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ZONE-ZERO

ガン種中心二次創作サイト簡易版。アスキラ中心です。

永遠の眠り姫。

2007-09-19 19:52:35 | アスキラ
 アスランは、僕に甘い。
 やさしいとかそういうレベルではなく、「甘い」んだ。
 それは昔から、まだ僕らが小さな子供だったころからの習慣みたいなもので、
 アスランが甘やかして、僕が甘えて。
 そうやって互いの信頼や感情や、いろんなものを確かめ合ってきた。
 だから、これはその延長。
 僕がアスランを信じていて、アスランも僕を信じてるって、確かめる作業。
 意味なんて、絶対にない。
 少なくとも、アスランのほうには、あるはずないんだ。

 夜中のAAの一室。
 僕とアスランの二人部屋。
 今日の夜待機はムゥさんで、めずらしく二人一緒に眠ることができた。
 交代でシャワーを浴びて、髪を乾かしあったりして軽くじゃれて。
 「おやすみ」って言い合って、それぞれのベッドに潜る。
 それで眠ればいいんだろうけど、僕はただじっと、暗い部屋の中で隣のベッドに視線を送り続けていた。
 背を向けたアスラン。
 五分もそれを続ければ、ごそりとアスランが動いて
「・・・どうした?」
 視線に気づいて、声をかけてくれる。
「眠れない?」
「・・・うん」
 仕方ないな って、いつもどおりに軽くため息をついて、ベッドの半分を開けてくれる。
 僕はそれに誘われるように自分のベッドから飛び降りて、アスランの隣に潜り込む。
「狭いな」
「くっつけばいいじゃん」
「くっついても、俺は結構ぎりぎりなんだけど?」
「僕は平気だもん」
 甘えるようにしがみつけば、アスランも腕枕をしてくれて、空いた方の腕でしっかりと抱き寄せてくれる。
 言っておくけど、僕らは別に恋人じゃない。
 親友。ただ、それだけで。
「アスラン」
「はいはい」
 おやすみのキスまでくれる。
 ほっぺたや額じゃなく、ちゃんと唇に。
 軽く触れ合うだけのキスに不満を訴えれば、もっと深く。
 そうして、泥沼に嵌っていって。
「まったく・・・。明日に響く・・・」
「その気満々のくせに」
「誰のせいだ」
 いつからだろう。
 たしかに子供の頃一緒にお風呂に入ったりはしたけれど。
 いつからだろう。
 アスランが、僕を抱いて。
 僕が、アスランを受け入れるようになったのは。

 行為の間は、言葉なんかない。
 囁くような愛はないし、必要ない。
 ただ、互いの乱れた呼吸や、上がった体温を感じて。
 汗ばんだ肌を重ねて、息ができなくなるくらいキスを重ねて。
 体中にたまった何かを、吐き出しあうだけ。
 ただ、そんな関係。
 愛なんて
 あるわけ無いと、思ってたのに。

 フリーダムのシートに身を沈めて、深くため息をついた。
 きっともうすぐ、この戦争は終わる。
 終わったら、僕らはどうなる?
 いつまでもAAにいられるわけじゃない。
 いつまでも互いの背を守りあえるわけじゃない。
 いつまでも、甘えていられるわけがない。
 終わったら
 僕はひとりになる。
 たぶんじゃなくて、絶対に。
「キラ」
 不意に声をかけられて、反射的に顔を上げた。
 目の前にアスランがいるのにも気がつかなかった。
「なに?」
「・・・調子、悪いのか?」
「なんで?」
「ぼーっとしてた」
「あ、ごめん。考え事」
 なに? と訊き返すと、アスランは疑うような目をして
「俺の機体、すこしOS弄っておいてくれないか?」
「どうしたの?」
「いや、時々、おまえの動きについていけないから。反応速度を上げておいて欲しいんだ」
「・・・それって」
「おまえのせいじゃないよ。俺が、鈍いだけだから」
 センサーの反応、改良しておいてくれ。
 そう言って、アスランは仕事に戻っていく。
 どうしよう。
 とりあえずフリーダムから降りて、ジャスティスに乗ってみる。
 機体のOSは前に弄ったんだけど・・・。
 アスランの機体の反応速度は、コーディネイターが乗るにしても上げすぎなくらいあらゆる設定を上げている。
 アスランの要望ではあったのだけど、それが「おまえに合わせるためだ」と言われて、すこし戸惑った。
 僕のフリーダムは、そんなにセンサーの反応を上げていない。
 センサーに頼りすぎると、勘が鈍くなる。それはパイロットとして致命的だ。
 同じだと思っていたアスランが、どんどん遠くなる。
 アスランは「普通」のコーディネイターで、僕は「特別」なコーディネイター。 
 そういう部分が、こういうとき、顕著になる。
 正直、イヤだ。
 アスランとは、いつまでも同じでありたいのに。
 対等でいたいのに。
 キィボードの上に乗せた指が、重かった。

 スクランブルがかかれば、どんな作業をしていても中断して、ロッカールームに走る。
「先行くぞ!」
 ロッカールームの近くにいたらしいムゥさんは先に着替えていて、僕らも追いかけるように着替える。
 着難いパイロットスーツにも慣れた。
 背中合わせに、アスランが着替える音。
 赤いパイロットスーツ。
「・・・どうした?」
「あ、ううん」
 やっぱり視線に気づいたアスランが、振り向いて僕の顔色を伺う。
 なんでだろう。
「なんで、気づくの?」
「え?」
「センサーの反応上げなきゃ僕の動きについて来れないとか言ってるくせに、なんで僕の視線には気づくの?」
 こんなときになに言ってるんだ って言いたげな顔が
「簡単だ」
「なに」
「おまえの視線なんか、身体が覚えてる」
 長いときをかけて。
「おまえのして欲しいことも、して欲しくないことも、全部」
「・・・全部?」
「ああ」
 パイロットスーツの首元を調整して
「わかってる。全部」
 身体ごと振り向いて、そっとキスをくれた。
「わかってるから。これが終わって、おまえがどうしたいのかも」
 これってなに?
 この戦闘のこと?
 このキスのこと?
 それとも、この戦争のこと?
「行くぞ」
 腕を引かれて、僕は問いかけることに失敗した。

 戦闘が終われば、ドッグは慌しい。
 修理と、次の戦闘に備えての整備で、あちこち人が怒鳴ったり走ったり。
 そんな中を潜り抜けてシャワールームに行くと、遅れてきたアスランが
「調整、ありがとな」
 と声をかけてきた。
「あ、よかった?」
「うん。前より動きやすい」
 ってことは、完全じゃない。
 あれでめいっぱいなんだけどなぁ。
 ばさりとパイロットスーツを脱ぎ捨ててブースに入ると、
「ちょ、なに!?」
 無理やりアスランも同じブースに入ってきた。
 べつに他のブースがいっぱいってわけじゃない。
 ほかに誰か・・・たとえばムゥさんとかが入ってこない確証はない。
 こんなところを見られたら、言い訳できないのに。
「キス、したいなと思って」
「部屋ですればいいじゃない」
「今すぐ」
 キスだけね?
 そう言ってはみたけれど、それが聞き入れられるわけはなかった。 

「や、あすら・・・」
「いや?」
「部屋、帰ってから・・・」
「我慢できない」
 往生際悪く逃げようとする僕をアスランは強引に捕まえて、
「ひゃっ!」
「暴れると落ちるぞ」
 両足を抱え上げて、そのまま強引に侵入してきて。
 僕を侵す。
 身体中、心の奥底まで。
 アスランの欲望で満たしていく。
 いつからだろう。
 それが、快感になってしまったのは。

 熱が
 身体中に染み渡るあの瞬間がすき
 アスランの何かが僕のなかに入ってきて
 僕をすきなように蹂躙して
 アスランが
 僕で気持ちよくなって
 一言、「ごめん」とだけ言って
 熱を吐き出すあの瞬間の顔
 どれだけの人が知っているかわからないけど
 少なくともカガリやラクスは知らないはずの顔
 僕だけのアスラン
 そう思っただけで
 身体中が熱くなる
 吐き出した後はいつも気まずそうな、申し訳なさそうな顔をするけれど
 僕は「いいよ」って言って笑うだけ
 遠慮して外になんか出して欲しくない
 僕の中に
 ありったけのアスランの熱を出して欲しい

 そう思うのは、いけないこと?

