「貴様は明日休みだ」
イザークの言葉に耳を疑った。
ここんとこ激務続きでまともな休みを貰った覚えがない。最後に一日休暇を貰ったのは約二ヶ月前。
軍に労働基準法はない・・・らしい。
休みだ と思って溜まった洗濯物と格闘していたら携帯がなって、部下から「すぐに来てください」と泣きつかれること・・・数えたくない。
「緊急招集もなしだ。貴様への連絡は一切禁止してある」
「・・・なんで?」
「ついでに言うなら俺も休みにした」
「は!?」
イザークが休む!? この仕事の鬼が!?
「持ち帰りの仕事もない。俺への連絡はすべてシホにまわすように言っておいた。完全なオフだ」
手元の書類にサインを入れながら、イザークはなんでもないことのように続ける。
「明後日は激務になるだろうが、そこは覚悟しておけ」
「だから、なんでまた」
いきなり休みだなんて。
明日の分は明日やれば、明後日普通に業務ができるじゃないか。
そう言いかけた俺に、イザークはきつい目をさらに吊り上げて睨んできて、
「貴様は明日誕生日だろうが!!」
「・・・・・・・・あ!?」
誓って言うが、ボケはきていない。
最近本当に忙しくて、その日の仕事に追われすぎて、日にち感覚がまったくなかったのだ。
そういえばさっき見た報告書に、3月28日と書かれていた。
明日は3月29日。
俺の誕生日だ。
「そういうわけだ。誕生日くらい、仕事を忘れてもいいだろう」
「で? それにイザークもつきあってくれるんだ?」
にや として言うと、今度こそ殺意の篭った目を向けられて
「貴様の誕生日に俺がいなかったら話にならんだろう!!!」
と惚気を絶叫された。
あーあ、この声、廊下まで筒抜けだろうな。
プラントの制御システムが正常に作動してくれているおかげで、俺たちは無事3月29日の朝を迎えた。
ふつうに「おはよう」と声をかけたら、イザークはちょっと躊躇った後に「おはよう」と小声で返してくれた。
同居している間で朝の挨拶は普通だと思うが、これがまた、同居を始めて半年、イザークが返事をしてくれたのは初めてだったりする。
どうやら今日は完全に俺にサービスしてくれるらしい。
「卵、目玉焼き? スクランブル?」
「オムレツがいい」
「・・・へーい」
横柄な態度は変えないわけね。
顔を洗ってついでに洗濯機のスイッチを入れて、キッチンでオムレツを作る。
同居を始めて半年。イザークは家事をしたことがない。
お互い裕福な環境で育ったせいで家事なんてやったことはないだろうと思われがちだが、俺はこれでもきれい好きだ。
アカデミーにいたころヒステリーを起こしては部屋を散らかすイザークの後始末をさせられていたし、実家にいる間も自分の部屋は自分で掃除していた。
自分の部屋を掃除していた理由は簡単。自分のテリトリーに家政婦を入れたくなかったからだ。
しかも実家の俺の部屋は俺の趣味で和室なのに、最初の家政婦は「畳」の扱いを知らず、掃除機なんかかけやがった。
あれには溜まらず父に直訴してその家政婦を解雇させて、以来新しい家政婦が来ても自分の部屋は自分で掃除することにした。
畳はホウキで掃除するものだと決まってるだろう。常識だ。
料理は必要に迫られて覚えた。イザークに作らせると材料がもったいないどころかかわいそうだからだ。・・・材料が。
プレーンオムレツを皿に移しながら苦い思い出に浸っていたら、イザークがコンロに寄ってきた。
「なに?」
「コーヒーを淹れる」
「紅茶じゃなく?」
「貴様はコーヒーのほうが好きだろう」
ああ、そういうやさしさね。
じゃあ、とケトルで湯を沸かすイザークに、一つの筒を渡した。
「なんだ」
「俺、コーヒーより緑茶が好きなんだけど?」
「パンに緑茶か」
「いーじゃん。淹れてくれる?」
憮然とした顔をして、イザークが茶筒を受け取る。
「大丈夫。最高級玉露なんかじゃなくて、普通のやつだから。普通に淹れてくれればいいよ」
そう言うとイザークはおとなしく食器棚の隅から急須を取り出した。淹れてくれるらしい。
ああ、すばらしきかな誕生日。
