Are you Wimpy?

次々と心に浮かぶ景色と音。
そこからは絶対に逃げられないんだ。

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8.冷めたインスタントコーヒー

2019年12月21日 | 日記
地面の向こう側で助けを求めていたガードマンが機関銃を置いたまま低い姿勢で自力で下がっていくのが見えた。

さっきのパチパチという着弾音が激しくなっていった。痛みが酷かったせいで気力を失った僕はただ地面に突っ伏していた。僕が倒れていた場所は柔らかい乾燥した砂が深く貯まっていて顔の左半分が埋まってしまったけど,そんなこと気にしてる余裕もなく,ただそのガードマンの様子をじっと見据えていた。

すると腰の辺りでベルトを真後ろからビュっと力一杯引っ張りあげられて僕は宙に浮いた。体重が50kgほどしかなかったからたやすかったのだろうけど,気づくと大人のももくらい太い腕に持ち上げられているのに気づいた。

1,2秒フワリと宙を舞ってから放り投げられる様にして元いた場所に戻されて,ようやくさっきまで元気だったジェイが目をぼんやり開いたまま呼吸をしてないことに気づいた。

「ただのバウンスだ」
「ジェイは?」
「ああ・・・脇腹から反対側に抜けてる。即死だな」

腕を確認しながらガードマンが僕が子供の頃見ていた「チキチキマシーン猛レース」というアニメのキャラクターみたいな引き笑いをしていた。人が死んでるのに変な笑いかたをしやがって「悪魔みたいなやつだ」と僕は思った。

「千切れなくて良かったな」
「ありがとう」
「ビクターだ。よろしくなウィンプ」

ビクターはそう言ってからすぐに肩口に麻酔を打ってくれた。

僕の足元ではリアノが怪我をしたガードマンのヘルメットを脱がせようと悪戦苦闘していた。ガードマンが断末魔の叫び声を上げていた。

銃撃を受けている最中にヘルメットを取ろうだなんて非常識だと思っていたら,ガードマンのこめかみのあたりに太いとげのような塊がヘルメットの内側に突き出しているのが見えた。

リアノはそれを取り除こうとしてるだけだったんだ。

大抵の場合は"鉄兜"がしっかりと仕事をしてくれて無数に打ち込まれてくる銃弾を跳ね返してくれる。

しかし直撃を受けると希に強固なヘルメットの外坂に突き刺さるなんてこともある。

「レディにはやさしくするもんだぞ,リアノ」と言って笑ったビクターに半べそをかきながらアメリカ人が罵った。
「うるせぇ,イギリスの豚野郎!てめぇは豚小屋でくさった紅茶でも飲んで死んじまえ!」

ケンケン風の笑い声が大きくなって,僕もつられて思わず笑ってしまった。生きていたらジェイも笑ったに違いない。

可哀想なジェイ・・・。

クッカーのお湯はすっかり冷めてしまっていた。

麻酔のせいで僕は左腕が上手に使えなかったけど,ジェイが左手の指に引っ掻けていたカップでインスタントコーヒーを作って遺体の傍に置いてあげた。

ジェイとは前回のミッションで一緒のグループになった。最初の内は僕とは一切口をきいてくれなかったけど僕の方からはできる限り声をかける様にしてたら少しずつ話をしてくれるようになった。

ミッションが終わるとそれぞれの留学先に帰ったが,夏休みにはパリからわざわざブライトンにある僕のアパートに遊びに来てくれたこともあった。

たった1日だけだったがパブで酒を飲んだり自宅でインスタントラーメンを作って食べたりしながら2人で「こんな贅沢が最高だ」と笑い合った。僕がサッポロ一番塩ラーメンを作ってやると,彼は日本語で「おいしい」を連発していた。

