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ZONE-ZERO

ガン種中心二次創作サイト簡易版。アスキラ中心です。

真夏の夜の夢。

2007-08-07 17:31:55 | Dイザ
 プラントにも、夏はある。
 正直この堅苦しい詰襟の軍服は、勘弁して欲しい。
 それをあの後輩みたいに着崩せば、上司から雷が落ちるのはわかっているので、やらない。
 本部内にいれば空調が効いているので、それほど苦にはならない。
 夏。といえば。

「イザーク。プレゼント、フォーユー」
 ちょん と小さな包みを執務机の上の書類の、さらに上に載せてやった。
 八月のイベントだ。
「今年はなんだ」
「開けてのお楽しみ」
 八月は、イザークの生まれた月だ。
 顔に似合わず夏生まれ。暑苦しい性格は、暑苦しい時期に生まれたせいだと思えば、すべての夏生まれの人に失礼だろうか。
 暑苦しいとは言葉が悪かった。
 熱血漢と言っておこう。
「風鈴?」
「欲しがってたろ」
 金属製のそれを指で吊り上げれば、ちりん と音が鳴った。
「浴衣は去年仕立てたしな」
「浴衣を着てこれを吊るしてテラスで我慢大会か」
「いや、たしかに浴衣は暑いけどさ・・・」
 もっと言い方があるだろうに。
「それに、俺からのそれだけじゃ完成じゃないんだな」
「どういう意味だ」
「おっじゃましまーす」
 イザークが風鈴から視線を上げたタイミングで、許可もなくドアが開く。
 こんなことをする人間は、ディアッカを除けば一人しかいない。
「上司の部屋に無断ではいるな」
「おじゃましますって言ったじゃん。はい、プレゼント」
「俺の誕生日は明日だ」
「知ってる。でも前もってあげたほうがいいと思って」
 誕生日はディアッカと過ごすんでしょ?
 キラのぶしつけな一言で、イザークは
「貴様! 首を切られたいか!」
「それって職務上!? 権力乱用じゃないの!?」
「ギロチンだ!」
「ひどい!」
 僕、ルイ王朝の人じゃないんだけど!?
 ぎゃんぎゃん言って、一息ついて。
「開けるぞ」
「どうぞ」
 ふたり、ぶすくれたまま、イザークが包みを開けた。
「・・・なんだこれは」
「ぶたさん」
 沈黙。
 出てきたのは、ブタを模った陶器。と、渦巻状の・・・これはなんだ。
「知らない? 蚊取り線香。プラントは蚊いないけどさ」
 夏の風物詩。
 見たことのない陶器に、イザークは眉間に皺を寄せる。
「ディアッカ」
「和の文化の一つ。蚊っていう人の血を吸う虫が夏に大量発生するってんで開発されたもの。渦巻きのそれは線香みたいなもんで、その煙で蚊を撃退したり、殺したり」
「毒ガス兵器か」
「そんな大層なもんじゃねぇよ」
 殺虫剤の、簡易版。
 そうディアッカが説明すると、こんこんと控えめにドアがノックされた。
「入れ」
 今度は誰だ。
「しつれいしまーす」
 シン・アスカ。
「隊長命令で、お届けにあがりましたー」
「重いんだもん、それ」
 めんどくせ と顔に書いて、シンが机に乗せたのは
「・・・スイカ?」
「スイカです」
 今の時代、一年中どこででも手に入る代物だ。
「でかいな」
「でかいっすね」
 丸々一玉。
「ちなみに品種はスーパーエースっていいます」
「ほう。いい名だな」
「ネット検索でいい名前のヤツを選びましたから」
 俺からのプレゼントです。
 もっと高級なものもあったが、これは本当にシンが名前だけで選んで取り寄せた。
「それで。風鈴、蚊取り線香、スイカと来てあとはなんだ」
「遅いね、アスラン」
「・・・アスラン?」
 時間合わせたのにな とぼやくキラの一言で、さらにイザークの眉間に皺が寄った。
 アスランはすでにオーブ軍プラント駐屯基地完成で、移動したはずだ。
「僕の独断で本部に入れるようにしたから」
「勝手にそういうことをするな」
 ぴきぴきとイザークの堪忍袋の尾が音を立て始めたタイミングで、
「遅くなった」
 来訪者。
「貴様! ノックの一つくらい覚えたらどうだ!」
「あ、悪い」
 どかん! と爆発するイザークに慣れたアスランは、それでも平気で室内に入ってくる。
 ここでは浮く、オーブ軍の制服姿だ。
「今届いたんだ」
 ほら と机に置かれたのは、ビニールパックの束。
「いまどき線香花火なんて、珍しいんだぞ」 
 おまけに火薬だから、検閲通すの大変だったんだ。
「どこから取り寄せた?」
「? オーブ」
 プラントではマイナーな家庭用花火も、オーブでは夏の風物詩だ。
「カガリに頼んだら、そんなに送ってきてさ。一応、打ち上げはないんだけど」
 コロニーであるプラント内で、打ち上げ花火は法律で禁止されている。
「これで全部か」
「一応」
 ディアッカが答えると、
「まだだよ」
 キラがストップを入れた。
「ほかにあったっけ?」
「ラクスに話したら、おもしろがっちゃって」
 すぐ来るよ。
 プラント最高評議会議長までが悪ノリだ。
「お邪魔します」
 鈴が鳴るような声が、入口から響く。
「お久しぶりです、イザーク」
「ラクス嬢・・・貴方まで・・・」
 イザークは一時、いや、いまでも隠れたラクスファンだ。
 こうして面と向かい合うのは、緊張するらしい。
「お誕生日だそうで。おめでとうございます」
「恐縮です」
「これは、ファンの方に譲っていただいたのですけど」
 お気に召すかしら。
 そう言ってラクスが差し出した、袋の中身。
「・・・これは・・・」
 一同、絶句。
 ピンクのファーがあしらわれた、ラクスの顔写真(裏は「ラクス様」の文字)入りの・・・
「団扇、で、いいのですか・・・?」
「ええ。夏ですから」
 にっこり。
 悪意のない、心の底から楽しんでいるその笑顔に、イザークは絶句。ディアッカ、キラ、シンは必死に笑いを堪え。
 アスランは、眉間を押さえて俯いている。あれは涙を堪えているのだ。絶対。
「いいじゃん。夏じゃん。いい誕生日じゃん・・・」
 くっくっく と笑いを堪えながら、キラが苦しそうに
「オメデトウ」
 駄目だ、笑いが・・・!!
 大爆笑は、三人が呼吸困難を起こすまで続いた。