イザークがこんなに素直になるなら、毎日誕生日でもいいよ。
たった80日で寿命がきても、もうそれでもいいよ。平均寿命で言ったらあと60回くらいなんだけど。
「メシ食って洗濯終わったら、散歩行こうぜ」
「散歩?」
真剣にお茶を淹れるイザークに、ダイニングテーブルに着きながら、提案してみる。
「近所の公園、桜が咲き始めてるんだ」
「早くないか?」
「今年はなんかやたらあったかいからねー」
「気候システムがイカれたか?」
「単に「地球っぽく」ってことだろ?」
地球でも今年は各地で「暖冬」だったらしい。
おかげで春がくるのが早く、プラントもそれに合わせたように三月中旬ごろからやたら温かくなりはじめた。
「プラントの気候は北半球に合わせてあるからな。そのせいっしょ」
セットしていないせいで垂れ下がった前髪をくしゃりとかき上げると、お茶を淹れてきたイザークがぶすっとした顔をして
「・・・ほかには」
と訊いてきた。
「ちょっと公園でのんびりして、ああそうだ、おまえが観たいって言ってた映画でも行く?」
チケット取ってないけど、なんとかなるっしょ と言うと、イザークの顔がほころんだ。
「・・・行く」
「ん、じゃ、いただきます」
ぱん と手を合わせてから食事を始めるのは俺の流儀。
イザークはそれを見て
「いただく」
と言って、初めて手を合わせた。
すばらしきかな誕生日。
ちなみに。
夜はイザークが予約を入れていた店に食事にに行った。
和食屋(居酒屋なんかじゃなくて、懐石)の個室で酒なんか呑んで、ちょっとほろ酔いなイザークが照れくさそうに包みを取り出した。
「受け取れ」
誕生日プレゼント。
嬉しくなって丁寧にラッピングを剥がすと、長方形の桐箱が出てきた。
蓋を開けると、中身は扇子。
「日本舞踊が好きなんだろう?」
好きっていうか、特技っていうか、趣味っていうか。まぁ、好きで長年続けてたんだけど、最近ご無沙汰だ。
「今度舞って見せろ」
了解の変わりに笑って見せて、開いてみる。
白地に桜があしらわれた、大人しいものだった。
「なんかきらきらしてるんだけど?」
「銀糸が織り込まれている」
ちょっと待って。それ、すげぇ金かかってない?
「いいの? 貰っちゃって」
「貴様がいらんと言うならそれは明日には焼却処分だ」
「ありがたくいただきます」
恭しく頭を下げて、へへっ と笑ってそれを眺める。
「貴様は見た目が派手だからな。せめて大人しく風流なものをと思ったら、いいタイミングで桜が咲いた」
慣れない日本酒に口をつけながらイザークが言う。
「俺が春生まれだから桜?」
「ああ」
「で、イザークのものだから銀?」
調子に乗って訊いたら、かっとイザークの顔が赤く染まった。
酒のせいじゃない。
照れてる。
ああもう、かわいいなぁ。
「ありがと」
「・・・ああ」
個室ってのを逆手に取ってここで押し倒そうかとも思ったけど、理性をかき集めてやめた。明日怒られるのは嫌だ。
「もう一個、ほしいのあるんだけど」
「なんだ」
「イザーク」
ぴた。
止まったのはイザークじゃない。空気。
「帰ったら、イザークくれない?」
にこにこ笑って言うと、イザークは銚子を置いて立ち上がった。
「帰るぞ」
「・・・は?」
「時間がない。帰るぞ」
時計を見ると、午後10時過ぎ。
ここから自宅まで、車を飛ばして15分。
一時間半くらいかぁ。堪能できるかなぁ。
そんな心配をしながら、とっとと退散するイザークの後を追った。
Dさま、お誕生日おめでとう!!(忘れかけてました、ごめんなさい)
イザークの言葉に耳を疑った。
ここんとこ激務続きでまともな休みを貰った覚えがない。最後に一日休暇を貰ったのは約二ヶ月前。
軍に労働基準法はない・・・らしい。
休みだ と思って溜まった洗濯物と格闘していたら携帯がなって、部下から「すぐに来てください」と泣きつかれること・・・数えたくない。
「緊急招集もなしだ。貴様への連絡は一切禁止してある」
「・・・なんで?」
「ついでに言うなら俺も休みにした」
「は!?」
イザークが休む!? この仕事の鬼が!?
