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ウタマロ代表の勝手にコラム!

プロレス者「ウタマロ代表」が想う、そして綴る!
読者の皆様と一蓮托生!目眩くエロティックワールドへようこそ!

『無明流射』 ~シリーズ 童貞について考える~ 第弐夜

2006年01月17日 | 代表の「え論文」
メイン写真、早速皆様の目に入ったであろうか?

彼の名は『ちんこくん』

学生時代(小、中、高、大学)の僕と付き合ったことのある人間なら、誰しもが目にしたキャラクターだ。僕は人の教科書、ノート、手帳、黒板、トイレなどに彼を描きまくった。

ちんこくんは童貞時代に苦楽を共にした僕の大親友であり、そして…僕そのものだった。

またの機会に詳しく触れるが、僕が童貞を捨てたのは高校3年生の卒業式後、大学に入る前である。それまで僕とちんこくんは大の仲良しだった。

メイン写真は出逢った当初のちんこくん。僕と彼はたくさん話をした。

「ねえ、ちんこくん。タモさんが描く安産のお守りって、おま○この絵なんだよね?」

「そうだよ。でもあの絵はオカシイんだ!」

「えっ?どこがオカシイの?」

「あの絵はね。穴が一つしかないんだ。本当のおま○こには穴が二つあるんだよ。」

「へー。そうなんだ。」

「尿道と、そして赤ちゃんが生まれてくる穴ね。」

「あっ、そっか、そっか。そうでなきゃオカシイよね。やっぱり、ちんこくんは凄いなあ。」

「いやー、そうでもないよ(笑)」
そう言って、ちんこくんはタモさんの顔マネをしてくれた。


(クリックしても画像は大きくなりません。タモさん風ちんこくん。中学生の頃、坊主頭だった僕に「髪切った?」って何度も訊いてきたっけ。)

タモさんだけじゃない。ちんこくんはエッチな知識も豊富だったけど、顔マネのレパートリーも豊富だった。


(クリックしても画像は大きくなりません。中東風ちんこくん。この頃ちんこくんは偽造テレフォンカードを売っていた。)


(クリックしても画像は大きくなりません。ドラえもん風ちんこくん。「ぼうぉく、ちんこくん」って連呼してたっけ。)


(クリックしても画像は大きくなりません。筋肉スグル風ちんこくん。僕が傷つけるようなことを言ったときも「屁のつっぱりはいらんですよ!」って笑って許してくれたっけ。)


(クリックしても画像は大きくなりません。山下たろう風ちんこくん。バットで素振りしながらよく泣いてたなあ。)


(クリックしても画像は大きくなりません。水木しげるの漫画で妖怪にいじめられる人風ちんこくん。おどおどした感じがよく似てた。)

僕がエッチな妄想をする時には、いつもそばに居てくれたちんこくん。

いつも一緒で毎日が凄く楽しかった。あんなにあんなに一緒に妄想したのに、僕が童貞を捨てた日に彼は…何も言わず僕の元から去っていった。

大学時代に描いていたちんこくんは、このちんこくんだ。DJ-daiなんかはよく憶えているだろう。


(クリックしても画像は大きくなりません…。)

童貞を捨てたその日から、僕の描くちんこくんは笑わなくなった。目から光が消えた。蛻(もぬけ)の殻のような彼は、僕と一緒に楽しく妄想していた頃のちんこくんではなく、ただの…「絵」だった。

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女なんてそんなもんさ…。

ちんこくんが僕の頭から居なくなって14年が経ち、ようやくそんなふうに思えるようになった僕は、今ちんこくんに逢ったら休む暇もなく話し続けるだろう。

「ねえ、ちんこくん。おま○こってグロいんだよ。あれは内臓なんだ!」
「ねえ、ちんこくん。僕らが予想した通り、おま○この穴は二つあったよ!」
「ねえ、ちんこくん。こういう女とやったんだけどね。それが全くもってダメな女でさぁ…。」

これから僕の脳内にちんこくんが帰って来ることは二度とないだろうけど、ちんこくんと過ごした童貞時代を思い出すと、あの何も分からずにいた頃は、想いが無限だったのだと気付く。

女なんてそんなもんさ…。

そんな境地に立つ為に、僕はちんこくんとサヨナラしたのかな?