「暑い」
「団扇あるじゃん」
「これを! 使えというのか! 貴様は!」
「あー、ご近所迷惑ご近所迷惑」
「この煙自体が迷惑だ」
 パチパチと小さな音を立てる、線香花火。
 傍らに蚊取り線香。頭上に風鈴。蚊取り線香の反対、ディアッカとの間に切ったスイカ。手に線香花火。後ろに隠すように、団扇。
 纏っているのは、去年ディアッカが仕立てた浴衣だ。
 夏なのだ。
「火薬臭い」
「俺等が使ってる火薬よりマシだろ」
「爆発しないだろうな」
「んな量入ってねぇから」
 この根っから軍人。
 ディアッカが呆れたところで、イザークの花火の火がぽとりと落ちた。
「はい、24連敗目」
「何故だ!」
「動くからだろ」
 線香花火勝負。イザークは24戦24敗。完敗状態だ。
「くそっ。次こそ・・・」
「いや、もう花火いいから。酒呑もうぜ」
「酒?」
「おふくろさんから。俺の企画にノって、日本酒セット」
「・・・なぜそういうことを早く言わん」
「楽しみはとっておくものだろ?」
 にやり と笑って、ディアッカは花火をバケツに投げ入れた。
 じゅっ と、火薬の消える音と、かすかな臭い。
「酒の種類はなんだ」
「魔王」
「選んだのは貴様だろう!」
「あ、ばれた」
 ぴったりじゃん! とディアッカは笑いながら、キッチンに消えていく。
 言いたいことを発散できず、イザークはまた一本、花火に火を点けた。
 ディアッカが過去に愛用していた、ジッポライター。
 オイルと火薬の臭いは、戦場を連想させる。
 煙の臭いすら。
「おい」
「あん?」
 戻ってきたディアッカに、ふと、イザークは声をかけた。
 声が返ってくる、安心感。
 戦場を思い出すということは、あの喪失感を思い出すということ。
 思い出したくもないのに。
「もうどこにも行くなよ」
 イザークの、独白とも取れる小さな呟きに
「なに。もう酔ってんの?」
「まだ呑んでない」
「いや、俺に」
 さらりとそんなことを言ったディアッカの手に、お仕置きとばかりに、線香花火の火を落として。
「あっつ!」
 小さな、火傷を作ってやった。
「ああ、あついな」
 夏だからな。
「来年は避暑に行くか」
「って、地球?」
「ああ。アラスカあたりに」
「連邦圏ですよー」
 来年ね。
 ディアッカは小さな火傷を舐めながら
「生きて、来年も祝いましょうか」
 プラントの人口の空の向こうを、遠く眺めた。


イザークB.D前祝です。
当日祝いネタは思いつきませんでした。(敗北)
おめでとーイザーク。
・・・22歳だっけ?




   
             

HONEY (後)

2007-06-22 18:49:35 | Dイザ
 ディアッカは議員の家に生まれた。
 仕事人間の父。
 自分とそっくりの容姿で、遊びに習い事に夢中な母。
 家族の団欒をした記憶はない。
 そのくせディアッカがアカデミーに入りたいと言った時だけ親の顔をして反対した。
 その身勝手さに嫌気が差した。
 いまさら。
 心配なんて。
 いまさら。
 勝手を許さないなんて。
 あんたたちに言う権利ないだろう。
 それが別れの台詞だった。

 だだ広い客室。
 その部屋につけられた浴室でシャワーを済ませると、ベッドの上には寝着が用意されていた。
 ホテルのような家。
 ディアッカは広い家が嫌いだ。
 家族の気配が感じられない家が苦手だ。
 だから本当は、イザークの部屋も苦手だ。
 あのむやみやたらに広い部屋は、一たびイザークが部屋に籠れば気配が感じられない。
「落ちつかね・・・」
 呟いてベッドに寝転べば、反響する声。
 子供の頃、熱を出したときのことを思い出した。
 一人息子が熱を出しているというのに、旅行に出かけた母。
 仕事を理由に外泊した父が、女と会っていたことをディアッカは知っている。
 ディアッカの趣味で改装させた和室で、布団を敷き、ただ高い天井を眺めていた。
 あのときの感情をなんと言おう。
 黒いどろどろした感情が湧きあがってきたことを、ディアッカは鮮明に思い出した。
 あの頃からだ。
 いつか家と縁を切ろうと思ったのは。
 ぎゅっと目を閉じると、そのタイミングを見計らったようにドアがノックされた。
 相手なんか、すぐにわかる。
「入れよ」
 言えば、イザークが無言のまま入ってくる。
 上体を起こして大きなベッドの半分を譲ってやれば、イザークはそのまま潜り込んできた。
「おまえ疲れすぎるとすぐ寝付けなくなるもんなぁ」
「うるさい」
「朝メイドちゃんとかが入ってきたらなんて言うのよ?」
「俺のやることに口を出すやつはおらん」
 そう言って、イザークは背中を丸めて眠りにつく。
 姿勢悪くなんぞ と肩まで毛布をかけてやれば。
 安心しきった寝息が返ってきた。
 それだけで、ディアッカは救われた気持ちになった。
 この自分とは対極のプラチナが、いつもすべてを浄化してくれる。
 白い肌に銀の髪。
 自分とは正反対のそれは、ディアッカの憧れだった。

