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ウタマロ代表の勝手にコラム!

プロレス者「ウタマロ代表」が想う、そして綴る!
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CASSHERNについて(2)

2005年03月12日 | 映画コラム
〔否〕
①内容がちと分かり辛い。(決して僕が理解力に乏しいというわけではない。ハッキリ言うと監督が悪い。)
②結局、この監督が言いたいことは「反戦」とか「人類愛」なのか?そういう主旨であるならば…この映画での訴え方は物凄くチープだと思う。鼻につくシーンがたくさんあったし…。昨日観たばかりなので使わせてもらう、紀里谷さんはロマン・ポランスキーの爪の垢でも煎じて飲めなのだ!

僕はCASSHERNの原作を知らない。だから原作との関連性云々なんて話は分からないので、この賛否は映画を観たままのこと。

しかし僕としては〔否〕の②が気になったぐらい。映像も綺麗だし、キャストも豪華!まさにプロモーションビデオを観る様な感覚で、「素直な気持ち」(←ここが大事)で楽しめばいい映画なのではないか。皆が言うほど駄作ではないと思うし、感動する人もたくさん居るのではないかと思う。

違う楽しみ方と言ってはなんだけど、藤圭子の怨念パワーの集大成はやっぱり愛娘。彼女の夢は「夜開いた」のではなく「宇多田ヒカル」という天才シンガーによって開かれた。

親子でたくさん儲けたのだけど、娘が結婚した男が「映画を作りたい」と言ってきた。悩む親。でも可愛い娘が愛する男じゃないか。やってみよう!興行的にコケても仕様が無いよ…。協力するのは嫌だけどさあ…。

実際コケちゃった。

でも...でもなのだ!興行的に失敗し、このように賛否両論分かれる映画は何年後かにブレイクする可能性がある。内容の分かり辛さもその時には功を奏するはずだ。しかもテーマは「反戦」…。

そろそろお気付きか?そうだCASSHERNは第二の「シベ超」になれる可能性があるのだ!これはもう数年後を楽しみにするしかないじゃないの!

しつこいけど最後に一言。麻生久美子は最高だよぉぉ!!彼女を見れただけで...CASSHERNはそれだけでいいよぉぉ!そういう映画で十分なのだ。

K/A Online 麻生久美子 公認ページ

CASSHERNについて(1)

2005年03月12日 | 映画コラム
CASSHERN  監督:紀里谷和明 出演:伊勢谷友介 麻生久美子 寺尾聰 樋口可南子 小日向文世 宮迫博之 佐田真由美 要潤 西島秀俊 及川光博 寺島進 大滝秀治 三橋達也 唐沢寿明

【大東亜連邦共和国の遺伝子工学の権威・東博士(寺尾總)は人体のスペアパーツを可能とする新造人間の開発に勤しんでいたが、その結果生まれたブライ(唐沢寿明)は人類に宣戦布告。博士は、自分に逆らい戦場に赴いて戦死した息子・鉄也(伊勢谷友介)を新造人間としてよみがえらせた…。】

いつもの映画コラムと違い、出演者をやけに多く載せているのにお気づきか?だって見てくださいよこの豪華キャスト!この中では一番「華」も「ネームバリュー」も無い伊勢谷クンってのが主人公なんだけど、僕はよ~く知っている。広末の「元カレ」だからだ。一時期物凄く羨ましかった。悔しさで枕を濡らした夜もあった…。

まあ、彼女が結婚し出産した今となっては、そんなことはどうでもいいけど!

