その日の夕方、アディのところに診察に寄った。
カウンセリングはなく、ただキラの健康診断のみが行われ。
出された薬は、前よりぐっと軽いものになっていた。
「気を抜かないこと。ただしアスラン君には甘えること。肩肘張らないで、ね?」
「うん」
アディの言葉に、キラは素直に頷く。
栄養剤は変わっていないが、精神安定剤が軽くなっていることに、アスランは不安と安堵を隠せない。
前回の二の舞にならないか。
これでキラが安定してくれれば。
交錯する思いに難しい顔にないっていたらしく、アディに
「大丈夫よ」
とくすくす笑われてしまった。
「キラくん、欲しいものも手に入れて、トラウマと向かい合って、とてもいい顔してるもの。大丈夫よ」
だから貴方も、そんなに思いつめないで。
看護する側が、連鎖的に倒れるケースは多いのだから。
アディの言葉とキラの無邪気な顔に、アスランは肩に入っていた力を抜いた。
きっと大丈夫。
「結局、なにが欲しかったんだ?」
帰りの車の中で、アスランはふとイザークに聞いた「キラのほしいもの」を思い出した。
「べつに欲しいものはないよ?」
「勝ったら俺に強請りたいものがあったんだろ?」
「ああ、それ」
車の中でも、キラは持ち歩いているキューブを弄っている。
アスランにコツを教えてもらって上達はしたのだが、どうにもあと一面 なのだ。
「負けたから言わない」
「我慢しない」
「うー」
「言って」
「言うだけね?」
「それは俺が判断する」
キラはキューブを弄る手を止め、じっとアスランの横顔を見つめる。
運転中のアスランは、キラを横目で見ることしかできない。
黙りこむキラになんだろう と思っていたら。
ちゅっ と、頬にキスをされた。
「・・・なに?」
「手、繋ぎたかったんだ」
「手?」
「手繋いで、デートしてみたかったんだ」
プラントではできないこと。
同性の恋人を自慢すること。
それをしたかったのだと、キラは告白する。
「キラは昔から、いけないことが好きだな」
「うん。悪戯とか、悪いこととか、大好き」
「手、か」
ふむ とアスランは考える。
「なんでコペルニクスにいるとき言わなかったんだ?」
あそこなら人目も少なかったのに。
あそこなら、偏見の目も少なかったのに。
「プラントじゃなきゃ意味がない」
「意味?」
「みんながアスランのこと知ってるじゃない。別にオーブでもいいんだけど、僕らが今住んでるところじゃなきゃ意味がないよ」
普通のデートがしたいのだと。
「一緒に住んでるから待ち合わせとかしないけど、普通に出かけて、手繋いで買い物したり、したかったんだ」
負けたからいいけど。
拗ねたキラに、アスランはふっ と笑って。
「乙女だな、キラは」
「うるさいな!」
「しようか」
「へ?」
「デート、しようか」
「・・・いつ」
「明日」
ちょうど明日は休みだ。今日の模擬戦の疲れを取れと、イザークが出した「療養休暇」。
アスランの休みは、すべてキラに合わせてある。カガリの計らいだ。
「どこ行きたい?」
「だって負けたもん」
「負けたから言うこと聞け。どこ行きたい?」
うー とキラは唸る。
返答に困るということは、後ろ暗いことでも考えているのか。
「どこ?」
マンションの地下駐車場に車を停め、アスランはシートベルトを外してキラに覆いかぶさる。
逃げ場を失ったキラは、視線をそらす。
「言って」
キラの好きな甘い声で囁けば。
天岩戸は陥落した。
「・・・お墓」
「墓?」
誰の。