「あら、寝付けなくて?」
 寝着のまま寝酒を求めて屋敷内を彷徨えば、応接間にまだエザリアがいた。
「おやすみになられないと、お肌に悪いですよ」
 せっかくの綺麗な肌が。
 そう言えば、エザリアは笑って夜勤のメイドに通信でなにか言いつけて。
「座って」
 ディアッカに席を薦めた。
 こんな格好で失礼します とディアッカがエザリアの正面に座ると、メイドが冷やされたワインとグラスを運んできた。
「もっと強いもののほうがいいかしら」
「いえ、十分です」
 エザリアにグラスを薦められて恐縮しながら受ければ、白いワインが注がれる。
 白はイザークの色。
 一口飲めば、それはディアッカ好みの辛口だった。
「普段、イザークはどんな様子?」
 ワインに口をつけながら、エザリアは切り出す。
「アカデミーに入ってから、あの子、変わったのよ」
 イイコだったイザーク。
 親の期待に答え、すべてをそつなくこなし、いい成績を取って。
 幼年学校を卒業して選んだ道は、趣味の民俗学ではなく法律関係だった。
 親の跡を、継ぐつもりで。
「それまで法律、経済、政治にかじりついていた子が、いきなりアカデミーに入って、人の殺し方を学んで」
 そんな道を選んだ理由は、なんだったのか。
「そのまま政治の道に進んでも、世界の平和は望めたのに」
 ああ、と、ディアッカは思う。
 この親はイザークのことをなにもわかっちゃいない。
「あいつは、正義感と責任感の塊です」
 辛いワインを口の中で転がして飲み下せば、喉がちりりと痛んだ。
「下の人間が命かけて戦ってるのに、自分は机の前で作戦練ったり命令したりっていうのができないんです」
 白を着た後も、前線に立って。
 部下を死なせまいと。
 戦争をその手で終わらせようと。
「おまけにこらえ性がない。社交性もない。不器用この上ない人間です」
 不器用だから。
「見てみぬふりができない。なにかせずにはいられないんです」
 自分の命をかけても。
 守りたいものがあるのだと。
「俺も何度も助けてもらいました」
「イザークが、貴方を・・・?」
「想像できませんか?」
 できるはずはない。
 エザリアは政治家だ。前線の状況など、モニター越しにしかしらない。
「戦中、何度か死に掛けまして。MSは大破して動かない。諦めの悪い俺はもがいていて、そのうちロックされて」
 撃ち落とされる。殺される寸前だった。
「あいつが助けてくれて、そのまま、大嫌いだったAAに俺を担ぎこんで、医療班に俺を押し付けて」
 補給を受けて、そのまままた前線に飛び出していった。
 あのときのもどかしさを、ディアッカは忘れていない。
「俺はザフトを、あいつを裏切っていたのに。それでも助けてくれた。・・・命の恩人です」
 壊れたバスターを、治療を受けながら眺めた。
 イザークの背を守れないもどかしさ。
 己の弱さを呪った。
「その後も、復帰だのなんだので揉めたときも助けてくれて・・・今の俺があります」
 あの時誓った。
 こいつを守ろうと。
「イザークの幸せは俺の幸せです。だから、イザークをめいっぱい幸せにするまで死なないと、誓いました」
 その背を守る力を。
 その傍らに立つ権利を。
 ずっと望んでいるのだ。
 喉から手が出るほど。
「・・・ディーは、イザークがすき?」
「ええ。好きですよ」
「それは、愛?」
「どす黒くて独占欲にまみれた汚い愛ですけどね」
 そんなものはあのプラチナを汚すだけだと、わかってはいるけれど。
 プラチナはちょっとやそっとじゃ傷つかないことも知っている。
 女よりわがままだけど、強く、そして気高いものだと。
「イザークは、物欲がない子だったわ」
 手元に光るグラスを眺めて、エザリアは笑う。
「いいえ、ほんとうは欲しいの。欲しくて欲しくて仕方ないのに、欲しいと言えない。わがままだと思い込んでいるのよ」
「悪い癖です。プライドばかり高い」
「そうね。そう育ててしまったのは私よ」
 金も権利も立場も。なにもかもをイザークが欲しがる前に与えてしまった。
 だからイザークは言えなかったのだ。
 ほんとうに欲しいものを。
「あの子が、ほんとうに何かをほしがったら」
 グラスに残ったわずかなワインを飲み干して。
「私は喜んで与えるわ。それがなにであっても」
「違法であっても、ですか」
「ええ」
「では欲しましょう」
 会話に、凛とした声が割り込んだ。
「寝てたんじゃなかったのかよ・・・」
「うるさい。寒かったんだ」
 つうか気配消す癖やめろ。
 ぐちぐちと説教を垂れるディアッカを無視して、イザークはディアッカの隣に座り、その手からワインの残ったグラスを奪い取った。
「白、苦手だろ」
「かまわん」
 ぐい と飲み干して。
 その辛さに咳き込む。
 ほらみろ と背中を摩ってやると、イザークが姿勢を正した。
「欲しいものがあります」
 母を真っ直ぐに見据える。
「なにかしら」
 言ってみて?
 エザリアの表情には、緊張が走っていた。
「こいつを」
 グラスをテーブルに置いて、その手でイザークはディアッカの手を取った。
「縁談関係はすべて断ってください。俺はこいつと共に生きます」
「イザー・・・」
「いちいち守らなければならないお嬢様など、邪魔なだけですから」
 守らなくてもいいものが欲しい。
 こいつは、命根性汚くて、どんな手段を使っても生き抜いて帰ってくるやつだと。
 そう、知ってしまったから。
「・・・世の中が認めないわ」
「許可などいりません。そんなものは欲しくない」
 言い切って、イザークは先ほどから握りこんだままだったもう片方の手をディアッカに向けた。
「手を出せ」
「?」
 言われるままに空いた手を出せば。
 押し付けられたのはカードと鍵。
 イザークのマンションの、オートロックと部屋の鍵だ。
「失くすなよ。複製が難しいものなんだ」
「・・・本気?」
「欲しかったんだろう」
 やる。
 ぞんざいに言って、イザークはディアッカをじっと見つめて。
「見返りに、俺にもくれ」
「俺、なんも持ってないけど」
「権利を」
 捕まれた手が、力の込めすぎで痛い。
「おまえと生きる権利を」
 ディアッカは呼吸を忘れた。
 権利?
 そんなもの。
 とっくに。
「・・・俺の命拾ったのおまえじゃん」
 あの戦いの中で。
 死に掛けた自分を拾ったのはイザークだ。
「拾った命は、一生面倒見なきゃいけねぇんだよ」
 おまえ犬とか猫とか拾ったことねぇだろ。
 俺もないけどさ。
「そういうわけで。俺はこいつと生きます」
 帰るぞ。
 言い捨てて、イザークはディアッカの手を引いて部屋を出る。
 着替えなければいけない。二人とも寝着のままだ。
「着替えて車のとこで」
 返事もなく、イザークは部屋に入っていく。
 あれは無視ではない。
 照れている?
「・・・結局俺が嫁か・・・」
 宣戦布告をするつもりが、あっさり独占宣言されてしまった。
 みっともね。
「男としての沽券はどーなるんだよ。ったく」
 握ったままだったふたつの鍵を財布と携帯の傍に置くと、妙に実感が湧いてきて。
 照れくさい。
 着替えて邪魔くさい前髪を軽くかき上げて、財布、携帯、そして貰ったばかりの鍵を持って。
「お邪魔しました!」
 叫んで屋敷を出た。

