プラントにも、夏はある。
正直この堅苦しい詰襟の軍服は、勘弁して欲しい。
それをあの後輩みたいに着崩せば、上司から雷が落ちるのはわかっているので、やらない。
本部内にいれば空調が効いているので、それほど苦にはならない。
夏。といえば。
「イザーク。プレゼント、フォーユー」
ちょん と小さな包みを執務机の上の書類の、さらに上に載せてやった。
八月のイベントだ。
「今年はなんだ」
「開けてのお楽しみ」
八月は、イザークの生まれた月だ。
顔に似合わず夏生まれ。暑苦しい性格は、暑苦しい時期に生まれたせいだと思えば、すべての夏生まれの人に失礼だろうか。
暑苦しいとは言葉が悪かった。
熱血漢と言っておこう。
「風鈴?」
「欲しがってたろ」
金属製のそれを指で吊り上げれば、ちりん と音が鳴った。
「浴衣は去年仕立てたしな」
「浴衣を着てこれを吊るしてテラスで我慢大会か」
「いや、たしかに浴衣は暑いけどさ・・・」
もっと言い方があるだろうに。
「それに、俺からのそれだけじゃ完成じゃないんだな」
「どういう意味だ」
「おっじゃましまーす」
イザークが風鈴から視線を上げたタイミングで、許可もなくドアが開く。
こんなことをする人間は、ディアッカを除けば一人しかいない。
「上司の部屋に無断ではいるな」
「おじゃましますって言ったじゃん。はい、プレゼント」
「俺の誕生日は明日だ」
「知ってる。でも前もってあげたほうがいいと思って」
誕生日はディアッカと過ごすんでしょ?
キラのぶしつけな一言で、イザークは
「貴様! 首を切られたいか!」
「それって職務上!? 権力乱用じゃないの!?」
「ギロチンだ!」
「ひどい!」
僕、ルイ王朝の人じゃないんだけど!?
ぎゃんぎゃん言って、一息ついて。
「開けるぞ」
「どうぞ」
ふたり、ぶすくれたまま、イザークが包みを開けた。
「・・・なんだこれは」
「ぶたさん」
沈黙。
出てきたのは、ブタを模った陶器。と、渦巻状の・・・これはなんだ。
「知らない? 蚊取り線香。プラントは蚊いないけどさ」
夏の風物詩。
見たことのない陶器に、イザークは眉間に皺を寄せる。
「ディアッカ」
「和の文化の一つ。蚊っていう人の血を吸う虫が夏に大量発生するってんで開発されたもの。渦巻きのそれは線香みたいなもんで、その煙で蚊を撃退したり、殺したり」
「毒ガス兵器か」
「そんな大層なもんじゃねぇよ」
殺虫剤の、簡易版。
そうディアッカが説明すると、こんこんと控えめにドアがノックされた。
「入れ」
今度は誰だ。
「しつれいしまーす」
シン・アスカ。
「隊長命令で、お届けにあがりましたー」
「重いんだもん、それ」
めんどくせ と顔に書いて、シンが机に乗せたのは
「・・・スイカ?」
「スイカです」
今の時代、一年中どこででも手に入る代物だ。
「でかいな」
「でかいっすね」
丸々一玉。
「ちなみに品種はスーパーエースっていいます」
「ほう。いい名だな」
「ネット検索でいい名前のヤツを選びましたから」
俺からのプレゼントです。
もっと高級なものもあったが、これは本当にシンが名前だけで選んで取り寄せた。
「それで。風鈴、蚊取り線香、スイカと来てあとはなんだ」
「遅いね、アスラン」
「・・・アスラン?」
時間合わせたのにな とぼやくキラの一言で、さらにイザークの眉間に皺が寄った。
アスランはすでにオーブ軍プラント駐屯基地完成で、移動したはずだ。
「僕の独断で本部に入れるようにしたから」
「勝手にそういうことをするな」
ぴきぴきとイザークの堪忍袋の尾が音を立て始めたタイミングで、
「遅くなった」
来訪者。
「貴様! ノックの一つくらい覚えたらどうだ!」
「あ、悪い」
どかん! と爆発するイザークに慣れたアスランは、それでも平気で室内に入ってくる。
ここでは浮く、オーブ軍の制服姿だ。
「今届いたんだ」
ほら と机に置かれたのは、ビニールパックの束。
「いまどき線香花火なんて、珍しいんだぞ」
おまけに火薬だから、検閲通すの大変だったんだ。
「どこから取り寄せた?」
「? オーブ」