さてCASSHERN。観終えて思う「これは賛否分かれるだろうなあ…」。

その後、ネットでいろんな人のレビューを読んでみたら案の定そうだった。

僕の中でも賛否分けてみると…。

〔賛〕
①嫁さん(宇多田ヒカル)のPVやCDジャケット、ファッション雑誌、広告の写真を手掛けてきた監督だけあって、さすがに映像が綺麗
②透き通るような色白の肌。なんともいえない不思議な魅力。画面から「カネボウ サラ」の香りがしてきそうな麻生久美子がとにかく素敵!樋口可南子も綺麗だけど、僕は彼女を見る度に昔のヘアヌード写真集と糸井重里の大きな鼻の穴とリングス中継を思い出す。今回、麻生久美子と樋口可南子のツーショットを見て一気に「二世代分の世代交代」を感じた。未確認なのだが麻生久美子もなんかの映画で脱いでいるらしいのだ。絶対に観ねばなるまい!
③今まで一度もいいと思わなかった佐田真由美の良さを発見できた。

(つづく)

ナインスゲートについて

2005年03月11日 | 映画コラム
ナインスゲート  監督:ロマン・ポランスキー 出演:ジョニー・デップ フランク・ランジェラ

【世界に3冊しかないという「影の王国への9つの扉」。この悪魔の祈祷本について、収集家から真贋の鑑定を依頼された本の探偵コルソは、ニューヨークからヨーロッパヘと旅立つ。書物の謎を解いていくコルソの前途には、人間の英知を超えた恐ろしい罠が待ちかまえていた。彼が最後にたどり着いた謎の真相とは…。】

「戦場のピアニスト」のロマン・ポランスキー監督作品。

主人公のコルソ(ジョニー・デップ)と同じように、「常に」ウイスキー片手に観たのだけどとても楽しめた。

内容の奥に込められたメッセージを読み取るとかそういう映画ではなくて、ポランスキー監督ならではの重厚かつ不思議な世界、物語の面白さ、ジョニー・デップのセクシーさやヨーロッパの古城の美しさなどを堪能しながら謎を解いていくオカルト・ミステリー。しかしオカルトと銘打つが全く怖くは無かった。

う~ん、映像が重厚だったなあ。カメラワークがいいのかな?とにかくヨーロッパの重く、暗~い感じが堪らなく良かった。常に酒を飲み、本を扱う仕事のクセにタバコをよく吸い、主人公なのに決して強くはなく…でもとってもセクシーなジョニー・デップも素敵だった。特に考えさせられるという内容ではないけれど、平日に観るにはピッタリ!

日本人の僕らにはこの映画で扱っている「悪魔信仰」の話は正直ピンとこないと思う。しかし映画というものが観ている僕らを非現実の世界に連れて行ってくれるものだとしたら、僕は「ナインスゲート」の世界には是非に行ってみたい。そう思わせてなんぼでしょ?だったらやっぱりポランスキーは凄いのだ。

うんっ今日は「一つの世界」を堪能できた!ずっと心に残るか?と言われたら分からないけど、面白い作品ではあったのだ。

男と女について

2005年02月17日 | 映画コラム
男と女  監督:クロード・ルルーシュ 出演:アヌーク・エーメ ジャン=ルイ・トランティニャン

【妻に自殺されたレーサー(ジャン=ルイ・トランティニャン)と、スタントマンの夫を目の前で失った女(アヌーク・エーメ)。寄宿学校にいる互いの子供を通じて知り合った男と女は、次第に惹かれ合い恋に落ちていく…。】

1966年の映画である。今って2005年だ。約40年近く経っているのだけど、今観てもとにかくお洒落!現在のお洒落さは、この時代のこの映画のお洒落さが軸になってないか!?というくらい。

しかし何と言ってもこの映画は音楽。今聴いても最高なのだ!

ダ~バ~ダァ~……ダバダバダ、ダバダバダ♪ダーバーダァー♪ダバダバダッ、ダバダバダ♪♪

作品を観終えた今、音楽を聴いただけでその世界にトリップできる。

昨今、日本でトップチャートの上位を占めている、チンケでただひたすら軽いだけの中身の無い音楽…40年後は誰も思い出さないよ…。

この映画の音楽担当:フランシス・レイにMY紫綬褒章を捧げたい。

もう名作中の名作なので、内容の詳しい説明はナシ。レビューも多くの人が書き尽くしているはずだ。

なんとか自分オリジナルの言葉で作品を表現できないものか…?

