手帳からヘタクソな魚の絵が見つかった。
つたない字のサイン入り。
ええと、これはなんだ。
2005年、夏。夜明にて。
「あたしたーちゃん!ひーちゃん!」
「たーちゃん?ひーちゃん?」
「おとーさんねちゃった!」
「ねちゃた!」
「あらあら。たーちゃんたちは何処に行くの?」
「ごとーじ!」
「後藤寺?」
「おばーちゃんちにいくの!」
「ばーちゃんばーちゃん!」
「そっかあ、おばあちゃんちに行くんだ」
「うん、おとーさんとひーちゃんと3人で行くの!」
「行くの!」
宮崎から乗った夜行バスが、ゆっくりと久留米駅に着いた。
はやぶさが停まっている。
東京~熊本間を12時間以上かけて走る。
時刻表的に彼が今ここにいるのはおかしいけれど、なんでだろう。
東京も懐かしく思えてしまう旅だった。
8月頭に桶川駅を出て、何日経ったかも判らない九州の朝。
たーちゃんとひーちゃんの姉妹にあったのは、その何日か目だった。
青い空のブルートレインを横に見ながら、久大本線は大分へ向けて発進する。
また車両貸切だ。
窓を全開に開けきって風を飲み込む。
ふと目が覚めたら、夜明駅だった。
誰もいない車両に別れを告げて、電車が山に隠れるのを見送った。
静寂の夜明。
そういえばここって日田英彦山線も通ってたっけ。
乗り換えもいいな。
別府温泉もいいけど、門司港に行くのもいいかもしれない。
夜行バスのチケットは・・・どうにかなるか。
ゆっくりと2両編成の車両が近づいてくる。
そのまま外壁に掴まれそうなゆっくりさ。
大げさな音を立てて扉が開いて。
たーちゃんとひーちゃんの姉妹に出会ったのはその瞬間だった。
「でんしゃでんしゃー!」
「おばあちゃんちー!」
可愛い女の子だこと。
ギンガムチェックのワンピースからは、熊のおパンツが覗いている。
ショートカットの子のほうは多分4歳くらいかな。
三つ編みの子のほうはもっと小さくて2歳くらいか。
2人だけ?
って思ったら、ボックス席の片隅で寝息を立てているお父さんがいた。
「こんにちわ」
「こんにちわー!」
「こんちわー!」
お父さんの寝息が聞こえるボックスの隣に、私が座る。
彼女たちもこっちにやってきた。
「あたしたーちゃん!」
「ひーちゃん!」
かわいいな。
「たーちゃんたちはどこにいくの?」
「たーちゃんたちは何処に行くの?」
「ごとーじ!」
それからしばらくたーちゃん(姉)のほうが喋り続けた。
ひーちゃん(妹)のほうも負けじと喋り続けた。
2人は時々思い合わせたように笑う。
コショコショ話をしては、また笑う。
日田英彦山線が北上しながら、3人(お父さんも入れて4人)を運ぶ。
大げさな音をたてて停車してドアが開くそのたびに、ひーちゃんは外を覗く。
たーちゃんはひーちゃんの首根っこを掴んで、まだだよって言う。
「なぁにー、それ」
「ん?」
「そのお人形!」
「ああ、これ?」
いつの頃からか旅にニモをつれていた。
いつだったかのボンボヤージュで買ったお菓子入れだったんだけど。
特に好きなディズニーキャラクターのなかった私は、一番最近に見たのがニモだったからニモを買った。
背中にチャックがついているから、ここに貴重品類を入れる。
そんなに大きくもないから、まくらにも出来る。
枕は貴重品をしまうのに最適の場所だ。
トロと一緒じゃないけど、ニモと一緒を気取ってみたりね。
被写体だったり、背景になってみたり。
私の見た世界を、ニモも見ている。
一人旅のようで、そうでもない旅。
そんなニモが、まさかねえ。
こんな効用があるとはねえ。
「これ?ニモだよ?」
「ひーちゃんしってるー!!あきちゃんちでみたー!」
「たーちゃんもしってるもん!」
「おねーちゃんなんでリンゴもってるのー?」
「リンゴはねー、おなかが空いたら食べるんだよ」
「たーちゃんおなかすいた!」
「リンゴ食べたい?」
「ひーちゃんもたべたい!」
ああ、果物ナイフ持っててよかったなあ。
