アスランは、僕に甘い。
やさしいとかそういうレベルではなく、「甘い」んだ。
それは昔から、まだ僕らが小さな子供だったころからの習慣みたいなもので、
アスランが甘やかして、僕が甘えて。
そうやって互いの信頼や感情や、いろんなものを確かめ合ってきた。
だから、これはその延長。
僕がアスランを信じていて、アスランも僕を信じてるって、確かめる作業。
意味なんて、絶対にない。
少なくとも、アスランのほうには、あるはずないんだ。
夜中のAAの一室。
僕とアスランの二人部屋。
今日の夜待機はムゥさんで、めずらしく二人一緒に眠ることができた。
交代でシャワーを浴びて、髪を乾かしあったりして軽くじゃれて。
「おやすみ」って言い合って、それぞれのベッドに潜る。
それで眠ればいいんだろうけど、僕はただじっと、暗い部屋の中で隣のベッドに視線を送り続けていた。
背を向けたアスラン。
五分もそれを続ければ、ごそりとアスランが動いて
「・・・どうした?」
視線に気づいて、声をかけてくれる。
「眠れない?」
「・・・うん」
仕方ないな って、いつもどおりに軽くため息をついて、ベッドの半分を開けてくれる。
僕はそれに誘われるように自分のベッドから飛び降りて、アスランの隣に潜り込む。
「狭いな」
「くっつけばいいじゃん」
「くっついても、俺は結構ぎりぎりなんだけど?」
「僕は平気だもん」
甘えるようにしがみつけば、アスランも腕枕をしてくれて、空いた方の腕でしっかりと抱き寄せてくれる。
言っておくけど、僕らは別に恋人じゃない。
親友。ただ、それだけで。
「アスラン」
「はいはい」
おやすみのキスまでくれる。
ほっぺたや額じゃなく、ちゃんと唇に。
軽く触れ合うだけのキスに不満を訴えれば、もっと深く。
そうして、泥沼に嵌っていって。
「まったく・・・。明日に響く・・・」
「その気満々のくせに」
「誰のせいだ」
いつからだろう。
たしかに子供の頃一緒にお風呂に入ったりはしたけれど。
いつからだろう。
アスランが、僕を抱いて。
僕が、アスランを受け入れるようになったのは。
行為の間は、言葉なんかない。
囁くような愛はないし、必要ない。
ただ、互いの乱れた呼吸や、上がった体温を感じて。
汗ばんだ肌を重ねて、息ができなくなるくらいキスを重ねて。
体中にたまった何かを、吐き出しあうだけ。
ただ、そんな関係。
愛なんて
あるわけ無いと、思ってたのに。
フリーダムのシートに身を沈めて、深くため息をついた。
きっともうすぐ、この戦争は終わる。
終わったら、僕らはどうなる?
