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『親鸞』新説を読む

2014年06月10日 | 本と雑誌

又も今は無き奥村書店で買った古本『謎解き問答「親鸞」』。親鸞に関する本は、もう買うまいと思っていたが、チラッと拾い読みして、150円くらいだったので、買ってしまった。

この本は、今までの親鸞本とは趣を異にして、実に面白い。今までの親鸞本は、「実証主義的歴史学」に則り、明治後期以降、親鸞の曾孫・覚如の製作した「親鸞伝絵」と親鸞の妻の手紙「覚信尼消息」がベースになっている。これは、本願寺ペースで、「東国初期教団に伝わる、親鸞の重要な史実や伝承は、明治以降の近代実証主義の圧倒的潮流の中で、歴史の片隅に追いやられ、ついに黙殺されてしまった」。そのため、この本の根拠となる『親鸞上人正明伝』(存覚著)は偽書とされてしまった。

著者は「①なぜ、20年修学に励んだ比叡山(天台宗)を捨てたのか。②なぜ、吉水の法然のもとを訪ねたのか。③なぜ、肉食妻帯といわれる結婚生活に踏み切ったのか」の「決断の経緯や動機が記されていることが、親鸞の伝記で必須の要件となってくる」と言い切る。

結論を急げば、今の本願寺派は、対立する東国高田派との関係を否定するため、親鸞の最初の妻「玉日」の存在さえ否定した。今の本願寺は東国(=茨城県笠間)の寄進によって存立したのに、そのことはすっかり忘れたかのようである。本来なら、我ふるさと茨城の笠間に本願寺があってしかるべきで、京都のど真ん中に親鸞ゆかりの寺が鎮座しているのは笑止千万である。

著者の佐々木正氏は、公務員を経て、長野県の寺の住職になった珍しい経歴の持ち主。それがゆえに、親鸞研究でタブーとされた『正明伝』を本物と断定する勇気が持てたのだろう。そんな荒唐無稽?な事実を知るだけでも痛快である。

韓国、中国との歴史認識で、たびたび、「歴史の真実」が話題になるが、歴史は所詮、その時代の権力者の都合で書かれていると言うのが事実ではないだろうか。中国の歴史なんかはその典型。韓国だって、伊藤博文の暗殺者を歴史の英雄に仕立て上げているが、事実とは違うようだし。領土問題も然り。


『完本 紳士と淑女』③ 【韓国 謝罪問題】

2014年06月09日 | 本と雑誌

本の中で、表題関連記事をピックアップ。以下はその一部。

1990年7月号:

「謝れ、謝れ!」 「もう謝ったじゃないか」 これ、あらゆる喧嘩の中で最も不毛な喧嘩である。普通の水掛け論以上に始末におえない。天皇の謝罪した韓国の盧泰愚大統領の態度は、感情抜きにしても、見苦しいものだった。昭和天皇が全斗カン前大統領に向かって言われた謝罪の言葉では不十分だったのか?それなら、なぜそのときに言わなかった。大統領が代るたびに旧宗主国から謝罪を強要するとは児戯に等しい。盧の次の大統領が「天皇はソウルに来て土下座し謝罪しろ。前回の謝罪は不十分だったから」と言わないと、盧は保証できるのか?

日韓条約は、1965年に調印された。対日請求権資金8億ドルを払った。今から4半世紀昔の、まだ貧乏でピーピー言っていた日本が払った8億ドルである。それと交換に、韓国は「いっさいの対日請求権を放棄」した。そのあと昭和天皇が念を押して謝った。まだ不足なのか?

1992年3月号:  

ちょっと待ってくれ、韓国のことは、なにかもすっかり解決済みだったじゃないか。盧泰愚大統領はかつて天皇に向かって「過去の呪縛にいつまでも縛られていることはできない」と言ったじゃないか。日韓両国は、これからも未来に向かって手を携えて進もうと約束したのじゃなかったのか。コリアンは北も南も、いつまでも過去を押し売りして商売するのか。韓国の大統領には昭和天皇も謝った。いまの天皇も謝った。宮沢はこのうえさらに天皇をソウルに送って謝らせようというのか。どうしてもそうしたいんなら、韓国の大統領と中国の国家主席がベトナムに行ってベトナム戦争と中越戦争を謝り、オランダの女王がインドネシアに行って植民地化を謝り、イタリア大統領がロンドンに行ってローマ時代の侵略を謝ってから、国際的大謝罪ゲームの中でやってくれ。  

韓国とはもう付き合う必要が無いのではないかという本も多く出ている。米国がカナダやメキシコと関係が悪いように、ロシアが近隣国とうまくいかないように、大国(日本がそうであれば)は所詮近隣の弱小国とうまくいかないのが世の常のようだ。

                                                                           