「僕が殺した人。アスランがわかるだけ」
キラが殺したひと。
ラスティ・・・は、連合の兵士に撃たれたからカウントしないとして。
ミゲル。ニコル。クルーゼ。ハイネは直接的には殺していないけれど、数にはいるだろうか。
「あと、レイと、デュランダル議長と」
しどろもどろと、キラは続ける。
「アスランのお母さんと、お父さんの・・・」
「父は戦犯扱いだから」
「あるんでしょ? からっぽのお墓」
実は、ある。
共同墓地の片隅、人のあまりこない場所に、こっそり建てた。
「どうして知ってる」
「イザークに聞いた」
あのお喋り。
「お父さん無理なら、お母さんだけでいい」
母の墓もカラッポだ。
母だけでなく、キラが手にかけた人間は皆機体と共に塵となった。
カラッポの墓に、キラは行きたいという。
「・・・いいよ。行こう」
「いいの?」
「結構数あるし、あそこ広いから。朝早めに出よう」
そのあと普通にデートしよう。
アスランの言葉に、キラは躊躇いがちに頷いた。
翌朝。
途中の花屋で多くの花束を買えば、店主が「軍人さんかい?」と訊いてきた。
そうだと答えると、注文より大き目の花束を作ってくれた。
彼等のおかげで今の平和があるのだから。
しっかり礼を言ってきてくれ と。
プラントの共同墓地は広い。
同じ墓標が整然と並ぶその広大な土地を、アスランは迷いなく歩く。
片手に大量の花。
片手は、キラの手を掴んで。
そうしてしばらく歩いて、一つの墓標の前で止まった。
「ミゲル・アイマン」
「・・・いつ」
「最初。緑のザクに乗ってた」
キラが最初に殺した人間。
その墓標の前に花束を一つ、手向けた。
「先輩でさ、色々教えてもらった。緑なのに、戦場で二つ名を持つような人だった」
『黄昏の魔弾』と、人は呼んだ。
「ミゲル、驚いたか? あのストライクに乗ってたのがこんな甘えただ」
「甘えたって」
「じゃあな」
軽く敬礼して、アスランは次へとキラの手を引く。
二つ目はすぐ近くだった。
「ニコル・アマルフィ」
「知ってる。ブリッツの人」
「そう」
ニコルの話は、以前ディアッカに聞いた。
「おまえそっくり」と言われた。どこがと聞けば「かわいい見た目」と言われた。
「一つ年下。ピアノ好きの、やさしいやつだった」
花束を手向けて。
「ニコル、会いたがってたキラだ。やっと連れてこれたよ」
「会いたがってた?」
「幼馴染だって話したら、俺が気を許す人を見てみたいって」
甲板で話したのが、最後だった。
一緒に飛魚の群れを見てやればよかった。
「じゃあ、またな」
敬礼して、次へ。
三つ目は、少し離れていた。
「ラウ・ル・クルーゼ。言うまでもないな」
「・・・うん」
キラが「最高のコーディネイター」だと。
そう言って、最後までキラを恨んで死んでいった人。
「隊長、あの世では仮面を取らないと、人に嫌われたままですよ」
そう笑って、花束を手向けて。
「最後まで貴方の素顔は見れなかった」
アスランはどこか寂しそうだった。
そうして敬礼して、次へ。
もうここが墓地のどのあたりなのかキラにはわからなくなってきた。
「ハイネ・ヴェステンフルス」
「・・・いつ?」
「二度目の戦争。キラが殺したわけじゃないけど・・・黄色のグフ、わかるか?」
「わかる」
自分の介入のせいで混乱した戦闘で死んだ人。
「フェイスの先輩。おもしろい人だったよ。懐っこいっていうのかな」
花束を手向ける。
「でも、俺が何と戦うべきなのかを気づかせてくれた」
じゃあおまえ、どことなら戦いたい?
