毒 花子が雅子様から学ぶこと

ふと気が付いた。皇太子妃殿下である雅子様から学ぶべきことが非常に多いことを。毒 花子、開眼で御座います!

初めから違っていた。

2015-01-11 18:44:18 | 雅子妃殿下

なぜ皇太子夫妻に対して疑問を感じるのか、何がこうも不快に感じるのだろうかと己に問うたとき、
皇太子夫妻の問題はなにか?と考えたとき、公より私が優先されているように感じるところよね。
皇室においては、まずは皇太子と皇太子妃としてのお務めを果たすべきだと思うわ。

独身の頃の皇太子殿下は、皇族らしいなぁって花子は思っていました。
今のような顔つきではなく、もっと穏やかなお顔でしたわね。。。
でも様々な発言を今改めて読んでみると、あれあれ?って思うことが出てくる。
あの頃、皇族らしいなぁと感じたのは花子の幻想だったのねw
回りがフォローして『皇太子』という姿を作り上げていたからこそだったのね。

では常に比較される、雅子様、紀子様の皇族の一員となった日について書いてみようw
そこから見えてくる違い、現在の状況の一端でも見えてきたらいいなぁと思いつつ。。。

雅子様がまだ雅子さんだったとき、自宅前でにこやかに取材陣に対して答える姿。
その様子をテレビで観ていて「なんだ?この人」と、漠然とではあるが思ってはいた。
ファッションショーじゃあるまいに、とっかえひっかえブランド披露。
お嬢様なんだろうけど、花子の思う想像するお嬢様とは明らかに違っていた。
つまりだ!花子の中にあった『皇室に入られる人』はこういう感じっていうのとは違う人だったのねw

あの激しく記者に食って掛かったあの人が、こうなるの?とも思っていたわよ。
また小和田夫妻の何ともいえない雰囲気、顔つき、そしてあのコンクリ御殿w
コンクリ御殿からして人を寄せ付けないような、冷たさを感じる代物だった。



 

 



花子は紀子様のときも、雅子様のときもテレビで観たのだけど…
紀子様のとても緊張した様子と、不安やいろいろなものが混じった表情が印象的だった。
と同時に、とても初々しいなぁとも感じたし、この方は皇室向きな方だとも思った。

雅子様のときは、なんだか変に堂々としていて『アテクシは皇太子妃なのですからぁぁぁぁぁぁ』って声が聞こえてきそうなっていうかw
おそらくあまり深く自分の置かれた立場を考えていなかったような気がする。
パレードの時も皇太子殿下とくっちゃべっていて、お手振りとお顔が違う方向。
手を振っとけばいいんでしょ?かーんたん!的なものを感じたわ。

自分の置かれた立場、この場合、皇太子妃とか宮妃とか関係なくね、皇室の一員となるということはどういうことか、
そう深く考えられた方と、考えられなかった、考えることすらしなかったという違いがあるように思う。
下衆な言い方をすれば、皇室をなめてたんと違いますか?ってことね。

いや~なんか雅子様を思うと、マリー・アントワネットを思いだしなんだか似てね?って思ったりもするんだけど、
それはマリー・アントワネット様に失礼よねwwだって彼女はファッションリーダーではあったし、子供のことは大事に思っていたわw
雅子様はファッションリーダーにはなり得てないものねw真似したくないし。
愛子様のことも大事に思っているという風には見えない、悲しいかな。。。
でも浅はかさ、思慮が足らないといった点では似てるわよね。
あらw話が脱線してるわww

こうやって書いて画像を並べてみると、紀子様、雅子様の違いは初めからあった。
同じ帰国子女であっても大和撫子の心根を持った方と、そうではなかった方。(ご両親の考え方、教育方針の違いも大きいわね。)
この違いは現在の状況をよーーーーーく表していると思う。



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2 コメント

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違和感 (まめはな)
2015-01-13 13:15:56
私が最初に雅子氏に違和感を感じたのは、パレードで徳仁氏(不敬だけれど、このお二人にもう敬称をつけたくないので…)とおしゃべりしている場面が映った時でした。見に来ている国民に対して失礼ではないかな~、と思ったのです。でも、すぐに忘れてしまい、その後はあまり気にしていませんでした。次に「?」と感じたのは、外国行きたい会見。この人の言う皇室外交って、海外旅行のことなのではないかと、疑いを持ちました。雅子氏は、時々堅苦しい式典で座って、お手振りをしていれば、きれいな服を着て美味しい物を食べ、行きたいときに行きたい国へ行き、社交界の華になって白人男性とラブアフェア出来ると勘違いしていたのでは、と。でも、今、その下世話な想像が あながち間違っていなさそうなことを哀しく思ってます。
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Re.違和感 (花子)
2015-01-14 00:02:39
まめはなさんもあのパレードで、違和感を感じましたか。
例えば沿道に並ぶすごい数の国民をみても、緊張感も、身が引き締まる思いとかも感じられなかったですね。

外国に行けないことに慣れるに、努力がいった発言にもびっくりしました。
それって努力がいることなん?と。。。

初め(婚約内定会見)から喉に刺さった小骨のように違和感満載でしたね。
今や、お言葉だけでなく行動も捨て置けないところにまできてしまっています。
あとは、神がどう判断されるか…不安です。
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