……うんっ決まり!この映画は、

『男が自分の頭の中で繰り広げた妄想や、実際自分が惚れた女にした行動がいい方向に向かった例』

そう評したい。

僕の若い頃は空振りばかりだった。

今!こんな時間に!物凄く遠いところに住むあの娘に逢いに行ったらさぞかし悦ぶだろう!…と思って行ってみたら迷惑がられた。

今度逢ったなら、こう言ってみよう。そうしたら彼女はこう言うはずだから、僕はこう言おう!…あれあれ~?全然違うこと言ったよぉこの娘は。

まあ何年経っても、この映画を観終わった今だって女性の気持ちなんてちっとも分からないのだ。

映像について。モノクロとカラーのシーンが交差する。そしてアヌーク・エーメがただひたすらに美しい…。

見ていない方は是非。(ちょっと外れるけど、WRC好きの方にもオススメだ。)

なんてこった…。また「素敵な恋がしたい症候群」にかかっちまった。

まあ、インフルエンザにかかるよりはいいですかね。…?何?インフルエンザよりたちが悪いって?

もういいよ!分かった上で「素敵な恋がしたい症候群」にかかってやれなのだあぁぁ!

マルホランド・ドライブについて

2005年02月07日 | 映画コラム
マルホランド・ドライブ  監督:デイヴィッド・リンチ 出演:ナオミ・ワッツ ローラ・エレナ・ハリング ジャスティン・セロウ

【真夜中のマルホランド・ドライブを走る車が事故を起こす。一命をとりとめた女(ローラ・エレナ・ハリング)は、高級アパートの部屋に忍び込む。そこは女優志望のベティ(ナオミ・ワッツ)が有名女優の叔母から借りた部屋。ベティは女を叔母の友人だと勘違いし、女も話を合わせるが、彼女は記憶喪失になっていた…。】

甘美で摩訶不思議なリンチ・ワールドが目眩く繰り広げられる。「この映画を音楽のように感覚でとらえて欲しい」と言ったデイヴィッド・リンチ。

音楽なら意味や解釈よりまず感覚でとらえるもの。しかし映画に関しては皆言葉で解釈したがり、そこに意味を求める…。それが無意味だということなのだろう。

さて「マルホランド・ドライブ」について。

『魅入る』

この言葉が一番適切ではないか。僕はそう思った。

ベティ(ナオミ・ワッツ)とリタ(ローラ・エレナ・ハリング)の悶絶するような美しさ。そして「ツイン・ピークス」を観たときにも同じように感じた、「これはリンチの夢なのか?」と思えるような不思議な感覚。とにかく僕はこの作品に魅入ってしまった。

必見は二人のレズシーン。綺麗だ。あまりに綺麗過ぎる。でも何なんだこの不安感は。なんて言ったらいいのかな…ああ語彙が足りないっ。そうだ「妖麗」だ。二人は妖麗ですよぉぉ。

物語の前半、カバンの中に入っていた三角柱の青い鍵。物語の後半、劇場で手に入れた同じく青い小箱をその鍵で開けたところから…もうリンチ・ワールド炸裂!気をつけないとこっちがやられちゃう。

時間軸が滅茶苦茶になって、ベティ?っんダイアン?う~ん、よく分からない!でも待って!あ~ラストはそう来たかぁぁ…と。壮絶なラスト!観てるこちらもオカシクなっちゃいます。

この部分を曲に例えたら「サビ」ってことなのだろうか?小箱を開けたその後からがリンチ流の「サビ」。この映画が全体が一曲だとしたら、ずっとメロディアスなのが続いて、最後にぃ~サビってな感じ。