あの頃には絶対に絶対に戻れない。

取り返しがつかない、後戻りできない、元には帰れない。

それが童貞を捨てるということ。

失ってしまったものは、二度と手に入らない。

そういうものが世の中にあるのだと、初めての彼女と別れて3ヵ月後にようやく気付いた。

今も僕がHなことをする度に、ちんこくんが見ているような気がするんだ。

「なっ、代表?俺が言ったとおり、穴は二つあるだろう?」


〔text.The Gag Council〕

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『無明流射』 ~シリーズ 童貞について考える~ 第壱夜

2006年01月17日 | 代表の「え論文」
虎蘭(フーチンラン) : 「無明流射(むみょうりゅうしゃ)の旅ってなンですの!?」

竜太陽(ロンタイイアン) : 「闇の中にひとすじの光がある。過去を思い出すとき、心の中にかすかにさし込ンでくるものだが。」

竜太陽 : 「その光にあこがれ、もっと強い光の下でより鮮明に思い出に再会したいと渇望する、本能の希求でもあった。」

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クライングフリーマン(作:小池一夫 画:池上遼一) 第9巻 自由なる旅へ 無明流射 より


先日、僕が名物コメンテーターを勤める「快楽亭日乗」で、「篠田昌宏 公式ブログ」という、AVメーカーをリストラされた篠田昌宏という男が新規にAVメーカーを立ち上げるまでを、日記に綴っているブログを竜巻師匠がオススメしているのを見た。

篠田昌宏が立ち上げようとしているメーカーのコンセプト。

それは…『童貞目線』。

竜巻師匠は首を傾げていたが、僕はこの『童貞目線』というキーワードに思い切り食い付いた!僕はみうらじゅん氏と同じく、いかに童貞時代を悶々と過ごしたかが、その後の人間の奥深さ、面白さに関係してくると思っているので、『童貞』に着眼したこの篠田昌宏という男に非常に期待し、ブログを読みに行ってみたのだが…。

文章が読み辛くて、20分くらいで読むのを止めた(涙)

結局、彼がいうところの『童貞目線』というものが、どういうことなのかさっぱり分からなかったのだけど、僕が思う『童貞目線』とは何ぞやと自分に問いかけてみる。

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僕は約一年前の2月11日に「僕のオナニスト人生をクライングフリーマン的に総括したい」という記事を書いている。

無明流射(むみょうりゅうしゃ)

一年前、同じコンセプトで望んでみたこの旅は、結局エロDVDを買いに行ったぐらいで終わってしまったのだが、僕はもう一度その旅に出ようとおもう。

「その光にあこがれ、もっと強い光の下でより鮮明に思い出に再会したいと渇望する、本能の欲求でもあった。」

童貞時代に戻ってみよう。

もう、篠田なんておっちゃんの目線なんてどうでもいい。

僕は童貞時代のあの思い出に再会したい。

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というワケで本日より、「『無明流射』 ~シリーズ 童貞について考える~ 第○夜」と銘打った短期集中連載を開始します。

毎日アップするわけではないけど、童貞時代に僕が悶々と考えていたこと、童貞時代の大切さなどを切々と書いてみようとおもうのです。

久々のシリーズものに少し緊張しますし、たいした内容にはならないと思いますが、まあ書いてみるとします。

さあ、今日もオナニーして寝ます。

何故なら「童貞=オナニー」であるからです。

それでは皆さんおやすみなさいzzz


〔text.ウタマロ代表〕

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今日は池上遼一特集!

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秋の夜長にごっくんについて考える(3)

2005年10月04日 | 代表の「え論文」
「ごっくん」はどうだろう?

