惑だ! あんなやり方!」
もみ合っているうちに、キラの手から鍵が滑って
小さな鈴の音と共に、リビングの床に落ちた。
あ と思って
キラは飛びつくように、その鍵を守る。
これだけなのだ。
アスランと繋がるものは。
帰る場所の鍵は、これだけ。
「俺が怒っているのはわかるな」
「・・・うん」
「どうして怒っているかもわかるな」
「・・・うん」
「どう償う」
どう と言われても。
キラは、なんにも持っていない。
この部屋にあるものはすべてアスランが買い与えてくれたもので、キラが自力で手に入れたものはなにもないのだ。
なにひとつ持たない自分と。
この、大人が。
遠いなぁ と、思う。
大人になりたい とは思ったけど。
自分が子供だと自覚したのは、初めてだった。
どうしよう。
無力じゃないか。
ぎゅっと、鍵を握り締めるしかできない。
ちっぽけな鍵を守るのが、精一杯。
「ごめんなさい」
「その一言で俺の苦労が消えるとでも?」
アスランと、アスランの部下と、シンと、イザークと。
「何人に迷惑をかけたと思ってる」
「ごめんなさい」
「反抗したいなら的を絞れ!」
怒鳴られて、キラは身をすくめる。
「むやみに他人を巻き込むな!」
「っ・・・」
「反抗っていうのは、一種の甘えなんだ。誰彼かまわず甘えるな」
アスランがゆっくりとキラに歩み寄る。
また殴られる。
そう思ったのに、触れた手は、キラの頭を撫でて。
「イザークから少し聞いた。友達、シンっていうんだってな」
「うん・・・」
「年は?」
「16。高校生」
「じゃあ、平日は無理か」
「?」
「保護者として、お詫びしなきゃいけないだろ」
すとん とキラの目の前にアスランは座り込んで
「食事でもご馳走しよう。キラの友達だからな。ちゃんと謝らないと」
「・・・保護者だから?」
「半分は俺の責任だからな」
パソコンにウィルスを流し込んだ件ではない。
キラの教育を間違った。
その償いだ。
「ただしパソコンは自力で弁償しろ」
「はい」
「イザークへの礼は、俺が頼んだから俺がするから」
「え、だって」
「あいつは金がかかるぞ」
無理だろ。
言われて、キラは言い返せない。
「約束を、しよう」
「やくそく?」
「言いたいことは、はっきり言い合う。俺も、キラにちゃんと言うから」
だから、おまえもちゃんと言って。
こんどは、ちゃんと聞くから。
「ごめんな」
アスランの一言で。
「・・・ごめんなさい」
初めて、心から謝った。
友達を家に呼ぶのは、初めて。
「すいません、こんなこと・・・」
「いや、こちらが悪いから」
数日後予定が合う日に、シンを夕食に招いた。
・・・が。
「なんでおまえたちもいるんだ」
「キラのトモダチだからー」
ラスティにディアッカ、それに多忙なはずのイザークまでいる。
ダイニングでは席が足りないので、リビングだ。
「えーと・・・」
シンは、大人に囲まれてなんだか緊張しているみたいだ。
「ほんとごめんね。えっと、二ヶ月くらい待ってくれると助かるんだけど」
「いーよ、貯金で買いなおしたし。そのかわり今度課題手伝えな」
「うん」
聞けば情報処理科の学生なのだという。
「学校に部活に妹の世話にバイト? なにそれ、超多忙学生じゃん」
指折り数えて、ラスティはうげっ と顔をしかめる。
「部活は弱小だからたまにしかないし、妹の世話ももう中学生だからほとんどしなくていいし」
けっこう暇っす。
「小遣い稼ぎかー。俺らもやったよな、アスラン」
「やったな。おまえに巻き込まれてな」
最後の皿をテーブルに置いて、ようやくアスランはキラの隣に腰を下ろす。
「アスラン、どんなバイトしたの?」
「ファミレス、ファーストフード、カラオケ、コンビニ、ビラ配りにあとは事務系」
「げ」
「俺がバイトするとき誘ってたんだよ」
「おまえバイト狂だったもんなー」
ディアッカは一点集中型。
イザークに至っては、バイト経験はないらしい。
「小遣い稼ぎっていうか、欲しいものがあって」
「なに」
「単車です」
シンの言葉に、おっ と、ラスティとディアッカが食いついた。
「なに狙ってる?」
「え、インパルス・・・」
「地味ー!!」
ラスティは叫び、ディアッカは「年寄りくせぇ」と批難した。
アスランによるとラスティは学生時代、オレンジ色に染めたバイクを乗り回し、ディアッカは大学時代からハーレーに乗っているらしい。
両極端だ。
