信長の戦略戦術の第三の特徴はありったけの大軍をかき集めて、速攻で敵城を攻め落とすことを好むということです。圧倒的な戦力で素早く攻め落とすことで他の敵の度肝を抜いて戦意を挫くのが目的でしょう。信長は速戦即決を好むため、長期の包囲戦や調略工作は不得手です
信長の戦略戦術の第四の特徴は万事に速度を重視するということです。好機と判断した瞬間に勝負を仕掛けます。行動があまりに素早いので味方がびっくりすることもしばしばです。敵が準備ができていない敵に決戦を強要する信長のやり方は異常なまでの速戦即決指向の現れでしょう
他に著者は三間半の長槍や鉄砲、鉄船、大砲などの新兵器を効果的に使ったことも信長の戦略戦術の特徴としてあげています。戦例が乏しいので何がどうなって有効だったのかわかりにくく、詳しい人に実際に読んでいただいて評価を伺いたいところです
「信長は正攻法の人なんだなあ」というのが第二部全体の感想でした。強力な直轄部隊の育成、実務家の重用、外様粛清(と子飼いの重用)、宣伝熱心、「数を集めて素早く殴ってケリをつける」という超速戦即決指向、籠城や長期包囲や調略工作が不得手。堅実な戦力構築とシンプルすぎる戦術が特徴です
第三部は「民衆統治に関する政略」。信長の民政や経済に関する政策について触れます。第三部第八章「土地に関する政策」。信長の土地政策の第一の特徴は既得権への配慮です。検地をしたものの名主や領主の既得権に配慮して農民を直接掌握するには至らず、荘園制度の改革にも踏み込みませんでした
信長は「味方する者の権益はそのまま安堵する」という態度が基本でした。味方した寺社の荘園もそのまま安堵しています。農村に対してもほとんど介入しません。土地に関しては信長は「安堵するかしないか」以上の興味はなかったように感じました
信長の土地政策の第二の特徴は兵農分離です。信長軍の中核戦力である直轄部隊「馬廻衆」「弓衆」が尾張に持つ家を焼き払わせて強引に家族ごと安土に集住させたこと、尾張在住の家来に美濃や近江の領地を加増したことなどを著者は織田家が他の大名より兵農分離が進んだことの論拠にあげています
しかし、家臣を城下町に集住させることは他の大名も行っていた政策だし、本国以外に領地を与えるのも複数国を領する大名家では珍しいことではないです。「織田家が他より進んでいたといえるのだろうか」という疑問があります
第三部第九章「商工業・交通に関する政策」。信長の商業政策の特徴は土地政策と同じように既得権への配慮。信長といえば楽市楽座で自由な通商を促したイメージがありますが、実際は座や特権商人を保護して流通を任せました。一国の商人を統制する「商人司」を置いて特権商人を作ることすらしています
信長の交通政策の第一の特徴は関所の撤廃です。様々な事情で手を付けなかった関所もありますが、基本的には関所の撤廃を目指していたようです。第二の特徴は道路や橋の整備に力を入れていました。信長は交通を円滑化して、迅速な軍隊移動や流通の活性化などを狙っていたのではないかと思います
貨幣政策に関してはあまり良い所がありません。撰銭令によって質の悪い銭の使用を促して流通する貨幣の量を確保しようとしましたが、失敗に終わりました。生野銀山の経営もあまりうまくいかなかったようです
第三部第十章「町に関する政策」。信長の都市政策の第一の特徴は都市の自治の尊重です。信長は自治都市堺を支配しましたが直接支配は行わず、信長派の会合衆今井宗久を使って間接的に堺をコントロールしました。寺内町に対しても自治を尊重しつつ骨抜きにする姿勢で臨んでいます
信長は尾張の商業都市の津馬と熱田、伊勢の自治都市大湊の有力者に対しても気を使っていました。有力者の影響力を都市支配に利用しようというのが信長の基本姿勢でした
信長の都市政策の第二の特徴は京都統治に力を入れたことです。京都は当時の日本では飛び抜けた大都市で朝廷、公家、寺社、商人などが複雑に入り乱れ、統治が困難です。信長は腹心の村井貞勝を通して京都統治に力を入れました。朝廷との良好な関係も京都統治の安定あってのことかもしれません
「信長は既得権者と協調するタイプなんだなあ」というのが第三部全体の感想でした。信長が積極的に撤廃した既得権は関所ぐらいで、領主・商人・農村・都市のいずれにも「自分に従う者の権益は保護する」という姿勢を貫いています。信長の統治は既得権の上に乗っかった統治と言えそうです
最終章で著者は信長の外交・軍事・経済に関する総括を行っています。僕が各章を読んで感じた感想とはだいぶ違っていて興味深く感じました。信長の中に可能な限り新しさを見出そうとする著者と、可能な限りわかりやすさを見出そうとする僕の視点の違いかもしれません
著者は信長を「よく言われる革命児という評は当たらない」「信長の方向性は変革だと思うが、革命のような性急なものではない。無理をせずゆっくりと浸透させるという方法なのだ」「信長は現実家であり、その基調は合理性にある。合理的改革と呼ぶのが最も相応ではないか」と評しています
一方、僕は信長を革新といえるかどうか疑問に感じます。「信長は合理的な現実家であるがゆえに、あえて変革にはこだわらなかったのではないか」と思うのです。変革にも伝統にもこだわらず、既得権との妥協も新しい物の採用も等価であると考える。信長からはそんな泥臭い現実家の顔が浮かんでくるのです
お菓子っ子さんのツイートを読んでたら谷口先生の「信長の政略」が欲しくなったので、近くの本屋さんに行ったら置いてなかった。逆説の日本史は置いてあったのに…
結局はKindleで購入。こっちのほうが空いた時間に気軽に読みやすいから結果的に良かったかも(*´∀`)