「コーヒーは上手いか,ジェイ?」

元気だったジェイの笑顔と声が甦った。

「こんな贅沢が最高だ」

雨の様なパチパチという音は止む気配がなかった。

7.秋空とコーヒーと雨の音

2019年12月21日 | 日記
今回のミッションは前回に比べて熾烈を極めた。

それは派遣先の内紛が激化したこともあったが,あの時は難民支援が主な目的だったから,僕たちW.W.はまだ生きている人たちのために働くことが多かったんだ。

驚いたことと言ったら自分達に支給される食料が3日に1回ということと溜まった泥水ですら貴重な飲み水として水筒に納めなければならなかったことぐらいで,そんなのには10日も過ぎると慣れてしまった・・・。

第一,食料といったってドッグフードみたいな缶詰がたった1個支給されるだけで,僕はそれをベルトにぶら下げたバッグに突っ込んでちょっとした時間にスプーンで2,3回口に運ぶくらいだったから落ち着いて食べてる時間なんてなかった。

初めてそれが支給されたときは,まさかそれが3日分だなんて思ってもみやしなかったし意外に美味しかったから,円形に蓋を切り取ってしまって一気に腹の中へ掻き込んでしまった。

そのお陰で僕は2日間も水だけで過ごすことになった。これに懲りて次の支給からは先輩たちを真似て上蓋を完全に抜き切らないで開閉できる様に細工することも覚えた。

あの3週間は戦闘に巻き込まれることも少なかったし比較的緩やかな感じで過ごした。ヨーロッパの夏は日陰に避難すれば気持ちがいいほどカラリとしていたから日本の猛暑なんか比較にならないくらい過ごしやすかった。

でも11月の頭から参加した今回は全く違っていた。秋風は寒すぎるくらいだったし,景色も無惨なくらいに荒んでいた。

想像を絶したのは,派遣先でいきなり一方的な狙撃にあったことだ。

現地に到着して2日目の朝だった。目的地までまだ数キロあったが,今回は前回より情勢が悪化していたし,焼け出された人たちの実態を調査することが主な任務になっていたので,日が暮れてから現地入りするのは少し危険だろうという判断で,予め国連から指示された場所で一晩キャンプすることになったんだ。

翌朝8時には出発と聞いていたので,韓国人のジェイと僕は夜が明けるとすぐ起きて基地から持ってきたきれいな水でインスタントコーヒーを作ろうとしていた。生まれたての秋空は真っ青で雲ひとつなく爽やかに晴れ渡っていた。

ジェイと僕で大きめの折り畳みクッカーに水筒から半分ずつ出し合ってから湯を沸かそうとバーナーに火をつけていたら誰かが大きな声で叫んだ。

「Get down!」

ここではこのフレーズが聞こえたら誰もが反射的に身を屈める癖がついている。

元々破壊された石造りの建物の瓦礫に囲まれていたから,しゃがめば遮蔽物に身を隠せるんだ。

昔見た戦争映画とは違って実際には豪快な銃声は全くなく地面や建物の壁にパチパチと雨が当たる様な着弾音が聞こえるだけだ。

傍らでポコポコと湯が沸いている音がしていたが気にせず息を殺して僕は隠れていた。

僕達より相手側に近い瓦礫のこちら側でガードマン2人が高価な電子双眼鏡で射撃手を探していた。時々壁や地面に何発か彈着してあちこち小さな土煙が上がった。

僕はこんなときとにかく動かずにじっとしていた。後方の壁に隠れたり防弾チョッキの鉛板を2枚ずつに増やしたりしている僕のことをガードマンたちが「ウィンプ」と呼ぶ様になったのは前のミッションでのことだった。

ガスがなくなったのかクッカーをのせていたバーナーの火が消えて不気味な静けさが漂った。

オレゴン出身だという大柄なガードマンが脚付きの大型の機関銃の担当をしていたのだが,1発も応戦せずに突然大きな叫び声を上げながら助けを求めてきた。

声を裏返させながら「I've got shot!」を連発してたから僕は助けようとして無意識に飛び出してしまった。

言わんこっちゃない。やっぱりこういうときはじっと隠れてるのが1番なんだ。

遮蔽物から出た瞬間,左肘に強烈な衝撃が走って僕は揉んどり売ってそのまま頭から倒れた。

全身の力が抜けてしまい余りの激痛に息が止まって声も出なかった。