「これで、終わりにしよう」
 アスランがそんなことを言い出したのは、戦争が「終結」というかたちになったとき。
 救援やなにやらであわただしくしていたのが一段落したときだった。
「・・・いきなり、なに?」
 裸のまま、押し倒された格好で、僕に跨るアスランに訊いた。
「カガリの、護衛に就こうと思うんだ」
「・・・それで?」
「頻繁には会えなくなる」
「・・・だから?」
「キラは、お母さんのところに行くんだろう?」
「うん。ラクスも一緒に」
「だったら、もうこういうことはできなくなる」
 どうして という言葉は飲み込んだ。すこし考えればわかること。
 場所がないんだ。
「・・・僕に飽きた?」
「違う」
「カガリに本気になった?」
「・・・・」
「・・・そっか」
 なにも言わないアスランを押しのけて、僕は床に放られたアンダーを拾い上げた。
「・・・キラ」
「なに?」
「俺はおまえが怖いよ」
 背中で聞いたその一言で、なにかが凍りついた。
 そうか。
 だからカガリなんだ。
 キミは臆病者だから、自分より強い人が怖いから。
 僕を抱くことで、僕に勝った気になって
 自分より弱い、「守ってあげられる」カガリのところに行くんだね。
 正直
「見損なった」
 僕はきっちり軍服を着こんで、そのまま部屋を出た。
 アスランの顔なんか、見たくなかった。
 弱音を吐くアスランなんか、みたくなかった。

 アスランは昔から僕のヒーローだった。
 勉強ができて、運動ができて、なんでもそつなくこなすアスランは僕の憧れだった。
 人望があってあれこれ頼まれることは多いくせに、僕が一言言えばそれを全部断ってすべての時間を僕にくれた。
 僕だけのアスランだった。
 いつでも、頼りになる「親友」だったのに。

「怖い。そう、怖いと、アスランは言ったのですか」
「臆病なんだ。プライド高いだけなんだ。自分より上の人間を削除して、弱い人だけ周りに置いてヒーローになりたいだけなんだよ」
 ぶすくれた僕に、ラクスは苦笑しながら紅茶を淹れてくれる。
「そうですわね。アスランはとっても臆病な方」
「見損なったよ」
「でも、人は総じて臆病ではありませんか?」
「?」
「好きな人には、嫌われたくなくて、怖いものですもの」
「・・・・え?」
「この世で一番怖いものは、自分の一番大切な人」
 食堂の安い紅茶で口を湿らせて、ラクスは続ける。
「好きだから嫌われたくない。完璧な自分を見て欲しい。それはいつしか恐怖に変わっていく」
 ・・・好き?
「確かなものがないから、なまじキラは強すぎますから」
 強い?
 誰が?
「アスランには、想像できなかったんでしょうね。今のキラが」
 こんなに、強くなったキラが。
 でも とラクスは続ける。
「キラも、実はとっても弱い方」
「言ってること違うよ」
「戦う力はあっても、本当に向き合いたい方と向き合うことのできない、勇気のない方」
 真っ直ぐに、僕を見つめて
「弱虫同士ですわね」
 鈴が鳴るような声で言って、花のように笑った。

 僕は弱虫な子供だった。
 甘ったれで、アスランがいなきゃなんにもできない子だった。
 いまでも変わらない。
 アスランがいなきゃ
 泣くことも、できないなんて。

 ほんとうにほしかったのはなんだったのか、考えた。
 考えるまでもなかった。
 ずっと欲しかったのは、アスランの熱なんかじゃなくて
 ずっとずっと
 こころが
 ほしかったんだ。

「あのさぁ!」
 ドアが開いた瞬間に怒鳴って、アスランはびっくりした顔をしていた。
「なんか勘違いしてない!?」
「・・・なにを」
 静かな声。
 ドアが閉まって、薄暗い部屋で。
「僕、強くなんかないんだけど」
「・・・・」
「全然、めちゃくちゃ弱くって、甘ったれのままなんだけど」
 アスランは何も言わない。
「いまだに怖いことだらけだし、アスランいなきゃなんにもできないし、好き嫌い多いし」
「それでも・・・」
「戦闘能力なんか、戦争が終わったら関係ないよ」
 ぐっと、アスランが言葉に詰まった。
「第一強いのはMSに乗ったときだけで、肉弾戦とかてんで駄目だし、いまだに銃もうまく使えないし」
 ベッドに座り込んだままのアスランを睨みつけて
「アスランがいなきゃイヤだ」
「・・・キラ」
「いやだ。絶対いやだ。僕から離れちゃいやだ」
「キラ」
「いやだってば!」
 力いっぱい怒鳴りつけて
「・・・ひとりにしないでよ」
 そう言った瞬間に、自然に、涙が零れた。
「もうやだ。ひとりはやだ。アスランがいなきゃいやだ」
 子供みたいに「いやだ」って言い続けて
「とおくにいかないで・・・」
 ずるりと膝の力が抜けて、僕はドアに背を預けてへたりこんでしまった。
 反射的に、アスランが駆け寄ってくる。
「キラ・・・」
「離れる気なら、触んないで」
 伸ばされた手を、振り払って
「僕だけを選ぶなら、触って」
 なにもかもに。
 膝を抱えて、俯いて。
 いつまでも触れない、ただその場に膝をつくだけのアスランに、また絶望して。
「・・・もう、やだ」
 口をついて出たのが、そんな言葉ばかり。
「なんで、こんな・・・」
 こんなことになったんだろう。
 なんでアスランのことなんか好きになったんだろう。
 馬鹿じゃないの、僕。
 こんな優柔不断な、臆病な男を好きになって。
 なんになるの。
 生産性のない愛なんて。
 宇宙のごみになっちゃえばいいのに。
 戦争の残骸と一緒に、燃え尽きちゃえばいいのに。
 燃えるだけ燃えて、いつまでたってもなくならない。
 隕石になって、僕と一緒に地球に落ちていく。
 こんなに傷だらけになっても
 なんで心は死なないんだろう。
「キラ・・・」
 アスランは、触れてくれない。
「ごめんな」
 聞きたくない。
「ほんと、ごめん」
 謝罪なんて。
「おまえを傷つけたいわけじゃないんだ」
 釈明なんて。
「幸せになってほしいだけなんだ」
「だったら・・・!」
「俺といても、おまえは幸せになれないよ」
「なんでわかるの!? なんで僕の幸せをアスランが決めるの!?」
 わけわかんない! とまた泣いて。
「俺は、おまえがそばにいると、俺でいられなくなる」
 なにそれ。
「弱くなるんだ。おまえに依存して、俺自身がだめになる。そんなのじゃ、おまえのそばにはいられない」
「なんで」
「つり合わない」
 まただ。
 強いとか、弱いとか。
 意味わかんないよ。
 どうどう巡りの会話に、疲れる。
「おまえが、自分のことを弱いって言うなら、なおさらだ」
 泣き続ける僕に、アスランは触れないまま
「強くなって、おまえを守れるくらいになって、必ず迎えにいくから。その間に、おまえが誰かを選んだら、俺は身を引くけど・・・」
 はっきりしない物言いで
「でも、俺が納得できるくらい強くなれて、そのときおまえがまだひとりだったら・・・」
 そこで言葉が区切られて
「必ず、そのときは攫いにいくよ」
 ちゅっ と、髪にキスをくれて
「待たなくていい。俺のわがままで、ふりまわしてごめんな」
 ひとつの呪いを残した。

