先週、石原氏が都知事を辞職した。
個人的な感想ではあるけれど、この人はどこまで行っても自分中心の人なのだなと思う。
石原氏は現在80歳。このまま老いて忘れられていくということに耐えられなかったんじゃないかと。
尖閣諸島の問題にしても、都知事という立場的にも年齢的にも、彼の責任の外側にあったことだ。領土問題をはじめとした隣国との関係という長い将来に関わることを、責任を持てない人間が介入してもいいのだろうか。
別にお年寄りは政治に口出しをするなと言っているのではない。昔から現実でも物語の中でも、老人が身を捨ててみんなを救う活躍をするという話があるように、寿命の残りが少ないからこその考えやできることというのが、政治の場でもあると思う。
けれど石原氏のは違う。自身の存在感や政治的立場を高めたかっただけではないだろうか。
石原氏を見ていると、戦後の日本は、「理想的な老人のかたち(特に男性)」というものをつくり上げられなかったんだなと強く感じる。
生涯現役であるか、それとも忘れられた役立たずとして扱われるか。
石原氏が、現役で、しかも中心人物として扱われることにこだわるのはそういうところにあるのではないだろうか。
老害なんていう言葉がここ10年ぐらいで言われているが、そんなの仕方がないことだと思う。
何もしないでいれば、お年寄りは役立たずの烙印を押され軽蔑の対象にすらなってしまう。だから力のある老人は、必死で後進の連中の頭を抑えつけようとするのだろう。
お年寄りが老害と言われるような社会に齟齬をきたす存在ではなく、亀の甲より年の功というような経験を多く積んだ先達という、そんな肩の力が抜けた感じでいてもらう方が良い社会になると思うのである。
老後に引退しても愉快に生活ができ敬意をもって遇される、そのような社会スタイルを早急につくる必要があるのではないかと、石原氏を見ていて思うのである。
10月31日16:00 文章一部修正
10月31日21:47 文章一部修正