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国際貿易研究ゼミ(横田ゼミ)

早稲田大学商学部国際貿易研究ゼミの公式ブログ。
今年度も8期生の募集を行います。

インドの車窓から

2016-11-14 03:03:14 | 日記
インドで貨幣が使えなくなった。正確に言うと高額紙幣(500ルピーと1,000ルピー紙幣)。
そう、あれは先週火曜日の夜の事。

騒がしい嫁(同居人ですな)を横目に適当に返事をしながらぼけーっとしていた。
「お札が使えなくなるらしいよ」
「ふーん」
「ねえ聞いてる」
「あ、うん」
「お金が使えなくなるんだって!」
「へえ」
「何その反応、真剣に聞いてる?」
「あー。うん」
「明日からどうやって暮らそう・・」
「ふーん」
とまあ、こんな調子だった。
なんと成熟した会話なのだろう、と驚くことなかれ。
私は何もしてなかったのだ、この会話の間。ただ、ボーっとしていた。
よくもまあ、こんな無関心を装えますね、と。

というのも、この話、実は帰ってくる直前にYahooニュースの小見出しだけを見て知っていた。
「インド 高額紙幣の使用を禁止」
的な題を見て「またはじまった」と思った。

何がどうして高額紙幣の禁止をそんなすぐにやる必要があるのかと。、そう、私は高を括っていたのだな。
またインド人がおかしなことを言っている。
大体、インド人が簡単な報告書、紙一枚作るのも数日も掛かるのに
紙幣の利用停止、順次交換だなんて上手くいくわけがないと、その話は終わったことになっていた。

がしかし次の日から様子が一変する。
首相は前日に、なんと今日限り(←つまり「昨日です」)で上記2種類の高額紙幣が法的効力を持たなくなると宣言したらしく、
次の日(←つまり↑の夫婦間の会話が交わされた翌日)から高額紙幣は文字通り「紙切れ」になってしまった。
(むろん、持っている旧紙幣は銀行に行けば変えてもらえるため、価値0になったわけではない。)

これはすごい。この日からどこのだれもが高額紙幣を受け取らなくなった。
あんなに徹底することができないインド人の徹底ぶり。どこにそんなDisciplineが隠れていたのだ?
信号一つ、進行方向一つ、約束の時間一つ、レーンの一つ、順番一つ守れない人たちが。
(うむ、これだけでも5つ守れていないな。)

で、銀行のATMは軒並み「Out of service」と表示され、文字通り紙幣を手に入れることもできなければ
紙幣を差し出すことすらできなくなってしまった。なんということだろう。

これまで世界史の教科書や経済学の教科書で通貨の価値が大暴落して云々ということを散々見聞きしてきたが
まさかこんなことがおこるとは。
かつて岩井克人は「お金は将来お金として他人に受け取られることを前提としたもの」だとどこかで
書いていたような気がした。いまはこれが通用しなくなっている事態なのだ。
お金をお金足らしめる動機、「他人の欲求の対象にならない」という事態。
悲劇だ。

ということで、「タンス預金」をしていた農村の人が正当な自分の財産
(という事になっているが、ちゃんと税務申告されていたのかは分からない)が全て紙くずに
なったと勘違いをして命を絶ったという事件も発生している。

当の問題発言をした首相は翌日から日本に外遊。海外逃亡。

これぞインド人の為すワザ。「あとはやっておいてくれ」作戦。
「指示をしたのは俺だが混乱を招いたのは俺のせいじゃないよ」作戦。
「ここまではおれっちの仕事、あとは知りません」作戦。

まあ、日本の「中間管理職」とかいう役職の歯車と同じですな。(ん?)

で、原子力の輸出について大体的に日本と提携するだのなんだの。

ここ最近猛烈に酷くなる大気汚染で視界が悪くなり、手元紙幣も使えなくなり周りもお先も真っ暗で、
原子力の力で火を灯すという笑えないジョークのつもりだったりするのだろうか。

話を元に戻す。
で、新聞上では、じきに新札が登場するということになっているが、またこれが時間がかかるわけで・・・。
と思ったらなんとその次の日には隣の銀行に新札が届いていた。

新2,000ルピーにはGPS機能が備わっているという都市伝説まで流れるオマケつき。
これでタンス預金・簿外で現金をためている人を追跡、追徴課税を掛けるとか掛けないとか、そういう話らしい。
(あとは隣国パキスタンに潜んでいるテロ組織が日夜生み出しているとされる偽札の対応も兼ねているとか。。)

