【ツカナ制作所】きまぐれ日誌

ガラス・金工・樹脂アクセサリー作家です。絵も描いております。制作過程や日常の話、イベント告知等。

【短編】尾を飲み込む蛇 (後編)

2016-06-15 20:22:31 | 自作小説【短編】
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庄三は、目をあけた。

左目は開けることができず、ゆっくりと右目を開ける。まぶたが、ひどくざらついた。そのまましばらくじっとして、もうろうとする意識の霧から抜け出ようとした。



意識が戻ってくると同時に、急激に全身の痛みに襲われた。耐えられなくなって、庄三は悲鳴をあげようとした。それさえ、まともにできなかった。歯を食いしばると、ひざとひじを使って、なめくじのようにのろのろと海から乾いた大地へ体を移動させた。




再び目覚めると、どうやったのか木陰に座っていた。記憶はあいまいだったが、意識の方は割合はっきりしている。

左腕を支えに立ち上がろうとして、今度はものすごい悲鳴が出た。左手は折れたらしく、庄三が横目をやると妙な方向に曲がって見えた。右手に恐る恐る体重をかけ、右足に恐る恐る重心をずらし、左足が使い物にならないことを確かめると、彼は木を支えに立ち上がった。



空は、憎たらしいほどに晴れ渡っている。海も、ガラスの一枚板のように無邪気な顔をしている。ちっぽけな命を危うく奪ってしまいそうになったところで、海は何とも悪びれない様子なのだ。

庄三は、海というものに今まで感じたことのないほどの、恐怖と、畏敬と、憤りの念を抱いた。


庄三は、いったいここはどこだろうかと考えた。砂浜は短く、両側にちょっとした崖が半円を描いている。入り江と言えなくも無い。庄三は、豆腐をさっとすくったような崖の壁面を見て、そこにもしもぶつかっていたら…と考えて背筋を凍らせた。

ともかくも、見覚えのない場所であることは間違いない。

そのうえ庄三は、激しい空腹に襲われた。怪我の痛みで、先ほどまでそのことに気付かなかっただけの話だ。ならば、痛みがあれば空腹を忘れられると、庄三は服を引きちぎって左腕と左足に応急処置を施した。幾度も、獣じみた悲鳴が森に響いた。

へたくそな包帯を巻き終わると、庄三は手ごろな流木を杖代わりにして森へ入った。妙な森で、そもそも森というより、庭と言ったほうがあってるように思われた。庄三の杖より太い枝のある木は生えていない。若い木、というより、発育不良を思わせた。

どこかに湧き水でもあればいいが、と考えていると、急に目の前が開けた。湖のようだった。今度は歓喜の悲鳴を上げると、庄三は崩れるように膝を着いてその水を口に含んだ。


とたんに、思いっきり吐き出した。水は、まぎれも無い海水だった。


わけが分からず、庄三は恨めしい顔で「湖」を見つめた。嫌な予感がしていた。庄三は、「湖」の周囲をぐるりと歩こうと決めた。


最悪の予想が当たっていた。「湖」は、庄三が流れ着いたものよりずっと大きな入り江だったのだ。

おまけに、ここはちっぽけな島、無人島だということも、一番高い丘の上から確認できた。庄三は、父の海図を頭に描いた。この島は、彼らの村の北の小島の群れの一つと思われた。ならば、ここには漁師が来ることもあるはずだと、庄三は希望的に観測した。






彼の空腹は、二週間後にはいよいよ耐えがたくなった。このちっぽけな島では、食べるものは貝か、名も知らぬ草しかない。左腕も足も使えないでは、できることは限られた。わずかに生息するウサギを捕えることも、釣りをする道具を作ることもできない。

空腹のために狂気にさえ襲われそうになった庄三の目には、自分の手足さえ肉の塊とうつった。


彼は、自分の足を食べだした…







僕は、庄三じいさんの足を見た。足は両方とも、すね毛をもじゃもじゃさせて彼の胴にくっついている。

「足を…食べたんですって?」

「そぉよ。まず足を丸呑みした。続いて尻、腹、胸を丸呑み、両腕、首、頭、最後に…口をなぁ。噛まずに丸呑みしたんだ。そうして、やぁっと生き延びた。漁師の舟は、結局三週間後に現れた。親父は、てっきり俺ぁ死んだと思ってたらしくてなぁ。泣いてたよ。食べ物はどうしたって聞かれて、自分を食ったと言ったが…誰一人俺を信じなかったよ…」

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