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【ギリシャ-3】 ギリシャ文明の拡散と分裂

2020年12月04日 | 世界史-欧米・ロシア

アテネの中心部にある聖域・アクロポリス(小高い丘の上の街という意味)はアテネの発展とともに変化した。古代のアテネは 紀元前2世紀頃にローマ軍勢に征服され、中世にはオスマントルコによる征服に変わり、略奪、破壊が行われた。アクロポリスに入って最初に見えるのは、アグリッパの記念碑。初代皇帝アウグストゥスの側近であり娘婿だったアグリッパが戦車競技に優勝した記念に作られた。紀元前5世紀に起こったペルシャ戦争では大きなダメージを受けたが、銀山による資金や庶民からの寄付によって復興した。

エレクテイオン、それは6体の女神の柱を持つ神殿で紀元前5世紀のもの。ポセイドン神とアテネ神がここにオリーブの木を生み出し、アテネがここの守護神に選ばれたという。やがて多くの神々がここに祀られるが、ビザンチン時代には美術館、オスマントルコ時代にはハーレムとして使用された。パルテノン神殿は紀元前5世紀にペルシャ戦争勝利を記念してアテネに捧げられた神殿である。往時は壁や柱は色鮮やかに飾られていたという。この建築様式はローマ帝国にも多大な影響を与えている。

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