「持ち帰りの仕事もない。俺への連絡はすべてシホにまわすように言っておいた。完全なオフだ」
手元の書類にサインを入れながら、イザークはなんでもないことのように続ける。
「明後日は激務になるだろうが、そこは覚悟しておけ」
「だから、なんでまた」
いきなり休みだなんて。
明日の分は明日やれば、明後日普通に業務ができるじゃないか。
そう言いかけた俺に、イザークはきつい目をさらに吊り上げて睨んできて、
「貴様は明日誕生日だろうが!!」
「・・・・・・・・あ!?」
誓って言うが、ボケはきていない。
最近本当に忙しくて、その日の仕事に追われすぎて、日にち感覚がまったくなかったのだ。
そういえばさっき見た報告書に、3月28日と書かれていた。
明日は3月29日。
俺の誕生日だ。
「そういうわけだ。誕生日くらい、仕事を忘れてもいいだろう」
「で? それにイザークもつきあってくれるんだ?」
にや として言うと、今度こそ殺意の篭った目を向けられて
「貴様の誕生日に俺がいなかったら話にならんだろう!!!」
と惚気を絶叫された。
あーあ、この声、廊下まで筒抜けだろうな。
プラントの制御システムが正常に作動してくれているおかげで、俺たちは無事3月29日の朝を迎えた。
ふつうに「おはよう」と声をかけたら、イザークはちょっと躊躇った後に「おはよう」と小声で返してくれた。
同居している間で朝の挨拶は普通だと思うが、これがまた、同居を始めて半年、イザークが返事をしてくれたのは初めてだったりする。
どうやら今日は完全に俺にサービスしてくれるらしい。
「卵、目玉焼き? スクランブル?」
「オムレツがいい」
「・・・へーい」
横柄な態度は変えないわけね。
顔を洗ってついでに洗濯機のスイッチを入れて、キッチンでオムレツを作る。
同居を始めて半年。イザークは家事をしたことがない。
お互い裕福な環境で育ったせいで家事なんてやったことはないだろうと思われがちだが、俺はこれでもきれい好きだ。
アカデミーにいたころヒステリーを起こしては部屋を散らかすイザークの後始末をさせられていたし、実家にいる間も自分の部屋は自分で掃除していた。
自分の部屋を掃除していた理由は簡単。自分のテリトリーに家政婦を入れたくなかったからだ。
しかも実家の俺の部屋は俺の趣味で和室なのに、最初の家政婦は「畳」の扱いを知らず、掃除機なんかかけやがった。
あれには溜まらず父に直訴してその家政婦を解雇させて、以来新しい家政婦が来ても自分の部屋は自分で掃除することにした。
畳はホウキで掃除するものだと決まってるだろう。常識だ。
料理は必要に迫られて覚えた。イザークに作らせると材料がもったいないどころかかわいそうだからだ。・・・材料が。
プレーンオムレツを皿に移しながら苦い思い出に浸っていたら、イザークがコンロに寄ってきた。
「なに?」
「コーヒーを淹れる」
「紅茶じゃなく?」
「貴様はコーヒーのほうが好きだろう」
ああ、そういうやさしさね。
じゃあ、とケトルで湯を沸かすイザークに、一つの筒を渡した。
「なんだ」
「俺、コーヒーより緑茶が好きなんだけど?」
「パンに緑茶か」
「いーじゃん。淹れてくれる?」
憮然とした顔をして、イザークが茶筒を受け取る。
「大丈夫。最高級玉露なんかじゃなくて、普通のやつだから。普通に淹れてくれればいいよ」
そう言うとイザークはおとなしく食器棚の隅から急須を取り出した。淹れてくれるらしい。
ああ、すばらしきかな誕生日。