あの質問に、今なら答えられる。
「ハイネ。俺は、キラの敵と戦うよ」
じゃあな。
敬礼をして、今度は
「レイと、議長と、グラディス艦長」
「並んでる・・・」
「シンがイザークに頼み込んだんだ」
どうしても、傍にいさせてやりたいと。
泣きながらシンがイザークに頼み込んだのだ。
レイが、議長を「お父さん」、艦長を「お母さん」と呼びながら死んだと聞いて。
どうしても と。
三つの墓標にそれぞれ花を手向けて。
アスランは
「幸せに」
そう言って敬礼した。
最後の二つは、入口の近くだった。
血のバレンタインで死んだアスランの母、レノアの墓の前で、キラはとうとう泣き崩れた。
やさしかったアスランの母。
幼い頃何度も冗談で「うちにお嫁にいらっしゃいな」と言っていた人。
それだけ、キラにやさしかった人。
見知った人の墓の前に立つことは、キラにとって初めてだった。
「母上。キラ、大きくなったでしょう」
花を手向けて、しゃがみこむキラの肩を抱いて。
「泣き虫は変わっていませんよ」
「おばさ・・・」
「甘ったれで、俺にベタ惚れのままです」
だから
「だから、もう一生離れません」
キラの涙が、ぴたりとやんだ。
「すいません、孫は連れてこれません」
でも
「貴女は、笑って喜んでくれますよね?」
ひっ と涙を堪えて、キラはアスランに抱きつく。
アスランもそれを受け止めて。
しばらく、二人で泣いた。
泣いて泣いて。互いに涙を拭いあって。
最後の一つは、入口から続く壁の、一番角。
人が一番目をつけにくいところにあった。
パトリック・ザラ。
本来なら戦犯扱いで、墓は建てられない人だ。
入るべき遺体は、要塞もろとも宇宙の塵になった。
「父上」
手向ける花は、もうアスランの手に残っていない。
最初から数に入れていなかった。
花を手向ければ、目立ってしまうから。
「どこまでも親不孝者です、俺は」
キラの手をぎゅっと握って。
アスランはどこか、緊張した面持ちだった。
「貴方を裏切り、ザフトを二度も裏切り、貴方の嫌ったナチュラルと馴れ合い、挙句選んだのは同性のキラです」
あれだけ忌み嫌った「フリーダムのパイロット」。
「でも、謝ることはしません」
謝る理由が、思いつかない。
「俺は何一つ、悪いことはしていない」
ただ、望むままに生きているだけで。
恥じることはなにひとつない。
「ただ、俺を作ってくれたこと。月に匿ってくれたこと。それだけ、感謝しています」
父がアスランと母の身を案じて月に匿ってくれなければ。
キラと出会えなかった。
だから。
「ありがとうございます。そして、さようなら。もう、ここには来ません」
ぺこり と二人で頭を下げて。
墓地を後にした。
涙でぐしゃぐしゃになったキラの顔を、車に積んであったタオルで綺麗にして。
「どこ行こうか」
アスランはすっきりした顔で言う。
「どこでもいい?」
「いいよ」
「じゃあね、アスランが好きな場所」
そう言われて、アスランは困る。
プラントにはいい思い出がない。
キラと離れてからの自分の荒み具合はひどいものだったから。
「街をぶらぶらした思い出しかないな」
「じゃ、それで」
いいじゃん、ぶらぶらしようよ。
手を繋いでさ。
キラの笑顔に、アスランは
「わかった」
そう言って、車を発進させた。
手を繋いであるけば、予想以上に目立った。
目立ってはいたけれど、何も悪いことはしていないのだから、二人は堂々としたものだった。
入った店でじろじろ見られ、小声でアスランの名を囁かれるたびに、キラは自慢げな顔をしていた。
戦争の英雄。ラクス・クラインの元婚約者。パトリック・ザラの息子。
それだけアスランの顔と名は、プラントで売れているのだ。
午後を丸々手を繋いで歩くだけ。
アスランはこっそり、「週刊誌のネタにでもされるかな」と思ったが、キラが楽しそうなのでいいことにした。
なにも悪いことはしていない。
ただ、恋人と手を繋いで歩いているだけ。
だれでもしていることだ。
アスランもキラも、初めてすることだったけれど。
そうして夕刻。
「行きたい店があるんだ」
アスランが言えば、キラは素直に頷いた。
着いたのは、一件の小さなレストラン。
いかにも老舗 といった風格の店構え。
キラの食欲が落ちてから外食は避けていたが、今日だけはどうしてもここに来たかった。
「ここ?」
「うん」
手動のドアを開いて入ると、こじんまりとした店内に、テーブルが並ぶ。
「いらっしゃいませ」
いかにもベテランといった面持ちの男性定員が頭を下げ、ふとアスランを見て
「ああ、ザラさまでしたか」
「覚えておいでですか」
「ええ、よく覚えています」
こちらにどうぞ と案内されたのは、店の奥のテーブル。
「キラはこっち」
と指されたほうにキラは座る。
出されたメニューをアスランは捲らず、
「オムライスと、オレンジジュースを」
二人分、迷わず注文する。
定員も意味を察したらしく、笑顔で「かしこまりました」と奥に去っていく。
「オムライス?」
なんで?
