偏屈者の世迷言

最近は競馬のことばかり書いてます。もっと政治のことを書いていきたいのですが。自営業者からの意見はもっと出されるべき。

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経歴詐称について

2012-11-01 14:12:34 | ちょっと考えたこと

 ツイッターをのTLを見てたら、経歴詐称をしている人たちの話題が色々出ていた。

 私は、経歴詐称について、言論人や政治家が行っていた場合は厳しく対処すべきだと考えている。

 別に、学歴や職歴なんてその人の行っていることや著作の価値に関係ないということは言えるかもしれない。

 茂木健一郎さんなんかは、経歴詐称なんて小さいことにこだわることこそが問題だし、くだらないことだと言っている。

 茂木 健一郎 経歴詐称は社会の問題 (抜粋)

 

 

 けれども、経歴なんて見ずにその人そのもので判断といっても、人間のものごとを見る目というのが、それほどきっちりと価値の評価ができるものなのだろうか。

 私はそうは思わない。人は色々なものにどうしても影響を受けてしまう。ものごとを見る目というのは、誰しも歪んでいるし曇っていると考えるべきだ。

 特に発言の説得力なんかは、内容よりも、その人の経歴、声の質やしゃべり方それに容姿など、様々なものから判断しているのではないだろうか。

 だからこそ経歴詐称をするようなその歪みにつけ込もうとする輩には、厳しく対処すべきだと考えるのである。

 

 これを書いていたら、小田嶋隆さんの『人はなぜ学歴にこだわるのか。 (知恵の森文庫) 』が読みたくなった。

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 こないだ、本を大量に段ボール箱に詰め込んで押し入れにほりこんだんだけど、あの中かな。

 探すのは骨が折れそう。

 

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ガセとパクリについて思うこと

2012-10-13 21:57:34 | ちょっと考えたこと

 ツイッターのTLを見ていたら、上杉隆氏が読売新聞の記事を盗用しているのではないかとあったので、ガセやパクリ(記事盗用)について思うことを書いていきたい。

 上杉隆氏についての検証

 

 

 上杉氏が記事の盗用をしていたかもしれないという話を目にしたとき、私はガセの記事を書く人は盗用も行うのだなというのが一番の印象だった。

 私が別のパクリ記事の人で頭に浮かぶのは唐沢俊一である。彼も、ガセネタの文章の多い人である。

 

 ガセを書く人はパクリも行い、パクリを行う人はガセも多い。前記二人からそう結論付けてしまうのは乱暴かもしれない。

 けれど、ガセとパクリには関連性があるように思う。

 その共通点というのは、「一次情報の軽視、一次情報を丹念に取材することができていない」ということになる。

 

 私は今、仕事で図面の作成しているところなのだが、土地の図面作成は報道の取材と似ているなと感じる。

 土地図面は、現地で、作図に必要な点(座標)を全て測定してそれに基づいて制作することになる。必要な点(座標)を測定し漏れがあると、正確な図面をつくることはできない。

 報道取材も記事をつくるのに必要な情報を、全て漏れなくきちんと取材をする。それができないから、ガセが多くなったり、抜けている情報を余所から盗用してきたりするのではないだろうか。

 

 そしてさらにひどくなると、自分が書きたい記事の説得力の補強のためだけに一次情報を取材してくるようになる。

 もう報道ではなく、単なる自己主張である。

 

 

 最後に上杉氏の話に戻る。

 ツイッターを見てたら彼がメルトダウンを一番初めに指摘したことを重視する人が多いが、そんなもの全然評価できるものではない。

 彼はジャーナリストを名乗っていたのだから、一次情報の取材に基づいて発表しなければいけない。

 メルトダウンしているかもしれないと思っていた人は、当初から多くいたと思う。その人たちがそのことを言わなかったのは、隠ぺいしようとしたからではなく、慎重に一次情報を取材していて、事実であると確認できなかったからであろう。

 一次情報を軽視する人は、そのような確認作業をあまりしないのでフライング気味に発表することができる。

 けれど、そういったものは決して評価に値するものではない。

 

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ラジオデイズ『壬申の乱―古代日本最大の内乱―(遠山美都男)』を聞いて

2012-06-19 08:44:30 | ちょっと考えたこと

 ラジオデイズ『壬申の乱―古代日本最大の内乱―(遠山美都男)』を聞いた。

 日本書紀をはじめとした史料に基づいて説明されていて、さらにその史料の矛盾や書かれていない空白のことがあるようなところには自身の考えを述べられている。私は恥ずかしいことに日本書紀などの史料にあたることなく歴史を捉えようとしてしまうので、先生の話にはいろいろな発見があった。壬申の乱に興味がある人は是非聞いてもらいたい。

  それで、以下の内容は感想ではなく、遠山先生の話を聞き刺激されて、いろいろと考えたことがあったのでそれを書いたものである。

 

 

 

 壬申の乱というのは672年に起こった、天智天皇の弟である大海人皇子と息子である大友皇子とが争った内乱である。

 遠山先生の話を聞いていて一番疑問に思ったのは、なぜ大海人皇子が戦争を起こしたのか?ということだった。

 通説では、近江の大友皇子の方から排除しようとする動きがあったため、身を守るためにやむなく立ち上がったということになっていた。しかし、遠山先生の話では大海人皇子には皇位継承権がそもそも初めからなく、壬申の乱は大海人皇子が皇位を狙って起こした反乱だったというものだった(かなり話を端折っている。詳しくはコンテンツを直接聞いてほしい)。

 大海人皇子が初めから皇位継承権がなかったというのは通説とは真逆だけれども、それは説明を聞いて納得できた。でも大友皇子の次の大王位は大津皇子か草壁皇子が継承することが、その時代の全体的な合意事項となっていたということは通説どおりの話だった。