プラントではマイナーな家庭用花火も、オーブでは夏の風物詩だ。
「カガリに頼んだら、そんなに送ってきてさ。一応、打ち上げはないんだけど」
コロニーであるプラント内で、打ち上げ花火は法律で禁止されている。
「これで全部か」
「一応」
ディアッカが答えると、
「まだだよ」
キラがストップを入れた。
「ほかにあったっけ?」
「ラクスに話したら、おもしろがっちゃって」
すぐ来るよ。
プラント最高評議会議長までが悪ノリだ。
「お邪魔します」
鈴が鳴るような声が、入口から響く。
「お久しぶりです、イザーク」
「ラクス嬢・・・貴方まで・・・」
イザークは一時、いや、いまでも隠れたラクスファンだ。
こうして面と向かい合うのは、緊張するらしい。
「お誕生日だそうで。おめでとうございます」
「恐縮です」
「これは、ファンの方に譲っていただいたのですけど」
お気に召すかしら。
そう言ってラクスが差し出した、袋の中身。
「・・・これは・・・」
一同、絶句。
ピンクのファーがあしらわれた、ラクスの顔写真(裏は「ラクス様」の文字)入りの・・・
「団扇、で、いいのですか・・・?」
「ええ。夏ですから」
にっこり。
悪意のない、心の底から楽しんでいるその笑顔に、イザークは絶句。ディアッカ、キラ、シンは必死に笑いを堪え。
アスランは、眉間を押さえて俯いている。あれは涙を堪えているのだ。絶対。
「いいじゃん。夏じゃん。いい誕生日じゃん・・・」
くっくっく と笑いを堪えながら、キラが苦しそうに
「オメデトウ」
駄目だ、笑いが・・・!!
大爆笑は、三人が呼吸困難を起こすまで続いた。
「暑い」
「団扇あるじゃん」
「これを! 使えというのか! 貴様は!」
「あー、ご近所迷惑ご近所迷惑」
「この煙自体が迷惑だ」
パチパチと小さな音を立てる、線香花火。
傍らに蚊取り線香。頭上に風鈴。蚊取り線香の反対、ディアッカとの間に切ったスイカ。手に線香花火。後ろに隠すように、団扇。
纏っているのは、去年ディアッカが仕立てた浴衣だ。
夏なのだ。
「火薬臭い」
「俺等が使ってる火薬よりマシだろ」
「爆発しないだろうな」
「んな量入ってねぇから」
この根っから軍人。
ディアッカが呆れたところで、イザークの花火の火がぽとりと落ちた。
「はい、24連敗目」
「何故だ!」
「動くからだろ」
線香花火勝負。イザークは24戦24敗。完敗状態だ。
「くそっ。次こそ・・・」
「いや、もう花火いいから。酒呑もうぜ」
「酒?」
「おふくろさんから。俺の企画にノって、日本酒セット」
「・・・なぜそういうことを早く言わん」
「楽しみはとっておくものだろ?」
にやり と笑って、ディアッカは花火をバケツに投げ入れた。
じゅっ と、火薬の消える音と、かすかな臭い。
「酒の種類はなんだ」
「魔王」
「選んだのは貴様だろう!」
「あ、ばれた」
ぴったりじゃん! とディアッカは笑いながら、キッチンに消えていく。
言いたいことを発散できず、イザークはまた一本、花火に火を点けた。
ディアッカが過去に愛用していた、ジッポライター。
オイルと火薬の臭いは、戦場を連想させる。
煙の臭いすら。
「おい」
「あん?」
戻ってきたディアッカに、ふと、イザークは声をかけた。
声が返ってくる、安心感。
戦場を思い出すということは、あの喪失感を思い出すということ。
思い出したくもないのに。
「もうどこにも行くなよ」
イザークの、独白とも取れる小さな呟きに
「なに。もう酔ってんの?」
「まだ呑んでない」
「いや、俺に」
さらりとそんなことを言ったディアッカの手に、お仕置きとばかりに、線香花火の火を落として。
「あっつ!」
小さな、火傷を作ってやった。
「ああ、あついな」
夏だからな。
「来年は避暑に行くか」
「って、地球?」
「ああ。アラスカあたりに」
「連邦圏ですよー」
来年ね。
ディアッカは小さな火傷を舐めながら
「生きて、来年も祝いましょうか」
プラントの人口の空の向こうを、遠く眺めた。
イザークB.D前祝です。
当日祝いネタは思いつきませんでした。(敗北)
おめでとーイザーク。
・・・22歳だっけ?