「ごっくんって何?」としらばっくれる女性もいるだろうから、ここでハッキリと言っておく。

女性が男性の精液を飲むことだ。

「ぶっかけ」と「ごっくん」の違いは、ザー○ンがティッシュで拭き取られゴミ箱に捨てられるのか、はたまた体内に入るのか…それだけのことだ。されど、体内に入る…ここがポイントではないか。

結論を言う。

僕は「ごっくん」について、究極の愛の形としてカニバリズムに辿り着く人の気持ち…すなわち愛するものの肉を食らい、自分の身とする…この感覚に近いのではないかと思うのだ。

現象だけで定義する。男と女は粘膜が触れ合うことが性の高揚になる。ディープキスをして、粘膜と粘膜を絡めあう間、人は恍惚な気分になるが、そこでは免疫抗体反応が起こっている。人体は「非自己」を排除しようとするからだ。しかし、「粘膜が触れ合う=免疫抗体反応が起こる」とき、人は最大限に興奮するのかもしれない。ディープキスしかり、ゴムなしセックスしかりだ。

そして、「ごっくん」。すなわち男性の精液を飲む。粘膜と粘液が触れ合う。人体は異物を排除しようとするけども、気持ちとしてはこんな不味いものを飲んででも相手を受け止めたい。そして二人で恍惚に浸りたい。これはまさに愛のパラドックス。

思春期の娘に反抗されながら、そして娘が援交しているのを分かっていながら、小遣いを渡すために体に鞭打ち働き続けるお父さんの気持ちとはちょっとだけ違う。ゴックンは体内に吸収されるのだ。

だから、自分のものを飲んでくれる女性を男性は愛おしく思う。申し訳ないと思いつつも、嬉しくて堪らない。だから、ザー○ンが口に残っていても構わずにキスしたくなる。粘膜と粘膜を絡めて免疫抗体反応を起こしたくなる。

自分で頼んでもいないのに飲んでくれたら尚更だ。これは「おらが村にこ~んな気立てのいい娘っ子が嫁に来てくれたっぺぇ!かあちゃん感謝しなさぁ。んだべ、んだべさぁ。」という感覚に近い。

でも、「俺以外にもこんなことしてきたのか?」…そう思う男も居るから女性は注意されたし。「飲んで」と言われてから、判断すべきかも知れないな。

ただ、普通は飲んでくれないからと言ってその女性を嫌と思うものではないし、普通に考えたらそんなの飲むものじゃない。もともとザー○ンは繁殖用で、飲食用ではない。ザー○ンを飲むなら、デカビタCやオロナミンCを飲んでいたほうがよっぽど健康的だ。「飲まないから嫌!」などと言う男性とは別れることをオススメするよ。

今回の記事で、『皮膚にかける「ぶっかけ」と、粘膜に出す「ごっくん」はこうも違うものなのだ。』それが分かっていただけたら幸いである。

ただ注意すべきことが一つ。

セル系の作品で、男性のザー○ンを大量に貯め、それを一気に飲むというものがあるが、それは愛のカタチではなく、ただ単に「やり過ぎ」というものだ(笑)

最後にくどいけど、もう一度言っておく。

「ザー○ンは繁殖用で、飲食用ではない。場合によっては愛のカタチになるけども…。」


〔text.The Gag Council〕

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秋の夜長にごっくんについて考える(2)

2005年10月04日 | 代表の「え論文」
皆さん「PRIDE」をご覧になるだろうか?知らない方もいらっしゃると思うので少しだけ説明すると、「PRIDE」とは今や「K-1」と並び押しも推されぬ日本の二大格闘技興行で、桜庭和志や吉田秀彦が活躍している、いわゆる「総合格闘技」というやつで、簡単にいうと金的への攻撃や目潰し以外は何でもありの立ち技&寝技の試合である。

ここに数年前からヴァンダレイ・シウバという恐ろしく強い格闘家が参加しているのだけど、彼は当時旭日昇天の勢いだった桜庭和志をボッコボコにして、一躍スターダムにのし上がった。

でも僕は彼の試合を観ると必ず嫌な気分になる。最近は彼に限らず、主にブラジル系の選手の試合を観ると「ある行為」が目に付くのだ。

その「ある行為」とは…相手の顔面を踏みつけるということ。

顔面というのは人格そのものだ。それをかかとで踏みつけるなんてことは、僕ら日本人の感覚からすると出来ないことだし、それは人格破壊につながる。ブラジル系の選手達は勝つためには平気でそれをするし、勝った後は「家族が一番大事。家族を愛している。」なんてことを平気でほざく。