いつまでもAAにいられるわけじゃない。
いつまでも互いの背を守りあえるわけじゃない。
いつまでも、甘えていられるわけがない。
終わったら
僕はひとりになる。
たぶんじゃなくて、絶対に。
「キラ」
不意に声をかけられて、反射的に顔を上げた。
目の前にアスランがいるのにも気がつかなかった。
「なに?」
「・・・調子、悪いのか?」
「なんで?」
「ぼーっとしてた」
「あ、ごめん。考え事」
なに? と訊き返すと、アスランは疑うような目をして
「俺の機体、すこしOS弄っておいてくれないか?」
「どうしたの?」
「いや、時々、おまえの動きについていけないから。反応速度を上げておいて欲しいんだ」
「・・・それって」
「おまえのせいじゃないよ。俺が、鈍いだけだから」
センサーの反応、改良しておいてくれ。
そう言って、アスランは仕事に戻っていく。
どうしよう。
とりあえずフリーダムから降りて、ジャスティスに乗ってみる。
機体のOSは前に弄ったんだけど・・・。
アスランの機体の反応速度は、コーディネイターが乗るにしても上げすぎなくらいあらゆる設定を上げている。
アスランの要望ではあったのだけど、それが「おまえに合わせるためだ」と言われて、すこし戸惑った。
僕のフリーダムは、そんなにセンサーの反応を上げていない。
センサーに頼りすぎると、勘が鈍くなる。それはパイロットとして致命的だ。
同じだと思っていたアスランが、どんどん遠くなる。
アスランは「普通」のコーディネイターで、僕は「特別」なコーディネイター。
そういう部分が、こういうとき、顕著になる。
正直、イヤだ。
アスランとは、いつまでも同じでありたいのに。
対等でいたいのに。
キィボードの上に乗せた指が、重かった。
スクランブルがかかれば、どんな作業をしていても中断して、ロッカールームに走る。
「先行くぞ!」
ロッカールームの近くにいたらしいムゥさんは先に着替えていて、僕らも追いかけるように着替える。
着難いパイロットスーツにも慣れた。
背中合わせに、アスランが着替える音。
赤いパイロットスーツ。
「・・・どうした?」
「あ、ううん」
やっぱり視線に気づいたアスランが、振り向いて僕の顔色を伺う。
なんでだろう。
「なんで、気づくの?」
「え?」
「センサーの反応上げなきゃ僕の動きについて来れないとか言ってるくせに、なんで僕の視線には気づくの?」
こんなときになに言ってるんだ って言いたげな顔が
「簡単だ」
「なに」
「おまえの視線なんか、身体が覚えてる」
長いときをかけて。
「おまえのして欲しいことも、して欲しくないことも、全部」
「・・・全部?」
「ああ」
パイロットスーツの首元を調整して
「わかってる。全部」
身体ごと振り向いて、そっとキスをくれた。
「わかってるから。これが終わって、おまえがどうしたいのかも」
これってなに?
この戦闘のこと?
このキスのこと?
それとも、この戦争のこと?
「行くぞ」
腕を引かれて、僕は問いかけることに失敗した。
戦闘が終われば、ドッグは慌しい。
修理と、次の戦闘に備えての整備で、あちこち人が怒鳴ったり走ったり。
そんな中を潜り抜けてシャワールームに行くと、遅れてきたアスランが
「調整、ありがとな」
と声をかけてきた。
「あ、よかった?」
「うん。前より動きやすい」
ってことは、完全じゃない。
あれでめいっぱいなんだけどなぁ。
ばさりとパイロットスーツを脱ぎ捨ててブースに入ると、
「ちょ、なに!?」
無理やりアスランも同じブースに入ってきた。
べつに他のブースがいっぱいってわけじゃない。
ほかに誰か・・・たとえばムゥさんとかが入ってこない確証はない。
こんなところを見られたら、言い訳できないのに。
「キス、したいなと思って」
「部屋ですればいいじゃない」
「今すぐ」
キスだけね?
そう言ってはみたけれど、それが聞き入れられるわけはなかった。
「や、あすら・・・」
「いや?」
「部屋、帰ってから・・・」
「我慢できない」
往生際悪く逃げようとする僕をアスランは強引に捕まえて、
「ひゃっ!」
「暴れると落ちるぞ」
両足を抱え上げて、そのまま強引に侵入してきて。
僕を侵す。
身体中、心の奥底まで。
アスランの欲望で満たしていく。
いつからだろう。
それが、快感になってしまったのは。
熱が
身体中に染み渡るあの瞬間がすき
アスランの何かが僕のなかに入ってきて
僕をすきなように蹂躙して
アスランが
僕で気持ちよくなって
一言、「ごめん」とだけ言って
熱を吐き出すあの瞬間の顔
どれだけの人が知っているかわからないけど
少なくともカガリやラクスは知らないはずの顔
僕だけのアスラン
そう思っただけで
身体中が熱くなる
吐き出した後はいつも気まずそうな、申し訳なさそうな顔をするけれど
僕は「いいよ」って言って笑うだけ
遠慮して外になんか出して欲しくない
僕の中に
ありったけのアスランの熱を出して欲しい
そう思うのは、いけないこと?