 そんなこと言われて
 僕がほかの誰かを選ぶと思ってるの
 選べると思ってるの
 馬鹿じゃないの
 そんなこと言われたら
 僕は死ぬまで
 ひとりきりだ

「愛してるよ」
 
 100年の眠りにつきたい。
 きっとキミが誇れるくらい強くなるには、それくらいの時間が必要だろうから。
 はやく
 この呪いを解いてよ  



お久しぶりの更新です・・・。
なんかドロ沼アスキラが書きたくなりました・・・。
アスランは優柔不断野郎だと言い張ります。

僕は僕の手でキミを選んだ(幼年期)

2007-08-22 20:59:28 | アスキラ
 出会えたのは、絶対に偶然じゃない。

 梱包された荷物を見て、ひとつ、ため息を吐いた。
 今日と、明日。
 明日の夕方には、シャトルに乗らなければいけない。
 キラと離れなければいけない。
 そう考えただけで、憂鬱になった。

「おはよう」
「・・・おはよう」
 待ち合わせるのも、今日で最後。
 明日は引越しがあるから、学校はお休み。
「そんな顔しないでよ」
「どんな顔?」
「寂しいって書いてある」
 キラは黙り込んで、足を止めた。
「アスランは、寂しくないの?」
 訊かないでほしい。
「寂しいよ」
「僕のほうが寂しい」
「うん。でも、僕も寂しいよ」
 泣き出しそうなキラの手を掴むと、キラは膝の力が抜けたようにしゃがみこんで。
「アスランの、ばかぁ・・・!」
 そんなことを言って、盛大に泣き始めてしまった。

 キラを泣かせるのは、好きじゃない。
 当たり前だ。好きな子には、いつでも笑っていて欲しい。
 そう思うのだけど、上手く慰めることができない。  
 だって、僕が悪いのだから。
「ごめんね、キラ」
「おいてっちゃ、やだぁ」
「うん、ごめん」
 ぼろぼろ涙を流すキラに、今日はお休みしよう と言って、そのまま自分の家に連れ込んだ。
 大人には内緒で。
 母上は今日まで仕事だし。
 学校から家に連絡があるかもしれないけど、キラのお母さんならわかってくれる。
 二人で携帯電話の電源を切って。
 内緒だよって言って、二人でベッドに潜り込んで、昼まで眠った。

 電話が鳴ってる。
 目を覚ますと、キラはまだ眠ったままだった。
 繋いだ手をそっと離して、部屋を出て電話を取る。
「・・・はい」
「アスランくん?」
 キラのお母さん。
「ごめんなさい」
「やっぱりそこね。・・・キラが拗ねた?」
「泣かれました」
「あらあら」
 今日は学校のお友達に最後の挨拶があったのだけど、普通の友達よりキラが大事。
「学校で貰うはずの書類があったでしょう?」
「・・・あ」
「貰ってきました。後でお昼とお夕飯持って行くわ。そのとき一緒に」
「え?」
「今日は、キラを泊めてやって? どうせ言っても離れないと思うけど」
 願ってもない。
 今は一秒でもキラと一緒に居たい。
「いいんですか?」
「最後だから」
 最後 という言葉が胸に突き刺さった。
「・・・プラントに来る予定は、ないんですよね」
「・・・ごめんなさい」
 訊かなくてもわかってる。
 キラの両親はナチュラルだ。
 コーディネイターしか受け入れないプラントに来ることはできない。
 キラだけなら来れるのだけど、今はまだ子供で、たった一人で暮らすことなんかできないのも、本当で。
 認めたくないけど、本当で、それが現実。
 今までが夢だっただけかもしれない。
 
 電話を切って部屋に戻ると、キラがまた泣いていた。
「どうしたの?」
「あすら・・・行っちゃ、やだ・・・」
 ああ、目が覚めていなかったから、不安になっちゃったんだ。
 キラは寂しがり屋で、甘えん坊。
 だってそれは仕方ない。僕が9年かけて、傍にいて甘やかして、僕なしじゃなんにもできないようにしたんだから。
 ずっと一緒にいるはずだったから。
 離れるなんて、考えたこともなかったから。
「ごめんね」
「謝っちゃ、だめ・・・!」
「うん。でも、ごめん」
「謝ったほうが悪いんだよ!」
「うん。僕が悪い」
 いままでもキラが喧嘩を仕掛けてきて、喧嘩しても、僕が謝っていた。
 キラは頑固で、意地っ張り。
「今日、キラ泊まっていきなよ」
「・・・え?」
「キラのお母さんが、泊まっていいよって」
「ほんと?」
「うん」
 頷くと、キラは泣くのをやめて
「流れ星探そうよ」
 無理難題を吹っかけてきた。

 キラのお母さんが持ってきてくれたご飯を食べて、二人でお風呂に入って。
 リビングのカーテンを開けて、空を眺める。
「流れ星見つけたら、三回お願いするんだよ!」
 そう言ってキラはわくわくしているけど、三つ問題がある。
 一つは、コペルニクスの空は人口で、流れ星が見えないこと。
 一つは、キラは夜更かしができないこと。
 もう一つは、いくら願っても、僕らの願いは叶わないこと。
 その問題をわかっていたから、最初からキラを寝かしつけるつもりで、ホットミルクを持たせた。
 21時。
 あと1時間もすれば、キラは舟をこぎ始める。
 朝から泣いていたし、その前からなんとなく目が腫れていたから、きっと昨日の夜もあんまり寝ていないはず。
 昨日の夜、ひとりで、泣いていたのだろうか。
 キラに引越しのことを言ったのは、三日前。
 本当はそのずっと前からわかっていたのだけど、言えずにいた。
 言えばキラは泣いてしまうと、わかっていた。
 三日前に学校の帰り道で言ったとき、予想以上に泣かれて二時間往来に立ち往生した。
 泣きじゃくるキラを引きずってキラの家に行けば、キラのお母さんに笑われた。
 キラのお母さんは、知っててキラに言わないでいてくれた。
「貴方から言ったほうが、いいと思って」
 やさしい。
 こんなやさしいナチュラルの人を馬鹿にするプラントになんか、行きたくない。
 立派なお父様ね なんて言われるけれど、そんな馬鹿なプラントの議員なんかやってる父上は誇りでもなんでもない。
 今まではキラに会うきっかけをくれたことを感謝していたけど、今は引き離すくらいならなんで会わせたんだと憎しみしか湧かない。
 あの日、キラに出会わなければ。
 僕らは、どうしていただろう。

「キラは、流れ星になにをお願いするの?」
「おとなになれますよーにって」
 願い事は口に出すと叶わないという。
「おとな?」
「おとなになって、アスランおっかけるの」
「おじさんと、おばさんは?」
「いっしょに」
「無理だよ」
「でも行くもん」
 普段は聞けないような声で、キラは強く言う。
「いつかぜったい、プラントに行くもん」
 流れ星は、流れなかった。  

 眠ってしまったキラの手から、カラになったカップを取って。
 そっと寝かせて、用意していた毛布をかけてやった。
 キラの向かいに寝転んで、月明かりに照らされるキラの寝顔を、一晩中眺めた。
 コペルニクスは月にあるから、ここから月を見ることはできないはずなのに、この人工の空には月もあれば太陽も昇る。
 なのに流れ星が流れないのは、やっぱり願い事は叶わないからなんだと、ぼんやりと思った。