閑話休題。

何故「顔射」に背徳を感じるか?…そう!顔面が人格だからだ。

女性の可愛い顔を自分の精液で汚す。最近セルで「凌辱モノ」がたくさん出ているけど、女優の顔に男優達のザー○ンが次々とかけられる。ビンビンのペ○スでホッペを引っ叩かれる、顔に小便をかけられる…。

僕は思い切り背徳を感じる。でもチ○コはビンビンになっている。申し訳なく思う…。

このように、「ぶっかけ」というのは非常にサディスティックな行為であって、男性が征服欲を満たすという目的の為に行われるというのは否定できない。

「ドM」な僕があまりぶっかけに思い入れがないのは、これで説明がつく(*・o・*)

さて次は「ごっくん」についてだが、「ごっくん」は「ぶっかけ」と一線を画す。

どういうことかは次の記事を読んでいただきたいと思う。


(続く)


〔text.The Gag Council〕

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秋の夜長にごっくんについて考える(1)

2005年10月04日 | 代表の「え論文」
今日の考える題材 : 女性が男性のザー○ンを飲むということ


初めに断っておくが、今回の記事はかなりエグいので、エロが苦手な方は読まないことをすすめる。

さて、今回の思考は、ある女性がある筋金入りのエローな男性にした「ある質問」を見たのがきっかけだった。

『精液を飲まない女性より飲んでくれる女性の方がいいですか?「飲んで」って言って、飲んでくれない女性は少し嫌な感じですか?』

なんともまあ、素朴でストレートな訊きかただこと(*・o・*)僕はドキっとしてしまったよぉ。すると、ここである女性から横レスが入る。

『きっと男性は、そんなことで、征服欲を満たしてみたいのでしょう。』

う~ん確かにそういう一面もあるから、一概には否定できないけど、僕が思うにこれはちょっとだけ違うのだ。まず、「ぶっかけ」と「ごっくん」は別物というところから説明したい。

「ぶっかけ」…いわゆる「顔射」は、僕も昔記事にしたけども、日本エロ史に燦燦(さんさん)名を残す大天才「村西とおる」監督が生み出したフィニッシュ方法だ。真の天才がやったことなので、どうしてそれが生まれたかついては凡人の僕では分からないけども、それまでオナニーしていても、どこで射精していいか分からなかったAVにおいて、「ここで出すんだよ」という合図を与えてくれたことだけでも、「顔射」誕生はエポックメイキングな出来事だったといえる。

ただ、どうして顔でなければダメだったのか?別に出すなら腹や胸でもよかったはずだ。

僕が思うに天才はそこに「背徳」を感じさせたかったのだ。日本人にとって背徳感はエロにつながる。申し訳ないと思いつつ勃起するのがジャパニーズスタイルなのだ。

では、何故「顔射」には背徳を感じるのか?これにはちゃんと理由があるのだが、次の記事に譲りたい。

(続く)


〔text.The Gag Council〕

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「男の人って、エッチなことを考えてる時間は一日のうち何割くらいですか?」についての解答

2005年09月18日 | 代表の「え論文」
『男の人って、エッチなことを考えてる時間は一日のうち何割くらいですか?』

男性諸君。女性にこう訊かれたらどう答えようか?

残念ながら、僕の面白い回答を期待して質問をしてくれたであろう「みみ」さんや、皆様の期待を裏切るようで大変申し訳ないのだけど、僕はそう訊かれたらこう答えるしかないと思う。

『人によるので分かりません…すみません。』

だって、こう答えるしかないでしょう!?でもこれで「ハイ、お仕舞い…」ってワケにはいかないだろうから、もう少し考えてみることにする。

例えば1日に8時間寝る人だと、朝目覚めてから夜寝るまでエッチなことしか考えなければ最高16時間だから、四捨五入すれば6割7分となる。これをMAXとしよう。ここでは夢の時間は除いている。だって、本人の意思によるものではないからね。

