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いい話はつらい話

2020年01月21日 | テレビ番組
先週末、ローマ法王の長崎訪問の番組を見る。豊臣秀吉等の長期にわたる禁止令・迫害の話にいまさらながら心が痛む。
縛られた手のひらに炭火がおちてケロイドになる。それでも信仰を捨てないキリスト教徒。26聖人の話もすさまじい。
とても理解できない。死によって終わるのではなく、来世での幸せを信じるという内容の言葉もあったがこれからの課題。
ナチの収容所で、自分の命と引き換えに、一人の少年を救ったコルベ神父の話はなぜかいつまでも記憶に残る。

昨日は、仕事でホテル関係の幹部を訪問。昨年からOKになった「宿泊」の特定技能実習生の実態について意見交換。
昔話で同席の畏友Y氏から、御巣鷹山での航空機事故で亡くなった昔の上司Y氏の話を聞いた。畏友の会社に外部から入ってくる「なまず」により、人間関係・仕事が無茶苦茶になりY氏に退職届を提出。その日が事故の3日前だったそうだ。Y氏の会社の机の中を整理していたら、その退職届があり、そこに「部下の涙は俺が拭く」とあったそうな。
勿論Y氏とは面識はないが、15年以上前に、縁があって、ご自宅に御線香をあげに御邪魔したことがある。住所も忘れていたが、畏友Y氏の話だとH山の閑静な住宅地だったと思い出させてもらった。
働き方改革もいいが、こんな素晴らしい上司がいたら素晴らしいですね!

仕事をしているから聞けるチャンスがある。もう少しだろうが、がんばるか!


『集団的自衛権』

2015年05月10日 | テレビ番組
先だって5月9日(土)のNHKスペシャル『総理秘書官が見た沖縄返還~発掘資料が語る内幕~』をみる。

1972年の沖縄返還に向けた佐藤栄作を支えた秘書官楠田實の話。楠田が残した膨大な資料を神田外語大教授が段ボール箱と格闘している話。

今、折りしも日本は、集団的自衛権とやらで、地球の果てまで海外派兵して、アメリカと心中しようとしている。いろいろな資料ですでに明らかなように、アメリカは日本を守るために安保条約を結んでいるわけではない。膨大な軍事費を日本のために費やしているなんて、とんでもない間違い。日本の基地を恒久化して、自国の極東戦略に日本を利用しているだけである。

そんな中で、沖縄の普天間基地問題はまたもや地元無視の様相。改めて沖縄の歴史を勉強すると、中国や朝鮮と強い関係があった時代を経て、薩摩藩に強制併合され、日本に併合後も、サンフランシスコ条約では蚊帳の外、1972年の日本返還後も常に日本の(実際はアメリカの)犠牲になってきた。

数年前のNHKスペシャルでは、同じく佐藤栄作の密使として、ニクソン大統領と返還交渉した若泉敬氏を取り上げていた。若泉氏は、沖縄地元の為と思って全身全霊を傾けた交渉結果が、後々、結局だまされたことを知り67歳の時に自死した。今回の5月9日のNHK特集には、若泉の若の字も出てこなっかった。正直者はいつの時代も浮かばれない。

沖縄返還密約では、もう一人西山太吉毎日新聞記者も欠かすことができない。岩波新書でも出されているが、そのときの編集担当は大学の同期、山登り仲間でもある。

日本国民は「集団的自衛権」の核心も知らずして、「積極的平和主義」とか「限定的●●」とかにだまされ続けている。

『集団的自衛権と安全保障』(岩波新書/豊下楢彦・古関彰一著)は左の人も右の人も一度読んだ方が良い。

女子アナ問題

2014年11月14日 | テレビ番組
週末なので、軽いネタを。(時間の無駄と思った方は読まないでください)

東洋英和の女子大生がホステス業のアルバイト歴を理由に日本テレビのアナウンサーの内定を取り消され訴訟になっている。争点はいくつかあるが、いずれにしてもテレビ局には不利と思われる。

そもそもテレビ局とはなんだろうか。
マスコミ?メディア?いや、いまや全うな人は見ない、お笑い・グルメ・オカマ・ガキ男/女のほぼ社会的ゴミ娯楽提供会社としかいえないのではないか。

私も某フジテレビの女子アナとは一時食事をする仲だった。どうして女子アナが持てるのか、女子アナと食事をして楽しいか?それは、今読んでいる貨幣の話に出てくるヤップ島のお金と同じ。(細かい説明は後日のブログで)
しかし、彼女たちとは会話していて楽しいが、違和感があるのは、たとえば、「ニュースを読めないアナを軽蔑する」、「オカマは本音を話しても反発がでないから便利」(ABさん)の言。ニュースは読むより書く方がエライ(能力を必要とする)のに、認識は逆。オカマは所詮《日陰者》(昔は陰間とも言った)なのに、日向に引っ張り出して笑いもの・代弁者に使っている。また、当人たちも調子に乗って金稼ぎをしている。バカな視聴者もそれを容認している。

