天皇賞春の思い出と言えば第一に頭に浮かぶのは エリモジョージ
気まぐれジョージと呼ばれ、強い勝ち方をしたかと思えば負ける時はブービーだったり・・
4歳の時故郷のエリモ牧場に休養に帰っていた。その時厩舎が火事になり多くの馬が亡くなった。
しかし、エリモジョージは奇跡的に無事だった。
その翌年の天皇賞春で、福永祐一騎手の父である福永洋一騎手はなんと逃げの手に出てまんまと
逃げ切った。私がジョージだったら火事のトラウマで闘争心も萎えて競走馬に再起出来るかどうか。
こういう思いだから私は当然馬券ははずした。それだけに強烈に記憶に残っている。
それが翌年大仕事をやってのけるのだから驚きだった。この頃の洋一騎手も天才だった。
エリモジョージ(JRAより)
気まぐれジョージと呼ばれ、強い勝ち方をしたかと思えば負ける時はブービーだったり・・
4歳の時故郷のエリモ牧場に休養に帰っていた。その時厩舎が火事になり多くの馬が亡くなった。
しかし、エリモジョージは奇跡的に無事だった。
その翌年の天皇賞春で、福永祐一騎手の父である福永洋一騎手はなんと逃げの手に出てまんまと
逃げ切った。私がジョージだったら火事のトラウマで闘争心も萎えて競走馬に再起出来るかどうか。
こういう思いだから私は当然馬券ははずした。それだけに強烈に記憶に残っている。
それが翌年大仕事をやってのけるのだから驚きだった。この頃の洋一騎手も天才だった。
エリモジョージ(JRAより)