川口はいいところよ・・  ようこそ新潟へ

新潟県中越地震震源地から今年で早や12年。そげ落ちた信濃川の河岸段丘の表土も自然の力で草木が戻りました。

別れはどんなときでも理不尽です・・

2007-12-20 16:32:03 | ワブログから引っ越しました
先日遠い親戚の方から年賀欠礼が届きました。

亡くなった義母が事あるごとに

名前を呼んで懐かしがっていました。

1・2度お会いしただけですが

そばでいつも名前が飛び交っていましたので

親近感を覚えていました。

ご主人がお亡くなりになったとのことです。

欠礼のはがきを頂くまでわかりませんでした。

気を落とされていることと思いまして

子供だましのお供物を送りました。



今日

その方から礼状が届きました。

達筆な字で便箋に3枚。

年を重ねた男性ならごくありふれた病気で

10月末に手術をしたそうです。

順調に回復すればすぐに退院で来る病気ともいえない病気でした。

手術後彼は目を閉じたまま

「あるく・・歩く。」と言葉を発したまま

数日後意識を戻すことなく生涯を閉じたそうです。



文中

急な別れに戸惑っていられること、

夫は気難しかったので

周囲のかたがたは付き合いが容易ではなかったでしょうと気を配り

供物は頂かないでくれ

防犯上心配があるので

周囲には知らせてくれるな・・等

故人の意思を守らせていただいたと

丁寧な文章が綴られていました。



今は何がなんだか信じられないまま

今月十九日まで毎日菩提寺まで四十九日のお参りを欠かさずされておられたそうです。

いつになったらこの死を受け入れられるやら・・と。

手紙を書きながら

終戦前後田舎に疎開したことや

新潟県中越地震前に二人で訪れ

地震後行きたいと思いつつ

疎開当時の心の傷がうずくのでしょう

延ばし伸ばししていて

かなわなくなった・・と。

正直に素直な文面で語られていました。



わかっていても身内の死はなかなか受け入れれないのに

さっさと直して二人で楽しく旅行や散歩をしようねと

二人で話し合っていたのが

突然の別れでは

信じられなくて当然です。

電話をしようと思いながら

私も言葉の整理がつかずにいます。