 翌日キラはお母さんに無理やり学校に連れて行かれた。
 その間に僕は荷物を業者に預けたりして。
 学校がお昼休みの時間を見計らって、学校に走った。
「キラ!」
 約束はしていた。
 お昼休みに、いつも通る桜並木に来て って言ったら、キラは嫌そうな顔をした。
 最後のお別れ。
 シャトルの時間はまだ授業中で、キラは見送りに来れないから。
「・・・行くの?」
「・・・うん」
 あまり時間がない。
 泣きそうなキラに、最後のプレゼントを渡して。
「キラもいつか、プラントに来るんだろ?」
 流れ星は、流れなかったけど。
 この願いだけは、信じたい。
 キラは返事をしてくれなかった。

「ああ、思い出した・・・」
「んー?」
 こうしてキラとひとつのベッドを分け合っていると、なにかと重なるなと思っていた。
 思い出した。
 あの夜だ。
「思えば純粋だったな、俺・・・」
「なにが?」
 時が流れて、大人になって。
 キラはほんとうに、プラントに来た。
「いや、あの時キラに手を出さなかった俺は純粋だったなと思って」
「だから何の話!」
 話が見えないキラが、俺の胸に頭を預ける。
「ほら、俺がプラントに引っ越す前日」
「ん?」
「流れ星探しただろ?」
「ああー、あったねぇ、そんなことも」
「あのとき言ってただろ? 大人になってプラントに来るって」
「うん」
「あの時、流れ星は流れたのかなって」
「流れてないよ」
 え? と聞き返すと、キラは頭をずらして俺の腕を枕にする。
「僕あのとき空見てたけど、流れてない。成長してからあの日の空のデータ見たけど、流れるようになってなかった」
「流れ星を流す日なんてあったのか?」
「コペルニクスの位置から、本来見えるべき大きな流星とかは、流れるようになってた」
 デブリとかは知らないけど。
「・・・調べたのか」
「うん。15のときかな。コペルニクスの気象プログラム見た」
 それは本来見てはいけないものだ。
「だから、星になんて願わなくてもこうなったんだよ」
「どうして?」
「あの時僕はもう君を選んでいたし、君も僕を選んでいたでしょ?」
 視線を合わせると、キラの紫電は自信に満ちていた。
「初恋は忘れないって言うじゃん」
「それは叶わないの間違いだ」
「間違ってていいんだよ」
 だって叶ってる。
「余所見しちゃったけどね」
 くすくす笑うキラに覆いかぶさって、いまだ笑みを浮かべる唇を啄ばんでやった。
「おじさんにだって、誰にだって奪えなかったんだよ。僕から君を、君から僕を」
「・・・そうだな」
 出会えたのは絶対、偶然じゃない。
 誰にも奪えなかった、運命だ。


お久しぶりの更新です・・・。
ネタに苦しんでおります。
ネタを・・・ネタをくれ・・・!!

統計学。(若干R18)

2007-04-25 18:43:22 | アスキラ
やっちゃってます注意報。

 テレビで女優だかタレントだか知らないけどきれいな女の人が言っていた。
『食べ方がガツガツしてる男ほど性癖は淡白』
 いままでいろんな男を見てきての感想らしいけど。
 アスランはその逆。
 小さい頃からきれいな食べ方してたけど、成長してからそれに磨きがかかっていた。
 上流階級の、洗練された食べ方。
 出されたものはきれいに食べるし(でも青魚とイクラだけは梃でも食べない)(本人曰く「アレルギー」)、
その動きも無駄がなくてすごくきれい。
 何度か真似してみたけど、一朝一夕でできる動きではなかった。
 わりとなんでもそつなくこなすアスラン。
 いつも涼しい顔をしていて、頭がよくて運動神経がよくて、でも人間関係はちょっと下手で。
 性的なこととは無縁そうな顔をしてる。
 そりゃ、見た目「やらしいこと大好き」って顔した男よりはマシなんだろうけど。
 僕だけは知ってる。
 アスランは「やらしいこと」が好き。
 周りにおおっぴらに言えないことが好き。
 例えば、実はお酒はめちゃくちゃ強いだとか、法的にNGの頃から喫煙者だとか。
 ・・・僕とセックスするときは性格が変わるとか。
 別に変態行為が好きなわけじゃない。アスランにそういう性癖はない。
 でも、男の僕と男のアスランがそういうことをするってことは、使うところはそういうことで。
 ・・・十分変態っぽい。
「なに、考えてるの」
「んっ」
 僕の首筋をべろりと舐めてアスランの熱の篭った瞳が睨みつけてくる。
「うわの空だけど?」
「アスランのこと、考えてた」
「ふぅん?」
 納得してない、信用してない目で笑って、僕の鎖骨の辺りに紅い跡を残す。
 僕とベッドに入ると、アスランは性格が変わる。
 少し意地悪で、独占欲を丸出しにする。
 普段見せない、興奮した目で僕を見る。
「俺の、なに考えてたの?」
 カリ と鎖骨を齧られて、僕の身体が跳ねる。 
「アス・・・、性格変わるな・・・って」
「なにそれ?」
 ゆるゆると前を弄られて、身体を震わせながら僕は答える。
 答えなきゃ、もっと焦らされる。
「普段、冷静なのに・・・っ、こういうときだけ、意地悪で・・・」
「うん?」
「僕と二人っきりのときだけ、やらしい・・・」
「そういうのがいいんだろ?」
 ぎゅっと強く握られて、僕は悲鳴に似た声を上げた。
「キラは、やらしいのが好きなんだろ?」
「や、あ」
「嫌なの?」
「・・・っ」
 否定できない僕がいる。
 アスランとこういうことをするのが好きな僕がいる。
 僕は食べるのが遅くて、あれこれ目移りしながら食べるタイプ。
 やっぱりあの統計は当たってる。
 二人とも食事にがっつかない分、性的なところが貪欲。
「してほしいこと、言ってごらん」
 耳元で熱い息を吹きかけながら、アスランが囁く。
 アスランは焦らすのが好き。
 でも知ってる。
 ほんとうは僕が欲しくて仕方ないこと。
 だから、僕はせがむふりしてアスランの欲しい言葉を言う。
「も、ほしい・・・」
 満足そうに、アスランが笑う。
 いやらしい顔で。
 深いキスで僕の呼吸を奪って。
 僕の中に入り込む。
 内臓を押し上げられる感覚には慣れた。
 不快感より、アスランが入ってくる快感が勝る。
 こうなったら、僕らは止まらない。
 アスランのほうが体力があるから、僕が気絶するまで、行為は続く。
 うわごとみたいにアスランを呼んで、僕は何度目かもうわからない絶頂の中で意識を手放した。
 アスランは、僕に貪欲。
 僕も、アスランに貪欲。
 あの統計は、間違ってなんかない。
 性関係なんか僕はアスランを含めて二人しか知らないけど、しみじみ痛感した。
 アスランは、何人知ってる?
 あの統計を、キミは信じる?   