いやあ堪能させていただきました「リンチ・ワールド」!異次元の世界にトリップしたかのようだったのだ。

最近、日本で流行っているどこぞやの国の「ベッタベタなドラマ」は僕は観ない。だって僕の中では「感性」というものがプライオリティーで最上位にくるからだ。だから僕はこの映画に魅了された。これはもう必然だったと言える。

(実は昨日のメメントに引き続き、一回観た映画をもう一度観てしまった。今、WOWOWでアカデミー賞特集をしている。面白そうなのがあったら観てみようっと。)

メメントについて

2005年02月06日 | 映画コラム
メメント  監督:クリストファー・ノーラン 出演:ガイ・ピアース キャリー=アン・モス ジョー・パントリアーノ

【妻を何者かに殺されたショックから、10分しか記憶を保てなくなってしまったレナード(ガイ・ピアース)。彼は犯人を突き止める為、出会った人物や手がかりとなる物のポラロイド写真にメモを書き、自らの体に刺青を彫り、事件の真相を追っていくのだが…】

実は僕、一回観ているんですこの映画。一年ぐらい前だったかなあ。CSかWOWOWでやっていたのを10分くらい経ってから観たのだけど、途中からだったので何が何だか分からなくて、その時は観るのを止めてしまった。

でもある理由により、観てみようかと!

さて「メメント」について。

「リバース・ムービー」と呼ばれるこの映画。時間の流れが通常とは反対に進行されていく。

観る前にそういうものだって分かっていたからよかったものの、知らなきゃ何が何だか分からない。

前向性健忘(劇中では、記憶を10分しか保てないという設定)になっている主人公。とにかくポラロイドを撮り、そしてメモる。

記憶とはなんなのだ?不確かなものには違いないけれど、これを見る限り絶対に必要だよね。だって、あんなメモ&刺青の書き方じゃあ、何が何だか分からないじゃない?

自己同一性とかそんな難しいこと言う前に、こんなんじゃあ困る。フツーに思った。前向性健忘って物凄く大変だ!

そんな主人公に係わるメンツもオカシイっちゃあオカシイ。ラストですべてが分かるけど、この後味の悪さはなかなかナイスだったのだ。

「リバース・ムービー&前向性健忘」というアイディアだけで監督:クリストファー・ノーラン&原作:ジョナサン・ノーランの勝ち!

ガイ・ピアースも無茶苦茶カッコよかったし(こういう体が目標だ)、キャリー=アン・モスも「マトリックス」の時より、こちらのほうが断然セクシーではないか。でもベッドシーンが欲しかったなあ。是非見たいのだ。

なんだか観てるこちらの「記憶力」が試されてるんじゃないの?ってな映画だったけど、この斬新さ&ストーリーの面白さはかなりのもの。皆さんも興味があったら是非観て欲しいのだ。

さて話は変わりますが、「ウタマロ代表の勝手にコラム!」これから映画コラムが増えていきます。

理由は…こないだ逢った女子大生が超映画好きなのだ(*・.・*)しかも精神的にイカレてる&キモイ系が好きなんだそうだ!

う~んやりました!今までそういう映画をたくさん観てきて良かったあ!僕は単純だから、これまで以上にそういうを映画をたくさん観るのだぁぁ!そして語り合いたいのだぁぁ…って10分経ったら今言ったことも多分忘れます。前向性健忘というわけではないのだけど…はいそうです!皆さんのご想像通り飲み過ぎだから。

これ書いてる今もウイスキー…これ何杯目だろう…まあいいや。もう寝ます!