16時間もの間、純粋にエッチなことのみを考え続けるのは無理だ。「腹が減った」とか「ウ○コしたいなあ」って思う時間が絶対にあるはずだから。(ウ○コはすぐさまスカ○ロに結びつけられるけど。)

「エッチなこと」というのは他の事柄と同時に、かつ融合させて考えることが出来る。例えばある女の子の悩みを聞きつつも「いい乳してまんなあ」と思うってのは、男ならほぼ経験しているはずだ。

つまり、6割7分の世界は「エッチなこと純度」が低くなる。

ではエッチなことを考えてる時間の「純度」が一番高い時っていつだろう。生活の中で、何事にも邪魔されず、「純度100%」のエッチなことを考えている時間って。

「純度100%」のエッチなことを考えている時間…それは「オナニーしているとき」しかないと思う。とかく邪な感情が混ざりこむセックスは「純度100%」のエッチなことを考えている時間とは違う。

むかし僕がヘビースモーカーだった頃、「タバコを吸いながらニヒルにオナニーをキメる」というのを流行らせようと思って皆に推奨したのだけど、一切流行らなかったうえに、僕は「危険思想を振りまく男」として扱われてしまった。

いま考えてみると僕はなんて馬鹿なことをしたのかと思う。皆がタバコを吸いながらのニヒルなオナニーに嫌悪感を示したのは、真剣み溢れるオナニーをしていたからだ。いつだってオナニーは真剣にやるものなのだ。僕の御ふざけ提案なんか却下されて当たり前だった。

小中学校時代、学校の先生が「ながら勉強」をしてはいけませんと言っていたのを思い出した。ながら勉強とは「テレビを観ながら」「ラジオを聞きながら」「お菓子を食べながら」など、「○○しながら」する勉強のこと。当たり前だ、そんなんで集中できるワケが無い。それでも集中できると言う方は、限りある資源を無駄にしないためにもテレビやラジオはスイッチを切ったほうがいい。

さて、オナニーの所要時間の平均って何分くらいなのかなあ?みんな大体皆10分~20分ぐらいのもの…だよね?

最低で10分としよう。割合でいうと、10/1440=0.0069444…約0.7%。

結論が出た。

Q : 男の人って、エッチなことを考えてる時間は一日のうち何割くらいですか?
A : 一日8時間寝る人の場合で「0.7~66.7%」です。幅が広いのは「その人による」部分が大きいから。そして割合が増えるほど、「エッチなこと純度」は減っていく傾向にあります。「純度100%」のエッチなことを考えている時間はオナニーをしているときで、誰もが無口になります。笑ってオナニーする人はいないし、タバコを吸いながらのニヒルなオナニーは寝タバコより危険な行為です。彼氏がしているところを見たら、注意してあげてください。


〔text.The Gag Council〕

明日は『~代表VS人妻 名勝負数え唄 30選~スペシャル!』

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『キャバクラ論』不掲載の御詫び

2004年12月14日 | 代表の「え論文」
「放課後論」に続く僕の論文第二段だった「キャバクラ論」。

土曜日に「擬似恋愛編」を掲載。そして月曜日の午前中に「虚実皮膜編」その1、その2をアップさせたわけですが、ワケあって削除させていただきました。楽しみにしていてくれた皆様には大変申し訳ないことをしました。ここに御詫び申し上げます。

削除理由その1:論文と銘打ちながら、ただの思い出話になってしまったこと。

【論文】①論議する文。理義を論じきわめる文。論策を記した文。②研究の業績や結果を書き記した文。「卒業-」「学位-」。
とある。「擬似恋愛編」はまだ論文チックだったのだが、「虚実皮膜編」がまんま思い出話になってしまった。僕は終わってしまった恋を「物凄く美化」してから、脳の片隅に貯蔵。時々思い出してはセンチメンタルになってみるという行為をよくする。

これは牛が一度飲み込んだ食べ物をもう一度口に戻してよく咬んでから飲み込むというのとさほど変わらないように思えるが、消化器系で行うのと脳で行うのとはやはり違うだろう。論文を書いたつもりが、思い切りセンチメンタルになってしまったよぉぉ。