 あれだけ派手に出迎えられて、見送りは一切なし。
 エザリアが止めたのがすぐにわかった。
「おまち」
「遅い」
 車のボンネットに腰掛けて待っていたイザークが、イライラとしている。
 待たされたことへの苛立ちと、先ほどの豪快な告白に対する照れ。そしてなにより
「寝てていいぞ。着いたら起こすから」
 睡眠不足なイザークは不機嫌になるのだ。
 助手席のドアを開けてやれば、イザークは無言で乗り込んでシートベルトを締め、そのまま眠りに着く。
「後ろのが横になれるけど?」
「ここでいい」
 自分も運転席に乗り込んでベルトを締め、エンジンをかける。
 イザークの車は、エンジン音が静かだ。
「真夜中のドライブね。明日は昼まで寝るか」
「もう今日だ」
 時計を見れば、日付はとっくに変わっていた。

 『帰宅』したのは深夜2時。
 本格的に眠り始めているイザークを無理やり着替えさせてベッドに寝かせる。
 その寝顔に安心して、ディアッカはリビングに戻った。
 広すぎる部屋。
 ここが今日から自分の家だと言われても、まだ実感はない。
 ああ、マンション、引き払わなきゃな。
 軍に住居の変更書類も出さないと。
 知り合い関係にも知らせないと。
 そう考えているうちに。
 ディアッカはリビングのソファで眠り込んでしまった。

 ガツン!!
「いで!!」
 後頭部を勢いよく殴りつけられて目が覚めた。
「ここでなにをしている、貴様」
「あ、おはよ。つうか今何時?」
「午前10時だ! なぜこんなところで寝ている!!」
 律儀に答えながらも、イザークはなぜか怒っている。
 なにか悪いことしたっけ?
 昨日はイザークがお疲れだったからオイタはしなかったんだけど?
「あー・・・イザークがあんまり気持ちよさそうに寝てるから、俺は邪魔かと・・・」
「ここはもう貴様の家だと言っただろう。ここには寝室は一部屋しかない!」
 6LDKを誇って寝室ひとつ。客室なし。空き部屋(そのうち書庫になる予定)あり だ。
「ベッドで寝ればいいだろう!」
「あ、一緒に寝たかった?」
 ガツン!!
「あだー!!?」
 今度は容赦なしだった。
「朝飯にしろ」
「へーい」
 やっぱり俺が嫁だ。
 そう思いながら着替えて、顔を洗って。
 キッチンで朝食の準備をすれば、イザークは寝着のまま、顔も洗わずテレビのニュースを見始めた。
「イザーク。顔くらい洗えって」
「うるさい」
 これじゃ反抗期の息子を持つ母親だ。
「ごはんですよー」
 簡単に作った朝食でも、イザークは文句なく食べる。
「同居するにあたって、決め事をしようと思う」
「あー。大事だな。そっちの条件なによ」
「煙草をやめろ」
 うっ と、ディアッカは息を詰まらせた。
 今まで隠れて吸っていて、イザークの部屋では吸ったことがなかったのに。
 どこから情報が・・・!!
「ヤニが壁紙だの本だのについて取れん。煙も嫌いだ。臭い。やめろ」
「あの・・・煙草は中毒性があっていきなりやめるとキツいんですけど・・・」
「三ヶ月やる。その間にやめろ。部屋の中では一切吸うな」
「ホタル族ですか・・・」
「貴様の条件は」
 轢きたて豆で淹れたコーヒーを飲みながら、イザークが訊く。
 ディアッカはしばらく考え
「気配消すのなし」
 と結論を出した。
「家の中で誰かの気配しないの、俺だめなのよ。だから気配とか足音消すのなしな」
「・・・努力する」
 ただでさえ広いのだ。同居人が気配を消してしまえば、一人暮らし同然。
 広いところに一人いるのが苦手なディアッカにそれは拷問だ。
「そうだ。明日から三日、うちには出入りするな」
「・・・は?」
「一部屋改築する。その間帰ってくるな。マンションはまだ引き払ってないだろう」
 そりゃ昨日の今日ですから、引越しの手続きとかもまだですけど。
「改築?」
「和室を造る」
「・・・ハイ?」
 何故に和室?
「前に言っていただろう。プラントのマンションはどこも洋室ばかりで畳がなく落ち着かないと」
「ああ、言ったな」
「貴様に言われてうちも靴を脱いで入る習慣を作ったが、和の文化は合理性が高い。それに和室は貴様の趣味に合うだろう」
 たしかに洋室フローリングで日本舞踊はない。
「畳にフローリングシートを張るのはすぐできるが、フローリングを畳には難しい」
 通気性なんかの問題ありますからね。
 つうか床の高さ変わりますからね。
「なので明日から業者を入れる。その間帰ってくるな」
「おまえメシどーすんだよ」
「外で食えばいい」
 ああそうですか。
 イザークなりの考えがあって、しかもそれはどうやら自分へのやさしさらしいので、ディアッカは反論をやめた。
「ほんじゃ、その間引越しの準備するわ」
「上の角部屋を改装する。あの部屋に入る分だけしか持ってくるなよ」