正直この堅苦しい詰襟の軍服は、勘弁して欲しい。
それをあの後輩みたいに着崩せば、上司から雷が落ちるのはわかっているので、やらない。
本部内にいれば空調が効いているので、それほど苦にはならない。
夏。といえば。
「イザーク。プレゼント、フォーユー」
ちょん と小さな包みを執務机の上の書類の、さらに上に載せてやった。
八月のイベントだ。
「今年はなんだ」
「開けてのお楽しみ」
八月は、イザークの生まれた月だ。
顔に似合わず夏生まれ。暑苦しい性格は、暑苦しい時期に生まれたせいだと思えば、すべての夏生まれの人に失礼だろうか。
暑苦しいとは言葉が悪かった。
熱血漢と言っておこう。
「風鈴?」
「欲しがってたろ」
金属製のそれを指で吊り上げれば、ちりん と音が鳴った。
「浴衣は去年仕立てたしな」
「浴衣を着てこれを吊るしてテラスで我慢大会か」
「いや、たしかに浴衣は暑いけどさ・・・」
もっと言い方があるだろうに。
「それに、俺からのそれだけじゃ完成じゃないんだな」
「どういう意味だ」
「おっじゃましまーす」
イザークが風鈴から視線を上げたタイミングで、許可もなくドアが開く。
こんなことをする人間は、ディアッカを除けば一人しかいない。
「上司の部屋に無断ではいるな」
「おじゃましますって言ったじゃん。はい、プレゼント」
「俺の誕生日は明日だ」
「知ってる。でも前もってあげたほうがいいと思って」
誕生日はディアッカと過ごすんでしょ?
キラのぶしつけな一言で、イザークは
「貴様! 首を切られたいか!」
「それって職務上!? 権力乱用じゃないの!?」
「ギロチンだ!」
「ひどい!」
僕、ルイ王朝の人じゃないんだけど!?
ぎゃんぎゃん言って、一息ついて。
「開けるぞ」
「どうぞ」
ふたり、ぶすくれたまま、イザークが包みを開けた。
「・・・なんだこれは」
「ぶたさん」
沈黙。
出てきたのは、ブタを模った陶器。と、渦巻状の・・・これはなんだ。
「知らない? 蚊取り線香。プラントは蚊いないけどさ」
夏の風物詩。
見たことのない陶器に、イザークは眉間に皺を寄せる。
「ディアッカ」
「和の文化の一つ。蚊っていう人の血を吸う虫が夏に大量発生するってんで開発されたもの。渦巻きのそれは線香みたいなもんで、その煙で蚊を撃退したり、殺したり」
「毒ガス兵器か」
「そんな大層なもんじゃねぇよ」
殺虫剤の、簡易版。
そうディアッカが説明すると、こんこんと控えめにドアがノックされた。
「入れ」
今度は誰だ。
「しつれいしまーす」
シン・アスカ。
「隊長命令で、お届けにあがりましたー」
「重いんだもん、それ」
めんどくせ と顔に書いて、シンが机に乗せたのは
「・・・スイカ?」
「スイカです」
今の時代、一年中どこででも手に入る代物だ。
「でかいな」
「でかいっすね」
丸々一玉。
「ちなみに品種はスーパーエースっていいます」
「ほう。いい名だな」
「ネット検索でいい名前のヤツを選びましたから」
俺からのプレゼントです。
もっと高級なものもあったが、これは本当にシンが名前だけで選んで取り寄せた。
「それで。風鈴、蚊取り線香、スイカと来てあとはなんだ」
「遅いね、アスラン」
「・・・アスラン?」
時間合わせたのにな とぼやくキラの一言で、さらにイザークの眉間に皺が寄った。
アスランはすでにオーブ軍プラント駐屯基地完成で、移動したはずだ。
「僕の独断で本部に入れるようにしたから」
「勝手にそういうことをするな」
ぴきぴきとイザークの堪忍袋の尾が音を立て始めたタイミングで、
「遅くなった」
来訪者。
「貴様! ノックの一つくらい覚えたらどうだ!」
「あ、悪い」
どかん! と爆発するイザークに慣れたアスランは、それでも平気で室内に入ってくる。
ここでは浮く、オーブ軍の制服姿だ。
「今届いたんだ」
ほら と机に置かれたのは、ビニールパックの束。
「いまどき線香花火なんて、珍しいんだぞ」
おまけに火薬だから、検閲通すの大変だったんだ。
「どこから取り寄せた?」
「? オーブ」
プラントではマイナーな家庭用花火も、オーブでは夏の風物詩だ。
