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無農薬・有機栽培野菜&ダイエット&自然&つれずれ日記

無農薬、有機栽培を中心にした日常の記録,etc

ウォーキング&ダイアリー(11月24日)

2010-11-24 06:15:23 | 日記


きょうの天気はすこぶる良さそう

星も輝く青空・・・


11月のRUNNING目標    25.0km
ただ今の合計            7.0km



ウォーキング日記開始  1月10日
通算日数         316日
昨日の歩数     13,146歩
通算の歩数      3,211,793歩
歩距離換算        2,248.3km (70cm/歩として)





日の出、日の入り
群馬県 日の出;06時29分   日の入り;16時31分
秋田県 日の出;06時33分   日の入り;16時19分


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小野小町を訪ねて ④

2010-11-24 02:39:55 | 秋田

小野小町伝説 

色々な説がありますが、概ねスジは同じです

実在したか、否か

全国に小町に関わる地名があるのも

また、興味がありますね 

以下は、湯沢市HPの小野小町伝説からです



平安の女流歌人・小野小町は、今から1200年程昔の 809年、出羽の国・福富の荘桐の木田(現在の湯沢市小野字桐木田)に生まれました。

 幼い頃から歌や踊りはもちろん、琴、書道となんでも上手にこなし、13才の頃には都へのぼり、都の風習や教養を身につけました。

 宮中に仕えるようになった小町は、その容姿の美しさと優れた才能から多くの女官中、比類なしと称され、その歌は六歌仙、三十六歌仙に残っています。


 しかし、故郷を恋しく思う気持ちは消えることなく、小町36才の時、宮中を退き、小野の里へと帰郷。庵を造って静かに歌を読み暮らしていたところ、小町を想う深草少将は、小町に会いたさから郡代職を願い出て、都から小野の里へとやってきたのです。

 深草少将は、会いたい旨の恋文を小町へと送りましたが、小町はすぐに少将と会おうとせず、「わたしを心から慕ってくださるなら、高土手に毎日一株づつ芍薬を植えて百株にしていただけませんか。約束通り百株になりましたら、あなたの御心にそいましょう」と、伝えました。

 少将はこの返事をきいて野山から芍薬を堀り取らせ、植え続けました。一株づつ植えては帰っていく毎日。実は小町は、この頃疱瘡を患っていたのです。百夜のうちに疱瘡も治るだろうと、磯前(いそざき)神社の清水で顔を洗い、早く治るよう祈っていました。


 深草少将は一日も欠かすことなく99本の芍薬を植え続けました。いよいよ百日目の夜。この日は秋雨が降り続いたあとで、川にかかった柴で編んだ橋はひどく濡れていました。

 「今日でいよいよ百本」。小町と会える日がきたと喜び、従者がとめるのもきかず、少将は「百夜通いの誓いを果たす」と、通い慣れた道を百本目の芍薬をもって出かけました。

 しかし、少将は橋ごと流され、不幸にも亡くなってしまったのです。小町は深い悲しみに暮れ、少将の亡骸を森子山(現在の二ツ森)に葬ると、供養の地蔵菩薩を作り向野寺に安置し、芍薬には99首の歌を捧げました。少将の仮の宿だった長鮮寺には板碑を建て回向し、その後岩屋堂に住んだ小町は、世を避け自像を刻んで、92才で亡くなったといわれます。


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