『完本 紳士と淑女』② 【フリーメーソン】

2014年06月08日 | 本と雑誌

1984年8月号では、ロンドンのオブザーバー紙(6月10日)が、「法王ヨハネ・パウロ一世の死はコロシだった」と報じたと紹介している。法王が実行しようとしていた大幅な人事異動にからみ、左遷対象の教会首脳=秘密結社P2のメンバーが毒殺したと。秘密結社として有名なのはフリーメーソンだが、日本でも昔の坂本龍馬もそう、鳩山一郎もそう、笑えるのは、最近カネでメンバーになった美容整形の高須もそうだそうだ。そのうち、〇〇AKBのまゆゆだとかサシコだとかがメンバーだと判明したりして。アメリカでは歴代の大統領(オバマは違うだろうが)がフリーメーソンであるのは有名。と言うわけでフリーメーソンは今や秘密でもなんでもない会員組織で、本当の秘密結社はP2だという。

日本人はこの種の話に疎い。われわれの周りにも、ひょっとしてP2がいるかもしれません。

『完本 紳士と淑女』の筆者は徳岡孝夫という元毎日新聞の記者である。昨日の日経は、同じ毎日新聞出身のテレビキャスター・ジャーナリスト、鳥越俊太郎の「マスメディアと国民」というインタビュー記事を載せている。

  • 「スポンサーからお金をもらうには、やはり視聴率を稼ぐことが前提」
  • 「だから視聴率を稼ぐために、どこの放送局もゴールデンタイムは、同じお笑い芸人が活躍するバラエティ番組がどうしても幅を利かすことになる」
  • NHK籾井会長の発言に関連して、「国民の税金を政治家や官僚がどう使い、正しく仕事をしているかどうかを監視する。それが本来のジャーナリズムの役目だと思います。つまり反権力であり、権力の監視役でなければなりません」
  • 「マスメディアが真実を伝えているかどうか常に疑え、というのが私の持論です。マスメディアの報道をうのみにするのではなく、国民一人ひとりが自ら考え、判断する。そんな当たり前言が今の時代、大切さを増していると強く感じます」

今朝の朝7時のNHKニュースのタイトルのひとつが例の総選挙。鳥越俊太郎も「私自身は民放よりNHKのニュースや調査報道番組をよく見るようにしています」と言っているが、アカンべー総選挙報道を7時のニュースでやるNHKをどうみているのか?

私が記憶している、鳥越俊太郎の『ザ・スクープ』の番組に、10年以上前の「仙台市筋弛緩剤殺人」事件がある。守大助というひとが犯人として逮捕され、無実を最高裁まで争ったが、「無期懲役」で服役中の事件。冤罪の可能性が高い事件だ。背景を読むと、恐ろしい。経営難のクリニック、政界・財界との癒着。警察の決めつけ。裁判所の無能。谷口正孝氏のような名裁判官がいなかったのが不幸だった。彼らもグルになったフリーメーソン?。

鳥越さん、勿論覚えているでしょうね!


『完本 紳士と淑女』①-2【ビルマの竪琴】

2014年06月04日 | 本と雑誌

昨晩の大坂屋の帰り、いつもの朝日書店を覘く。あった。『ビルマの竪琴』。150円。勿論即、買う。

今朝から読み始める。面白いので、通勤電車の読書のあとの居眠りが出来ず、眠い。帰りも続きを読んで居眠りが出来ず。

内容は、いままで、うろ覚えだったが、心に感じながら、読了。もともとは、子供向き雑誌のために戦後間もなく書かれたというのが面白い。電車内の覘き読みも事実。

いくつかのヒントをべースとしたフィクションだが、実話と誤解され、行方不明の息子のことではないかと、作者竹山道雄は読者から手紙をもらったことがあるとか。

いずれにしても歴史に残る本だろう。ただ、文章自体はそれほど上手ではない。これは、童話として書かれたからだろう。

今おりしも、集団的自衛権とかで、戦争問題が喧しいが、ビルマ戦線でも30万人が亡くなったということを読むに付け、戦争は絶対に起こしてはならない。気違い中国であっても。

中村光夫が本の最後の「解説」で述べている。「我が国の小説には、まず事実の再現であることを標榜し、読者もそうした印象をえられるものだけをうけ入れるという伝統が確立していて、私小説がそのもっと端的な形式なのですが、『ビルマの竪琴』のように、作者がある『志』を想像の力で形象化したような作品は、およそその概念と相容れないのです」

水島上等兵への戦友の最期の手紙には、「わが国は戦争をして、敗けて、くるしんでいます。それはむだな欲を出したからです。思いあがったあまり、人間としてのもっとも大切なものを忘れたからです。われらが奉じた文明というものが、一面にははなはだ浅薄なものだったからです。・・・われわれは気力もありながら、もっと欲がすくなくなるようにつとめなければならないのではないでしょうか。それでなくては、ただ日本人ばかりでなく、人間全体が、この先もとうてい救われないのではないでしょうか?・・・ながいあいだ、まことにいいつくせぬお世話になりました。みなみな様の御清福を心からお祈りいたします」