小さな折り畳みナイフを取り出して、リンゴのヘビを作って。
「ほらっ!」
「うわっ!ヘビだ!」
「ヘビだ!」
「はい、ウサギさん」
「わー!ウサギさんだー!!」
「かわいー!!」
「おねーちゃんありがとー!」
「どーいたしまして」
本当は、食料で買ってあったリンゴだけど。
全部むいちゃった。
たーちゃんもひーちゃんも、ウサギさんでひとしきり遊んだあと、数口で食べちゃった。
おなかいっぱいになったら眠くなったのか、ひーちゃんがたーちゃんによっかかって、たーちゃんがひーちゃんによっかかって、どちらからともなく寝始めた。
ああ、かわいいな。
私にもこんな時代があったのかな。
いやもっと憎たらしかったかな。
おばあちゃんちかぁ、いいなあ。
家族っていいなあ。
いつのまにか、ウサギはいなくなっていて。
いつのまにか、車窓は都会だった。
北九州工業地帯をかけぬけている。
「まもなく小倉ー小倉ー」
たーちゃんとひーちゃんとずっと寝ていたお父さんの目的地だった田川後藤寺駅はとっくに過ぎていた。
小倉か。
門司まであと少し。
「・・・・・・」
優しい顔をして寝ていた姉妹の姿は跡形もなく。
目の前には高校生が座っている。
あれは夢だったのかって一瞬思って外を見たけれど。
コンクリートの町並みが、夜明の山に見えて。
やっぱり窓辺にはヘビになったリンゴの皮が残されていて。
電車の降り際にニモから切符を取り出したら。
ニモの手に、ヘタクソな魚の絵が描いてあった。
2枚。
サイン入りだって。
たーちゃん。
ひーちゃん。
おねーちゃん。
ヘビさん。
ウサギさん。
いつのまに書いたんだろう。
きっと私より先に目覚めたんだなあ。
夢じゃなかったんだな。
ニヤニヤしていたら、女子高生に怪しまれた。
間もなくして、列車はまた大げさな音をたてながら小倉駅に滑り込んだ。
1年後でもなんでもない日にそんなことを思い出して、またニヤニヤした。
ニモの絵、サイン入りをアルバムにしまった。
つたない字のサイン入り。
ええと、これはなんだ。
2005年、夏。夜明にて。
「あたしたーちゃん!ひーちゃん!」
「たーちゃん?ひーちゃん?」
「おとーさんねちゃった!」
「ねちゃた!」
「あらあら。たーちゃんたちは何処に行くの?」
「ごとーじ!」
「後藤寺?」
「おばーちゃんちにいくの!」
「ばーちゃんばーちゃん!」
「そっかあ、おばあちゃんちに行くんだ」
「うん、おとーさんとひーちゃんと3人で行くの!」
「行くの!」
宮崎から乗った夜行バスが、ゆっくりと久留米駅に着いた。
はやぶさが停まっている。
東京~熊本間を12時間以上かけて走る。
時刻表的に彼が今ここにいるのはおかしいけれど、なんでだろう。
東京も懐かしく思えてしまう旅だった。
8月頭に桶川駅を出て、何日経ったかも判らない九州の朝。
たーちゃんとひーちゃんの姉妹にあったのは、その何日か目だった。
青い空のブルートレインを横に見ながら、久大本線は大分へ向けて発進する。
また車両貸切だ。
窓を全開に開けきって風を飲み込む。
ふと目が覚めたら、夜明駅だった。
誰もいない車両に別れを告げて、電車が山に隠れるのを見送った。
静寂の夜明。
そういえばここって日田英彦山線も通ってたっけ。
乗り換えもいいな。
別府温泉もいいけど、門司港に行くのもいいかもしれない。
夜行バスのチケットは・・・どうにかなるか。
ゆっくりと2両編成の車両が近づいてくる。
そのまま外壁に掴まれそうなゆっくりさ。
大げさな音を立てて扉が開いて。
たーちゃんとひーちゃんの姉妹に出会ったのはその瞬間だった。
「でんしゃでんしゃー!」
「おばあちゃんちー!」
可愛い女の子だこと。
ギンガムチェックのワンピースからは、熊のおパンツが覗いている。
ショートカットの子のほうは多分4歳くらいかな。
三つ編みの子のほうはもっと小さくて2歳くらいか。
2人だけ?