「ここ、俺がプラントに来た日に来た店なんだ」
テーブルに行儀悪く肘をついて、アスランは懐かしそうに店内を見回す。
「変わってないな」
月から引っ越してきて、キラと離れて不安になっていたアスランを励ますために、母が連れてきてくれた。
「父と母が最初のデートで来た店なんだってさ」
「え?」
「俺の起源と言ってもいいな」
そこに とアスランはキラが座る席を指して
「俺が座ってた。両親の時は母が」
「アス・・・」
「連れてきたかったんだけど、なかなか思い切りがつかなくて」
話していたら、注文の品が運ばれてきた。
とろとろ卵のオムライスと、オレンジジュース。
「それくらいなら大丈夫だろ?」
「・・・たぶん」
「無理しなくていいから」
言って、先に口をつけたアスランの顔がほころんで。
「味、変わってない」
うれしそうに言う。
つられてキラも一口食べてみれば、それはとてもおいしかったけれど。
「なんか、アスランが作るのに似てる・・・」
「うん。俺のオムライスはここに似るな、どうしても」
料理っていうのは、覚えているなかで一番美味しいものに似せて作るから。
この卵の質感が出せなくて、コツを料理上手なディアッカに教わったのだ。
「おいしい」
「よかった」
そう言ってキラは、出されたものを綺麗に食べきった。
たぶん、あと一回くらいで終わります・・・。
ネタ詰め込みすぎました。(反省)
カウンセリングはなく、ただキラの健康診断のみが行われ。
出された薬は、前よりぐっと軽いものになっていた。
「気を抜かないこと。ただしアスラン君には甘えること。肩肘張らないで、ね?」
「うん」
アディの言葉に、キラは素直に頷く。
栄養剤は変わっていないが、精神安定剤が軽くなっていることに、アスランは不安と安堵を隠せない。
前回の二の舞にならないか。
これでキラが安定してくれれば。
交錯する思いに難しい顔にないっていたらしく、アディに
「大丈夫よ」
とくすくす笑われてしまった。
「キラくん、欲しいものも手に入れて、トラウマと向かい合って、とてもいい顔してるもの。大丈夫よ」
だから貴方も、そんなに思いつめないで。
看護する側が、連鎖的に倒れるケースは多いのだから。
アディの言葉とキラの無邪気な顔に、アスランは肩に入っていた力を抜いた。
きっと大丈夫。
「結局、なにが欲しかったんだ?」
帰りの車の中で、アスランはふとイザークに聞いた「キラのほしいもの」を思い出した。
「べつに欲しいものはないよ?」
「勝ったら俺に強請りたいものがあったんだろ?」
「ああ、それ」
車の中でも、キラは持ち歩いているキューブを弄っている。
アスランにコツを教えてもらって上達はしたのだが、どうにもあと一面 なのだ。
「負けたから言わない」
「我慢しない」
「うー」
「言って」
「言うだけね?」
「それは俺が判断する」
キラはキューブを弄る手を止め、じっとアスランの横顔を見つめる。
運転中のアスランは、キラを横目で見ることしかできない。
黙りこむキラになんだろう と思っていたら。
ちゅっ と、頬にキスをされた。
「・・・なに?」
「手、繋ぎたかったんだ」
「手?」
「手繋いで、デートしてみたかったんだ」
プラントではできないこと。
同性の恋人を自慢すること。
それをしたかったのだと、キラは告白する。
「キラは昔から、いけないことが好きだな」
「うん。悪戯とか、悪いこととか、大好き」
「手、か」
ふむ とアスランは考える。
「なんでコペルニクスにいるとき言わなかったんだ?」
あそこなら人目も少なかったのに。
あそこなら、偏見の目も少なかったのに。
「プラントじゃなきゃ意味がない」
「意味?」