シカゴについて

2005年01月04日 | 映画コラム
シカゴ  監督:ロブ・マーシャル 出演:レニー・ゼルウィガー キャサリン・ゼタ・ジョーンズ リチャード・ギア

護国神社に初詣に行ってきた後に「シカゴ」を観た。去年WOWOWでやっていたのを録画しておいたのだ。節操無しの無茶苦茶な感覚だけど御勘弁を。

新年初の映画である。出来るだけおめでたい映画が観たかった。事前に内容は全く分からなかったのだけど、番宣で華やかなシーンを観ていたから「これだ!」と思ったわけ。僕を知っている人ならあまりにキャラに似合わないため笑うかも知れないけど、実は僕。こういう「ミュージカル映画」...嫌いではないのだ。

「ムーラン・ルージュ」のニコール・キッドマンも飛び切り華やかで素敵だったし、「ダンサー・イン・ザ・ダーク」のビョークは才能を爆発させていた。(ちなみにこの映画、ハッピーエンドではない。)

今回はレニー・ゼルウィガー&キャサリン・ゼタ・ジョーンズ!もう二人ってば最高だった。キャサリン・ゼタ・ジョーンズがオセロの松島に似ていたのが少し気になったけど...

1920年代のシカゴを舞台にしたボブ・フォッシーのミュージカルをロブ・マーシャル監督が見事に映画化。第75回のアカデミー賞「作品賞」「助演女優賞」など獲得した。有名な映画なのでストーリー紹介は割愛したい。

さて感想。レニー・ゼルウィガー演じる「ロキシー」、キャサリン・ゼタ・ジョーンズ演じる「ヴェルマ」ともに殺人犯なのだ。なのに本人たちは全く悪びれることなく、無罪を勝ち取り、ただ有名になる事に必死。そこに登場するはリチャード・ギア演じる弁護士ビリー。今回は彼が特に良かった。

リチャード・ギア。ああいう役をやらせたら本当にうまいなあと思った。かなり齢をとっていたのに少し驚いたけど、大人の男のいい意味での「軽~い感じ」と「軽~いエロさ」に『ちょっとだけスタイリッシュにしたライトな高田純次っぽさ』を見た。

もう人を殺して云々なんて道徳なんかどうでもよくなっているこの映画。ただ、華麗なミュージカルシーンとテンポ良く進む物語の面白さ、1920年代のシカゴの雰囲気、そして映像の美しさを観ればいいと思います。うんっ面白かったですよ。「薦める?」と聞かれたら勿論薦めます。

最後にレニー・ゼルウィガー。「ブリジット・ジョーンズの日記」の時からいったい何キロ絞っているのだろう...まさにプロ!君は本当に美しい。

ポーラXについて

2004年11月20日 | 映画コラム
ポーラX  監督:レオス・カラックス 出演:ギヨーム・ドパルデュー カテリーナ・ゴルベワ カトリーヌ・ドヌーヴ

あまりに破滅的で美しいこの映画は、ここ数年間で僕が観た映画のナンバー1!今でもほとんどのシーンが思い出せる。先日「ベティ・ブルー」を観た僕は、この作品についてどうしても書きたくなった。二日連続の映画コラム。

監督はレオス・カラックス。「汚れた血」「ポンヌフの恋人」など僕が唯一Jガール(僕オリジナルの日本人女性の呼び方)以外で愛したジュリエット・ビノシュと付き合っていたことでも有名な監督だ。

彼女と別れて数年間…長い沈黙の時を経て久しぶりに撮った作品がこの「Pola X」である。

『主人公のピエール(ギヨーム・ドパルデュー)は美しいお城に住む新進気鋭の作家。著名な政治家を父にもち、美しい恋人との結婚を控えている。そんな彼の前に「姉」と名乗る謎の女イザベル(カテリーナ・ゴルベワ)が現れる。ピエールは彼女に強く惹かれ、美しい恋人や家を捨てて、イザベルと彼女の友人、そしてその子供を引き連れてパリを彷徨うことになる。』

ピエールは文句ナシに美しい。カフェテラスでの場面など美しすぎる。男の僕がキュンとしてしまうくらいだもの。彼は明らかに上流階級の人間であり、将来を嘱望された若者だった。それが「姉」と名乗る謎の女イザベルの出現によってあっさり今ある地位や生活を捨て去る。