 日当たりがよすぎて書庫には向かないと放置されていた部屋だ。
「・・・駐車場契約しといてくれると助かる」
「あの趣味の悪い車を持ってくるのか」
「あと単車も」
「バイクなぞ駐輪場に停めておけ!!」
「あ! 馬鹿! 雨とか天敵だし盗難の可能性大じゃねぇか!!」
「じゃあ部屋に押し込め!」
「乗るときリビング通過するぞ! 後始末どーすんだ!」
「貴様がやればいいだろう!」
「っだー!!」
 話にならん!!
 でもここで負けたら車とバイクを手放すどころか同居の話までパアだ。
「ここの家主はおまえなわけ。おまえがやってくれなきゃ俺は車なし、バイクなしな駄目男なわけ」
「車に乗りたきゃエレカにでも乗ってろ」
「かっこつかねぇ」
「格好をつけてナンパに出るか。いい度胸だ」
「なんでそう屈折してんだおまえは・・・」
 しませんよ。
 ナンパも浮気もしませんよ。できませんよ。
「頼む。代わりに前食いたいつってた鯨食わせてやる」
 ぴくり とイザークが反応した。
「前言ってただろ? 鯨食ったことねぇって。食わせてやる。どーよ?」
 ぶっちゃけて言う。
 イザークを黙らせるには、ここだけの話、胃袋話なのだ。
 別にイザークが大食らいとかってわけではない。美食家ではあるけれど。
 単に「食べたことがないもの」に惹かれ、「古きよき文化」オタクなのである。
 佃煮を教えたのもディアッカだ。
 おせち料理を作って見せたのもディアッカだ。
 夏に浴衣を仕立てて着せてやったのもディアッカだ。
 イザークのなかではすでにディアッカは「日本文化辞典」状態なのだ。
 ぬか漬けだけは臭くて食べられないらしいが。
「言っとくけど味気ない。つうか淡白。マグロの赤身の方が味は強い」
 揚げ物にしたりすれば話は別だが、まずは刺身になるだろう。
「どーする?」
 地球のほとんどの地域で捕鯨禁止令が出ている昨今、鯨は高級品でめったにお目にかかれない。
 それにイザークは前々から興味を示していたのだ。
「煙草はー・・・三ヶ月待ってくれ。車と単車だけは! どーか!!」
 ついでに湯葉もつける!!
 パン! と両手を合わせて拝み倒す。
 情けないが愛車のためだ。
「・・・わかった。手配しておく」
「ヤッター!!」
 勝利かどうかは怪しいところだが。
「ただし俺の書斎と書庫には今までどおり入るな」
「わかってます」 
 あの本だらけの部屋に踏み込もうとは思わない。
 一度ドアが開いているのを隙間からこっそり覗いて、引いた。
 カオスだ。
 入っただけで頭痛がすること間違いなしだ。
「だが俺は貴様の部屋には入るぞ」
「なぜ」
「家主だからだ」
 きたねー!!
 いやいや。もう何も言うまい。同居権ゲットしただけで十分じゃないか。
「冬には炬燵を買おう」
「こたつ?」
「フローリングに炬燵は熱放出の具合でどうかと思っていたんだが、畳なら問題ない。炬燵に入りたい」
 出たよ。この民族文化オタクが。
 そのうち火鉢買いたいとか言い出すんじゃなかろうか。
「炬燵ね。ほんじゃ、その上にはみかんだな」
「それでアイスを食うのが普通だと聞いた」
「誰の入れ知恵だ」
「アスランだ」
 あの馬鹿。
 大方幼馴染と昔やった思い出話でもしたんだろう。
「それ、子供のやることだから。普通はみかんに緑茶だから」
「あと夏には風鈴だ」
「風流なことで」
「金属とガラス製があるらしい」
「あるな。金属のほうが高い音がして、ガラスはいつでも聞ける音だぞ」
「どこで聞ける」
「グラスに氷入れて、常温の水とか入れてみろ。氷が溶けてグラスの淵に当たったとき音がするだろ。あんな感じ」
「聞いたのか?」
「実家にある」
 俺がガキのころ買った。
 そう言ったら、イザークは急に真面目な顔をした。いや、こいつはいつでも真面目な顔だが。
「貴様の両親に話は・・・」
「いい。しなくていい。俺は家出息子だから」
「そういうわけにはいかん」
「嫁にもらいますって? 冗談!」
「嫁なのか?」
「あ?」
「貴様が嫁でいいのか」
 そうか。
 イザークは勝手に納得している。
 待て待て。
 あれ? こいつ・・・
「もしかして、イザークが嫁のつもりだった?」
 言ってみれば、イザークの顔が一気に真っ赤になった。
「黙れ!!」
「おー、真っ赤! 今日はトマト食おうな」
「うるさい!!」
 エザリアさんは、こんな風に赤くなって照れながら怒鳴るイザークなんか知らないだろう。
 すこしいい気分で、今日こそ夕飯はパスタにしようと。パスタはトマトソースで決まりだと。
 ディアッカは笑いながら思った。 
 イザークの気が済むのなら、久しぶりに実家に連絡を入れよう。
 一生の人ができましたと。
 孫はできません。つくづく親不孝ですいません と。