「これで、終わりにしよう」
アスランがそんなことを言い出したのは、戦争が「終結」というかたちになったとき。
救援やなにやらであわただしくしていたのが一段落したときだった。
「・・・いきなり、なに?」
裸のまま、押し倒された格好で、僕に跨るアスランに訊いた。
「カガリの、護衛に就こうと思うんだ」
「・・・それで?」
「頻繁には会えなくなる」
「・・・だから?」
「キラは、お母さんのところに行くんだろう?」
「うん。ラクスも一緒に」
「だったら、もうこういうことはできなくなる」
どうして という言葉は飲み込んだ。すこし考えればわかること。
場所がないんだ。
「・・・僕に飽きた?」
「違う」
「カガリに本気になった?」
「・・・・」
「・・・そっか」
なにも言わないアスランを押しのけて、僕は床に放られたアンダーを拾い上げた。
「・・・キラ」
「なに?」
「俺はおまえが怖いよ」
背中で聞いたその一言で、なにかが凍りついた。
そうか。
だからカガリなんだ。
キミは臆病者だから、自分より強い人が怖いから。
僕を抱くことで、僕に勝った気になって
自分より弱い、「守ってあげられる」カガリのところに行くんだね。
正直
「見損なった」
僕はきっちり軍服を着こんで、そのまま部屋を出た。
アスランの顔なんか、見たくなかった。
弱音を吐くアスランなんか、みたくなかった。
アスランは昔から僕のヒーローだった。
勉強ができて、運動ができて、なんでもそつなくこなすアスランは僕の憧れだった。
人望があってあれこれ頼まれることは多いくせに、僕が一言言えばそれを全部断ってすべての時間を僕にくれた。
僕だけのアスランだった。
いつでも、頼りになる「親友」だったのに。
「怖い。そう、怖いと、アスランは言ったのですか」
「臆病なんだ。プライド高いだけなんだ。自分より上の人間を削除して、弱い人だけ周りに置いてヒーローになりたいだけなんだよ」
ぶすくれた僕に、ラクスは苦笑しながら紅茶を淹れてくれる。
「そうですわね。アスランはとっても臆病な方」
「見損なったよ」
「でも、人は総じて臆病ではありませんか?」
「?」
「好きな人には、嫌われたくなくて、怖いものですもの」
「・・・・え?」
「この世で一番怖いものは、自分の一番大切な人」
食堂の安い紅茶で口を湿らせて、ラクスは続ける。
「好きだから嫌われたくない。完璧な自分を見て欲しい。それはいつしか恐怖に変わっていく」
・・・好き?
「確かなものがないから、なまじキラは強すぎますから」
強い?
誰が?
「アスランには、想像できなかったんでしょうね。今のキラが」
こんなに、強くなったキラが。
でも とラクスは続ける。
「キラも、実はとっても弱い方」
「言ってること違うよ」
「戦う力はあっても、本当に向き合いたい方と向き合うことのできない、勇気のない方」
真っ直ぐに、僕を見つめて
「弱虫同士ですわね」
鈴が鳴るような声で言って、花のように笑った。
僕は弱虫な子供だった。
甘ったれで、アスランがいなきゃなんにもできない子だった。
いまでも変わらない。
アスランがいなきゃ
泣くことも、できないなんて。
ほんとうにほしかったのはなんだったのか、考えた。
考えるまでもなかった。
ずっと欲しかったのは、アスランの熱なんかじゃなくて
ずっとずっと
こころが
ほしかったんだ。
「あのさぁ!」
ドアが開いた瞬間に怒鳴って、アスランはびっくりした顔をしていた。
「なんか勘違いしてない!?」
「・・・なにを」
静かな声。
ドアが閉まって、薄暗い部屋で。
「僕、強くなんかないんだけど」
「・・・・」
「全然、めちゃくちゃ弱くって、甘ったれのままなんだけど」
アスランは何も言わない。