三人はバイクトークに花を咲かせるが、イザークひとり黙々と酒を呑んでいるのが、キラには怖かった。
悪いことは、もうするなと言われた。
それを、裏切ってしまった。
「えっと、ごめんなさい」
キラが謝っても、イザークは黙ったまま。
視線でアスランに助けを求めれば
「怒鳴らないのは、怒れないんだよ。なんだかんだ言ってキラがかわいいんだ、こいつ」
「わかったような口をきくな」
八宝菜が塩辛いぞ。
「で? キラのその後はどうなんの」
ディアッカに話を振られ、キラは
「ここにいる」
とだけ返す。
「と言っても、引っ越すんだけどな」
「は?」
なんだそりゃ。
「ここじゃキラの勉強部屋もないからな。近場にいい部屋見つけたから、そこに来週引っ越すんだ」
「へーぇ。ここでもいいと思うけどな」
「狭いだろ」
「常に一緒の空間! いい! なんか愛が生まれそうでいい!」
勝手にトリップするラスティは、放っておいて。
「キラの高校入学も、決まったんだ」
「あ、面接したってやつ?」
先日、キラは高校入学のための試験を受けた。
といっても、通信のほとんどは面接のみだ。
「特技でハッキングって言ったときはどうしようかと思ったな」
「だってそれしか思いつかなかったんだもん」
ぶう と膨れて八宝菜を食べて
「アスラン、ちょっとしょっぱい」
「どれ?」
キラの箸から、平気で食べるアスランに
「愛、もう生まれてんじゃねぇの・・・?」
ディアッカは苦い顔をした。
愛 と呼んでいいかはわからない。
学校が始まって、キラは少し変わった。
バイトにも慣れ、それなりに友達もできた。
月に二回登校。その際受けるテスト対策も欠かさない。
アスランとも、時々喧嘩をする。大概は翌朝になったらなかったことになっているが。
時折料理にも挑戦し、そのたび指に小さな傷を作る。
一生懸命さを向ける方向を間違えないようになった。
一人の夜も、怖がらなくなった。
・・・見知らぬ人は、まだ少し怖いらしい。
「キラ」
「なに?」
今からバイトだというキラに、アスランは不意に声をかける。
いつもならアスランの休みにキラが合わせるのだが、今日は予定が入った友達と交代したらしい。
「ほしいものあるか?」
「ほしいもの?」
「学校の入学祝。忘れてただろ」
ああ とキラは声を漏らして
「アスラン」
「ん?」
「だから、アスランがほしい」
こういうところは、変わっていなかった。
それにすこし安堵する自分に、呆れたりして。
「・・・わかった」
諦めるように、アスランは返して。
「帰ってきたら覚悟しろよ」
宣戦布告をして。
キラの唇をちょい と摘んで
「好きだよ。たぶん」
初めて言った言葉に、キラは口をぱくぱくさせて
「たぶんってなにさー!」
叫びながら、玄関を飛び出した。
たぶん。
きっと。
・・・絶対。
閉じたドアに向かって、もう一度
「好きだよ」
言って、アスランは自分の気持ちを確かめた。
たぶん、あの夜から。
出会ったその瞬間から。
なにもかもが、運命だったと思うしかない。
自分に言い聞かせて、ふとキラがサイズの違う自分の靴を履いて飛び出してしまったことに気づいて。
さぁ、どうやって笑ってやろうかと。
玄関で待ち構えた。
敗北感でイッパイなまま、完結です・・・。
どうしても8月7日までに終わらせなければ・・・ という使命感が邪魔してくれました。
後日談は、たぶんありません。・・・たぶん。
残業手当は、すこし色をつけてやらなければ。
「・・・帰っておまえがいるのは嫌な気分だな」
「お互い様だ」
帰宅すれば、リビングにイザーク。その横に、手錠でイザークに繋がれたキラがいた。
「逮捕か?」
「隔離しているだけだ」
クラッキングをかけていたパソコンは半壊。
いつもどおり という言い方は嫌だが、はやりIPの逆探知は叶わなかった。
証拠がないのだ。
現行犯と言ったが、シンが証言しない限り、犯罪としては成り立たない。
「とんだ跳ね返りだな」
「まったくだ」
上着を脱いで緩んだままのネクタイを外し、ついでにボタンを二つ外して。
「説教だけじゃ聞かないみたいだ」
キラの目の前に、逃げられないように立てば
「調教でもしろ」
イザークは手錠を外し
「ああ、俺は貴様が少年嗜好になっても偏見はしないから安心しろ」
言い捨てて、出て行った。
音のない、煌々と蛍光灯が光る部屋で。
ふたり、息を殺す。
拗ねた顔で横を向き、ソファに座ったままのキラと。