ファンディスクのDの扱いに涙しつつ、後編です・・・。 
         

HONEY (前)

2007-06-20 18:15:08 | Dイザ
「イザーク」
「なんだ」
「一緒に暮らそう」
 珍しく真面目に言えば。
「断る」
 バッサリと一刀両断された。

 イザークの家(高層マンション最上階。ワンフロアぶち抜きのメゾネットタイプ。おそろしく広い)から徒歩2分。
 一般的な1LDKのマンション。
 その自宅にディアッカが帰るのは、三日に一度くらい。
 普段はイザークの家に泊まりこんで家事やイザークの世話をし、夜お許しが出たときだけイザークを美味しく頂き。
 ふと気がつけば、イザークの家のそこかしこに自分の気配があることに、ディアッカは最近気づいた。
 クローゼットに入れられた黒い軍服の替えと、何点かの私服。
 棚に整然と並べられた食器の中にまぎれる、自分専用のカップ。
 リビングの隅に投げられた(イザークが投げ捨てたらしい)バイク雑誌。
 洗面所に置かれた愛用の整髪料と、並んだ歯ブラシ。
 ここまでくれば、「ここが自宅です」と言い張りたくなったのだ。
 
「シンー。おまえ、彼女と同棲とかしねぇの?」
 ふと軍本部のカフェで一緒になったシン(かわいい後輩)(なにがかわいいって反応が)に訊けば、シンは食べていたカツ丼に顔を埋めかけた。
「な・・・!?」
「食ってから喋れ。飛ぶ」
「ふいまへん」
 もぐもぐと租借して水を煽って、シンは真剣な表情で
「俺が赤のうちはそういうのしません」
 と言い切った。
「なんでよ」
「もうフェイスじゃないし、階級はルナと一緒で、給料とかそういうのも一緒なんですよ」
「うん?」
「男として情けないじゃないですか。なんかあったときに、絶対守れる立場になれなきゃ、俺は嫌です」
 要は男としてのプライドか。
 それもそうだな とディアッカは納得する。
「大意張りで、ルナのご両親にご挨拶できるようになるまで、我慢します」
「んなこと言ってたら一生独身だぞ、おまえ」
「言っちゃだめなこと言いましたねー!!?」
 平和な世の中、軍で昇進するのは難しいのだ。
 戦果を上げなければ昇進できないのが軍だ。
「ディアッカさんこそ。黒で満足なんですか?」
「あん?」
「イザークさんより下でいいのかってことです」
 ああ とディアッカは考える。
 最初は同じ赤だったが、ディアッカは一度ザフトを裏切り、復帰するとき大騒ぎ。
 そのとき議員になったイザークが周りを言い伏せて、妥協案として緑としてイザークの背を守ることになった。
 戦果を上げたジュール隊はそのほとんどが昇進し、ディアッカは過去の功績を買われて赤を飛ばして黒になった。
 黒になったはいいが、自分が緑を着ているときも白だったイザークは、さらに昇進し、今では軍の統括だ。
 雲の上の人。そんなイメージさえある。一般的には。
「俺はアカデミーの時点でイザークより下だったしな」
「そうなんですか?」
「っそ」
 同じ赤だったが、総合成績では下だ。
 議員の家に生まれたのは同じでも、遊び人だった自分と違い、イザークは常に人の上に立っていた。
 器が違うのだ と思う。
「今、別々に暮らしてるんですよね?」
「俺がイザークの家に入り浸ってるけどな」
「つまりディアッカさんは一緒に暮らしたいと」
「んー」
「嫁に行くんですか?」
「俺が嫁かい」
「社会的地位も収入も下で、家事やってて、イザークさん名義の家に転がり込んだら、押しかけ女房ですよ」
 あーそーかい。
 ディアッカがイザークの家に入り浸るにはわけがある。
 イザークは家事ができないのだ。
 そのくせ、自分のテリトリーに他人が入ることを嫌う。
 家政婦が雇えないのだ。
 ディアッカはアカデミー時代から同室だったから、もう慣れたらしいが。
 慣れた今でも、イザークの書斎と書庫にはいることは禁じられている。
「どう口説けばいいと思う?」
「俺、そういう経験ないんで」
「男としての意見聞かせろよ」
「イザークさんのよりでかい家でも建てて、「嫁に来い!」って言えば?」
「できたら苦労しねぇ」
 あのマンションよりでかいとなると、一戸建て。それも豪邸の域だ。
 地価の高いプラントで、ディアッカの収入ではそれは無理な話だ。
「じゃあ、「嫁にもらってください」は?」
「俺の男としての立場が危うい」
「捨てましょうよ、そんなプライド」
「絶対無理」
 嫁はいやなのだ。
 夫婦関係で立場が嫁。イコール、夜は下。
 それだけは勘弁願いたい。
「なんかないかな」
「話はしたんですか?」
「一刀両断」
 バッサリ。
 刀を振り下ろすマネをしてみれば、シンはうーん と唸って。
「無理じゃないですか、それ」
 と結論付けた。
 
 その結論では困るのだ。
 仕事を終えた後、ディアッカはイザークをマンションまで送る。
 車を降りないディアッカに不審に思ったイザークの視線に気づき、
「着替えて買い物してくるわ」
 と言えば、イザークはそのままマンションのエントランスに消えていった。
 それを見送って部屋の明かりが点いたのを確認してから、車を発進させて自宅に戻る。
 近所のスーパーに行くのに軍服は目立つので私服に着替え、もう一度車を走らせて二日分の食材を買いに行った。
 明日は約13日ぶりの休みだ。労働基準法は最早イザークには通用しない。
 食材を抱えてイザークのマンションのエントランスで、部屋を呼び出す。
 鍵はまだ、貰えていない。
「俺ー」
 無言のまま、エントランスのオートロックが解除される。
 エレベーターに乗り込んで最上階まで上がって玄関のドアノブを捻れば、ドアは簡単に開いた。
 施錠する癖をつけさせなければいけない。
「イザーク、鍵閉めろって」
「貴様がすぐ来るんだ。二度手間だ」
「そういう問題じゃなくてさ・・・」
 立場あるイザークの下に、いつ過激派が強襲してくるとも限らない。
 この「戦場の白鬼」は白兵戦にも強いので、そうそう簡単には死なないとは思うが、しかし。
「ほんじゃ鍵貸してくれよ。勝手に開けるからさ」
「勝手に合鍵だのなんだの作られたらかなわん」
 どこのストーカーだよ。
 そんなことするかよ と返しながら、遅めの夕飯の支度にかかろうとしたら
「おい」
「んー?」
「うどんが食いたい」
「ハイ?」
 夕飯はパスタの予定なんですがそれじゃ駄目なんですか?
「本物の讃岐うどんが食いたい」
「あー、待て待て。今何時だ?」
「20時だ」
 そんな時間から外食ですか。
 この辺でうどん? いい店なんかあったか?
 そう思いながら携帯電話で知り合いに電話する。
「あー、俺。近所で讃岐うどんの美味い店しらね?」
 なんでいきなり讃岐うどん? 
 当然とも言える相手の反応に「目の前のお方がご所望で」と返せば、すぐに携帯にメールを入れると返してくれた。
「誰に電話したんだ」
 通話を切ってメールを待っていると、イザークがおもしろくなさそうに訊いてくる。
 アンタのための電話だったんですけどね。
「トモダチ。グルメ記事専門の記者。プラント中の美味いもん食ってるやつ」
 返答している間に、携帯がメールの着信を知らせる。
「マティウス市ぃ? んなとこにしかねぇのかよ」
 回ってきた情報は一件。マティウス市の端の、小さな店。
 ここから車を飛ばして1時間前後だ。
「どーしますか」
 明日は休みなので夜遅くなっても平気だが、この時間だ、腹の持ち具合の問題もある。
 というか、ディアッカは腹が減っていた。
「俺はすぐに食いたいんだけど。住所からしたらおまえの実家の近くとかなんだけど。どーしますか」
 訊けばイザークは難しい顔をする。
「あっち行くならエザリアさんに挨拶しねぇわけにはいかねぇだろ。せっかくだから実家帰ってくるか?」
「おまえは」
「あー、俺もたまには実家帰るかな」
 ディアッカもこのアプリリウスの出身ではない。
 どうせなら足を伸ばして実家に帰って、明日戻るときにイザークを拾っていけばいい。
「エザリアさんに連絡入れとけよ。いきなり帰ったんじゃ失礼だろ」
「実家に帰るのに失礼もなにもあるのか」
「エザリアさんのことだから、家の前でお迎えくらいしてくれるよ」
 ほら支度しろ。
 そう言うと、イザークは渋々と支度を始める。
 なんだその態度。
 おまえが食いたいつったんじゃん。
 
 支度を手早く済ませて車を飛ばして。
 店に着いたのは21時前。閉店まで1時間。ギリギリだった。
 グルメ記者の舌は確かなもので、それは確かに美味かった。
 粗方食べ終えて清算(なぜかディアッカの奢り)をして、車に乗り込むと
「貴様は実家に連絡しないのか」
 とイザークがいまさらなことを言う。
「俺ん家は放任だからな。家出同然でアカデミー入った息子がいきなり帰っても歓迎してくれる家族はいねぇよ」
 勝手に入って勝手に寝て、勝手に出て行くだけ。
 そう返せば
「じゃあ、俺の実家に来い」
 そんな誘いを受けた。