「いまだに怖いことだらけだし、アスランいなきゃなんにもできないし、好き嫌い多いし」
「それでも・・・」
「戦闘能力なんか、戦争が終わったら関係ないよ」
ぐっと、アスランが言葉に詰まった。
「第一強いのはMSに乗ったときだけで、肉弾戦とかてんで駄目だし、いまだに銃もうまく使えないし」
ベッドに座り込んだままのアスランを睨みつけて
「アスランがいなきゃイヤだ」
「・・・キラ」
「いやだ。絶対いやだ。僕から離れちゃいやだ」
「キラ」
「いやだってば!」
力いっぱい怒鳴りつけて
「・・・ひとりにしないでよ」
そう言った瞬間に、自然に、涙が零れた。
「もうやだ。ひとりはやだ。アスランがいなきゃいやだ」
子供みたいに「いやだ」って言い続けて
「とおくにいかないで・・・」
ずるりと膝の力が抜けて、僕はドアに背を預けてへたりこんでしまった。
反射的に、アスランが駆け寄ってくる。
「キラ・・・」
「離れる気なら、触んないで」
伸ばされた手を、振り払って
「僕だけを選ぶなら、触って」
なにもかもに。
膝を抱えて、俯いて。
いつまでも触れない、ただその場に膝をつくだけのアスランに、また絶望して。
「・・・もう、やだ」
口をついて出たのが、そんな言葉ばかり。
「なんで、こんな・・・」
こんなことになったんだろう。
なんでアスランのことなんか好きになったんだろう。
馬鹿じゃないの、僕。
こんな優柔不断な、臆病な男を好きになって。
なんになるの。
生産性のない愛なんて。
宇宙のごみになっちゃえばいいのに。
戦争の残骸と一緒に、燃え尽きちゃえばいいのに。
燃えるだけ燃えて、いつまでたってもなくならない。
隕石になって、僕と一緒に地球に落ちていく。
こんなに傷だらけになっても
なんで心は死なないんだろう。
「キラ・・・」
アスランは、触れてくれない。
「ごめんな」
聞きたくない。
「ほんと、ごめん」
謝罪なんて。
「おまえを傷つけたいわけじゃないんだ」
釈明なんて。
「幸せになってほしいだけなんだ」
「だったら・・・!」
「俺といても、おまえは幸せになれないよ」
「なんでわかるの!? なんで僕の幸せをアスランが決めるの!?」
わけわかんない! とまた泣いて。
「俺は、おまえがそばにいると、俺でいられなくなる」
なにそれ。
「弱くなるんだ。おまえに依存して、俺自身がだめになる。そんなのじゃ、おまえのそばにはいられない」
「なんで」
「つり合わない」
まただ。
強いとか、弱いとか。
意味わかんないよ。
どうどう巡りの会話に、疲れる。
「おまえが、自分のことを弱いって言うなら、なおさらだ」
泣き続ける僕に、アスランは触れないまま
「強くなって、おまえを守れるくらいになって、必ず迎えにいくから。その間に、おまえが誰かを選んだら、俺は身を引くけど・・・」
はっきりしない物言いで
「でも、俺が納得できるくらい強くなれて、そのときおまえがまだひとりだったら・・・」
そこで言葉が区切られて
「必ず、そのときは攫いにいくよ」
ちゅっ と、髪にキスをくれて
「待たなくていい。俺のわがままで、ふりまわしてごめんな」
ひとつの呪いを残した。
そんなこと言われて
僕がほかの誰かを選ぶと思ってるの
選べると思ってるの
馬鹿じゃないの
そんなこと言われたら
僕は死ぬまで
ひとりきりだ
「愛してるよ」
100年の眠りにつきたい。
きっとキミが誇れるくらい強くなるには、それくらいの時間が必要だろうから。
はやく
この呪いを解いてよ
お久しぶりの更新です・・・。
なんかドロ沼アスキラが書きたくなりました・・・。
アスランは優柔不断野郎だと言い張ります。
やさしいとかそういうレベルではなく、「甘い」んだ。
