Are you Wimpy?

次々と心に浮かぶ景色と音。
そこからは絶対に逃げられないんだ。

★「ネット小説大賞」にもチャレンジ中★

6.セパレイト・ウェイズ

2019年12月18日 | 日記
昼前にオーストリアで1回,それからドイツに入ってから数回給油に寄ったのをおぼろげながら記憶している。夜だったか朝方だったか真っ暗な中1度だけ用を足しに降りたくらいで,あとはずっと荷台で頬杖をついてまどろんでた。あるいは熟睡していたのかもしれない。

変なやつかと思うだろうが,トラックの荷台は意外に寝心地がいい。特に戦闘の心配がないトラックは快適だ。サスペンションのきしむ音は少々耳障りだがまるでゆりかご。

ほぼ1日かけて僕たちはベルギーに入った。早朝4時くらいだっただろうか,町が目覚める前に僕たちは暗闇を手際良く移動した。僕らが荷台から飛び降りるや否や挨拶も交わさずにトラックは走り出した。こなれたもんだった。通りにはサブマシンガンを携えた警察官が2人立っていたが事情を知っていたのか何も気に留める様子はなかった。まぁ何もかも根回しってのは必要ということか。

ブリュッセルの本部は大きな通りから2ブロック入ったどん詰まりにある古びたコンドミニアムの7階にあった。ここで体を清潔にして預けていた自分の荷物を受け取った後ようやく僕たちは浮き世へ戻れる手筈だ。

到着から2時間を待たずにガイド役の若い牧師が運転するオペルカデットで僕ら一行はなぜかケルンを目指していた。

仲間にはドイツ人が2人いて電車で故郷へ帰る予定だ ったが名残惜しくなったのか「大聖堂のすぐそばにソーセージとビールが旨いパブがあるんだぜ」とラースという長髪のメンバーが楽しそうにつぶやいたのがきっかけでケルンで軽く食事でもしようという話がまとまっていた。

イギリス人の牧師も学生の僕もカレーからドーバー行きのフェリーに乗るつもりだったが「これからみんなで食べに行かねぇか」という懇願にも似た提案に何となく反対することもなく全く逆方向のケルンを目指すことになったんだ。

車が性能一杯の唸り音を上げているのはあっちでも似たようなもんだけど僕は窮屈な後部座席でそんな騒音にすら安らぎを覚えていた。

誰もが黙っていた。決して気まずいわけではなく,どちらかというとその方が互いに気持ちが良かったから。

昨日までいた場所もここと同じ陸続きのはずなのに,こっちには言い尽くしがたい解放感が満ち溢れている。レゴで組み立てた様な景色は似たようなもんだが黒煙はどこからも立ち上ってはいない。低空を飛行する戦闘機の爆音の衝撃でドアが剥がれそうになったりもしないし着弾後に被った泥をワイパーでガリガリと拭いながら必死で走る必要も勿論ない。何しろ道路の表面が感動的なくらいスムーズだ。

ドイツへ入る際にライフルを携えた兵士たちが目に入った時はさすがに身構えたが,何も調べずにバーを上げて素通りさせてくれるのは不思議というか何か恐ろしげな感じも禁じ得なかった。牧師は左ハンドルの車と右側通行に戸惑いながらも兵士たちに手を振りながら「ベルギーナンバーだからだ」と説明してくれた。

僕の真横のステファンが安心してイビキをかき始めるとすぐに助手席のラースが無造作にラジオをつけた。まだベルギーの放送が流れていた。

フランス語の談笑の後聞こえてきた音楽に合わせてヘビメタファンのラースが変な踊りを始めた。

ジャーニーの名曲「セパレイト・ウェイズ」

すると僕たちの車の左側を艶のない草色のバスが追い抜いていくのが目に入った。ガラスに額を引っ付けたまま見上げるとバスの中で瓶酒を飲みながらはしゃいでいる若い兵士たち数人がこちらに手を振っているのが見えた。

僕は穏やかな気持ちだったし,何だか気分もよかったんで手を振り返すと若者たちの興奮が最高潮に達した。バスがグラリと揺れてこちら側に横転してしまうんじゃないかと思うくらい跳び跳ねながら十数人の兵士たちが更に手を振り返してきた。