削除理由その2:よく考えたら、そんな文を僕のステディに読まれでもしたら一大事だったということ。

…すみません。99%こっちの理由で削除しました。大体が酔って書いてるもので…記事をアップさせるまで気づかない僕も馬鹿っていえば馬鹿なんだけど、あんな文読まれたらとても困るのだぁぁ。絶対に読まれないとは思うけど、人生何が起こるか分からないものね。

というわけで「キャバクラ論」。日の目を見ることはありませんでした。朝のほんの数時間アップさせただけ。読んだ人っているのかなあ。

でも、僕のキャバクラ論は色んな記事に織り交ぜていきますから皆さん要チェックです。気づいた方はただ「ムフッ」っと笑ってやってくださいね。

『放課後論』~短期集中講座:第2回~

2004年10月08日 | 代表の「え論文」
【放課後アイテム応用編】

前回はアイテムが大事という話をしたが、今回はアイテムに行動が加わって効果を発揮する場合の説明をしたい。

例えば「手袋」だ。手袋も千差万別。またまたザックリ系の手袋もあれば、お手軽なところで「のびるマジック手袋」なんて代物もある。ここで大事なのは手袋単独ではマフラーと勝負が出来ないということだ。

はっきり言って役者が違う。相撲で言うと手袋はやっと幕内に入れるか入れないかぐらいの実力なのだ。まあかなり可愛い手袋で、かなり頑張って前頭筆頭ぐらいだ。

しかし、しかしだ!手袋はいろんな状況が加わると軽く三役になれるのだ。いや、そのシチュエーションによっては横綱になりうる実力も持っている。

【ハンドルを握って滑る】

例えば、手袋のせいで自転車のハンドルが滑って転んでしまうってのはどうだろう?
地面はコンクリートでその上に細かい砂利があったりすると尚転んでグーだ。砂利は転びを促進する。余談だが、仏教好きな僕は「促進」と聞くとまず「即身成仏」を思い浮かべる。あくまでも余談である。

話を戻す。こんなことが起こると急にその娘が愛しくなる。抱きしめたくなる。
その時のギャラリーはその娘の友達(かなり仲がいい)と自分の三人がベストだ。

恥ずかしさを誤魔化すために仲のいい女友達は必ず必要だ。自分と彼女の二人きりだと逆にその後の関係がギクシャクしてしまうし、その後もし二人が付き合うことになった場合、その時の状況を証言してくれる人物は居た方がいいに決まってる。

そして、その他のギャラリーは居ないほうが望ましい。だってその娘がそれ以上の恥ずかしい思いをすると、必要以上に彼女を追い詰め、ヘタすると自殺してしまう危険性があるからだ。

まあ、そんなことより実際は、絶好のトキメキシーンを見るのは自分だけにしておきたいと言うのが気持ちが一番なのかもしれない。

【冬、冷たくなった頬に手袋を近づける】

冬の冷たい空気で悴んだ顔、白くなった息、手袋。この3つのコラボレーションパワーは凄まじい。「さむいよぅ」と手袋を顔に近づける彼女...もうこれ以上、説明は不要だろう。

このように手袋は単独では少し弱いが、その状況によっては軽くK点を超えてしまう。
アイテム一つとっても奥が深いのが『放課後論』なのだ。

次回はいよいよ精神性に入っていく。リクエストがあった「ソックス」はAVのコラムと絡めて説明したいと思います。

『放課後論』~短期集中講座:第1回~

2004年10月07日 | 代表の「え論文」
まず前回の『放課後論』~序章~が大反響だったこと、皆様に感謝致します。誠にありがとうございました。さて本日より短期集中講座を開講致します。そのくだらなさに驚かれるかと思いますが、何卒お付き合いしてくださいますよう宜しくお願い申し上げます。