それは昔から、まだ僕らが小さな子供だったころからの習慣みたいなもので、
アスランが甘やかして、僕が甘えて。
そうやって互いの信頼や感情や、いろんなものを確かめ合ってきた。
だから、これはその延長。
僕がアスランを信じていて、アスランも僕を信じてるって、確かめる作業。
意味なんて、絶対にない。
少なくとも、アスランのほうには、あるはずないんだ。
夜中のAAの一室。
僕とアスランの二人部屋。
今日の夜待機はムゥさんで、めずらしく二人一緒に眠ることができた。
交代でシャワーを浴びて、髪を乾かしあったりして軽くじゃれて。
「おやすみ」って言い合って、それぞれのベッドに潜る。
それで眠ればいいんだろうけど、僕はただじっと、暗い部屋の中で隣のベッドに視線を送り続けていた。
背を向けたアスラン。
五分もそれを続ければ、ごそりとアスランが動いて
「・・・どうした?」
視線に気づいて、声をかけてくれる。
「眠れない?」
「・・・うん」
仕方ないな って、いつもどおりに軽くため息をついて、ベッドの半分を開けてくれる。
僕はそれに誘われるように自分のベッドから飛び降りて、アスランの隣に潜り込む。
「狭いな」
「くっつけばいいじゃん」
「くっついても、俺は結構ぎりぎりなんだけど?」
「僕は平気だもん」
甘えるようにしがみつけば、アスランも腕枕をしてくれて、空いた方の腕でしっかりと抱き寄せてくれる。
言っておくけど、僕らは別に恋人じゃない。
親友。ただ、それだけで。
「アスラン」
「はいはい」
おやすみのキスまでくれる。
ほっぺたや額じゃなく、ちゃんと唇に。
軽く触れ合うだけのキスに不満を訴えれば、もっと深く。
そうして、泥沼に嵌っていって。
「まったく・・・。明日に響く・・・」
「その気満々のくせに」
「誰のせいだ」
いつからだろう。
たしかに子供の頃一緒にお風呂に入ったりはしたけれど。
いつからだろう。
アスランが、僕を抱いて。
僕が、アスランを受け入れるようになったのは。
行為の間は、言葉なんかない。
囁くような愛はないし、必要ない。
ただ、互いの乱れた呼吸や、上がった体温を感じて。
汗ばんだ肌を重ねて、息ができなくなるくらいキスを重ねて。
体中にたまった何かを、吐き出しあうだけ。
ただ、そんな関係。
愛なんて
あるわけ無いと、思ってたのに。
フリーダムのシートに身を沈めて、深くため息をついた。
きっともうすぐ、この戦争は終わる。
終わったら、僕らはどうなる?
いつまでもAAにいられるわけじゃない。
いつまでも互いの背を守りあえるわけじゃない。
いつまでも、甘えていられるわけがない。
終わったら
僕はひとりになる。
たぶんじゃなくて、絶対に。
「キラ」
不意に声をかけられて、反射的に顔を上げた。
目の前にアスランがいるのにも気がつかなかった。
「なに?」
「・・・調子、悪いのか?」
「なんで?」
「ぼーっとしてた」
「あ、ごめん。考え事」
なに? と訊き返すと、アスランは疑うような目をして
「俺の機体、すこしOS弄っておいてくれないか?」
「どうしたの?」
「いや、時々、おまえの動きについていけないから。反応速度を上げておいて欲しいんだ」
「・・・それって」
「おまえのせいじゃないよ。俺が、鈍いだけだから」
センサーの反応、改良しておいてくれ。
そう言って、アスランは仕事に戻っていく。
どうしよう。
とりあえずフリーダムから降りて、ジャスティスに乗ってみる。
機体のOSは前に弄ったんだけど・・・。
アスランの機体の反応速度は、コーディネイターが乗るにしても上げすぎなくらいあらゆる設定を上げている。
アスランの要望ではあったのだけど、それが「おまえに合わせるためだ」と言われて、すこし戸惑った。