丁度曲のサビのところで高速のジャンクションに差し掛かりドラマティックにバスが離れていく。バスの中の若い兵士たちは無邪気に手を降り続けていた。

「アイツら何処へいくんだろう」

僕の独り言に誰も答えることはなく,車の風邪切り音に混じってラジオとラースの下手な歌だけが聞こえていた。

何だか僕は急に強い眠気に襲われていた。少しずつぼんやりとなっていく意識の中でビクターに助けられた日の事を思い出していた。思えばあれがビクターとのいうガードマンを知るきっかけだった様な気がする。

あれは今回のミッションに参加して2日目のことだった。

5.予感

2019年12月06日 | 日記
ふと振り替えると,さっき僕に抱きついた兵士がヘルメットを脱がされて担架に寝ているのが見えた。大分落ち着いている様子だったのでほっとした。

真っ白な顔で眠る躯にもう1度目をやった。衛生兵が2人がかりで遺体袋を準備していた。その傍らにライフルを構えたままぼーっと立っているリアノと目が合った。

「よぉ,ウィンプ・・・」
リアノの声にはいつもの勢いがなかった。

「大変だったな」
「ああ・・・」

こんな混乱ぶりは別に初めてのことではなかったから細かいことは聞かなかった。
ここでは作戦とか計画とかは余り意味をなさないし,ほぼ100%確実に「想定外」ということが発生する。

大きく背伸びをしながら欠伸をしてグルリと見渡すと,そこいら中手当てを受けている兵士ばかりなことに気づいて一瞬たじろいだ。

慌てて腕時計を確認すると既に10時間くらい経っていて,そんなにも長い間寝ていたんだとはっとする。そういえば辺りはどっぷりと日が暮れていた。

「ビクターは?」
いつもリアノと一緒にいあるはずのビクターの姿がないことに気づいた僕が聴くとリアノは一瞬目を伏せた。

「一緒だったんだろう?」

悲しそうな表情で大きなため息をついてからリアノがボソボソと話し始めた。
「市場の真ん中で始まってさ。そりゃもう・・・」

リアノはもう一度深いため息をついてから,撤去されていく遺体袋を目で追いながら続けた。
「前のトラックの荷台で撃たれたのが3,4人そのまま落っこちてな」
どもりながら早口で話すいつもの元気な様子は嘘みたいに消えていた。
「オレたちは2台目に乗ってたんだが,すぐさま降りて・・・」

リアノは周囲をキョロキョロと確認していた。
今思えばビクターを探していたのだろう。
「ビクターの援護でオレは1台目に向かったんだけど,すぐさま2台目が的になって・・・」

いつもなら憎まれ口をたたくリアノだったが今回ばかりは怖じ気づいている。
「もう,どう仕様もなくて・・・」

僕も周りの怪我人たちの顔を覗きながら歩き始めた。

あの陽気なビクターが?
まさか・・・。
いやいなくなっちまうはずはない。

「おいビクター,どこだ?」

僕の声がものすごく響き渡った。

手当てを受けている兵士たちが絶望に満ちた力のない瞳でこちらをじっと見つめる。

空しく響いた僕の呼び掛けへの応答はなく,傷の痛みで時々上がる兵士たちの苦しげな呻き声だけが小さく聞こえた。

沸き上がる嫌な胸騒ぎと共にビクターのあの独特な笑い声と愛嬌のある笑顔が脳裏をよぎった。

ビクターの所在は不明のまま翌朝を迎えた。

僕は予定通り帰路につくことなった。
残って引き続きビクターのことを探すことになったリアノに僕はイギリスのアパートの住所と電話番号をメモで渡した。

「じゃあなウィンプ。ビクターは大丈夫。タフなヤツだからな」
リアノは力一杯僕のことを抱き締めた。
ほんの1月余り一緒にいただけなのに家族の様な温もりを感じた。

「ああ。わかってるよ。どっかの基地で紅茶でも飲んでんだろ」

するとリアノの声にいつもの調子が戻ってきた。
「そうか。お前の予感はいつも当たるからな,ジャップ」

僕らは握手をしてから笑顔で手を振った。
トラックの荷台には僕以外には同じミッショングループの3人だけしか乗ってなかったけど重たそうな唸り音を立てながらゆっくりと走り出した。

リアノはすぐに基地の方へ向き直ってそのまま振り返らずに歩いていった。