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稲盛和夫氏死去

2022年08月30日 | 訃報
元日本航空会長でもあった稲盛和夫氏が、24日に亡くなったの報道があった。
直接にお会いしたことはないが、間接的には多少の縁があった。
書庫には、以前は何冊かあったが、現在は『京セラフィロソフィ』のみ残っている。
改めて1時間でななめ読みしてみた。今までの自分の人生と照らし合わせてみると、何一つ書かれていることを実行していない体たらくである。
素直な心とは、自分自身のいたらなさを認め、そこから努力するという謙虚な姿勢のことです。とかく能力のある人や気性の激しい人、我の強い人は、往々にして人の意見を聞かず、たとえ聞いても反発するものです。、、、

大昔このブログにも書いたサミュエル・ウルマンの詩「青春」も載っている。吉田義夫訳とあるが、ここは書庫の角川文庫の佐山宗久訳とはを引用させてもらう。

年を重ねただけで人は老いない。理想を失うとき初めて老いる。・・・80歳であろうと人は青春にして已む。

稲盛氏は90歳の天寿を全うしたが、私も80歳まであと????

追伸:逝去後、いろいろな話がインターネットをにぎわす。接待に「吉野家」をつかう話を読む。そういえば、私の知っているS旅行会社の社長は、スチュワーデスに「どこか有名な和食店へ連れていって」と言われ、「吉野家」に連れて行った逸話の持ち主。でも、稲盛さんだから、カレーライスでも「吉野家」でも感激するが、普通の人間が同じことをやっても、所詮はせいぜい「並盛」だ。




オリバー・サックス死去

2015年09月02日 | 訃報
8月30日運、オリバー・サックスが死去との新聞記事。
私の書架には、『妻を帽子とまちがえた男』、『火星の人類学者』、『色のない島へ』、吉成真由美の『知の逆転』が並ぶ。「レナードの朝」原作者でもある。82歳。オリバーは死んでも、数々の名著は永遠に残る。合掌。


F社のⅠさん

2012年05月15日 | 訃報

ブログにも登場していたF旅行社のⅠ社長こと、冨士国際旅行社市原芳夫氏が先月末死去されたとの知らせを昨日聞かされる。本人の強い意向で、会社にも密葬の後の連絡だったという。

市原さんは、大学の1年先輩で、ワンダーフォーゲル部の主将であり、私が航空業界にいて、現在も航空/旅行業界に居ることもあり、最近まで付き合いがあった。

昨年はお孫さんとスイスアルプスに登りそれが最後のアルプスになった。

昨年末くらいだったか、会社の近くの奄美料理店でごちそうになったのが最後だった。つらそうで、座布団を腰に当てて半分横になりながら、抗がん剤の副作用で肺炎になりかけた話をされていた。その後はどんな治療をうけていたか知らないが、多分自然治癒力中心の治療のような気がする。

会社が新宿3丁目なので、ゴールデン街の最高齢のママの店、歌舞伎町の「樽一」、歌声喫茶、築地とと吉新宿店にも連れて行ってもらったことが思い出に残る。

山でよく歌った歌を捧げ  合掌

    雨が降れば 小川ができ

    風が吹けば 山ができる

    ヤッホー ヤホホホー みんなを呼べ

    ヤッホー ヤホホホー みんなを呼べ


T氏の思い出

2007年12月01日 | 訃報

季節柄、「喪中につき新年のご挨拶ご遠慮。。。。」の葉書が多く届く。広島で私を応援してくれていたT氏の夫人からT氏が10月末に急逝したとの喪中葉書が届く。10月に手術して、退院したとの電話をもらったが、声は少し弱弱しかったものの元気そうであったのだが。

T氏とは15年くらいの付き合い。私を「男にする会の会長さん」で、いろいろ声をかけていただいた。少し前まで「自然土景観舗装」プロジェクトをいっしょにやりましょうということで、話をし、広島にも2度ほど足を運んでいた。プロジェクトは私サイドの対応の遅れと、事業性の見通しが点かなかったため、中途半端のままになってしまい、大変申し訳けなく思っている。

人との出会いは偶然だし、一生でもいい人には何人も会えない。恩返しができないうちに逝かれてしまって痛恨の極みである。

ご冥福をお祈りします。

前に紹介した『神田風土職人』が11月30日で閉店した。最終日にのぞいてみたが満席だった。惜しい気もする。経営者とは、頼まれて音楽関係で助けてあげたこともあるが、最近は別の仕事で多忙とのことだったとか。短い付き合いだった。