って思ったら、ボックス席の片隅で寝息を立てているお父さんがいた。
「こんにちわ」
「こんにちわー!」
「こんちわー!」
お父さんの寝息が聞こえるボックスの隣に、私が座る。
彼女たちもこっちにやってきた。
「あたしたーちゃん!」
「ひーちゃん!」
かわいいな。
「たーちゃんたちはどこにいくの?」
「たーちゃんたちは何処に行くの?」
「ごとーじ!」
それからしばらくたーちゃん(姉)のほうが喋り続けた。
ひーちゃん(妹)のほうも負けじと喋り続けた。
2人は時々思い合わせたように笑う。
コショコショ話をしては、また笑う。
日田英彦山線が北上しながら、3人(お父さんも入れて4人)を運ぶ。
大げさな音をたてて停車してドアが開くそのたびに、ひーちゃんは外を覗く。
たーちゃんはひーちゃんの首根っこを掴んで、まだだよって言う。
「なぁにー、それ」
「ん?」
「そのお人形!」
「ああ、これ?」
いつの頃からか旅にニモをつれていた。
いつだったかのボンボヤージュで買ったお菓子入れだったんだけど。
特に好きなディズニーキャラクターのなかった私は、一番最近に見たのがニモだったからニモを買った。
背中にチャックがついているから、ここに貴重品類を入れる。
そんなに大きくもないから、まくらにも出来る。
枕は貴重品をしまうのに最適の場所だ。
トロと一緒じゃないけど、ニモと一緒を気取ってみたりね。
被写体だったり、背景になってみたり。
私の見た世界を、ニモも見ている。
一人旅のようで、そうでもない旅。
そんなニモが、まさかねえ。
こんな効用があるとはねえ。
「これ?ニモだよ?」
「ひーちゃんしってるー!!あきちゃんちでみたー!」
「たーちゃんもしってるもん!」
「おねーちゃんなんでリンゴもってるのー?」
「リンゴはねー、おなかが空いたら食べるんだよ」
「たーちゃんおなかすいた!」
「リンゴ食べたい?」
「ひーちゃんもたべたい!」
ああ、果物ナイフ持っててよかったなあ。
小さな折り畳みナイフを取り出して、リンゴのヘビを作って。
「ほらっ!」
「うわっ!ヘビだ!」
「ヘビだ!」
「はい、ウサギさん」
「わー!ウサギさんだー!!」
「かわいー!!」
「おねーちゃんありがとー!」
「どーいたしまして」
本当は、食料で買ってあったリンゴだけど。
全部むいちゃった。
たーちゃんもひーちゃんも、ウサギさんでひとしきり遊んだあと、数口で食べちゃった。
おなかいっぱいになったら眠くなったのか、ひーちゃんがたーちゃんによっかかって、たーちゃんがひーちゃんによっかかって、どちらからともなく寝始めた。
ああ、かわいいな。
私にもこんな時代があったのかな。
いやもっと憎たらしかったかな。
おばあちゃんちかぁ、いいなあ。
家族っていいなあ。
いつのまにか、ウサギはいなくなっていて。
いつのまにか、車窓は都会だった。
北九州工業地帯をかけぬけている。
「まもなく小倉ー小倉ー」
たーちゃんとひーちゃんとずっと寝ていたお父さんの目的地だった田川後藤寺駅はとっくに過ぎていた。
小倉か。
門司まであと少し。
「・・・・・・」
優しい顔をして寝ていた姉妹の姿は跡形もなく。
目の前には高校生が座っている。
あれは夢だったのかって一瞬思って外を見たけれど。
コンクリートの町並みが、夜明の山に見えて。
やっぱり窓辺にはヘビになったリンゴの皮が残されていて。
電車の降り際にニモから切符を取り出したら。
ニモの手に、ヘタクソな魚の絵が描いてあった。
2枚。
サイン入りだって。
たーちゃん。
ひーちゃん。
おねーちゃん。
ヘビさん。
ウサギさん。
いつのまに書いたんだろう。
きっと私より先に目覚めたんだなあ。
夢じゃなかったんだな。
ニヤニヤしていたら、女子高生に怪しまれた。
間もなくして、列車はまた大げさな音をたてながら小倉駅に滑り込んだ。
1年後でもなんでもない日にそんなことを思い出して、またニヤニヤした。
ニモの絵、サイン入りをアルバムにしまった。
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