この前いちびって大阪弁で書いてみた。というのも、香港の友人たちとの会話を訳すたびに、どうもしっくりこない感じがあったからだ。つまり大阪弁を無理矢理東京弁にしているみたいな感じと言ったらいいだろうか。ちょっとすっきり過ぎるというか、広東語独特の臭いや味が出てこない。
それで、ふと、ひとつ広東語は大阪弁にしてみたらどうだろうか、という考えがぽっと浮かんだ。あのしゃべりまくりの迫力は実際大阪弁こそ似つかわしい。それに広東語は上海語と並び中国の強力な方言だ。
実は辛亥革命の後「国語」を何にしようかという議論があり、最後は表決となって、わずか1票の差で北京語に破れたという説もあるくらいだ。第一、孫文だって広東省出身者なのだ。まかり間違えば、今の中国語の標準語は広東語だったかもしれないのである。
そこで、いちど練習してみようかとやってみた次第だ。ちょっとお遊びが過ぎた感がなきにしもあらずだが。
ブログを休んで、多分約1年。まぁ、マンネリというか、新ネタなどもそうそうないわけで、ちょっと休んでみたらあっという間にこんなに時間がたってしまった。第一、最初はあんなに長く続けるつもりはなかったし。
で、また閑に任せて書いてみようと思うが、今後は気楽に気の向くまま、香港と関係ないことも書いてみたい。だから、多分香港好きの人には「羊頭をかかげて狗肉を売る」じゃないが、看板と違うじゃん、とそっぽを向かれることになりそうだ。
しかし面倒くさがりだから、これからまた新しいブログを立ち上げるほどのフットワークはない。この看板のまま続けさせてもらいます。
でもねえ、無料なんですから文句言うんじゃないの、と言う権利もこっちにもあるんじゃないですか。
それにしても元々極少数の人しか訪れないブログなのに、ずっと途切れなくその極少数の訪問者がこのお休み中の1年間続いていたのはなぜなんだろうか。たまにチェックしてみても訪問者0というのはほんとにまれにしかなかった。
それともあれですか、自動的にブログの更新をチェックする機能のソフトか何かあって、それでそのソフトが勝手にやってきて足跡を残し、それがカウントされているのであって、実際は読まれたわけではない、と。それなら合点がいくなぁ。
けど、それじゃ毎日同じカウント数でないとおかしくないか。いや、よくわからんが、まぁどうでもいい話ではあるな。書きたければ書き、書きたくなければ書かない。読みたくない人は読まなければいい。それだけのことである。
それでいいじゃありませんか。赤塚不二夫風に言えば、
「それでいーのだ」
それで、ふと、ひとつ広東語は大阪弁にしてみたらどうだろうか、という考えがぽっと浮かんだ。あのしゃべりまくりの迫力は実際大阪弁こそ似つかわしい。それに広東語は上海語と並び中国の強力な方言だ。
実は辛亥革命の後「国語」を何にしようかという議論があり、最後は表決となって、わずか1票の差で北京語に破れたという説もあるくらいだ。第一、孫文だって広東省出身者なのだ。まかり間違えば、今の中国語の標準語は広東語だったかもしれないのである。
そこで、いちど練習してみようかとやってみた次第だ。ちょっとお遊びが過ぎた感がなきにしもあらずだが。
ブログを休んで、多分約1年。まぁ、マンネリというか、新ネタなどもそうそうないわけで、ちょっと休んでみたらあっという間にこんなに時間がたってしまった。第一、最初はあんなに長く続けるつもりはなかったし。
で、また閑に任せて書いてみようと思うが、今後は気楽に気の向くまま、香港と関係ないことも書いてみたい。だから、多分香港好きの人には「羊頭をかかげて狗肉を売る」じゃないが、看板と違うじゃん、とそっぽを向かれることになりそうだ。
しかし面倒くさがりだから、これからまた新しいブログを立ち上げるほどのフットワークはない。この看板のまま続けさせてもらいます。
でもねえ、無料なんですから文句言うんじゃないの、と言う権利もこっちにもあるんじゃないですか。
それにしても元々極少数の人しか訪れないブログなのに、ずっと途切れなくその極少数の訪問者がこのお休み中の1年間続いていたのはなぜなんだろうか。たまにチェックしてみても訪問者0というのはほんとにまれにしかなかった。
それともあれですか、自動的にブログの更新をチェックする機能のソフトか何かあって、それでそのソフトが勝手にやってきて足跡を残し、それがカウントされているのであって、実際は読まれたわけではない、と。それなら合点がいくなぁ。
けど、それじゃ毎日同じカウント数でないとおかしくないか。いや、よくわからんが、まぁどうでもいい話ではあるな。書きたければ書き、書きたくなければ書かない。読みたくない人は読まなければいい。それだけのことである。
それでいいじゃありませんか。赤塚不二夫風に言えば、
「それでいーのだ」