女子アナにはいろいろタイプがある。滝川クリステル(栗拾いではない)は局アナではないが、東京オリンピック(おっと今は、必ずパラリンピックも加えなければならない)の誘致で目立ったが、本人に「おもてなし」の素養があるとは思えない。

本題の日本テレビは、過去に自殺者も何人か出している呪われたいわく付きのテレビ局である。今《バンキシャ》にでている夏目某も日テレ出身。例の写真流失事件で、独立(追い出され)し、今は清純派にイメージチェンジをして涙ぐましい努力をしている。西尾某は、およそ《鼻持ちならない女の典型》だが、ソフトな雰囲気を出そう出そうと偽りの姿を見せている。これらは人間の記憶力の限界に只管期待するものだ。

NHKも最近は例外でない。ちょっと顔が売れてくると、偉そうに視聴者をにらみつける井上某とか勘違いアナも多い。

テレビ局はプロデューサー、ディレクター、アナウンサーのヒエラルヒーで成り立っている。プロデューサーの関心事はもちろん視聴率だが、オカマを重用するのは、本人がオカマ好きだから。お笑いを重用するのは、ギャラが安いから(最近はちょっと売れてくると結構高いギャラになるようだが)。アナウンサーは所詮その手先でこき使われるだけ、それも社員なので横暴に好き勝手にこき使えるメリットがある。

テレビ局の幹部とて、汚い世界を生き、プロデューサーも上記の始末。そんな会社のアナウンサーに、今度の解雇の理由とされる「清廉性」を要求するのは見当違いだろう。話題性からいえば、これほど有名になった新人女子アナはいないのだから、裁判で和解して、タレントとして採用すればよいという考え方もある。

所詮は無関係な世界の争いで花見劫みたいなものだ。

懸命な人間はアナウンサーの出ないBS番組へ。BSからラジオへ行こう。









『ボビー・フィッシャー』

2014年05月18日 | テレビ番組

チェスの元世界チャンピョンのボビー・フィッシャーのドキュメンタリーをNHKBSで見る。

フィッシャーの人生は波乱万丈を地で行くものだった。

人生の最終章では、日本で安らかな日々を送った。しかし、マニラに出国しようとして、パスポートが無効ということで、成田空港で拘束され、アイスランドが国籍を与え、アメリカもしぶしぶ出国を認めるまで、日本で収監されていた。その後アイスランドへ渡り、安らかな眠りにつくことになる。(事実は少し違うようではある?)

テレビはここまでだが、『完全なるチェス 天才ボビー・フィッシャーの生涯』では、ボビーの遺産争うのため、ボビーのDNA入手のため、墓を掘り返したとある。結局はアイスランド政府の判断で、渡井美代子という女性との結婚が認められたと書かれている。

本では、ボビーはアイスランドに感謝もしていなかたし、アイスランド人もそれはそれで割り切っていたと書いているが、感動に水を差すものと言わざるを得ない。

なぜNHKがこのことをドキュメンタリーに入れなかったのか解らないが、折角の内容をぶち壊すと考えたのだろうか。賢明かもしれない。

最近、孫が家に遊びに来ると、チェスをやる。ルールは全くデタラメだが、楽しい。因みに(孫もなぜか、因みにという言葉をつかうが)チェス盤は30年以上前に、スペインで買ったものだ。

本では、アイスランドはチェスの盛んな学力の高い国と紹介されている。国を挙げて、天才チェスプレーヤーをすくった国に興味を持った。


星野道夫

2009年03月22日 | テレビ番組

NHK知るを楽しむ「私のこだわり人物伝」の3月は『星野道夫』という写真家・冒険家が紹介されている。エッセイストでもある。テレビでたまたま見て本を買う。少年のような(今時はそんな少年は居ないが)純粋な生き方、その風貌に惹かれる。奥様は星野直子さんと言い、若くして年の離れた道夫氏と結婚。道夫氏とふたりはフェアバンクスに住み、子供も授かったが、道夫氏は43歳の時、テレビ取材中、ロシア・カムチャツカ半島でヒグマに襲われ死亡。

道夫氏の生き方も凄いが、道子さんの印象がすばらしい。勿論会った事はない。この期に及んで久しぶりにオーラのある女性を見た。多分生い立ちから違うのだろう。いわば天使のようにも見える。一児の母としてすばらしい人生をおくることは確実だろう。

我が長女も慶女時代は、『ハイジ』と呼ばれていたらしい。その子も一児の母。4月からは丸の内の会社に復帰と聞く。いつも書く次女は、ニューヨークでひとり暮らし。母親は差し入れを検討中。

『星野道夫著作集』というのが有るらしいので読んでみたい。

今日は自治会の年一度のどぶさらい。近くの堀割りの掃除。長靴にスコップでゴミや泥をすくう。アラスカの星野氏とはあまりにもかけ離れた姿か。アラスカの鮭ならぬ鯉が泳いでいた。川から上がってきたのだろう。少しの驚きと感動。

午後はお墓参り。寺のいり口で従兄弟の子S君にばったり会う。我が家の墓にも線香をあげたとか。我々もお礼に線香を。

夕方は強風。