僕のフリーダムは、そんなにセンサーの反応を上げていない。
センサーに頼りすぎると、勘が鈍くなる。それはパイロットとして致命的だ。
同じだと思っていたアスランが、どんどん遠くなる。
アスランは「普通」のコーディネイターで、僕は「特別」なコーディネイター。
そういう部分が、こういうとき、顕著になる。
正直、イヤだ。
アスランとは、いつまでも同じでありたいのに。
対等でいたいのに。
キィボードの上に乗せた指が、重かった。
スクランブルがかかれば、どんな作業をしていても中断して、ロッカールームに走る。
「先行くぞ!」
ロッカールームの近くにいたらしいムゥさんは先に着替えていて、僕らも追いかけるように着替える。
着難いパイロットスーツにも慣れた。
背中合わせに、アスランが着替える音。
赤いパイロットスーツ。
「・・・どうした?」
「あ、ううん」
やっぱり視線に気づいたアスランが、振り向いて僕の顔色を伺う。
なんでだろう。
「なんで、気づくの?」
「え?」
「センサーの反応上げなきゃ僕の動きについて来れないとか言ってるくせに、なんで僕の視線には気づくの?」
こんなときになに言ってるんだ って言いたげな顔が
「簡単だ」
「なに」
「おまえの視線なんか、身体が覚えてる」
長いときをかけて。
「おまえのして欲しいことも、して欲しくないことも、全部」
「・・・全部?」
「ああ」
パイロットスーツの首元を調整して
「わかってる。全部」
身体ごと振り向いて、そっとキスをくれた。
「わかってるから。これが終わって、おまえがどうしたいのかも」
これってなに?
この戦闘のこと?
このキスのこと?
それとも、この戦争のこと?
「行くぞ」
腕を引かれて、僕は問いかけることに失敗した。
戦闘が終われば、ドッグは慌しい。
修理と、次の戦闘に備えての整備で、あちこち人が怒鳴ったり走ったり。
そんな中を潜り抜けてシャワールームに行くと、遅れてきたアスランが
「調整、ありがとな」
と声をかけてきた。
「あ、よかった?」
「うん。前より動きやすい」
ってことは、完全じゃない。
あれでめいっぱいなんだけどなぁ。
ばさりとパイロットスーツを脱ぎ捨ててブースに入ると、
「ちょ、なに!?」
無理やりアスランも同じブースに入ってきた。
べつに他のブースがいっぱいってわけじゃない。
ほかに誰か・・・たとえばムゥさんとかが入ってこない確証はない。
こんなところを見られたら、言い訳できないのに。
「キス、したいなと思って」
「部屋ですればいいじゃない」
「今すぐ」
キスだけね?
そう言ってはみたけれど、それが聞き入れられるわけはなかった。
「や、あすら・・・」
「いや?」
「部屋、帰ってから・・・」
「我慢できない」
往生際悪く逃げようとする僕をアスランは強引に捕まえて、
「ひゃっ!」
「暴れると落ちるぞ」
両足を抱え上げて、そのまま強引に侵入してきて。
僕を侵す。
身体中、心の奥底まで。
アスランの欲望で満たしていく。
いつからだろう。
それが、快感になってしまったのは。
熱が
身体中に染み渡るあの瞬間がすき
アスランの何かが僕のなかに入ってきて
僕をすきなように蹂躙して
アスランが
僕で気持ちよくなって
一言、「ごめん」とだけ言って
熱を吐き出すあの瞬間の顔
どれだけの人が知っているかわからないけど
少なくともカガリやラクスは知らないはずの顔
僕だけのアスラン
そう思っただけで
身体中が熱くなる
吐き出した後はいつも気まずそうな、申し訳なさそうな顔をするけれど
僕は「いいよ」って言って笑うだけ
遠慮して外になんか出して欲しくない
僕の中に
ありったけのアスランの熱を出して欲しい
そう思うのは、いけないこと?