エンドーさんの何気ないリクエストから、サイト初のR18っぽいもの。
鬼畜腹黒アスランが大好物です。   



嘘なんかつけない日。

2007-04-01 21:59:59 | アスキラ
 夜の夜中になって、違和感を覚えた。
 今日、アスランに「好きだよ」とか「愛してる」って言ってもらってない。
 アスランは気持ちは言葉で伝える主義なくせに言葉不器用で、子供の口癖みたいに毎日言ってくるのに。
 おはようのキスはあった。
 行ってきますとただいまのキスもあった。
 おやすみのキスは今から・・・なんだけど。
 普段言われるときは恥ずかしくて仕方ないのに、いざ言われないとなると寂しいし不安になる。
「アスラーン」
「ん?」
 ベッドに入って本を読んでいるアスランの横にごそごそ入りながら、訊いてみることにした。
「なんで今日、好きって言ってくれないの?」
 ベッドに頭を預けながら訊くと、アスランは「ああ」と言って本を閉じてサイドボードに置いた。
 そのまま部屋のライトを消して、ぎゅっと僕を抱きしめてくれる。
「今日何の日かわかる?」
「4月1日」
「・・・は何の日?」
「・・・エイプリルフール?」
 一年に一回、嘘をついていい日。
 そういえばシンが喜びながらいろんな人にバレバレな嘘をついていたなぁ。
「だからだよ」
「なにそれ?」
 アスランは僕の髪をやさしく撫でて、くすりと笑う。
「嘘をつく日だろ? 俺の「好き」は嘘じゃないから、言わない」
「・・・ぶっ!!」
 くそ真面目にそんなことを言うアスランに、思わず笑いが出た。
「笑うなよ。真剣なんだから」
「だ・・・!! アスラン、知らないの?」
「なにを?」
 ああ、やっぱり知らないんだ。
「エイプリルフール公式ルール」
「あるの?」
「実はあるんだなー、これが」
 アスランが知らないことを僕が知っているのは、なんだか気分がいい。
 僕が知らないことをアスランが知っているのはいつもだけど、逆っていうのは珍しい。
「エイプリルフールで嘘をついていいのは午前中だけ。午後になったら「あれは嘘でした、ごめんなさい」っていうのが決まりなんだよ」
 ってサイが言ってた。
 たぶん本当。
「そうなんだ?」
「そう。だから、午後になったら嘘ついちゃいけないの」
 くすくす笑って言うと、アスランは
「なんだ、損した」
 と納得いかない表情をした。
「今日シンにも教えてあげたらびっくりしてたから、あんまり知られてないみたい」
「というか、都合の悪いルールは無視してるんだろ?」
 あ、なるほど。
「損したな。一日最低5回は言わないと落ち着かないのに我慢してたんだ」
「そんなに言われるとありがたみ薄れるんだけど」
 そんなこと言うなよ と、アスランが額にキスをして。
「好きだよ、キラ。愛してる」
 と甘く囁いた。
 ああ、なんだろう、この安心感。
「好きだ。大好き。キラだけ愛してる」
 ちゅっ と唇を啄ばんできて
「愛してる。キラは?」
 薄暗い部屋でも煌く、エメラルド。
「・・・好き」
 吸い寄せられるように、僕の口から言葉がこぼれる。
「大好き。アスランが好き」
 ふっと、アスランの顔が緩んだ。
「キラも、今日、言ってくれなかったよな」
 だって
「いっつも、アスランが言うのに答えてたから・・・」
「自発的に言ってくれると嬉しいんだけど?」
「う」
 だって恥ずかしいんだよ と俯いて言うと、今度はアスランがくすくす笑って。
「俺しか聞いてないんだから、いいだろ?」
 なんて言う。
「アスランが聞いてるから、恥ずかしいんだよ」
 わかってよ、この複雑な心境。
 言いたいのに、伝えたいのに、恥ずかしくて言えなくてどれだけもどかしいか。
 アスランに答えることはできるから、いつもアスランが言ってくれるのを待ってる僕の気持ちをわかってよ。
「キラ」 
 やさしく呼ばれて視線を上げると、アスランが覗き込んできて。
 そのまま黙る。
 えーと。
「だから、恥ずかしい・・・」
「言ってよ」
「うー」
 だめだ。この目に僕は弱いんだ。
 我慢強くて無欲なアスランが、僕にだけ見せる強請るような目。
 僕が欲しくてしょうがないって目。
「・・・すき」
「聞こえない」
 極小な声で言ったら、アスランがぴしゃりと言う。聞こえてんじゃん。
 ああもう!
「好き! 愛してる!」
 アスランの顔を正視できなくて、抱きつきながら叫んだ。
 強く強くアスランの胸に顔を押し付けて。
「大好き」
「うん。愛してるよ、キラ。嘘じゃないよ」
 わかってるよ。
 僕も嘘なんかじゃないよ。
 嘘なんかにできないよ。   





 エイプリルフールのはずが、ただの惚気告白大会になりました・・・。

声が届く距離

2007-03-24 18:31:46 | アスキラ
「おまえ、死ぬぞ」
「ふぇ?」
 アスランの呟きに、眠りに付く寸前だったキラが気の抜けた声を上げた。
 アスランがAAに来て、キラの言うままにアスランとキラは同じ部屋を使うことになった。
 シフトで動いているAAで、数少ないパイロットであるアスランとキラは当然シフトが被っていない。
 アスランが仕事を終えて部屋に戻ると、入れ替わりにキラが仕事に就く。
 一日1時間、一緒に居られればいいほうだ。
 だから、今まで気づかなかった。
 キラが、食事をしていない事実に。

「なに、まだ時間じゃないでしょ・・・?」
「一通り終わったからちょっとだけ戻ってきた。おまえ、死にたいのか?」
「はぁ?」
 アスランの神妙な顔に、キラは思考をめぐらせた。
 最近特に死を覚悟するような瞬間はなかったはずだが。
「フラガさんに言われて気が付いた。おまえ、食べてないだろう」
「・・・ああ」
 キラの表情が一瞬にして消えた。
 触れてほしくなかった話だ。
 アスランは気づいていないみたいだから、ほかの人も気づいていないと思っていたのに。
 フラガの勘のよさを久々に呪った。
「最近おまえが食堂に来なくなったって。いろんな人に訊いたら、最近食堂に来てないって言うじゃないか」
「・・・べつに」
「風邪引いたりしてるわけじゃないんだろう?」
 キラが身体を預けているベッドに、アスランが座る。
 さらりと髪を撫でられて。
「顔色はずっと悪かったけど・・・ほんと、痩せたんじゃないか?」
「ちょっと、食欲なくて」
「いつから」
 射抜くような目が、怖い。
「ちょっと前」
「具体的に」
 叱るような声に諦めて、キラは嘆息した。
「この艦に乗ったときから、あの時まで食べられなくて。あの後ちょっと食べ始めたんだけど、最近また」
 あの時 が指すのは、あの二人の死闘だとわかった。
 あれからそんなに時は経っていない。
 食べていた期間を逆算して、戦争が始まった時期と照らし合わせて、アスランは唖然とした。
「おまえ・・・! ちょ、身体見せろ!」
「うわ! アスランのえっち!」
「冗談言ってる場合か!」
 キラをベッドに押し倒して着ているシャツを捲り上げて、今度こそ言葉を失った。
 痩せすぎた身体。
 浮いた骨。
 筋肉の衰えた腹。
 正常な16歳男子の身体ではない。
「なんで今まで気づかなかったんだ・・・」
 アスランは頭を抱えた。
 身体のラインが出るパイロットスーツを着ていても気づかないくらい、自分に余裕がなかったことに心底腹が立った。
 あれだけ軍で鍛えた精神はどこにいった。
「最近いつ食べた?」
「うー・・・あ、昨日、栄養パック飲んだ」
「その前」
「・・・その、二日前? サンドイッチふたつ」
 そこで訊くのはやめた。
 これ以上は聞くに堪えない。キラも思い出せないだろう。
「こんな身体で・・・。貧血とかは?」
「時々眩暈がする、かな。あとはわりと平気」
 コーディネイターって丈夫だね とキラはなんでもないことのように笑った。
 精神が疲弊してくると、過剰に栄養を摂取するパターンと、その逆がある。
 栄養を過剰摂取するのは、まぁこんな状況だ。多少消費できる。
 だがキラの場合は逆だ。
 それは単純に健康の問題だけではない。
 この場合、生死に関わる。
 もし戦闘時に貧血で気を失いでもしたら?
「ほかに症状は・・・?」
 まさかと思いつつ、訊いてみる。
「ほか?」
「食事のほかに、ひどく落ち込むとか、眠れないとか・・・」
 死にたくなる とか。
「あ、不眠症、ってやつ、かな?」
 最悪のパターンではない。
 だが、最良でもない。
「寝てない? 睡眠時間は?」
「寝つきが悪くて、寝ても細切れ。目が覚めちゃうんだ」
 睡眠不足は集中力低下の要因になる。
 軍でもストレスがかかる戦場での注意事項として習ったことだ。
 「十分な栄養と睡眠が、命を繋ぐなによりの糧だ」と。
「・・・ちょっと待ってろ」
「アスラン?」
「待ってろ!」
 強い語調で言われて、すっかり萎縮したキラはただ一人部屋に残された。