 ここで疑問が生じるのである。

 反乱は成功の見込みがほとんどないものだった。自分の息子(大津皇子か草壁皇子)への皇位継承が既定路線だったのならば、それほどの危険を冒してまで決起するだろうか。

 

 日本書紀では、君側の奸を除くことが大海人皇子の反乱目的だったとしているという。「君側の奸を除く」というのは主君に対して反乱を起こす者の常套句であり、本当の理由であったかどうか怪しいところではある。

 しかし、私は意外とこれは真実なのではないかと思っている。

 大友皇子を支えた有力豪族、蘇我赤兄、中臣金、蘇我果安、巨勢人を滅ぼすことが、大海人皇子の一番の目的だったのではないだろうか。

 

 私が壬申の乱の話を聞いていて、共通点があると思った歴史上の出来事が二つある。

 一つが、称徳天皇崩御後の白壁王(光仁天皇)の即位と、その後その後継者と決められていたはずの他戸親王が謀略により死に追いやられた事件。

 もう一つは、1600年の関ヶ原の戦いである。

 大友皇子は、自分を支えてくれている有力豪族たちと結んで既定路線である大海人皇子の子供への皇位継承を反故にして、中継ぎに過ぎないという自らの立場をひっくり返そうとしたのではないだろうか。

 有力豪族たちは、中大兄皇子を支えてきた実力のある大海人皇子(実行部隊として大きな役割を果たしていたのではないだろうか)を排除することで、大化の改新以後、大王家と比して著しく低下した豪族(古代氏族と言ったほうが適当かな)の勢力の盛り返しをはかろうとしたのではないだろうか。

 もし大友皇子が壬申の乱で勝利を収めていたら、有力豪族の助けで勝利することができた以上、再び大王と有力豪族による連合政権という大化の改新以前の体制へと逆戻りすることになっただろう。

 しかし、大海人皇子が勝利した。

 関ヶ原の戦いは徳川家康と石田光成との戦いというイメージが強いが、戦争の意味としては、五大老である毛利氏・宇喜多氏・上杉氏の巨大な所領を大幅に削り(宇喜多氏は取り潰し)、逆に徳川氏は400万石という圧倒的巨大な所領を持つようになって天下を支配できる力を手に入れることができたということである。

 同様に壬申の乱も、最後に残っていた有力豪族を一掃できたということがこの乱の一番の意味だろう。

 これによって「古代」というものが完全に終わったのだと思う。

 以前と以後とでは全く違う社会なのである。法令に関しても、乱の以前から様々なものが出されていたが、以後のものは全く意味合いがことなるものである。

 言ってしまえば、「豪族主権」から「天皇主権」への革命(こういうのを革命と呼んでいいのかわからないが)が起こったのである。ちょっと言い過ぎかもしれないが。

 律令制度(特に班田収授法)の制定は、豪族というものが政権に対して力をもう持たなくなった後の、新たな統治システムづくりを意図して為されたものであろう。豪族たちの談合による政治という、有力豪族個人の思わくが強くはたらくような統治支配ではなく、律令とそれによって規定された太政官という、制度と組織による統治へと移行したことの宣言でもあったのではないだろうか。

 壬申の乱後の律令制定というのは、大王の地位を選定するような豪族がいなくなった事実を、固定化・永続化させるというのが一番の目的であったように思えるのである。

 

 

※6月19日文章修正

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脱原発へはどう進めばいいのだろう

2012-06-09 20:56:50 | ちょっと考えたこと

 昨日、6月8日に野田首相が大飯原発再稼動のための記者会見をおこなった。

 野田首相はその会見では、長期的なエネルギー政策の考えを述べず、大飯原発の再稼動の必要性だけを訴えた。

 これから原発をなし崩し的にどんどん稼動させていきたい、というのが本音だから述べなかったのだろうか。

野田首相、大飯原発再稼働の必要性を説明するため記者会見(12/06/08)

 

 

 今回の再稼動は、脱原発へ向かう上では最悪と言っていいだろう。

 安全性がしっかりと確保できてないのに、都市部の電力が足りないからといって原発を動かす。安全よりも他のことが大事なのだということを露呈してしまった。

 

 エネルギー政策の方向性としては

1.即時、全原発廃止。電力の不足は節電、最悪の場合計画停電も行う。経済の落ち込みや不便は許容する。

2.原発の安全評価から稼動させる原発と廃炉にする原発を選別して、稼動させる原発は安全に重きを置いて運転する。そして同時に新しいエネルギーの実用化を進める。(模索するといったほうがいいのかも?)

3.福島原発が例外だとして、これまで通りの原子力政策でいく。

と、ざっくりわけるとこの3パターンではないだろうか。

 私は 2. の方向で行くべきだと考えている。

 

 でも・・・ 最近は少し考えが揺らいでいる。

 下の嘉田滋賀県知事のテレビ番組での発言などを聞いていたら、もっと強硬な脱原発姿勢でいいのかもと思ってきてる。

20120601 橋下知事の朋友、嘉田知事が語る、大飯原発再稼動容認の舞台裏

 

 本当はこのような、お前が悪いのだからなんとかしなさい、というような物言いは嫌いだ。

 自分には責任がなく、相手だけにあるというような。

 だけれども脱原発の考えは多数の考えなのだから、供給側の立場などを慮る必要などないのかもしれない。逆にそのような甘いことでは、結局は大震災前となにも変わらない、というようなことになるのではないか。

 

 多数派が相手のことに配慮せずに強行に主張を通すような社会は、原発だらけの社会と同じくらい嫌いなんだけどなぁ。

 

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