キラの前にただ立つアスラン。
すい とアスランの手が動いたとき、キラがびくり と逃げ腰になった。
その反応を見て
大きく、一振り。
その頬を、叩いた。
「・・・っ」
「そんなにここを出て行きたいか」
静かな、低い声。
怖い と、思う。
逃げたい。嫌だ。こんなの嫌いだ。
なのに。
嫌われたくない。ここにいたい と思うのは、どうして。
「出て行くなら、鍵を返せ。ふらふら入ってこられちゃたまらない」
俺はそこまで心が広い人間じゃない。
キラは無言のまま、ポケットに仕舞っていた鍵を掴み出す。
小さな鈴が、ちりん と鳴った。
これを返せば。
自由の身。
そして
待つのは、孤独だ。
「や、だ」
「わがままも大概にしろ」
キラの手から強引に鍵を取り返そうとするアスランに、キラは抵抗した。
「やだ! 返さない! 絶対嫌だ!」
「ならどうしてあんなことをする!」
「だって! なにかしたかったんだもん! アスランになにか返したかったんだもん!」
「迷惑だ! あんなやり方!」
もみ合っているうちに、キラの手から鍵が滑って
小さな鈴の音と共に、リビングの床に落ちた。
あ と思って
キラは飛びつくように、その鍵を守る。
これだけなのだ。
アスランと繋がるものは。
帰る場所の鍵は、これだけ。
「俺が怒っているのはわかるな」
「・・・うん」
「どうして怒っているかもわかるな」
「・・・うん」
「どう償う」
どう と言われても。
キラは、なんにも持っていない。
この部屋にあるものはすべてアスランが買い与えてくれたもので、キラが自力で手に入れたものはなにもないのだ。
なにひとつ持たない自分と。
この、大人が。
遠いなぁ と、思う。
大人になりたい とは思ったけど。
自分が子供だと自覚したのは、初めてだった。
どうしよう。
無力じゃないか。
ぎゅっと、鍵を握り締めるしかできない。
ちっぽけな鍵を守るのが、精一杯。
「ごめんなさい」
「その一言で俺の苦労が消えるとでも?」
アスランと、アスランの部下と、シンと、イザークと。
「何人に迷惑をかけたと思ってる」
「ごめんなさい」
「反抗したいなら的を絞れ!」
怒鳴られて、キラは身をすくめる。
「むやみに他人を巻き込むな!」
「っ・・・」
「反抗っていうのは、一種の甘えなんだ。誰彼かまわず甘えるな」
アスランがゆっくりとキラに歩み寄る。
また殴られる。
そう思ったのに、触れた手は、キラの頭を撫でて。
「イザークから少し聞いた。友達、シンっていうんだってな」
「うん・・・」
「年は?」
「16。高校生」
「じゃあ、平日は無理か」
「?」
「保護者として、お詫びしなきゃいけないだろ」
すとん とキラの目の前にアスランは座り込んで
「食事でもご馳走しよう。キラの友達だからな。ちゃんと謝らないと」
「・・・保護者だから?」
「半分は俺の責任だからな」
パソコンにウィルスを流し込んだ件ではない。
キラの教育を間違った。
その償いだ。
「ただしパソコンは自力で弁償しろ」
「はい」
「イザークへの礼は、俺が頼んだから俺がするから」
「え、だって」
「あいつは金がかかるぞ」
無理だろ。
言われて、キラは言い返せない。
「約束を、しよう」
「やくそく?」
「言いたいことは、はっきり言い合う。俺も、キラにちゃんと言うから」
だから、おまえもちゃんと言って。
こんどは、ちゃんと聞くから。
「ごめんな」
アスランの一言で。
「・・・ごめんなさい」
初めて、心から謝った。
友達を家に呼ぶのは、初めて。
「すいません、こんなこと・・・」
「いや、こちらが悪いから」
数日後予定が合う日に、シンを夕食に招いた。
・・・が。
「なんでおまえたちもいるんだ」
「キラのトモダチだからー」
ラスティにディアッカ、それに多忙なはずのイザークまでいる。
ダイニングでは席が足りないので、リビングだ。
「えーと・・・」
シンは、大人に囲まれてなんだか緊張しているみたいだ。
「ほんとごめんね。えっと、二ヶ月くらい待ってくれると助かるんだけど」
「いーよ、貯金で買いなおしたし。そのかわり今度課題手伝えな」
「うん」
聞けば情報処理科の学生なのだという。
「学校に部活に妹の世話にバイト? なにそれ、超多忙学生じゃん」
指折り数えて、ラスティはうげっ と顔をしかめる。
「部活は弱小だからたまにしかないし、妹の世話ももう中学生だからほとんどしなくていいし」