 ストレスのかかる環境での精神的病気の症例は、アカデミーで習った。
 常識的な話が多かったが、「心の弱さが人を殺す」という教官の言葉が気にかかってまじめに話を聞いた。
 イザークやディアッカは馬鹿にしていた話だったが、アスランはその通りだと思ったのだ。
 人の弱さが、この状況を招いたのだと、今でも思う。
 争いなど、殺し合いなど、弱い人間のすることだ。
「すいません、すこし、お借りしてもいいですか?」
 厨房に立っていた男性に声をかけると、気さくに「腹でも減ったか?」と彼は笑った。
「成長期は食べて寝るのが一番だからな。この状況じゃ、『腹が減っては戦はできぬ』のほうだけどな!」
 ずきり と、胸が痛んだ。
 違う。キラに戦いを強いるために食べさせるんじゃない。
 生きるためだ。
 この世界を、生き抜くためだ。
 そう、自分に言い聞かせて、気が付いた。
 キラは心の底で、『戦えない状態になればいい』と思っていたら?

 10分程度で、アスランは部屋に戻ってきた。
「なに、それ?」
「ホットミルク。砂糖多め。胃が弱ってるだろうから、いきなり重いものは無理だろう?」
 差し出されたカップを眺めて、キラは「うーん」と唸る。
「いいから。ほら」
 突き出されたそれを嫌々受け取って、ベッドの上で行儀悪く胡坐をかいた。
 諦めるしかないか。
 アスランは見張るように、ベッドサイドに立ったままだ。
 ふー と息で熱を飛ばして、一口舐める。
 甘い味が口の中に広がる。
「あんまり熱くしてないから。飲んで」
 横から言われて、また一つため息を落としてごくりと飲む。
 猫舌のキラに合わせたように、少し温めのミルク。
「アスランが作った?」
「ああ。仕事してる人の邪魔をするわけにはいかないだろ?」
「そっか。じゃ、全部飲む」
 え? と訊き返すアスランを無視して、キラは勢いよくカップの中身を飲み干した。
「ごちそうさま」
「そんなに一気に飲んで大丈夫か?」
「へーき。ありがと」
 カップを返すと、アスランが躊躇いがちにそれを受け取る。
 気が済んで仕事に戻ってくれると思ったら、アスランはカップをデスクに置いてまたベッドサイドに戻ってきた。
「今度はなに?」
「眠れないなら、睡眠剤使うか?」
 心底心配しています と顔に書いてある。
 わかりやすいなぁ と笑って、キラは後ろに倒れた。
 頭を枕が受け止めてくれる。
「あれ、嫌い。起きたときの頭痛ひどいんだ」
「キラ、寝つきはよかったのにな」
「だねぇ」
 アスランがベッドの端に腰掛けて、スプリングの悪いベッドが軋む。
「ほかに、隠してることは?」
「ないよ。ほんと、この二つだけ」
 真摯な瞳に、キラもまじめに返す。
 自覚しているのがこれだけなのは本当だ。
 無自覚で、ほかに何かあるかもしれないけれど。
「・・・今の状況、嫌か?」
「?」
 アスランの独白のような呟きに、キラは訊き返すことを躊躇った。
「戦うこと、争うこと、殺しあうこと。限られた空間での、限られた人間だけでの生活。強制される仕事」
 アスランの手のひらが、キラの頬を撫でていく。
「大人ばかりの空間。慣れないモビルスーツ。ぐるぐる変わる土地と環境」
 手のひらが髪に触れて、そのまま梳いていく。
「誹謗、中傷、殺したのに褒められて、傷つけられたら死んでしまう状況」
 キラの前髪を指で掬い上げて、はっきりとした視界にアスランの瞳だけが明るく映った。
「怖いか?」
 見抜かれた。
 慌てて目をそらしたけれど、アスランの瞳はまだキラを見つめたままだ。
「怖い、なんて、言ってられないじゃない・・・」
「キラはもともと民間人だ。俺とは違って、訓練されてない。戦闘能力も、精神も肉体も」
「でも、やらなきゃ」
「嫌なら逃がしてやる」
 アスランの言葉に身体が震えた。
 恐る恐る、アスランの表情を伺った。
「キラがどうしても嫌だ、耐えられないって言うなら、俺がどうにでもしてやる」
 深い碧が、細められて。
「答えて。嫌、か?」
 どう答えていいのかわからなかった。
 嫌なものは嫌だ。もともと望んで戦争に参加したわけじゃない。
 でも、ここに戻ると決めたのも自分で。
 戦うと決めたのは自分で。
 いまさら。
「怖いなら、泣いていいよ」
 ぴくりと、肩が揺れた。
「俺はもう、そういう感覚が麻痺したけど・・・。キラは、残ってるだろう?」
 そんなもの、無いほうが今は楽で。
 失くしたフリをしているのに。
「残ってるほうが正しいんだ。怖かったら泣いていい。嫌だって叫んでいい」
 アスランの身体がゆっくりとキラの半身を包んで。
「言って、キラ。思ってること全部」
 箍が外れたように、涙が零れた。
「怖い、よ」
 震える両手を持ち上げて、アスランの背に縋った。
「怖いよ、嫌だよ、逃げたいよ」
「・・・うん」
「ほんとは、ここに戻ってくるの、嫌、で」
「・・・うん」
 ぎゅっと、アスランが強く抱きしめてくれる。
 安心して涙が止まらない。
「でも、僕がもどってこなきゃ、みんな死んじゃって」
「・・・うん」
「守らなきゃいけなくて」
 うん、と、アスランは頷く。
「なのに誰も、守ってくれなくて・・・」
 頭をアスランの肩に押し付けて、キラは声を絞り出す。
「アスランが来てくれるまで、ぼく、ひとりぼっちだった・・・」
 ああ、だからか。
 シフトを分けたせいで、生活がまるで逆な二人だ。
 別の部屋にしたほうが互いに気にせずすむと、艦長であるマリューは最初、アスランの部屋を別に用意してくれたのだ。
 だが、キラが嫌がった。
 パイロット同士、話すことも多いし、空間を共有することで相手の空気を読みやすくなるんだ と。
 もっともな話だ。
 だが、アスランとキラだ。
 互いの呼吸など知り尽くしていて、よく考えればいまさらな理由だった。
 少し考えればすぐわかることだった。
 キラはいつだって、アスランに助けを求めていたのだ。
「気づかなくて、ごめん・・・」
 強くキラの頭を抱きこんでやると、キラはびくりと身体を跳ねさせて、堰を切ったように声を上げて泣き始めた。
 こんなに強く、自分を求めてくれていたのに。
 こんなに近くにいたのに。
 気づかなくて、ごめん。

 泣きつかれたのか気を失うように寝込んだキラをベッドに寝かせて、アスランは嘆息した。
 戦場にあと何人、こんな人がいるのだろう。
 キラのように一人で艦を守った者は少ない。守ろうとして、皆死んでいった。
 生き残ることがこんなにも辛い世界に、はたして守る価値はあるのだろうか。
 キラの頬に残った涙を指で拭ってやって、思案する。
 違う。今の世界に価値がないから、変えたいんだ。
 だから戦うことを選んだ。
 だから力を身につけた。
 だから心を殺した。
 だから、人を殺した?
 矛盾が渦巻いて、思考の穴に嵌った。
 自分の行いすべてが矛盾している。
「ん・・・」
 キラが縋るようにアスランに擦り寄ってくる。
 その髪を飽きることなく、アスランは撫でた。
 この命を守るために、戦ってきた。
 守ろうとして、殺そうとして、そして今度こそ守ろうと思って。
「俺の世界の中心、かな」
 こいつは。
「今度は、今度こそ・・・」
 守って見せるから。
 おまえと、おまえの望む世界を。
 だから。
「生きような、一緒に」
 アスランの囁きに、キラが笑った気がした。
 どんなことをしても。
 この手がどんなに汚れても。
 大丈夫だよ。
 ずっと一緒だよ。
「俺も、一緒に汚れるから」
 キラのために。
 断罪のように、アスランは目を閉じた。      
       

病んでるキラさまと、闇んでるアスラン。  

Make love, not war!

