香港は1997年にイギリスから中国へ返還される。このため80年代も終わりに近づくと海外への移民熱が急速に高まってきた。
香港人の大多数はいわばみんな中国からの難民のようなものである。親中国派の人もいるにはいるが、中国の社会主義制度を本心から歓迎する人は少数でしかなかっただろう。
まして林さんは法を犯して中国から逃げ出してきたのだ。香港へ帰ってすぐに結婚し、子供もできた。家族と自分の将来のためにはアメリカへ移民して国籍を取りたい。これは林さんが中国そのものを嫌っているということではない。ただ制度を嫌い、可能性のない社会を嫌っているだけで、それと自分が中国人であるということとは別問題なのである。
だが、そのためには資金が必要だ。会社員の給料では他に副業のアルバイトをしても収入は高が知れている。
日本人の香港ツアーは大体3泊4日が基本となるが、香港側の旅行社には旅行代金からのもうけはほとんどない。香港側が儲けるのは土産物屋などのショッピングからのキックバックである。
日本人のツアー客を連れて行って買い物をさせ、その売り上げの5パーセントがキックバックされるが、3パーセントを会社が取り、残り2パーセントをガイドが取るという仕組みになっているのだそうだ。
もちろんこれは有名ブランドショップなどでは不可能で、いわゆる土産物屋、宝石店、レザー製品の製造販売店などがそうだ。だからそういう店の中にはツアー客が入るとドアを閉めて鍵をかけたりするところもある。これは外に向けての防犯ではなく、客を逃がさないようにするためだ。
そして後は店員がマンツーマンでほとんど押し売り状態の営業活動を行い、買い物が少ないと、
「コレデ ケッコウ(結構)カ?」などと恐い眼でにらんだりする。
日本人は集団心理が強く、他人が買えば自分も買う。旅行に行けば周囲へ配るためにお土産を買うという習慣もある。それに何より「買ってあげないと悪いかも」と変な気を使う国民性もあるしで、店側及びガイドさんにとってはとても好ましいお客サンなのである。
ガイドの仕事は順調だった。90年代初頭まではいわゆる「農協さん」タイプの団体客がどんどん香港へ来ていたから、キックバックの収入が驚くほど多かったようだ。
また、日本人ツアーのシーズンオフである旧正月などは逆に香港人の団体ツアーの添乗員として日本へ行った。この場合、ガイド料以外にツアー客一人につき500ドルをチップとして添乗員に払うというしきたりがあり、これがまた馬鹿にならないのであった。
私は他人事ながら気になり一度計算してみたことがある。もし30人の団体なら1週間のツアーのチップだけで15000ドルになる。すごい儲けである。
「もっと早くガイドをしてたらよかったです」
林さんは心底残念そうに言った。
香港人の大多数はいわばみんな中国からの難民のようなものである。親中国派の人もいるにはいるが、中国の社会主義制度を本心から歓迎する人は少数でしかなかっただろう。
まして林さんは法を犯して中国から逃げ出してきたのだ。香港へ帰ってすぐに結婚し、子供もできた。家族と自分の将来のためにはアメリカへ移民して国籍を取りたい。これは林さんが中国そのものを嫌っているということではない。ただ制度を嫌い、可能性のない社会を嫌っているだけで、それと自分が中国人であるということとは別問題なのである。
だが、そのためには資金が必要だ。会社員の給料では他に副業のアルバイトをしても収入は高が知れている。
日本人の香港ツアーは大体3泊4日が基本となるが、香港側の旅行社には旅行代金からのもうけはほとんどない。香港側が儲けるのは土産物屋などのショッピングからのキックバックである。
日本人のツアー客を連れて行って買い物をさせ、その売り上げの5パーセントがキックバックされるが、3パーセントを会社が取り、残り2パーセントをガイドが取るという仕組みになっているのだそうだ。
もちろんこれは有名ブランドショップなどでは不可能で、いわゆる土産物屋、宝石店、レザー製品の製造販売店などがそうだ。だからそういう店の中にはツアー客が入るとドアを閉めて鍵をかけたりするところもある。これは外に向けての防犯ではなく、客を逃がさないようにするためだ。
そして後は店員がマンツーマンでほとんど押し売り状態の営業活動を行い、買い物が少ないと、
「コレデ ケッコウ(結構)カ?」などと恐い眼でにらんだりする。
日本人は集団心理が強く、他人が買えば自分も買う。旅行に行けば周囲へ配るためにお土産を買うという習慣もある。それに何より「買ってあげないと悪いかも」と変な気を使う国民性もあるしで、店側及びガイドさんにとってはとても好ましいお客サンなのである。
ガイドの仕事は順調だった。90年代初頭まではいわゆる「農協さん」タイプの団体客がどんどん香港へ来ていたから、キックバックの収入が驚くほど多かったようだ。
また、日本人ツアーのシーズンオフである旧正月などは逆に香港人の団体ツアーの添乗員として日本へ行った。この場合、ガイド料以外にツアー客一人につき500ドルをチップとして添乗員に払うというしきたりがあり、これがまた馬鹿にならないのであった。
私は他人事ながら気になり一度計算してみたことがある。もし30人の団体なら1週間のツアーのチップだけで15000ドルになる。すごい儲けである。
「もっと早くガイドをしてたらよかったです」
林さんは心底残念そうに言った。