とまあ、この数日間でのフィーバーっぷりはすごく(酷く、というべき?)当然のごとく日本人の間での
会話は雪の日の通勤を振り返るが如く定型化していて、そして振り返る度に微妙に話が盛られていたりする。

アメリカの大統領選には目もくれず、インド国内は大気汚染とこの新札導入騒動でお祭り状態。

トランプは大統領選が終わった後に「Together」を強調してこれまでの主張をひっくり返すような様子を見せているらしい。
トランプはひっくり返すとハートのエースもジョーカーも同じになってしまうからとか、そういう話なのだろうか。

新2,000ルピー札へのGPS装着の真偽は分からない。
見た目はGPSなんて付いていないように見える。
が、ガンディの描かれた新2,000ルピー札をひっくり返すとそこには人工衛星のような奇妙な絵が描かれている。
GPSを暗に示しているのだろうか。私には分からない。

どうせなら、GPSと分かるめちゃくちゃごっつくて分厚い紙幣にしてくれたら、みんな持ち歩かず、
銀行に預け入れて、全ての決済は銀行口座・またはスマートフォン上を流れるパルスによって行われる電子決済になって、
そうなれば偽札も、脱税も一気に解消できるのではないか、と思うのだけれども。

ジョーカーのないトランプが楽しくないように、アンダーグラウンドの余地がない貨幣は
ひょっとしたら使い物にならないのかもしれませんね。

権利と理性の狭間

2016-06-26 05:06:17 | 日記
皆さんこんにちは。

25日は無事にゼミナビが行われたようで、何よりでございます。
現役大学生のゼミ生がいない、当ゼミは既にお年を召された
社会人の5期生が一生懸命に勧誘活動をしていたことと思います(想像です、全て)


私はそんな状況をTwi〇〇erという文明の利器を使い、どんなTLが流れるのかを
遥か彼方からスクロールをしていました(相当な暇人)
(残念ながら、当ゼミ関連のTLは流れていませんでしたが。。)


さて、そんな彼らの努力が奏功したのか、
このブログ、このHP、アクセス数が上がっております。
素晴らしい。ということは、ここで当方の文才をいかんなく発揮すれば、
まさかまさかの現役ゼミ生がいないのに、倍率が一番高いゼミなんてことに
なるのでないかということに気づき、早速Key boardを叩いている次第。

さて、私は今、某アジアの国にいるわけですが、
当ゼミの卒業生は日本はもちろん、色んな所にすでに活躍の場を広げております。
タイ、インド、カンボジア、ドイツ、アメリカ(これは先生)、
あとどこだっけ、、夢の国とでも書いておくか。

そう、グローバル人材の供給地となっている横田ゼミに入れば、夢の国含めて
行先が色々とあるという事です。

以下、今回のお話。

さて、そんな横田ゼミ生もびっくりする事態、EUからUKが離脱、してしまいました。

これから世の中はどうなっていくのでしょう。
確か、当方のチーム研究はEUが経済成長を後押ししているのか否かということだったような・・・。
うん、そうだったぞ。そして、EUは確かに経済成長を促していた、気がする。
但し、輸出産品を持っている国であれば、、というようなことだった。

さて、英国はどうなんだろうか。
英ポンドを維持していた彼らからすると、EUなんてものは元々鬱陶しいうえに、
移民がわんさか入ってくるわで、百害あって一利なしという事か??

「栄光ある孤立」に先祖返りしたという事かしら。
(そして、アジアの番犬はわれらが日本?)

これからEU離脱を表明(標榜?)する国々が増えて、各国が独立した政治・金融システムを
持つようになる、と。そういうことかしら。

そういえば、誰かが金融の要点ってのはカネの流通であって、
カネの供給元である中銀・政府は常にシニョレッジによって利益を生み出すことができて、
そのことがその通貨の信用性を脅かし、云々という話をしていた。


通貨が信用を得られる範囲で、通貨供給量を決めなければ紙幣は当然のことながら紙切れになるわけだ。
その最低限の手続きについてはルールが、どの時代にも、どの国にもあって、それが機能しているうちは、
多少の差はあれ平穏な時代を過ごせる。