2007-03-16 19:35:17 | アスキラ
古い本に載っていた。
 
『Make love, not war!』

 大昔の戦中の標語だったらしい。
 すごいことを言った人もいたものだ。
 キラとキスしている間にそんなことを思い出した俺は、かなりこの戦争で心を病んだらしい。
 激しく同感だ。
 たった一人の人を愛して、愛されるだけで人はこんなにも優しい気持ちになれる。
「なに、考えてるの・・・?」
 キスの隙間でキラが訊いてきた。
「難しい顔してる」
「世界中の人が恋人をつくれば、戦争なんかなくなるのに、って思って」
 そう返して唇を啄ばめば、キラはうーんと唸った。
「無理なんじゃないかなぁ」
「どうして?」
 唇を離して、こつんと額を合わせる。
 至近距離で眼が合う。キラの、薄い紫の瞳。アメジスト。
「だって、そもそも人口が違うよ」
 言われてみればそうだ。
 コーディネイトで子供の性別を決められるようになった今でも、なぜか人口は男のほうが多い。
 同性同士でこんなことをしている自分たちは、この際棚上げして考えを巡らせた。
 いまどき同性同士は珍しくもないけれど、それでも少数派だ。・・・軍では多かったが。
 ああ、嫌な過去をいくつか思い出した。
「それに、好きになった人が自分を好きになってくれる確率なんて低すぎない?」
 キラの声に現実に戻る。
 そうかなぁ と思った。
 自分はずっとキラだけが好きだったから、一般的な片想いというやつがわからない。
「好きになった人が好きになってくれるのは、奇跡だってどこかに書いてあった」
「奇跡?」
「そう。限りなくゼロに近い確立なんだって」
 肩に乗せられていたキラの両手がするりと伸びて、背に回った。
 まるで自分のものだというように抱きこんでくる。
 キラのものなのだけど。
「じゃぁ俺たちは、奇跡的に想いが通じ合ったってこと?」
「僕たちは違うよ」
「どうして」
「僕たちは、運命」
 運命論なんて信じない。
「必然、だろ?」
 そう返したらキラは笑って
「そうかも」
 と言った。
 
『Make love, not war!』
 軍で言い寄ってきた男たちが、あのとき心の安らぎを自分に求めていたんじゃないか なんて考えは捨てておいた。
 求められても困る。
 そうか。こういう気持ちがあるから世界中の人たちが恋人を作ることは難しいのか。
 それでも。
 誰かを愛していたら、誰かを傷つけることがこんなに苦しいことだとわかるのに。
 自分が、キラに教えてもらったように。
 早く、世界中の人が気づけばいい。
 そう、願った。
  




『Make love, not war!』
意味がわからない人は辞書を引こう。

For Dearest-Athrun

2007-03-15 17:42:04 | アスキラ


 パソコンが「ピッ」とメールの着信を知らせた。
 差出人は登録されていない。
 不審に思って、画面を呼び出す。
 知らないドメイン。・・・というか、こんなドメイン存在しただろうか?
 しばらく考えて、ファイルを開いてみる。

 『アスランへ』

 キラだ と確信した。
 手紙を郵送して、そろそろ届いた頃だと思っていた。
 執務室の中に居た数人の部下を下がらせて、人払いを頼む。
 ドアが閉まったのを確認してから、メールを開いた。

 『手紙読みました。ありがとう。
 残念ながらうちには便箋なんてものはないし、郵送だと時間が掛かってしまうのでメールにします。
 アスランはハッキングのこととか心配していたみたいなので、防止プログラムを組み込んだアドレスを作ってみました。
 正真正銘、アスランしか知らないアドレスだよ。』

 くすりと笑ってしまう。
 便箋を買いに行く手間を惜しんでドメインを作ってしまうあたりがキラだ。
 きっといくつもの中継点を通過して届くのだろう。

 『キミの気持ちはよくわかりました。
 なので今度は僕の気持ちを書きます。
 僕もアスランが好きです。ずっとずっと、思い出せないくらい子供の頃からずっと好きだった。』

 画面をスクロールする手が震えた。

 『こちらに来てくれるのは嬉しい。僕も会いたいし、今度こそずっと一緒にいたい。』
 
 ああ、自分の気持ちはきちんと伝わったらしい。
 安堵感が過ぎる。

 『でも現実問題、気になることがあります。
 キミは今オーブ国籍でしょう? プラントでの永住権を取るのは難しいんじゃないかな。
 それに仕事は? ザフトにはもう戻れないだろうし、僕が仕事してキミが主婦、なんていうのは絶対反対。』

 キラはプラントに行って、すこししっかりしたようだ。
 きちんと未来を見据えている。
 その成長が嬉しい。

 『そういう問題を全部解決して、それで僕が納得できたら。
 今度こそ一緒に暮らそうよ。
 僕は今官舎にいるからさすがにここでは無理だけど、キミがくるというならマンションでも一戸建てでも用意できるよ。
 僕だって高給取りですから。』

 えっへん とキラが胸を張ったのが見える。

 『ラクスのことは大丈夫。
 周りは付き合ってるって思ってるみたいだけど、キミとカガリがそうなように、僕と彼女も友達で、盟友みたいなものです。
 一番大切な女性だとは思うけど、これは恋じゃない。』
 
 心配していたことを先回りされた。
 手紙ではあえて触れなかった話題だ。

 『キミがこちらに来ると言えば、彼女はきっと喜んで協力してくれるよ。
 もちろん、イザークもディアッカも、それからシンもルナマリアも。
 当然僕もできる限りのことをします。
 キミは自分のことは自分だけでなんとかしようとする癖があるけど、ここは皆を頼っていいと思うんだ。』

 独りよがりだ と言われた気がした。
 確かにそうだ。
 自分のことは自分だけでなんとかしようとして、今までなんどもから回りをした。

 『僕からラクスに少しお願いをしてみようと思います。
 永住権は無理かもしれないけど、まして国籍を戻すなんて無理かもしれないけど。
 それでも、一緒に暮らせたらそれでいい。
 僕がオーブに行ければいいんだろうけど、今はまだできないから。
 だって、カガリは大丈夫でも、ラクスはまだ心配だもの。僕は心配性なんだ。』

 ずっとオーブのために働いてきたカガリと違って、ラクスは一度プラントを裏切った人間だ。
 いまだ政府で反対派も少なくない。
 
 『どうにかします。だからキミも、どうにかしてください。
 伊達にザフトのエースやってたわけじゃないんだから、顔は広いんでしょう?』

 こんな物言いはキラらしい。

 『打開策が浮かんで、結果が出たら返事をください。
 とりあえず仕事のことだけはなんとかすること。
 こっちに住めるかどうかは、僕がラクスとイザークに相談します。』

 イザークに借りを作ってしまうな と思った。
 いや、彼にはもういくつも借りを作ってしまっているけど。

 『大好き。会いたい。傍にいたい。
 これが僕の気持ちです。
 これ以上は会ってから言いたい。
 だから、早くなんとかしてね。』

 わかったよ とモニターを指でつついた。
 拗ねたキラの顔が目に浮かんだ。
 最後の一文は、キラらしい一言だった。

 『僕はキミのものだし、キミは昔から僕だけのものだって信じてる。
 もう余所見しちゃ駄目だよ。』

 なんてわがままな一言。
 キラはいつだって、自分を見つめて、許してくれていたのだ。
 こんなふがいない自分を。

 『じゃあね。おやすみなさい。』

 時計を見ると、プラントは深夜の時間帯だった。
 早く寝ないと明日辛いぞ とメールを保存しようとして気づいた。
 下の方にまだなにか書いてある。
 スクロールすると