「これで、終わりにしよう」
アスランがそんなことを言い出したのは、戦争が「終結」というかたちになったとき。
救援やなにやらであわただしくしていたのが一段落したときだった。
「・・・いきなり、なに?」
裸のまま、押し倒された格好で、僕に跨るアスランに訊いた。
「カガリの、護衛に就こうと思うんだ」
「・・・それで?」
「頻繁には会えなくなる」
「・・・だから?」
「キラは、お母さんのところに行くんだろう?」
「うん。ラクスも一緒に」
「だったら、もうこういうことはできなくなる」
どうして という言葉は飲み込んだ。すこし考えればわかること。
場所がないんだ。
「・・・僕に飽きた?」
「違う」
「カガリに本気になった?」
「・・・・」
「・・・そっか」
なにも言わないアスランを押しのけて、僕は床に放られたアンダーを拾い上げた。
「・・・キラ」
「なに?」
「俺はおまえが怖いよ」
背中で聞いたその一言で、なにかが凍りついた。
そうか。
だからカガリなんだ。
キミは臆病者だから、自分より強い人が怖いから。
僕を抱くことで、僕に勝った気になって
自分より弱い、「守ってあげられる」カガリのところに行くんだね。
正直
「見損なった」
僕はきっちり軍服を着こんで、そのまま部屋を出た。
アスランの顔なんか、見たくなかった。
弱音を吐くアスランなんか、みたくなかった。
アスランは昔から僕のヒーローだった。
勉強ができて、運動ができて、なんでもそつなくこなすアスランは僕の憧れだった。
人望があってあれこれ頼まれることは多いくせに、僕が一言言えばそれを全部断ってすべての時間を僕にくれた。
僕だけのアスランだった。
いつでも、頼りになる「親友」だったのに。
「怖い。そう、怖いと、アスランは言ったのですか」
「臆病なんだ。プライド高いだけなんだ。自分より上の人間を削除して、弱い人だけ周りに置いてヒーローになりたいだけなんだよ」
ぶすくれた僕に、ラクスは苦笑しながら紅茶を淹れてくれる。
「そうですわね。アスランはとっても臆病な方」
「見損なったよ」
「でも、人は総じて臆病ではありませんか?」
「?」
「好きな人には、嫌われたくなくて、怖いものですもの」
「・・・・え?」
「この世で一番怖いものは、自分の一番大切な人」
食堂の安い紅茶で口を湿らせて、ラクスは続ける。
「好きだから嫌われたくない。完璧な自分を見て欲しい。それはいつしか恐怖に変わっていく」
・・・好き?
「確かなものがないから、なまじキラは強すぎますから」
強い?
誰が?
「アスランには、想像できなかったんでしょうね。今のキラが」
こんなに、強くなったキラが。
でも とラクスは続ける。
「キラも、実はとっても弱い方」
「言ってること違うよ」
「戦う力はあっても、本当に向き合いたい方と向き合うことのできない、勇気のない方」
真っ直ぐに、僕を見つめて
「弱虫同士ですわね」
鈴が鳴るような声で言って、花のように笑った。
僕は弱虫な子供だった。
甘ったれで、アスランがいなきゃなんにもできない子だった。
いまでも変わらない。
アスランがいなきゃ
泣くことも、できないなんて。
ほんとうにほしかったのはなんだったのか、考えた。
考えるまでもなかった。
ずっと欲しかったのは、アスランの熱なんかじゃなくて
ずっとずっと
こころが
ほしかったんだ。
「あのさぁ!」
ドアが開いた瞬間に怒鳴って、アスランはびっくりした顔をしていた。
「なんか勘違いしてない!?」
「・・・なにを」
静かな声。
ドアが閉まって、薄暗い部屋で。
「僕、強くなんかないんだけど」
「・・・・」
「全然、めちゃくちゃ弱くって、甘ったれのままなんだけど」