が、一たび箍が外れた時には・・・。

そして、行き着く果てはハイパーインフレである、と。
ハイパーインフレによって貨幣の信用を失い、政府も信用を失ったケースは枚挙に暇がないとかなんとか。。

なるほど。分かったようで分からない話である。
であれば、カネを発行する権利に先行するものはルール以前に理性だけということだろうか。

さよう。カネの話はこれほどまでに難しい。そして、カネには常に利権が絡んでいる。
仕方のないことだ。

某アジアの国にいると、そのことがよく分かる。
人はカネで動いている。いや、カネ以前にカネを表す数値で動いている。
もっといえば、カネですらなく、電子機器間でやり取りされるパルスだけでも人の心を動かすに
足るのかもしれない。
とすれば、そこにはカネではなく、カネの信用があれば事足りるのかもしれない。

信用、それはルールによって守られている。が、ルールあるものは必ず破られ、
ルールは必ず時代に追いつかない。であれば、ルールなき時には何が必要か。

それは、理性だったりする。当たり前だけど。

何が言いたいかって?

そう、権利に勝るのは理性しかない、ということです。

信用を担保するのは理性しかないんですね、これが。

はい、これが言いたかったから書きました。

ん?意味が分からないと。

詳しいことはここでは書けません、気になる人はゼミに入ってから話しましょう。

きっと、横田ゼミには理性があって気骨がって夢の国に行ってやる!くらいの野望を持った人が
合っているという事です。

(ちなみに上で何回も出てきている「夢の国」は、浦安にある某ネズミーランドのことではありません。)


では。

ネズミが出ないことを祈ってあと一年、ここで静かに暮らします。。

空白のあと

2016-01-31 16:17:48 | 日記
このブログ、約1年ぶりの更新です。
果たしてどの程度、誰が見ているのかもはや把握できませんが、
書きましょう。と、書き始めたものの、ゼミのブログであるからして、
ゼミのことを書こうにも、もはや我々みんな社会人です。

さて、何を書くか。
そういえば、今年我らが大将、横田先生がゼミ募集を始めるとか始めないとか!
ということで、空白期間があった我らのゼミですが再開も近そうですね。
募集開始にあたっては、

まず募集したところで人が集まるのか?
てか、横田ゼミなんて知らんぞ?
貿易?今時Tradingぐらいのパンチ効いた横文字入ったゼミじゃないとなあ。
先輩達って言っても四捨五入したら30歳だろ?ギャップ感じちゃうよね。
国際貿易、って国際じゃない貿易あるのか?

くらいの反応は当然あるだろう。
で、とりあえずどんなゼミなのか調べるべく、このブログに行き着く、と。
そういうことになる。
で、世界一になる、とか小学生もびっくりの言葉が踊っている。
うん、怪しい。

が、我々の所属する商学部は明らかに世界を目指して
カリキュラムも組まれいるし、学部長も留学云々と、
今年の年頭挨拶に書いていた(気がする)。

世界を目指す上で、当たり前だが、世界を知るのみならず
世界基準のマインドセットを持っている事は間違いなく必要だ。

一番になりたい、と思った人間が必ずしも
一番になれるわけではないが、一番になった人間は
一番を目指していた過去があるはずであって、
それは、プロ選手がいつかまではプロを夢見てアマチュアとして
活動していたという事と同様に、必然だ。
プロはアマチュアからしか生まれないし、
一番は一番を目指すところからしか生まれない。

その意味で、オンリーワンであることを良しと
歌い上げた某グループが解散騒動にあたって、計らずも
余人をもっては代替不可能である(オンリーワン)グループだと
証明されたのは、やはりナンバーワンのグループであるから、
と、そういうことであるのだと思う。

オンリーワン賛美の歌は、オンリーワンの
美しさを語るけれど、それが何かを保証してくれることはない、
という事ですね。
理念としてのオンリーワンはお花畑以上に美しいけれど、
どうせやるなら、一番だと、そういうことです。

さよう、一番というのは非常にマッチョな思想であり、
その実、何をもって一番というのか、非常に難しかったりする。

それは、各代で話し合って自分たちなりの一番を目指せばいいと思います。
ん?自己満足じゃないのかって?