 『この回線はあまり頻繁には使えません。
 容量が大きくなっちゃうと気づかれちゃうから。
 できればこのメールも別メディアに保存とかして、消してください。
 僕の首がかかってるんで、よろしく。』

 またヤバい橋を渡ったのか・・・。
 おそらくザフトのマザーでも使っているのだろう。
 あそこはセキュリティが厳しすぎるから、横から割り込んで第三者にこのメールを見られる可能性は低い。
 ・・・とはいえ。
「あのマザーに侵入できるのはお前くらいだろう・・・」
 頭を抱えた。
 胸はキラへの気持ちでいっぱいだから、心配とか叱責の念はない。
「とりあえず、返事は携帯かな」
 時差を考えれば、今はやめておいたほうがいいだろう。
 仕事はとっくに手配済みだと言えばなんと言うだろうか。
 あのエリカ・シモンズの紹介で機械工学関係の仕事を手配してもらった。
 当分は機械いじりだけで生計をまかなえる筈だ。
 趣味に走るな と怒られるだろうか?
 でもあの仕事は戦争とはまったく無関係の、むしろ人が豊かに暮らすためのプロジェクトだから、安心してくれるかもしれない。
 ひとつため息を落として、今度は通信を開いた。
「ああ、カガリか? 今キラから返事が来たよ」
 盟友への報告だけは、忘れるわけにはいかなかった。
 
  


 「キラのお返事」です。うちのキラさまちょっと現実的。

For Dearest-Kira

2007-03-15 17:40:34 | アスキラ

 手紙を書いた。
 メールが主流の昨今、手書きの手紙は珍しい。
 メールだといつでも読める。言ってしまえば仕事中でも。
 自分の想いをそんな手軽に読んでほしくなかった。
 パソコンの画面で書くと何度も書きなおせる。
 たしかにそれがメリットかもしれないけど、ただ想ったことを書くのに書き直しなんてしたくない。
 手紙を書くために、今は希少な便箋と封筒を買った。
 昔から愛用のペンを握った。
 深夜に書いた手紙は出すものではない とどこかで聞いたけど、そんな時間しか空かなかった。
 真っ暗な部屋の中で、デスクのライトだけを頼りに、一通の手紙を書いた。


 仕事が立て込んで帰宅は深夜になった。
 軍の上官用宿舎までシンが送ってくれて、エントランスで別れて流れで郵便受けを見る。
 覗き込んだそこに、白いなにか。
 いまどき郵送でダイレクトメールか。
 古風なことする会社もあったもんだなぁ と思いながら開けてみると、なんの変哲もない白い封筒が一枚。
 会社名などの印刷もない。
 宛名は間違いなく自分。しかもこの字はよく知っている。
 不審に思って裏を見ると。
 『Athrun Zala』
 それだけで心臓が跳ねた。
 慌てて部屋に戻ってリビングのソファに膝を揃えて座って、恐る恐る開けてみた。
 便箋が一枚。
 折りたたまれたそれをそっとあけると、桜柄の紙に文字が並べられていた。
 子供の頃、何度も見た字だ。
 アスランらしい、丁寧な文字だった。


 『キラへ。
 これが届くまでに通信もしているだろうけど、面と向かって声に出すことはたぶんできないと思うので、手紙を書きます。
 キラにはメールのほうがいいんだろうけど、キラみたいに手癖の悪いやつに見られたら困るから。』

 そんな出出し。
 手癖が悪い とは、おそらく自分の趣味について言っているのだろう。
 電子化が進んだ昨今、個人宛のメールが第三者に見られてしまうのはよくあることだ。
 たとえば、ハッキングとか。

 『気持ちがハッキリしたし、情勢も落ち着いてきたので、ずっと言えずにいたことを書きます。』

 彼がここまで遠まわしに言葉を紡ぐのは珍しいことだった。
 普段は要点だけわかりやすく言ってくれる彼らしくない。
 ふとその続きに眼を落として、心臓が止まるかと思った。

 『キラが好きです。』

 冗談でここまで手の込んだことをするような人ではない。

 『戦中は自分の気持ちに自信が持てなかったし、あんな状態だから言うのを躊躇っていました。
 でも今はお互い平和に暮らしているし、平和になって本当に自分に必要なのはキラだと思ったから。』

 メールでもそうだが、彼は文章になると言葉が丁寧になる。

 『どうしても、気持ちを伝えたかった。
 信じられないかもしれないけど、わかってほしい。好きだ。』

 目頭が熱い。
 ぐっと息を止めることでそれを堪えた。

 『今、そちらに行けるように調整中です。オーブ軍は辞めます。』
 
 眼を疑った。

 『カガリも首長として安定してきたし、軍もフラガさんが居れば大丈夫だから。
 俺がやるべきこと、できることはもうここにはないんだと思います。
 どうしても、今すぐキラのもとに行きたい。
 その枷になるから、軍は辞めます。誰がなんと言おうとも。』

 たしかにカガリはオーブの首長として地位を確立した。
 昔は反対派が多かったが、今では信奉者も多い。
 フラガが事実上責任者になった今、オーブ軍も安泰だろう。

 『と言っても、キラの気持ちを無視するつもりはありません。
 キラが嫌だ、オーブに居ろと言うなら、このまま軍に居るつもりです。
 重いこと言ってごめん。
 でも、俺の人生で一番大切なのはキラだから、キラが望んでくれるならすぐに傍に行くし、
 嫌だと言えばここに居るつもりです。無理強いはしない。自由に選んで。』

 言ったことをフォローしているあたり、アスランはやっぱり言葉が下手だと思う。

 『返事はいつでもいいです。
 気持ちが固まったら言ってください。それまでは変わらずここにいるから。
 カガリにはもう言ってあります。
 キラの気持ちを最優先してくれるそうです。やっぱり彼女とは恋人とか友人というより、盟友といった感じです。』

 カガリのことを理由にする手は、先に塞がれてしまった。

 『お願いだから、他人を理由に拒否するのだけはやめてほしい。』

 気持ちを読まれた気がした。

 『周りのことなんか気にせず、正直な、キラの率直な想いが聞きたいです。』

 ぐっと胸が痛んだ。
 いつもそうだ。
 自分は周りに責任を押し付けて逃げてばかりだ。
 彼はそんなところまでわかっている。
 あたりまえだ。
 何年一緒に居た?
 子供の頃からの癖なんて、彼はとっくにお見通しだ。
 騙せない。隠せない。

 『好きだよ、キラ。今すぐ会いたい。
 キラが選んでくれたら、俺はもうキラだけのものだから。』
 
 それは甘美な誘惑の言葉だった。

 『その代わり、キラも俺だけのものになる。そのことだけは、わかっていて。』

 なんて優しい、独占欲。

 『突然こんな手紙を出してごめん。それじゃ、また。』

 文末を結んだのは、少し荒い、緊張した字だった。

 『Dearest Kira.
From Athrun』

 最愛のキラへ。
 
 返事がしたい。
 そう思った。
 でもこの部屋には便箋なんてない。
 彼のように、ぶっつけ本番で文字を書くなんてできない。
 第一ここ最近署名以外にペンを握っていない。下手な字は見られたくない。
 そう思って、立ち上がった。
 自分らしく。
 伝えればいい。
 なんど書き直しても。
 想ったことを、自分のつたない文章で伝えられれば。
 声に出しては、まだ言えないけれど。
 キラは仕事部屋に駆け出した。
 



 第一弾。アスからキラへ甘い言葉。甘すぎて砂糖吐きそうです。