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最後にみとつ。

われわれはこうした努力(注記:目に見えぬ精神のとりでを陥れるための戦い)をあまりにもしなさすぎました。こうした方面に大切なことがあるということすら考えないでいました。われわれが重んじたのは、ただその人が何ができるかという能力ばかりで、その人がどういう人であるか、また、世界に対して人生に対してどこまで深い態度をとって生きているか、ということでありませんでした。人間的完成、柔和、忍苦、深さ、聖さーー。そうして、ここに救いをえて、ここから人にも救いをわかつ。このことを、私たちはまったく教えられませんでした。

時代的には、私が生まれた頃、子供雑誌「赤とんぼ」に連載されたのだが、時代を超えて、読者の年齢を超えて感動を与えるのはなにか?日本に帰るチャンスがあったのに異国の地にとどまる水島上等兵の設定だけが理由だろうか。家のお寺にも、〇〇上等兵の墓碑があり、見ず知らずの人だが、両親の墓参りには、お線香をあげる。親父も、戦前・戦中に満州航空・中華航空で中国・ジャワを飛んでいたと聞く。苦労の末、満州から帰還したが、凄いおやじだった。親孝行できなかったことが悔やまれる。

竹山道雄、「ビルマの竪琴」、合掌。


『完本 紳士と淑女』を読む① 【ビルマの竪琴】

2014年05月25日 | 本と雑誌

徳岡孝夫の『完本 紳士と淑女』を例の銀座の古本屋「奥村書店」で買う。150円くらいだったか。4年以上前の本だ。

オピニオン誌『諸君!』の名物コラムニストで30年間名を明かさず書き続けた徳岡孝夫氏が、雑誌の休刊にあたり、名を明かした。と同時に、ガンも告白した。30年間に書いたコラムの中で本人が選んだ名文を纏めた本だが、記憶にとどめるために、思いつくまま、書いておこう。

「朝日新聞は北朝鮮が大好きだ」*竹山道雄の『ビルマの竪琴』部分から抜粋

戦後まもない某日、電車の中は身動き一つできないスシ詰めだった。竹山道雄の隣に立っていた人が雑誌を手に丸めて読んでいた。彼はそれをむさぼるように覗き読みした。ビルマ全土に日本兵の白骨が累々と野ざらしになっているという四ページほどの記事だった。その話が『ビルマの竪琴』の骨格になった。

まず、『ビルマの竪琴』の書かれる切っ掛けが電車の中の覗き読みという話に思わず笑ってしまう。そして作品が発表されたのは『赤とんぼ』という子供雑誌だそうだ。

皮肉なことだが、人が人を殺す戦争は、昨今の日本文壇が生み得ない文学の傑作を続々と生んだ。・・・だが、『ビルマの竪琴』には日本人の運命が刻まれ、しかも美しい歌があった。「埴生の宿」、、、。それは戦争を消し、葬る歌だった。残酷な戦争でさえ、凡人に救いを残してくれる。流行の思想にわざわいされず日本の文芸を見つめて生涯を終えた竹山は立派である。しかし、どんな文明批評よりも、彼は片々たる小作品『ビルマの竪琴』によって記憶されることだろう。あの作品を戦争世代は誇りとし、いつまでも水島上等兵を忘れない。竹山道雄、80歳。とうから覚悟していた死だった。

それから時は過ぎ、子供は「埴生の宿」、「庭の千草」、「荒城の月」、そして「夕空はれて秋風吹き」はAKBとかの歌に取って代わられている。政治も気骨ある政治から、安倍独裁者に代わられ、小泉/細川の反原発も不透明。朝日新聞の左傾化はつづき、日経の財界チョウチン新聞も大手を振って生きている。昔期待した小沢一郎も行方不明。アジアの今日となっている中国が、こんな話で涙を流すことは1,000%無い。

私が関係している会社にもミャンマー人が入った。ミャンマーの「民主化」の陰で、今、国内では、少数民族をめぐる戦いが激化しているという。それを支援しているミャンマー人女性が、高田馬場でレストランを経営しているという。ノー天気な日本において、たくましく闘う人もいる。

昨日は、機会があって、孫と娘夫婦と代々木公園で遊んだ。隣では、ラオスフェスティバルが開かれていた。無邪気に遊ぶ孫や間もなく生まれる次の孫が、戦争と原発のない世界で生きていくためにいま何ができるのか。

小さなことから始めよう。Wifeはいつも動きが早い。

以上、『昼間の発て言と』でした。