そう、自己満足です。

が、学生生活最後の2年くらい、
そういうのも悪くないと思います、個人的には。

さて、6期生はどんな人が来てくれるだろうか。
ゼミ面接に日にはインドから帰国して手伝う所存。

横田ゼミは勉強します。大変かもしれません。

ゼミナビも参加できない中、沢山の募集が集まるかは
主にこのブログ上でフェアに展開されるロビー活動次第、と、
そういうことですね。
ちえ、さちあたりが、どんな人が横田ゼミに必要なのか書いてくれるでしょうから、
今日はこの辺で。
では。



卒業っていう非日常なリアル

2013-03-30 01:53:21 | 日記
こんばんは。これが、多分、学生としては最後の投稿になることでしょう。。
三期生のしゅういちです。
ずいぶんとお久しぶりですね。このブログやら、HPを定期的に見ているという不思議な人がいると仮定して、まあ、その人をずいぶん待たせてしまったな、という感じです。
世の中の大半のことを支えているのが無根拠な正義感だったり使命感だったりするわけですね、これもその一例ですよ、言ってしまえば。

で、今回のお題はというと、そう、卒業。

俺たち三期生も、生意気に、一人前になって社会に旅立つ日が来ました!!

オバマ大統領は、大統領に就任した時のスピーチで、The time has come ~を連発していたと記憶していますが、まさに、それ。

先日、無事にかわいいかわいい後輩たちに見送られ、見届けられ、学位授与式及び卒業式を執り行うことができました。


うん、四期生とは本当によく話したし、いろんな思い出が色んな人とあるね~。

三浦海岸に行ったり、チャラいチャラいと言われた「ゼミ合格おめでとうメール」を送付して、四期生との架け橋になったり。

うん、今では踏み台状態だよ、はは。

その中で一番腑に落ちないのは、じゅりと誕生日が同じだという事を久美子に非難されたこと。
いやー、そこを責められてもねえ(>_<)

知り合った次の日からあきと一緒に授業受けてたりね(笑)

うん、俺みたいな適当な性格だと不可思議なことが起こりまくるんですよ、ま、それもまたいとをかし。

で、卒業ってなると、やっぱり寂しいものですね。

普段の飲み会とか、先生の話とか、「次がある」と思うから寂しさなんてのは感じないけれど、やっぱり、最後というのは少し違う。

ひょっとしたら、万が一、これが本当に最後かもしれないな、ということが頭をよぎるんですねえ。

小学校も、中学校も、高校も卒業したはずだけど、大学の卒業ほど「一生で最後かも」と頭をよぎることはなかったかな、とふと思います。

きっと、大学生っていうのは微妙に暇で、いや、多大に暇で、小中高の友達ともその気になれば会える、ということを無意識に知っていたのかもしれませんね。

小学生がそんなことをしているわけないけれど、でも、小学生の時はただ寂しいだけで、それに中学も高校も行くだろうな、と思えれば教室に通って、そこそこの量の友達を作って、・・・と考えられるから変化に対する寂しさは大学4年生が感じるそれとは質が違うのも当然のことかもしれない。

で、その大学はというと、同じ趣味やら趣向を持ち合わせた人たちとなんとなく仲良くなり、ゼミ仲間となり、、、なんてやって、それでいて、学生最後の道を粛々と歩んでいて。

「学生生活あと〇年」というカウントダウンがいきなりリアルになってきて、気づけばそのカウンターは単位が年から月に変わり、そしていまでは日に変わり・・・。

いや、正確に言えば、僕たちはもう無職なのであろう。卒業をしたし就業していないから。

この春三月は僕たちにとって最後の夏休みだったりする。
それは、甘い大学生活を夏休み的と称するのとは違った意味でのそれである、気がする。

この現実は思ったよりも残酷で、凄惨で、それでいて虚無であったりする。

うん、いつしか真面目な話になってしまった。まあいい、最後くらいは真面目な話をしよう。

それは、社会でやっていけるかな、とか、上司変な人じゃないかな、とか、お嫁に行けるかな(俺はお嫁に行かないけど・・・)、とかそういう陳腐なレベルのお話ではなかったりする。

ただ、学生でなくなるその事実が寂しかったりするわけですよ、わかるかな、ボーイズ&ガールズたちよ。

将来に対する漠然とした不安よりも、充実した学生生活に対する惜別の念。

そう、これがリア充大学4年生が感じることだ。

でも、そんな中でも俺たちゼミの三期生は幸福だったりする。

ゼミの後輩がいて、戻るべきところがあるから。

誰かが、生きている人と死人の関係を、生きている人側から見て「死人は、弔われて初めて存在するとは別の仕方で存在し始める」と言い表したことがあった。

これは、生きている人と死者の関係だけでなく、在校生と卒業生の関係にも当てはめられることができる。

きっと、ああこんな先輩いたよな~なんて思ってくれる後輩(もちろん、先輩、同期もそうだけど)がいるだけで、俺たちOBOGはそこに存在するのとは別の方法で存在し始めて、普遍的な存在価値を増すことができる。