ピエールは純粋だった。純粋である故に社会の見えない境界線を踏み越えていく。この映画の冒頭の言葉を借りれば『日常の「タガ」を外す』ことをしたのだ。

イザベルは「東」からの亡命者だ。彼女達を引き連れているがゆえに、それまでは無縁であったはずの社会の蔑視にさらされていくピエール。

文句ナシに美しかった彼はその後どんどん視力を失い、牛乳瓶の底のような分厚い眼鏡をかけ、杖をつき、跛(ちんば)を牽きながら歩くようになる。才能も無くなった彼の書いた小説は出版社から認められず(失笑気味に扱われる)、彼は落ちるところまで落ちることとなる。

ラストに向けて。彼の変わりに「~~様」と呼ばれるようになった従兄弟を彼は…

『日常の「タガ」を外す』ことをしたピエール。女の為に落ちるところまで落ち、結局はフランスの社会通念に逆らったことを「後悔」したピエール。

僕は思い切り感情移入してしまった!『日常の「タガ」を外す』。
してみたいような、してみたくないような…でもそういう願望が僕にはあるのかもしれない。

前回の「ベティ・ブルー」のベティと比べてみる。

ただ自分の感情の赴くまま、周りの社会通念など「気付くわけも無く」落ちていったベティと、常に社会通念を「理解」し、それに「背を向けること」で落ちるところまで落ちていったピエール。

僕はピエールに惹かれる。

劇中、ピエールとイザベルのセックスシーンがある。彼と彼女が「本当に」兄弟ならばこれ即ち「近親相姦」だ。でも二人は愛し合う。暗~いシーンなのでハッキリといえないが多分、いや絶対にマジでセックスしている。是非御覧いただきたい。

最後に。イザベルは「真実」だけにこだわる。彼女は繰り返す「私は真実だけを言っていた」。

真実…真実…

彼女にとってもピエールにとっても「真実」は悲劇をもたらしたではないか。

考えさせられる作品。いつまでも心の中に「後味の悪さ」を残してくれる、僕にとって「珠玉の一品」。

ベティ・ブルーについて

2004年11月19日 | 映画コラム
ベティ・ブルー ~愛と激情の日々  監督 ジャン・ジャック・ベネックス 主演 ジャン・ユーグ・アングラード ベアトリス・ダル

何べんも言う。圧倒的に旬が過ぎた映画を観るのが好きだ!

一つは、繰り返しになるけど1,800円払って映画を観るのがバカバカしいから。まあこれは個人の懐事情と価値観によるからいいとして、もう一つの理由は「名作はいつまでたっても色褪せない」と思っているから。

さて、今回観た「ベティ・ブルー ~愛と激情の日々」。1986年の映画。18年も経っているのだが全く色褪せていない作品だった。しかしこの映画を観て気付かされたコトがある。それは「名作はいつまでたっても色褪せない」からいつ観てもいいのだけど、観るこちら側にはその映画を観る旬がある。ということだ。僕はこの映画を観るのが遅すぎた。

『海岸でペンキ塗りの仕事に従事している小説家志望の青年ゾーグ(ジャン・ユーグ・アングラード)は、感情の起伏の激しい性格の女性ベティ(ベアトリス・ダル)と恋に落ちていくが、愛が深まれば深まるほど彼女の奇異な言動はエスカレートしていく…。』

若い頃の僕ならベティの愛し方も「アリ!」だと思ったかも。「恋愛とは至極個人的な問題で自分と相手との二者間に存在するのだから、世間一般の常識に必要以上に囚われる必要はない」という考え方をしたかもしれない。

しかし僕は30も過ぎたおっちゃんだ。
「人生の意味は自分だけで完結するものではなく、常に周囲の人、社会との関係から生まれると言う事です。とすれば、日常生活において意味を見出せる場はまさに共同体でしかない。」
という言葉の方に説得力を感じる。

まわりが全く見えず、ただ愛だけに突き進んだ「ベティ」に僕は共感するものが1ミリもなかった。まあこれは、社会通念云々よりも僕が男だからだろうか?それとも日本人だからか?