イザークがこんなに素直になるなら、毎日誕生日でもいいよ。
たった80日で寿命がきても、もうそれでもいいよ。平均寿命で言ったらあと60回くらいなんだけど。
「メシ食って洗濯終わったら、散歩行こうぜ」
「散歩?」
真剣にお茶を淹れるイザークに、ダイニングテーブルに着きながら、提案してみる。
「近所の公園、桜が咲き始めてるんだ」
「早くないか?」
「今年はなんかやたらあったかいからねー」
「気候システムがイカれたか?」
「単に「地球っぽく」ってことだろ?」
地球でも今年は各地で「暖冬」だったらしい。
おかげで春がくるのが早く、プラントもそれに合わせたように三月中旬ごろからやたら温かくなりはじめた。
「プラントの気候は北半球に合わせてあるからな。そのせいっしょ」
セットしていないせいで垂れ下がった前髪をくしゃりとかき上げると、お茶を淹れてきたイザークがぶすっとした顔をして
「・・・ほかには」
と訊いてきた。
「ちょっと公園でのんびりして、ああそうだ、おまえが観たいって言ってた映画でも行く?」
チケット取ってないけど、なんとかなるっしょ と言うと、イザークの顔がほころんだ。
「・・・行く」
「ん、じゃ、いただきます」
ぱん と手を合わせてから食事を始めるのは俺の流儀。
イザークはそれを見て
「いただく」
と言って、初めて手を合わせた。
すばらしきかな誕生日。
ちなみに。
夜はイザークが予約を入れていた店に食事にに行った。
和食屋(居酒屋なんかじゃなくて、懐石)の個室で酒なんか呑んで、ちょっとほろ酔いなイザークが照れくさそうに包みを取り出した。
「受け取れ」
誕生日プレゼント。
嬉しくなって丁寧にラッピングを剥がすと、長方形の桐箱が出てきた。
蓋を開けると、中身は扇子。
「日本舞踊が好きなんだろう?」
好きっていうか、特技っていうか、趣味っていうか。まぁ、好きで長年続けてたんだけど、最近ご無沙汰だ。
「今度舞って見せろ」
了解の変わりに笑って見せて、開いてみる。
白地に桜があしらわれた、大人しいものだった。
「なんかきらきらしてるんだけど?」
「銀糸が織り込まれている」
ちょっと待って。それ、すげぇ金かかってない?
「いいの? 貰っちゃって」
「貴様がいらんと言うならそれは明日には焼却処分だ」
「ありがたくいただきます」
恭しく頭を下げて、へへっ と笑ってそれを眺める。
「貴様は見た目が派手だからな。せめて大人しく風流なものをと思ったら、いいタイミングで桜が咲いた」
慣れない日本酒に口をつけながらイザークが言う。
「俺が春生まれだから桜?」
「ああ」
「で、イザークのものだから銀?」
調子に乗って訊いたら、かっとイザークの顔が赤く染まった。
酒のせいじゃない。
照れてる。
ああもう、かわいいなぁ。
「ありがと」
「・・・ああ」
個室ってのを逆手に取ってここで押し倒そうかとも思ったけど、理性をかき集めてやめた。明日怒られるのは嫌だ。
「もう一個、ほしいのあるんだけど」
「なんだ」
「イザーク」
ぴた。
止まったのはイザークじゃない。空気。
「帰ったら、イザークくれない?」
にこにこ笑って言うと、イザークは銚子を置いて立ち上がった。
「帰るぞ」
「・・・は?」
「時間がない。帰るぞ」
時計を見ると、午後10時過ぎ。
ここから自宅まで、車を飛ばして15分。
一時間半くらいかぁ。堪能できるかなぁ。
そんな心配をしながら、とっとと退散するイザークの後を追った。
Dさま、お誕生日おめでとう!!(忘れかけてました、ごめんなさい)