「みんながアスランのこと知ってるじゃない。別にオーブでもいいんだけど、僕らが今住んでるところじゃなきゃ意味がないよ」
普通のデートがしたいのだと。
「一緒に住んでるから待ち合わせとかしないけど、普通に出かけて、手繋いで買い物したり、したかったんだ」
負けたからいいけど。
拗ねたキラに、アスランはふっ と笑って。
「乙女だな、キラは」
「うるさいな!」
「しようか」
「へ?」
「デート、しようか」
「・・・いつ」
「明日」
ちょうど明日は休みだ。今日の模擬戦の疲れを取れと、イザークが出した「療養休暇」。
アスランの休みは、すべてキラに合わせてある。カガリの計らいだ。
「どこ行きたい?」
「だって負けたもん」
「負けたから言うこと聞け。どこ行きたい?」
うー とキラは唸る。
返答に困るということは、後ろ暗いことでも考えているのか。
「どこ?」
マンションの地下駐車場に車を停め、アスランはシートベルトを外してキラに覆いかぶさる。
逃げ場を失ったキラは、視線をそらす。
「言って」
キラの好きな甘い声で囁けば。
天岩戸は陥落した。
「・・・お墓」
「墓?」
誰の。
「僕が殺した人。アスランがわかるだけ」
キラが殺したひと。
ラスティ・・・は、連合の兵士に撃たれたからカウントしないとして。
ミゲル。ニコル。クルーゼ。ハイネは直接的には殺していないけれど、数にはいるだろうか。
「あと、レイと、デュランダル議長と」
しどろもどろと、キラは続ける。
「アスランのお母さんと、お父さんの・・・」
「父は戦犯扱いだから」
「あるんでしょ? からっぽのお墓」
実は、ある。
共同墓地の片隅、人のあまりこない場所に、こっそり建てた。
「どうして知ってる」
「イザークに聞いた」
あのお喋り。
「お父さん無理なら、お母さんだけでいい」
母の墓もカラッポだ。
母だけでなく、キラが手にかけた人間は皆機体と共に塵となった。
カラッポの墓に、キラは行きたいという。
「・・・いいよ。行こう」
「いいの?」
「結構数あるし、あそこ広いから。朝早めに出よう」
そのあと普通にデートしよう。
アスランの言葉に、キラは躊躇いがちに頷いた。
翌朝。
途中の花屋で多くの花束を買えば、店主が「軍人さんかい?」と訊いてきた。
そうだと答えると、注文より大き目の花束を作ってくれた。
彼等のおかげで今の平和があるのだから。
しっかり礼を言ってきてくれ と。
プラントの共同墓地は広い。
同じ墓標が整然と並ぶその広大な土地を、アスランは迷いなく歩く。
片手に大量の花。
片手は、キラの手を掴んで。
そうしてしばらく歩いて、一つの墓標の前で止まった。
「ミゲル・アイマン」
「・・・いつ」
「最初。緑のザクに乗ってた」
キラが最初に殺した人間。
その墓標の前に花束を一つ、手向けた。
「先輩でさ、色々教えてもらった。緑なのに、戦場で二つ名を持つような人だった」
『黄昏の魔弾』と、人は呼んだ。
「ミゲル、驚いたか? あのストライクに乗ってたのがこんな甘えただ」
「甘えたって」
「じゃあな」
軽く敬礼して、アスランは次へとキラの手を引く。
二つ目はすぐ近くだった。
「ニコル・アマルフィ」
「知ってる。ブリッツの人」
「そう」
ニコルの話は、以前ディアッカに聞いた。
「おまえそっくり」と言われた。どこがと聞けば「かわいい見た目」と言われた。
「一つ年下。ピアノ好きの、やさしいやつだった」
花束を手向けて。
「ニコル、会いたがってたキラだ。やっと連れてこれたよ」
「会いたがってた?」
「幼馴染だって話したら、俺が気を許す人を見てみたいって」
甲板で話したのが、最後だった。
一緒に飛魚の群れを見てやればよかった。