 前もって連絡しておいたせいかなんなのか。
 イザークの実家は歓迎ムードだった。
 エザリア夫人と執事、メイドが玄関先で出迎え、あれよあれよと応接間に通される。
 出された紅茶は、イザークの好きな銘柄で。
 明らかに「イザークがいつ帰ってきてもいい状況」が常に維持されていることが伺えた。
「随分顔を見せず、申し訳ありませんでした」
「いいのよ。貴方が忙しいのはわかっているから」
 エザリア夫人は始終ご機嫌。
 ディアッカは所在無さを感じていた。
 親子の久々の再会を邪魔している気がする。
「ディーも。いつもイザークを助けてくれてありがとう」
 不意に話しかけられて、ディアッカは恐縮した。
 どうも苦手だ。
 この、イザークそっくりで、自分の母親とは対極に位置するイザークの母親。
 見た目はイザークそっくりなのに性格は女性らしく、しかし仕事はできる人で。
 女手一つで、イザークを育て上げた人。
 その愛息子にアンナコトやコンナコトしてます とは言えない。
 申し訳ない気持ちでいっぱいになる。
「イザーク。そろそろ、縁談のお話、聞く気はない?」
 そらきた。
 イザークほどの家柄と立場と容姿があれば、縁談には事欠かない。
 時折議員の娘に会って欲しいと話をされてはイザークは断り続けていた。
 その理由を、ディアッカは知らない。
「母上。俺は、結婚など・・・」
「する気はない? このプラントに住んでいて?」
 プラントは婚姻統制が布かれた国だ。
 ある程度の年齢になれば遺伝子の合う、要は子供の作りやすい相手と婚約、結婚するのが常だ。
 イザークとディアッカの年で完全フリーなのは珍しいのだ。
「もちろん、貴方の気に入らない相手と結婚しろとは言わないけれど・・・。ディーからもなにかいってやってちょうだい」
「あー・・・。俺も婚約とかしてない立場なんで、なんとも・・・」
 ディアッカは見合い話とは無縁だ。
 アカデミーに入る際、それまで放任だった父に反発し、結果家出状態。
 縁談とは親や職場の上司が持ってくるものだが、親は無関心、上司はイザーク。ありえない話だ。
「ディーは、いいお相手いないの?」
「まぁ、今は仕事が楽しいんで、満足してます」
 仕事にやり甲斐を感じているのは本当だ。
 四六時中イザークのサポートをし、人付き合いの苦手なイザークのフォローをするのも嫌いではない。
 なにより平和を維持する仕事。それは家との縁を切ってまで望んだものだったのだ。
「しばらくは独身貫きます。婚約者がいたら仕事もままならないでしょう?」
 恋人が一般人で仕事をしていればまだいいが、お嬢様だったりした場合は大変だ。
 こちらの状況を省みないメールや電話攻撃に、休日返上でのデート。それもセレブツアーだ。
 最低でも相手の誕生日とクリスマスにはプレゼントを用意し、夏と冬には長期休暇を取って旅行を強請られる。
 イザークの元にいてそれができるはずはない。
 ディアッカはそういうことに懲りていた。
 あれこれ相手の機嫌を取りながら無理をしてイザークの逆鱗に触れるなら、独身でイザークと共にいるほうが気が楽でいい。
 そのほうが、充実感があることを、ディアッカは知っていた。
「イザークも仕事人間ですからね。女性の相手までしていたら倒れます。情勢が落ち着いて、それからでもいいでしょう」
「私生活までディーにお世話になっているそうだけど・・・」
「好きでやってるんです。一人で食事するより二人のほうがいいでしょう。それに、仕事の打ち合わせも兼ねてますし」
 俺のことは御気になさらず。
 天性の愛想のよさにここまで感謝したことがかつてあっただろうか。
 紅茶を無言のまま飲んだイザークが、不意にディアッカを見た。
 なんだ? そう言いかけて、ああ とわかる。
「すいません、こいつ、眠いみたいで」
「え?」
「連日深夜まで仕事してきたんで、疲れてるみたいです」
「そうなの? イザーク」
「申し訳ありません・・・」
 頭を下げるイザークの声に力がない。こりゃ、相当きてるな とディアッカは長年の勘で思う。
「貴方の部屋、使えるようにしてあるわ。ディーはその隣の客間を使って頂戴」
「俺まですいません」
「いいえ。おやすみなさい」
 見送るエザリア夫人の顔には、寂しさが身染み出ていた。
 息子の不調に気づかない親。
 久々に帰ってきた息子の顔を見て浮かれていた というのは理由にならないだろう。母親なら。
 当然だ。
 エザリア夫人は仕事に追われ、幼いイザークの面倒をみたのはこの家のメイドたちだ。
 それでもイザークは母親を慕う。
 その気持ちが、ディアッカは理解できなかった。


うっかり萌え尽き症候群になってしまいました。
というわけで書き溜めていたDイザでお茶を濁します。
申し訳・・・!!

HappyBirthday. (Dイザです)

2007-03-29 21:10:06 | Dイザ
「貴様は明日休みだ」
 イザークの言葉に耳を疑った。
 ここんとこ激務続きでまともな休みを貰った覚えがない。最後に一日休暇を貰ったのは約二ヶ月前。
 軍に労働基準法はない・・・らしい。
 休みだ と思って溜まった洗濯物と格闘していたら携帯がなって、部下から「すぐに来てください」と泣きつかれること・・・数えたくない。
「緊急招集もなしだ。貴様への連絡は一切禁止してある」
「・・・なんで?」
「ついでに言うなら俺も休みにした」
「は!?」
 イザークが休む!? この仕事の鬼が!?
「持ち帰りの仕事もない。俺への連絡はすべてシホにまわすように言っておいた。完全なオフだ」
 手元の書類にサインを入れながら、イザークはなんでもないことのように続ける。
「明後日は激務になるだろうが、そこは覚悟しておけ」
「だから、なんでまた」
 いきなり休みだなんて。
 明日の分は明日やれば、明後日普通に業務ができるじゃないか。
 そう言いかけた俺に、イザークはきつい目をさらに吊り上げて睨んできて、
「貴様は明日誕生日だろうが!!」
「・・・・・・・・あ!?」
 誓って言うが、ボケはきていない。
 最近本当に忙しくて、その日の仕事に追われすぎて、日にち感覚がまったくなかったのだ。
 そういえばさっき見た報告書に、3月28日と書かれていた。
 明日は3月29日。
 俺の誕生日だ。
「そういうわけだ。誕生日くらい、仕事を忘れてもいいだろう」
「で? それにイザークもつきあってくれるんだ?」
 にや として言うと、今度こそ殺意の篭った目を向けられて
「貴様の誕生日に俺がいなかったら話にならんだろう!!!」
 と惚気を絶叫された。
 あーあ、この声、廊下まで筒抜けだろうな。