所詮、身体は一つしかないのだから、自分の存在価値を高めたいと思うのなら、自分のいないところでも「ああ、あいつってこんなんだったよね」と言われて話題になった方が手っ取り早いよ、と、それくらいの意味ですよ。

ちなみに、自分のかけがえのなさ、とか、自分にしかない大切な思い出、とか、余人を以ては代えがたい存在になる、なんてものは案外、そういう小さな一歩から始まったりする、と思っているのは俺だけですかね、すみません。

話を元に戻そう。
だから、この駄ブログは、自分の存在を思い出してもらうための一つの遺品だったりする。

と、考えると、ブログを書きまくった俺は遺品だらけの古代エジプトの金持ち状態なわけだ。

発掘されるたびに、話題になって古代への関心が向けられ、謎が解明されたり神秘的だと神格化されたりする、それと同じ。

この醜い作品を見るたびに俺の事を思い出してくれる先輩や後輩や同期がいる、(はずである)、となると、それはありがたい以上の何物でもない事態だ。
まことに俺は利己的な人間なので、そういう計算高いところは自分でも褒めてあげたい。

俺たち三期生のためにあんなに後輩が集まってくれたことを、きっと、いや、絶対に同期の他の9人は感謝していると思う。
あんなに集まってくれたのは本当に感動でしたね。

三期生は後輩にも、そして、多分先輩にも思い出されることがよくある代であったと思う。もちろん、先生にも。

俺たちの普遍的な価値、これがどんな価値なのかはよく分からないけれど、それがこれからも止むことなく上がり続けることを祈念して、そしてゼミでお世話になった全ての人々をいつまでも忘れずに、お互いの価値を高められるような先輩後輩関係でありたいね、もちろん、同期も含めて。

とりとめがなくなってしまったが、社会人になってからも、このブログ、見に来るので誰か書いてね(笑)

そうすれば、自分の恥ずかしい文章が後世にまで残るけど、まあ、それもそれでいいと思うよ、ブログを書くことのメリットは、書いておいたから(笑)

あとは、まあ、どうにかしてくれ(笑)じゃ。

あと10日で卒業*

2013-03-15 11:09:38 | 日記
春休み中のみなさん、こんにちは^ - ^
ゆっこです!

ただいま、スカイライナーにゆられております♡
最後の海外卒業旅行に向かってるのです。


そういえば前々回くらいのブログで、旅行先に悩んでるんですと書いたなー。
学生でいられるのもあと少しだなー。

ということで、空港に着くまでに書きたいと思います!



ちなみに私の春休みは、
ドイツ・エジプト・アメリカ・フィリピンとなりました^ - ^
帰国そして翌日出国、ということを繰り返しても元気です♡

インドとモロッコでの経験が私を強くしたのか、
エジプト旅行注意には「優しそうな顔なのに、強いんだね」と
初代海猿のおじさまに言われてしまいました。。。

他の三期生はどこへ行ったのですかね?
慈は今、南米のどこにいますかね?



修一のブログをさっき読み返したこともあり、
卒業まであと10日ということもあり、
なんだかしんみりしてしまいます。。。

横田ぜみライフは、どきどきのゼミ面接から始まり
(もはやビーズクッションは良い記憶です♡)
本当に色々なことがあって、思い出たくさんです!


どの出来事を思い返しても感じることは、ゼミ生の優しさですね^ - ^
辛い時でも気遣いと優しさを失わないなんて、本当にすごいなーと。



1人ひとりキャラが異なる自由人な三期生、
私がわちゃわちゃしてると邪険に扱われることもありますが笑
本当に大好きです♡

横田先生と、先輩方と、後輩のみんなと、
2年間も関わらせて頂くことが出来て嬉しいです。
有難うございました!!
卒業後もよろしくお願いします*


書きたいことはたくさんありますが、
もう空港に着いてしまうので、終わりにします!

このブログから、感謝と愛情が少しでも伝われば嬉しいです^ - ^


追いコン、楽しみにしてます!
では、綺麗な海を見に行ってきます*