Are you Wimpy?

次々と心に浮かぶ景色と音。
そこからは絶対に逃げられないんだ。

★「ネット小説大賞」にもチャレンジ中★

9.神様の居所

2019年12月28日 | 日記
ケルンには昼前には到着した。

ゴミゴミとしてはいたが東京なんかよりも洗練された近代的な町並みの中に浮かび上がるようにしてゴシック造りの大聖堂はあった。

社会か何かの教科書で見たんだろうか,何となく記憶の奥底に眠っているものが脳裏に滲んできて「ああ,あれのことか」と実物の迫力に少しだけ感動した。

平日だったせいもあって行き交う人たちは忙しそうに見えたが,そんなに混雑しているという程でもなかった。

ここからたった1500kmも移動すれば人々は背を低くして全力で走り抜けなければならないのに,ここでは寒そうにコートのポケットに両手を差し込んではいるが誰もが背筋をピンと伸ばして堂々と歩いている。楽しそうに歓談しながら手を繋いで歩くカップルもいる。

秋空はどこまでも澄み渡っていてあの場所と同じ様な色をしていた。近づくにつれケルン大聖堂は天空にそびえ立つといった感じで,まるで僕たちをじっと見下ろす古城の様に威風堂々としていた。

僕は小さい頃から巨大な建造物に恐怖を覚える癖があるみたいで,天辺の十字架を見上げていたらめまいがして足元が少しふらついた。

「ありがたいだろう」
普段は余り喋らないステファンがポツリと呟いた。

ステファンの気持ちは十二分に理解できたが,正直僕自身はこんなところに神が宿っているのかどうかは確信が持てなかった。

「ここに神様がいると思うかい」と僕が言うとステファンが悲しげな青い目でこちらを向いた。「あっちでは留守だったからね」と付け加えたがステファンは返事をしなかった。

ラース達の案内でお決まりの観光を30分くらいした後,早速噂のパブに立ち寄った。牧師がエクで支払えるか聞いたら店主が不機嫌そうな顔で首を横に振りながら追い払う様な仕草をした。ラースとステファンがドイツ語でも交渉を試したが店主は首を振るばかりで,結局彼らが僕たちの分まで支払って注文してくれた。

僕はベルギーの待機所に預けていた荷物のなかに念のため5ポンド紙幣を10枚程持っていたので2人に1枚ずつ渡すと「多すぎるよ」と牧師が遮ろうとした。

ラースたちは女王の若かりし頃の笑顔が印刷されてる紙幣を大層喜んでいたから,牧師は僕の右腕に載せた手をどかして「じゃ,フェリーで食事でもおごるよ」と諦めた様にラースたちにいくらかのエクを支払っていた。

そんなやり取りが終わるのを待たずに冷えたビールが小瓶で振る舞われた。ソーセージの盛り合わせも一緒に出たが僕たちはそれには目もくれず瓶をカチカチとぶつけてからラースたちにならって「プロースト」と唱えた。

牧師だけは瓶をカチンと当てただけで「ロングドライブだからね」と言って瓶を僕の目の前に置いた。軽く炒めただけのソーセージがしょっぱかったせいもあってビールが進み,あっという間に僕は2本とも飲んでしまった。

3週間ぶりの贅沢。

僕は酔いが回る前なのに絶頂の気分ではあったが,一方で少し罪悪感みたいなものを感じていた。人間ってのはこうも自己中心的なんだろうか。でも,それが自然なのかもしれない。

ビールを飲み終えてラースたちがカウンターの上に置いた5ポンド紙幣をぼーっと見ていたら,ビクターに助けられたことが他にもあったことを急に思い出した。

ラースとステファンがドイツ語訛りの拳を回すような英語で僕たちに話しかけていたが僕の耳には全く入ってこなかった。

僕はつい10日ほど前の出来事を思い出して胸が締め付けられた。


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