けっこう暇っす。
「小遣い稼ぎかー。俺らもやったよな、アスラン」
「やったな。おまえに巻き込まれてな」
最後の皿をテーブルに置いて、ようやくアスランはキラの隣に腰を下ろす。
「アスラン、どんなバイトしたの?」
「ファミレス、ファーストフード、カラオケ、コンビニ、ビラ配りにあとは事務系」
「げ」
「俺がバイトするとき誘ってたんだよ」
「おまえバイト狂だったもんなー」
ディアッカは一点集中型。
イザークに至っては、バイト経験はないらしい。
「小遣い稼ぎっていうか、欲しいものがあって」
「なに」
「単車です」
シンの言葉に、おっ と、ラスティとディアッカが食いついた。
「なに狙ってる?」
「え、インパルス・・・」
「地味ー!!」
ラスティは叫び、ディアッカは「年寄りくせぇ」と批難した。
アスランによるとラスティは学生時代、オレンジ色に染めたバイクを乗り回し、ディアッカは大学時代からハーレーに乗っているらしい。
両極端だ。
三人はバイクトークに花を咲かせるが、イザークひとり黙々と酒を呑んでいるのが、キラには怖かった。
悪いことは、もうするなと言われた。
それを、裏切ってしまった。
「えっと、ごめんなさい」
キラが謝っても、イザークは黙ったまま。
視線でアスランに助けを求めれば
「怒鳴らないのは、怒れないんだよ。なんだかんだ言ってキラがかわいいんだ、こいつ」
「わかったような口をきくな」
八宝菜が塩辛いぞ。
「で? キラのその後はどうなんの」
ディアッカに話を振られ、キラは
「ここにいる」
とだけ返す。
「と言っても、引っ越すんだけどな」
「は?」
なんだそりゃ。
「ここじゃキラの勉強部屋もないからな。近場にいい部屋見つけたから、そこに来週引っ越すんだ」
「へーぇ。ここでもいいと思うけどな」
「狭いだろ」
「常に一緒の空間! いい! なんか愛が生まれそうでいい!」
勝手にトリップするラスティは、放っておいて。
「キラの高校入学も、決まったんだ」
「あ、面接したってやつ?」
先日、キラは高校入学のための試験を受けた。
といっても、通信のほとんどは面接のみだ。
「特技でハッキングって言ったときはどうしようかと思ったな」
「だってそれしか思いつかなかったんだもん」
ぶう と膨れて八宝菜を食べて
「アスラン、ちょっとしょっぱい」
「どれ?」
キラの箸から、平気で食べるアスランに
「愛、もう生まれてんじゃねぇの・・・?」
ディアッカは苦い顔をした。
愛 と呼んでいいかはわからない。
学校が始まって、キラは少し変わった。
バイトにも慣れ、それなりに友達もできた。
月に二回登校。その際受けるテスト対策も欠かさない。
アスランとも、時々喧嘩をする。大概は翌朝になったらなかったことになっているが。
時折料理にも挑戦し、そのたび指に小さな傷を作る。
一生懸命さを向ける方向を間違えないようになった。
一人の夜も、怖がらなくなった。
・・・見知らぬ人は、まだ少し怖いらしい。
「キラ」
「なに?」
今からバイトだというキラに、アスランは不意に声をかける。
いつもならアスランの休みにキラが合わせるのだが、今日は予定が入った友達と交代したらしい。
「ほしいものあるか?」
「ほしいもの?」
「学校の入学祝。忘れてただろ」
ああ とキラは声を漏らして
「アスラン」
「ん?」
「だから、アスランがほしい」
こういうところは、変わっていなかった。
それにすこし安堵する自分に、呆れたりして。
「・・・わかった」
諦めるように、アスランは返して。
「帰ってきたら覚悟しろよ」
宣戦布告をして。
キラの唇をちょい と摘んで
「好きだよ。たぶん」
初めて言った言葉に、キラは口をぱくぱくさせて
「たぶんってなにさー!」
叫びながら、玄関を飛び出した。
たぶん。
きっと。
・・・絶対。
閉じたドアに向かって、もう一度
「好きだよ」
言って、アスランは自分の気持ちを確かめた。
たぶん、あの夜から。
出会ったその瞬間から。
なにもかもが、運命だったと思うしかない。
自分に言い聞かせて、ふとキラがサイズの違う自分の靴を履いて飛び出してしまったことに気づいて。
さぁ、どうやって笑ってやろうかと。
玄関で待ち構えた。
敗北感でイッパイなまま、完結です・・・。
どうしても8月7日までに終わらせなければ・・・ という使命感が邪魔してくれました。
後日談は、たぶんありません。・・・たぶん。