 プラントの制御システムが正常に作動してくれているおかげで、俺たちは無事3月29日の朝を迎えた。
 ふつうに「おはよう」と声をかけたら、イザークはちょっと躊躇った後に「おはよう」と小声で返してくれた。
 同居している間で朝の挨拶は普通だと思うが、これがまた、同居を始めて半年、イザークが返事をしてくれたのは初めてだったりする。
 どうやら今日は完全に俺にサービスしてくれるらしい。
「卵、目玉焼き? スクランブル?」
「オムレツがいい」
「・・・へーい」
 横柄な態度は変えないわけね。
 顔を洗ってついでに洗濯機のスイッチを入れて、キッチンでオムレツを作る。
 同居を始めて半年。イザークは家事をしたことがない。
 お互い裕福な環境で育ったせいで家事なんてやったことはないだろうと思われがちだが、俺はこれでもきれい好きだ。
 アカデミーにいたころヒステリーを起こしては部屋を散らかすイザークの後始末をさせられていたし、実家にいる間も自分の部屋は自分で掃除していた。
 自分の部屋を掃除していた理由は簡単。自分のテリトリーに家政婦を入れたくなかったからだ。
 しかも実家の俺の部屋は俺の趣味で和室なのに、最初の家政婦は「畳」の扱いを知らず、掃除機なんかかけやがった。
 あれには溜まらず父に直訴してその家政婦を解雇させて、以来新しい家政婦が来ても自分の部屋は自分で掃除することにした。
 畳はホウキで掃除するものだと決まってるだろう。常識だ。
 料理は必要に迫られて覚えた。イザークに作らせると材料がもったいないどころかかわいそうだからだ。・・・材料が。
 プレーンオムレツを皿に移しながら苦い思い出に浸っていたら、イザークがコンロに寄ってきた。
「なに?」
「コーヒーを淹れる」
「紅茶じゃなく?」
「貴様はコーヒーのほうが好きだろう」
 ああ、そういうやさしさね。
 じゃあ、とケトルで湯を沸かすイザークに、一つの筒を渡した。
「なんだ」
「俺、コーヒーより緑茶が好きなんだけど?」
「パンに緑茶か」
「いーじゃん。淹れてくれる?」
 憮然とした顔をして、イザークが茶筒を受け取る。
「大丈夫。最高級玉露なんかじゃなくて、普通のやつだから。普通に淹れてくれればいいよ」
 そう言うとイザークはおとなしく食器棚の隅から急須を取り出した。淹れてくれるらしい。
 ああ、すばらしきかな誕生日。
 イザークがこんなに素直になるなら、毎日誕生日でもいいよ。
 たった80日で寿命がきても、もうそれでもいいよ。平均寿命で言ったらあと60回くらいなんだけど。
「メシ食って洗濯終わったら、散歩行こうぜ」
「散歩?」
 真剣にお茶を淹れるイザークに、ダイニングテーブルに着きながら、提案してみる。
「近所の公園、桜が咲き始めてるんだ」
「早くないか?」
「今年はなんかやたらあったかいからねー」
「気候システムがイカれたか?」
「単に「地球っぽく」ってことだろ?」
 地球でも今年は各地で「暖冬」だったらしい。
 おかげで春がくるのが早く、プラントもそれに合わせたように三月中旬ごろからやたら温かくなりはじめた。
「プラントの気候は北半球に合わせてあるからな。そのせいっしょ」
 セットしていないせいで垂れ下がった前髪をくしゃりとかき上げると、お茶を淹れてきたイザークがぶすっとした顔をして
「・・・ほかには」
 と訊いてきた。
「ちょっと公園でのんびりして、ああそうだ、おまえが観たいって言ってた映画でも行く?」
 チケット取ってないけど、なんとかなるっしょ と言うと、イザークの顔がほころんだ。
「・・・行く」
「ん、じゃ、いただきます」
 ぱん と手を合わせてから食事を始めるのは俺の流儀。
 イザークはそれを見て
「いただく」
 と言って、初めて手を合わせた。
 すばらしきかな誕生日。

 ちなみに。
 夜はイザークが予約を入れていた店に食事にに行った。
 和食屋(居酒屋なんかじゃなくて、懐石)の個室で酒なんか呑んで、ちょっとほろ酔いなイザークが照れくさそうに包みを取り出した。
「受け取れ」
 誕生日プレゼント。
 嬉しくなって丁寧にラッピングを剥がすと、長方形の桐箱が出てきた。
 蓋を開けると、中身は扇子。
「日本舞踊が好きなんだろう?」
 好きっていうか、特技っていうか、趣味っていうか。まぁ、好きで長年続けてたんだけど、最近ご無沙汰だ。
「今度舞って見せろ」
 了解の変わりに笑って見せて、開いてみる。
 白地に桜があしらわれた、大人しいものだった。
「なんかきらきらしてるんだけど?」
「銀糸が織り込まれている」
 ちょっと待って。それ、すげぇ金かかってない?
「いいの? 貰っちゃって」
「貴様がいらんと言うならそれは明日には焼却処分だ」
「ありがたくいただきます」
 恭しく頭を下げて、へへっ と笑ってそれを眺める。
「貴様は見た目が派手だからな。せめて大人しく風流なものをと思ったら、いいタイミングで桜が咲いた」
 慣れない日本酒に口をつけながらイザークが言う。
「俺が春生まれだから桜?」
「ああ」
「で、イザークのものだから銀?」
 調子に乗って訊いたら、かっとイザークの顔が赤く染まった。
 酒のせいじゃない。
 照れてる。
 ああもう、かわいいなぁ。
「ありがと」
「・・・ああ」
 個室ってのを逆手に取ってここで押し倒そうかとも思ったけど、理性をかき集めてやめた。明日怒られるのは嫌だ。
「もう一個、ほしいのあるんだけど」
「なんだ」
「イザーク」
 ぴた。
 止まったのはイザークじゃない。空気。
「帰ったら、イザークくれない?」
 にこにこ笑って言うと、イザークは銚子を置いて立ち上がった。
「帰るぞ」
「・・・は?」
「時間がない。帰るぞ」
 時計を見ると、午後10時過ぎ。
 ここから自宅まで、車を飛ばして15分。
 一時間半くらいかぁ。堪能できるかなぁ。
 そんな心配をしながら、とっとと退散するイザークの後を追った。    
   





Dさま、お誕生日おめでとう!!(忘れかけてました、ごめんなさい)