アスランは何も言わない。
「いまだに怖いことだらけだし、アスランいなきゃなんにもできないし、好き嫌い多いし」
「それでも・・・」
「戦闘能力なんか、戦争が終わったら関係ないよ」
ぐっと、アスランが言葉に詰まった。
「第一強いのはMSに乗ったときだけで、肉弾戦とかてんで駄目だし、いまだに銃もうまく使えないし」
ベッドに座り込んだままのアスランを睨みつけて
「アスランがいなきゃイヤだ」
「・・・キラ」
「いやだ。絶対いやだ。僕から離れちゃいやだ」
「キラ」
「いやだってば!」
力いっぱい怒鳴りつけて
「・・・ひとりにしないでよ」
そう言った瞬間に、自然に、涙が零れた。
「もうやだ。ひとりはやだ。アスランがいなきゃいやだ」
子供みたいに「いやだ」って言い続けて
「とおくにいかないで・・・」
ずるりと膝の力が抜けて、僕はドアに背を預けてへたりこんでしまった。
反射的に、アスランが駆け寄ってくる。
「キラ・・・」
「離れる気なら、触んないで」
伸ばされた手を、振り払って
「僕だけを選ぶなら、触って」
なにもかもに。
膝を抱えて、俯いて。
いつまでも触れない、ただその場に膝をつくだけのアスランに、また絶望して。
「・・・もう、やだ」
口をついて出たのが、そんな言葉ばかり。
「なんで、こんな・・・」
こんなことになったんだろう。
なんでアスランのことなんか好きになったんだろう。
馬鹿じゃないの、僕。
こんな優柔不断な、臆病な男を好きになって。
なんになるの。
生産性のない愛なんて。
宇宙のごみになっちゃえばいいのに。
戦争の残骸と一緒に、燃え尽きちゃえばいいのに。
燃えるだけ燃えて、いつまでたってもなくならない。
隕石になって、僕と一緒に地球に落ちていく。
こんなに傷だらけになっても
なんで心は死なないんだろう。
「キラ・・・」
アスランは、触れてくれない。
「ごめんな」
聞きたくない。
「ほんと、ごめん」
謝罪なんて。
「おまえを傷つけたいわけじゃないんだ」
釈明なんて。
「幸せになってほしいだけなんだ」
「だったら・・・!」
「俺といても、おまえは幸せになれないよ」
「なんでわかるの!? なんで僕の幸せをアスランが決めるの!?」
わけわかんない! とまた泣いて。
「俺は、おまえがそばにいると、俺でいられなくなる」
なにそれ。
「弱くなるんだ。おまえに依存して、俺自身がだめになる。そんなのじゃ、おまえのそばにはいられない」
「なんで」
「つり合わない」
まただ。
強いとか、弱いとか。
意味わかんないよ。
どうどう巡りの会話に、疲れる。
「おまえが、自分のことを弱いって言うなら、なおさらだ」
泣き続ける僕に、アスランは触れないまま
「強くなって、おまえを守れるくらいになって、必ず迎えにいくから。その間に、おまえが誰かを選んだら、俺は身を引くけど・・・」
はっきりしない物言いで
「でも、俺が納得できるくらい強くなれて、そのときおまえがまだひとりだったら・・・」
そこで言葉が区切られて
「必ず、そのときは攫いにいくよ」
ちゅっ と、髪にキスをくれて
「待たなくていい。俺のわがままで、ふりまわしてごめんな」
ひとつの呪いを残した。
そんなこと言われて
僕がほかの誰かを選ぶと思ってるの
選べると思ってるの
馬鹿じゃないの
そんなこと言われたら
僕は死ぬまで
ひとりきりだ
「愛してるよ」
100年の眠りにつきたい。
きっとキミが誇れるくらい強くなるには、それくらいの時間が必要だろうから。
はやく
この呪いを解いてよ
お久しぶりの更新です・・・。
なんかドロ沼アスキラが書きたくなりました・・・。
アスランは優柔不断野郎だと言い張ります。