【ツカナ制作所】きまぐれ日誌

ガラス・金工・樹脂アクセサリー作家です。絵も描いております。制作過程や日常の話、イベント告知等。

【短編】最後の証言事件 (前編)

2016-06-10 22:41:40 | 自作小説【短編】
☆これはアガサ・クリスティーにドップリだった頃に書きました。えせミステリー。こん時書いた小説のほとんどが、舞台が英語圏でした。地名とか人名がインチキ臭いw



――――――

「ちょっと早すぎましたかね。」

バーグマン警部は帽子を取って、ていねいに言った。玄関を開けた若い女中は顔を赤らめて、彼を上から下まで眺めた。

「『ジェシカおばさんの事件簿』みたいね!警部さん、どうぞ中へ!」
警部は、心の中で笑った。ジェシカおばさんの事件簿とは、このごろ人気の連続ドラマだ。彼の妻は夢中になっているが、彼自身は、面白さを出すための現実味の無い設定が気に食わなかった。

何にしろ、この熟れたリンゴのような顔の女中がテレビドラマに噛り付いている様子は容易に想像がついた。




「こちらが客間です」

女中は彼を案内すると、ドアの所で芝居がかったお辞儀をして出ていった。
 
部屋にはすでに五人の男女がいて、みなちょっと立って警部に会釈をした。部屋の奥には白い鳥かごが置いてあり、中には二羽、黄色のと水色のインコがいる。

警部が二羽に気をとられていると、黄色い方が高い声で

「ゴ機嫌イカガ?」

と言った。

女性の一人が、遠慮がちに口を開いた。

「主人は…インコが好きでしてね。あの二羽、とくに気に入ってらして…」

言いよどむと、さっと顔を横に逸らした。




警部は咳払いをすると、手帳を出して五人の顔を順繰りに見た。

「あれ、お一人、まだいらっしゃいませんね。」

警部がペン尻で自分の顎をつつきながら言うと、一番若い男が口を開いた。

「ルークですか?彼なら少し遅くなるそうです。」

「ほう?」

「さっき電話がありましてね。それと…なんだか興奮してたみたいで、この事件に関わる重大な証言があると言っていました。」

最後の方は、ためらいがちに言葉を切った。警部は頷いた。

「わかりました。では…」







警部が事情徴収に来たこの家は、この事件…のちに『最後の証言事件』の名で有名になったこの事件が起きた、レインブラン邸である。白壁の立派なこの家の、ひときわ自慢に値する書斎で事件は起きた。屋敷の主人、ウィリアム・レインブラン氏が、無残にも銃殺されたのである。それも昼日中、午後一時ごろに、である。
 


「犯人は午後一時ごろにここに現れたと思われます。ですから、皆さんが何か目撃していないか、午後一時ごろに何処にいらっしゃったかをを確認させていただきます。オホン、現場不在証明というやつです。では…」

警部は指をなめると、手帳のページをめくった。


「えー、ジョナサン・ウェイズさん、お願いします。」

一番若い男は、緊張した面持ちで顔を上げた。整った顔立ちには、幾分か幼さが残っている。

「僕は、レインブラン氏の秘書をしています。秘書と言っても、雑用とかも引き受けていましたけど。土曜日は休みだったので、昼はずっと街中のカフェにいました。本、読んでたんです。」

「一人でですか?」

「あ、ええ。」

青年の目に一瞬動揺が走ったのに、警部は気がついた。しかし、彼が口を開く前に若い女性が素早く立ち上がった。赤みがかった茶髪を後ろに払う仕草が、どことなく怒りっぽい猫を連想させる。

「どうせ警部さんがカフェに聞き込みされたらバレることじゃないの。もう隠したって仕方ないわ。それに、このあたしに嘘つかせることになるじゃないの。警部さん!あたしの名前はジュリア。ウィリアム・レインブランの娘です。土曜ならあたし、ジョンと二人でレストランにいたわ。十二時に待ち合わせてね。」
 
もう一人の女性が、ヒッと息を呑んだ。

「ジュリア!あなた、こんな男なんかと付き合ってるの?そんな馬鹿なこと…あなたのお父様はなんと…ぁあっ」

警部は、手帳をのぞきこんだ。五人のうち女性は二人、ジュリア・レインブラン(娘)、アリス・レインブラン(妻)とある。

ジュリアは、皮肉っぽい高笑いを交えて言った。

「こんな男、ですって?笑わせるわね、お義母さま。ジョンに以前色目使ってたこと、あたしが気付かないと思った?」

「なんてこと…お黙りなさいジュリアッ!」

ヒステリックな声を制すように、警部が咳払いをした。

「すみませんが、そういった内輪のお話は事情徴収の後にお願いしますよ、お二人とも。あなたは、土曜日どちらにいらっしゃいましたか?」

警部が未亡人に向き直って訊いた。彼女のただでさえ大きな目がぎょっとしたように見開かれた。怖いほどに真っ赤な唇がわなないた。

しなびたリンゴが厚化粧をしているようだ、と警部はこっそり考えた。

「わた、わたくし、テニスをしておりましたわ。リゼルネパークで」

「あーら、ラケットも持たずに?あのシャレたハンドバックをラケット代わりにしたわけじゃないでしょうね、どう?」

ジュリアが横合いから、生意気に口を挟んだ。アリス・レインブランは、義理の娘をキッと睨みつける。

「えぇ、違うわ。あそこで借りたのよ、ラケット。」




今度は、思わぬ所から邪魔が入った。


後編につづく…)

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