「じゃあ、またな」
敬礼して、次へ。
三つ目は、少し離れていた。
「ラウ・ル・クルーゼ。言うまでもないな」
「・・・うん」
キラが「最高のコーディネイター」だと。
そう言って、最後までキラを恨んで死んでいった人。
「隊長、あの世では仮面を取らないと、人に嫌われたままですよ」
そう笑って、花束を手向けて。
「最後まで貴方の素顔は見れなかった」
アスランはどこか寂しそうだった。
そうして敬礼して、次へ。
もうここが墓地のどのあたりなのかキラにはわからなくなってきた。
「ハイネ・ヴェステンフルス」
「・・・いつ?」
「二度目の戦争。キラが殺したわけじゃないけど・・・黄色のグフ、わかるか?」
「わかる」
自分の介入のせいで混乱した戦闘で死んだ人。
「フェイスの先輩。おもしろい人だったよ。懐っこいっていうのかな」
花束を手向ける。
「でも、俺が何と戦うべきなのかを気づかせてくれた」
じゃあおまえ、どことなら戦いたい?
あの質問に、今なら答えられる。
「ハイネ。俺は、キラの敵と戦うよ」
じゃあな。
敬礼をして、今度は
「レイと、議長と、グラディス艦長」
「並んでる・・・」
「シンがイザークに頼み込んだんだ」
どうしても、傍にいさせてやりたいと。
泣きながらシンがイザークに頼み込んだのだ。
レイが、議長を「お父さん」、艦長を「お母さん」と呼びながら死んだと聞いて。
どうしても と。
三つの墓標にそれぞれ花を手向けて。
アスランは
「幸せに」
そう言って敬礼した。
最後の二つは、入口の近くだった。
血のバレンタインで死んだアスランの母、レノアの墓の前で、キラはとうとう泣き崩れた。
やさしかったアスランの母。
幼い頃何度も冗談で「うちにお嫁にいらっしゃいな」と言っていた人。
それだけ、キラにやさしかった人。
見知った人の墓の前に立つことは、キラにとって初めてだった。
「母上。キラ、大きくなったでしょう」
花を手向けて、しゃがみこむキラの肩を抱いて。
「泣き虫は変わっていませんよ」
「おばさ・・・」
「甘ったれで、俺にベタ惚れのままです」
だから
「だから、もう一生離れません」
キラの涙が、ぴたりとやんだ。
「すいません、孫は連れてこれません」
でも
「貴女は、笑って喜んでくれますよね?」
ひっ と涙を堪えて、キラはアスランに抱きつく。
アスランもそれを受け止めて。
しばらく、二人で泣いた。
泣いて泣いて。互いに涙を拭いあって。
最後の一つは、入口から続く壁の、一番角。
人が一番目をつけにくいところにあった。
パトリック・ザラ。
本来なら戦犯扱いで、墓は建てられない人だ。
入るべき遺体は、要塞もろとも宇宙の塵になった。
「父上」
手向ける花は、もうアスランの手に残っていない。
最初から数に入れていなかった。
花を手向ければ、目立ってしまうから。
「どこまでも親不孝者です、俺は」
キラの手をぎゅっと握って。
アスランはどこか、緊張した面持ちだった。
「貴方を裏切り、ザフトを二度も裏切り、貴方の嫌ったナチュラルと馴れ合い、挙句選んだのは同性のキラです」
あれだけ忌み嫌った「フリーダムのパイロット」。
「でも、謝ることはしません」
謝る理由が、思いつかない。
「俺は何一つ、悪いことはしていない」
ただ、望むままに生きているだけで。
恥じることはなにひとつない。
「ただ、俺を作ってくれたこと。月に匿ってくれたこと。それだけ、感謝しています」
父がアスランと母の身を案じて月に匿ってくれなければ。
キラと出会えなかった。
だから。
「ありがとうございます。そして、さようなら。もう、ここには来ません」
ぺこり と二人で頭を下げて。
墓地を後にした。
