妄想ジャンキー。202x

あたし好きなもんは好きだし、強引に諦める術も知らない

白いカーネーション

2015-05-10 18:40:35 | ○ひとりごと
もう何年も前、商店街の花屋でアルバイトしていたときの出来事。



母の日当日、8時を回り忙しさが一段落した頃だった。
中学生くらいの女の子が、まだ小さな女の子を連れてきた。
よく似た可愛らしい姉妹だった。
「カーネーションください」
その時間には300本以上仕入れたカーネーションもかなり減っていて、それぞれの色が数える程度になってしまっていたが、姉妹はショーケースを覗きこんでいた。

外にも置いてあるのになんでだろうと疑問に思いながら
「何色がよろしいですか」
と尋ねた答えに納得がいった。
「白です」
年上の姉がまっすぐ前をみて答えた。
それがどういう意味を表すのかはすぐにわかった。
ショーウィンドウのガラス越しに彼女と目があって、胸が抉られる思いだった。



しかし妹が「あの赤がいい」と言う。
姉は「赤はだめだよ。うちは白なの」と諭す。
なお妹はごねて赤を主張する。
今日は母の日だ。
姉妹は店に来る前にも、たくさんの赤いカーネーションとすれちがったんだろう。
母の喜ぶ顔を待つ赤いカーネーション。
妹はついに泣き出した。
「いつも白じゃつまんないよ。お母さん赤のほうが好きだった」
うろ覚えだけど、確かに妹は泣きわめいていて姉も困った顔をしていたと思う。

結局姉は泣いた妹の手をひきながら、白のカーネーションを買った。
1本300円。
私はリボンも白にした。
途中、外から風が吹き込んで、展示兼整理用のカラフルなカールリボンが初夏の夜の風になびいていた。

会計のときもまだ妹は泣いていて、泣き声が店外まで響くくらいだった。
「なんでみんな赤なのにうちは白なの」
「お母さん赤とかピンクのほうが好きだったもん」
「もう白いお花は嫌だよ」
涙を流す妹とは対照的に、姉のほうは泣くのを堪えているようだった。
今日渡した幾多のカーネーションよりも、ずっしりと重いカーネーションだった。


ちょうどそのとき、バックヤードで休憩をとっていた先輩が見るに見かねたらしく、作業場のバケツから、水揚げのときに茎が折れてしまったカーネーション数本を取り出した。
「ちょっと待っててね」
ピンク、レモンイエロー、マーブル、オレンジ、それから赤。
私が水揚げヘタクソだったせいか、ちょうどよく暖色のカーネーションが用意されていた。
素早い手付きでラウンドを組んで、出来上がったのは色とりどりカーネーションのミニブーケ。

その素早さと見事さに呆気にとられた私だったけれど、ボンヤリしている暇はなかった。
「ラッピングして」
と先輩から裸のミニブーケをそのまま渡され、一瞬戸惑ったが
「リボンは何色にしますか?」
「この赤色のリボンで」
答えたのは姉のほうだった。

「はい、どうぞ」
大人の手には小さい小さいミニブーケだけど、その小さな女の子にはちょうどいいサイズだった。
「あ、お代は……」
「結構です」
後ろから先輩が言った。
本当は全然捨てるつもりなんてなくて、あとでアレンジに充分使えるものだった。
でもこのカーネーションは姉妹にあげるべきものだったんだと思う。



姉妹が笑顔で店を出たとき、私は確信した。

花にはたくさんの気持ちがこもっている。
暖かい優しい気持ち。
誰かを笑顔にさせる力。
誰かを想う気持ち。
ブライダルもメモリアルも、人生の大事なシーンには必ず花がある。
そこには人の思いがある。

そんなことを考えた母の日の夕方だった。

コメント    この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« 〇〇なあなたにオススメした... | トップ | カメラかついで空ガールだっ... »

コメントを投稿

○ひとりごと」カテゴリの最新記事