僕が思い入れたのはゾーグのほうだ。「癇癪」持ちの彼女を愛するがゆえ、彼女のことを理解出来ないまでも無条件にすべてを受け入れる彼が物凄い男に見えた。僕も彼女を理解しようとしたが「社会通念」が邪魔して駄目だったし、なにより愛していないから無理なのだ。

さて、ラストに向けて。ゾーグの子を身ごもったかと思いきや、身ごもってなかったベティはさらにオカシクなっていき、結果片目をエグり取ってしまうわけだが、もうチャンチャラ可笑しいよ!

世の中には子供が欲しくても恵まれない方々が沢山居るのだ。たった一回ぐらいで何なのだ!弱すぎる。弱すぎるよ。だったら向井亜紀なんか目ん玉が何個必要になるのだ!

「激情」を肯定するのは僕的にはNGだ。

しかし「癇癪」って病垂(やまいだれ)が二つも付いているから絶対に『病気』だと思う。そんな彼女を愛したゾーグ。もう仕様がない。考えても仕方がない。受け入れるしかなかったのだ。僕も怒っても仕方がないか…

そして完全に気狂いになってしまった彼女をゾーグは…
「カッコーの巣の上で」(1975年 監督:ミロス・フォアマン 主演:ジャック・ニコルソン)のラストに酷似するがまあアリだろう。だって僕がゾーグでもそうするもん。

長々と書いてみたが「心に残る映画」には間違いない!

「名作と言われる映画は全て観てやろう」と思ってから数ヶ月。
やっぱり観て良かった!そう思えた一本でした。

仕立て屋の恋について

2004年11月12日 | 映画コラム
仕立て屋の恋  監督:パトリス・ルコント 主演:ミシェル・ブラン サンドリーヌ・ボネール

外は雨。気分はフレンチ。晴れていた先日、鑑賞途中で爆睡してしまったこの作品だけど、観るなら今日の方が合っているかも知れない。

気難しい性格から孤独な日々を送っている仕立て屋のイール。孤独。とにかく孤独。彼は自分の部屋から向かいの部屋に住む顎の四角い美女アリスを毎日覗き見していた。

毎日覗き見してるもんだから、アリスの恋人のエミールが若い女を殺害し、彼女の部屋に逃げ込んで来たのをもれなく目撃しちゃうイール。

ある雷のなる日、自分の部屋を覗き見するイールに気付いたアリスは、彼が事件に気付いていないか調べるため彼に近づく。そうと分かっていながら彼女に恋するイール。

刑事がエミールを疑い始めた時に、彼女がとった行動はイールに罪を被せるコトだった...

ラストは書かないけど、フランス映画らしく後味が悪くて僕はもれなくブルーになれました!パトリス・ルコント監督独特の寒々しい色調もたまらなく良かった。

主人公のイールってば鼻筋の通った色男で、仕立て屋らしくビシッとした感じの紳士。でもハゲなんですよ。しかも「ドリフのかつらハゲ」!ラスト・タンゴ・イン・パリのマーロン・ブランドみたくやらしい感じのハゲ方だったらよかったのだけど、ドリフハゲだったのはちとマズかったかな。でも色が白いのは良かった。この役は色白でなければ勤まらない。

この作品の裏には「究極の愛こそ悲劇的」というテーマがある。彼女に裏切られた(まあ、イールが勝手に思い込んでいただけだと思うが...)時の彼のセリフが良かった。

「笑うだろうが、君を少しも恨んでいないよ。ただ...死ぬほどせつないだけだ。」

これほど「せつない」の意味をキチンと分からせてくれるシーンはなかなか無いと思う。

このシーンを観たとき、外は降り頻る雨。雨の日はただでさえ人恋しくなるのに、さらに人恋しく、そして「せつなく」なれた僕なのでした。