「カガリに頼んだら、そんなに送ってきてさ。一応、打ち上げはないんだけど」
コロニーであるプラント内で、打ち上げ花火は法律で禁止されている。
「これで全部か」
「一応」
ディアッカが答えると、
「まだだよ」
キラがストップを入れた。
「ほかにあったっけ?」
「ラクスに話したら、おもしろがっちゃって」
すぐ来るよ。
プラント最高評議会議長までが悪ノリだ。
「お邪魔します」
鈴が鳴るような声が、入口から響く。
「お久しぶりです、イザーク」
「ラクス嬢・・・貴方まで・・・」
イザークは一時、いや、いまでも隠れたラクスファンだ。
こうして面と向かい合うのは、緊張するらしい。
「お誕生日だそうで。おめでとうございます」
「恐縮です」
「これは、ファンの方に譲っていただいたのですけど」
お気に召すかしら。
そう言ってラクスが差し出した、袋の中身。
「・・・これは・・・」
一同、絶句。
ピンクのファーがあしらわれた、ラクスの顔写真(裏は「ラクス様」の文字)入りの・・・
「団扇、で、いいのですか・・・?」
「ええ。夏ですから」
にっこり。
悪意のない、心の底から楽しんでいるその笑顔に、イザークは絶句。ディアッカ、キラ、シンは必死に笑いを堪え。
アスランは、眉間を押さえて俯いている。あれは涙を堪えているのだ。絶対。
「いいじゃん。夏じゃん。いい誕生日じゃん・・・」
くっくっく と笑いを堪えながら、キラが苦しそうに
「オメデトウ」
駄目だ、笑いが・・・!!
大爆笑は、三人が呼吸困難を起こすまで続いた。
「暑い」
「団扇あるじゃん」
「これを! 使えというのか! 貴様は!」
「あー、ご近所迷惑ご近所迷惑」
「この煙自体が迷惑だ」
パチパチと小さな音を立てる、線香花火。
傍らに蚊取り線香。頭上に風鈴。蚊取り線香の反対、ディアッカとの間に切ったスイカ。手に線香花火。後ろに隠すように、団扇。
纏っているのは、去年ディアッカが仕立てた浴衣だ。
夏なのだ。
「火薬臭い」
「俺等が使ってる火薬よりマシだろ」
「爆発しないだろうな」
「んな量入ってねぇから」
この根っから軍人。
ディアッカが呆れたところで、イザークの花火の火がぽとりと落ちた。
「はい、24連敗目」
「何故だ!」
「動くからだろ」
線香花火勝負。イザークは24戦24敗。完敗状態だ。
「くそっ。次こそ・・・」
「いや、もう花火いいから。酒呑もうぜ」
「酒?」
「おふくろさんから。俺の企画にノって、日本酒セット」
「・・・なぜそういうことを早く言わん」
「楽しみはとっておくものだろ?」
にやり と笑って、ディアッカは花火をバケツに投げ入れた。
じゅっ と、火薬の消える音と、かすかな臭い。
「酒の種類はなんだ」
「魔王」
「選んだのは貴様だろう!」
「あ、ばれた」
ぴったりじゃん! とディアッカは笑いながら、キッチンに消えていく。
言いたいことを発散できず、イザークはまた一本、花火に火を点けた。
ディアッカが過去に愛用していた、ジッポライター。
オイルと火薬の臭いは、戦場を連想させる。
煙の臭いすら。
「おい」
「あん?」
戻ってきたディアッカに、ふと、イザークは声をかけた。
声が返ってくる、安心感。
戦場を思い出すということは、あの喪失感を思い出すということ。
思い出したくもないのに。
「もうどこにも行くなよ」
イザークの、独白とも取れる小さな呟きに
「なに。もう酔ってんの?」
「まだ呑んでない」
「いや、俺に」
さらりとそんなことを言ったディアッカの手に、お仕置きとばかりに、線香花火の火を落として。
「あっつ!」
小さな、火傷を作ってやった。
「ああ、あついな」
夏だからな。
「来年は避暑に行くか」
「って、地球?」
「ああ。アラスカあたりに」
「連邦圏ですよー」
来年ね。
ディアッカは小さな火傷を舐めながら
「生きて、来年も祝いましょうか」
プラントの人口の空の向こうを、遠く眺めた。
イザークB.D前祝です。
当日祝いネタは思いつきませんでした。(敗北)
おめでとーイザーク。
・・・22歳だっけ?