涙でぐしゃぐしゃになったキラの顔を、車に積んであったタオルで綺麗にして。
「どこ行こうか」
アスランはすっきりした顔で言う。
「どこでもいい?」
「いいよ」
「じゃあね、アスランが好きな場所」
そう言われて、アスランは困る。
プラントにはいい思い出がない。
キラと離れてからの自分の荒み具合はひどいものだったから。
「街をぶらぶらした思い出しかないな」
「じゃ、それで」
いいじゃん、ぶらぶらしようよ。
手を繋いでさ。
キラの笑顔に、アスランは
「わかった」
そう言って、車を発進させた。
手を繋いであるけば、予想以上に目立った。
目立ってはいたけれど、何も悪いことはしていないのだから、二人は堂々としたものだった。
入った店でじろじろ見られ、小声でアスランの名を囁かれるたびに、キラは自慢げな顔をしていた。
戦争の英雄。ラクス・クラインの元婚約者。パトリック・ザラの息子。
それだけアスランの顔と名は、プラントで売れているのだ。
午後を丸々手を繋いで歩くだけ。
アスランはこっそり、「週刊誌のネタにでもされるかな」と思ったが、キラが楽しそうなのでいいことにした。
なにも悪いことはしていない。
ただ、恋人と手を繋いで歩いているだけ。
だれでもしていることだ。
アスランもキラも、初めてすることだったけれど。
そうして夕刻。
「行きたい店があるんだ」
アスランが言えば、キラは素直に頷いた。
着いたのは、一件の小さなレストラン。
いかにも老舗 といった風格の店構え。
キラの食欲が落ちてから外食は避けていたが、今日だけはどうしてもここに来たかった。
「ここ?」
「うん」
手動のドアを開いて入ると、こじんまりとした店内に、テーブルが並ぶ。
「いらっしゃいませ」
いかにもベテランといった面持ちの男性定員が頭を下げ、ふとアスランを見て
「ああ、ザラさまでしたか」
「覚えておいでですか」
「ええ、よく覚えています」
こちらにどうぞ と案内されたのは、店の奥のテーブル。
「キラはこっち」
と指されたほうにキラは座る。
出されたメニューをアスランは捲らず、
「オムライスと、オレンジジュースを」
二人分、迷わず注文する。
定員も意味を察したらしく、笑顔で「かしこまりました」と奥に去っていく。
「オムライス?」
なんで?
「ここ、俺がプラントに来た日に来た店なんだ」
テーブルに行儀悪く肘をついて、アスランは懐かしそうに店内を見回す。
「変わってないな」
月から引っ越してきて、キラと離れて不安になっていたアスランを励ますために、母が連れてきてくれた。
「父と母が最初のデートで来た店なんだってさ」
「え?」
「俺の起源と言ってもいいな」
そこに とアスランはキラが座る席を指して
「俺が座ってた。両親の時は母が」
「アス・・・」
「連れてきたかったんだけど、なかなか思い切りがつかなくて」
話していたら、注文の品が運ばれてきた。
とろとろ卵のオムライスと、オレンジジュース。
「それくらいなら大丈夫だろ?」
「・・・たぶん」
「無理しなくていいから」
言って、先に口をつけたアスランの顔がほころんで。
「味、変わってない」
うれしそうに言う。
つられてキラも一口食べてみれば、それはとてもおいしかったけれど。
「なんか、アスランが作るのに似てる・・・」
「うん。俺のオムライスはここに似るな、どうしても」
料理っていうのは、覚えているなかで一番美味しいものに似せて作るから。
この卵の質感が出せなくて、コツを料理上手なディアッカに教わったのだ。
「おいしい」
「よかった」
そう言ってキラは、出されたものを綺麗に食べきった。
たぶん、あと一回くらいで終わります・・・。
ネタ詰め込みすぎました。(反省)