【本当に今更ながら「高校教師」について考える】

前回の文中で「上戸彩、松浦亜弥には感じない。市川由衣には感じるものだ。」と言った部分を補足させていただく。

松浦亜弥に放課後は感じない(違う回に説明します)これは間違いないのだが、上戸彩に関しては「去年までは」猛烈に感じたのだ。まさに「放課後ガール」の急先鋒だった。彼女をその地位まで上り詰めさせたのが、1993年の大ヒットから10年の時を経てリメイクされたあのドラマ「高校教師」だ。

何故に今、彼女に放課後を感じないかというと簡単だ。だって、「ペ」とオロナミンCを飲む為だけに朝鮮半島に渡る女子高生なんていないからだ。

【アイテムが重要なのだ】

とにかく思い出されるのが、あのマフラー姿だ。あの白マフラーはやばかった。失神するかと思った。幸い、「失神」はしなかったが「失禁」してしまった。

さて、ここで言いたいことは放課後には「放課後アイテム」なるものが存在するということだ。
マフラーは間違いなく「放課後アイテム」なのだ。ああいうザックリした白マフラーは「可愛さ」や「愛おしさ」をUPさせる。

これがカシミアの白マフラーなんかになると、「育ちの良さ」や「家柄の良さ」をアピールすることになる。これはこれで良いのだが、下手すると延いては「お母さんが絶対に美人」という話になって、ベクトルが人妻モノのVシネマに向かってしまう場合がある。

このドラマでの上戸彩はお父さんがリストラされ母親との関係がうまくいってない、自分が帰る場所が無いという役どころなのだから「愛おしさ」をUPさせる「ザックリした白マフラー」で正解というわけだ。

同情心に愛おしさを掛け合わせるのはこの脚本家の常套手段で「家なき子」もそうだった(違ってたらすみません)。

このように放課後論では「マフラー」ひとつが大事になってくるのだ。こういうディテールの積み重ねは、僕らのあの頃の記憶と重ね合わせることができる。延いては思い出をキレイなまま保存できるコトにもなる。感じとしては今流行りのデジタルリマスターと少し似ている。

【ドラマに関して注文をつけると】

眞鍋かをりは水泳部の顧問になって水着姿を見せるべきだった。あの胸を見せないのは本当に勿体無かった。あの広い肩幅と相殺しても断然胸の魅力が勝る。自慢だけど僕なんか彼女の写真集を何冊も持っているのだ。

あと、余談だが江沢真美役の蒼井優を伝説のAV監督:村西とおる氏、漫画家の杉作J太郎氏が揃って絶賛している点を指摘しておきたい。

さて、そろそろ時間だ。続きはまた次回。

『放課後論』~序章~

2004年10月05日 | 代表の「え論文」
殿方は女性ナシでは生きていけないと思う。僕なんか三度の飯より女性が好きだ。文明が進歩したからって人が進歩したというわけではないし、今も昔も男と女の物語は変わりなく連綿と続けられているのだ。

人の好みってまさに千差万別だ。他の男が女性の何処に惹かれるかなんて知ったことではない。だけども僕が18年間言い続けてきたコトがある。

戦後教育と切っても切れないこの理論。昭和20年、あの大戦に負け奇跡の経済復興を果たした日本。終戦から来年は既に60年。戦後の義務教育と共に必ずあった。それは…『放課後』。

今日は序章である。ヒントだけ言っておきたい。
上戸彩、松浦亜弥には感じない。市川由衣には感じるものだ。

携帯やメールにより、何の障壁も無く連絡が取り合える。そんな今の世代には分かるはずもない。

自転車置き場で話も出来ないくらい好きな娘と出会ってしまうハプニング!
好きな娘が違う男と自転車を牽きながら下校する様子を二階から見ているだけの自分。

あの頃の僕たちはそんな思いでいっぱいだったはずだ。

何故そんなファーストフード感覚でキャバクラに行けるのだ?
何故そんなデイリーユースに高画質なDVDでオナニーが出来るのだ?

あの頃のトキメキをもう一度。そんな思いがたくさん詰まっているのが『放課後論』なのだ...

今回は序章である。今日の文だけだと、なんか物凄い理論のように思えるが、皆さん次回から思うはずだ。
「えぇ~っ、そんなくだらないコトなの?」...と。