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光の散歩道

日々 雑記 感想 そうして絵画など創作や写真日記

小笠原の港

2009-07-05 | 絵画




小笠原の港 (31.8x40.9)


 ここに私は行ったことがありません。かつて・・・25年ほど前に行った人が撮った写真から描きました。小笠原の港とはいっても・・・じつは父島であると、できてから聞きました(笑)・・・そういえば、ずいぶん海をみてないような・・・また、海を見に行きたしと思う今日このごろです。


小諸城(懐古園)三の門

2009-03-26 | 絵画

 気がつけば・・・3月も終わらんとしておりました。ご無沙汰申し上げました。もうすぐ風そよぐ4月。一枚の絵ができました。





小諸城三の門 38.7x45.5


【小諸なる古城のほとり 雲白く 遊子悲しむ】とぞ、いにしえびとの歌いし 小諸の城の三の門です。
 小諸城跡の一部が(・・・と言っても かなり広いのですが・・・)懐古園と名を変え公園として開放されています。懐古園の入り口の門が、この三の門です。大手門はもう少し離れた場所にあるのですが、そのあたりは公園にはならず、市街化されておりますので、小諸城の正門は、いわずと大手門ですが、懐古園の正門は、この三の門ということになるようです。
 かつて甲斐の武田信玄公が信濃攻略を進め、越後の上杉謙信公と川中島で合間見えることになりましたが、その信濃攻略の拠点の城として、小諸城も位置していたらしく、それ以前の、小室城を大幅に拡張した、その縄張り(設計)は、山本勘助の手になると言うことです。
 あるいは関が原前夜、徳川の大群を率いた、後の2代将軍秀忠公が、途上、上田の真田軍と戦い、破れ、関が原に遅参した話は著名ですが、その上田勢との合戦で秀忠公が本陣を置いたのが、この小諸城だったようです。
 そうそう。いにしえびと・・・島村藤崎・・・?・・・じゃなくて、島崎藤村も小諸はゆかりの地で、懐古園内に記念館があります。
【まだ 上げ初めし前髪の 林檎のもとに 見えしとき】・・・初恋の島崎藤村です。
ふと 林檎のもとに きみを 幻む

雪之山

2008-08-07 | 絵画
 暑い日が続きますが、いかがお過ごしでしょうか? 暑中御見舞い申し上げます…あまり暑いので、雪の山の絵を描いてみました。すこしは涼めるかなと思って(笑)



雪之山 (45.5x53)


 …頂きはさらに天をさす。天には天がある。

白いバラ

2008-07-17 | 絵画
 そうしてまた更新は、絵になりました。



  白いバラ (22.7x15.8cm)


 はい、白いバラを描きました。2年ほど絵を描かずにいたら、劇的に何か見えるかなとか期待もあったけど(^^;) そうそう変われるものではないようです。すっくと立って咲く白いバラ一輪…なにおもうだろ・・・

ひさかたの…【落書-月 】

2008-07-12 | 絵画
 カンバスに絵の具を塗りました。落書するようなつもりで…。



  落書-月 (37.9x45.5)


 下絵はもちろん、メモもなく、いきなり黒い絵の具で画面に線を引き、色を重ねて…落書のつもりが何度も色を重ねて。…日をかさねて、この絵ができました。心象? …なのかな…。

コスモス

2007-12-20 | 絵画
 リクエストされた花の名前はコスモスでした。



  コスモス (24.3x33.4 2007年)


 2007年はもう絵は描かないのだろうなと思っていたのですが、11月が間近に迫った頃、兄にコスモスを描けと言われて…えっ、コスモス? なぜ? もう終わっている…とか思いながら、群馬県まで行って写真撮ってきて…この絵になりました。素朴派の絵のようになりました。

けやきのき

2006-10-18 | 絵画
 欅の木です。【いしがみさまのけやき】という名前…【石神様の欅】です。幹が二本あって、一本は半分洞になっている太いものです。その幹と草に隠れて見えないのですが、日陰のなかに小さな祠があります。



  けやきのき (22.0x27.3 2006年)


 先月、【はくちょうの星(9/23)】のあと、木を削ってオブジェを作り始めましたが、この絵は10/1にとりかかって、半月も画架にいつづけています。本の言葉も映画の言葉も上手くはいってこなくなって、スケッチのように明るく軽やかにこの絵を描きたいと思いました。描いているうちに雲が増えたりして、半月経ちました。みんな自分にかえってくるから、ただ自分が、この【いしがみさまのけやき】のように立っていられたらと思います。こんな空の下に。

白鳥の星

2006-09-23 | 絵画
 【北の十字】ともいうのですね。はくちょう座を描いてみました。



 はくちょうの星 (33.4x24.3 2006年)


 この絵を描いたのは、先日(9/6)、八木重吉の詩【おおぞらのこころ】を掲出いたしましたが、その詩句が残っていたせいでもありますし、【羽をもつもの】を描くときに参考にと、主にモローとルネッサンス期の絵が載った本を何冊か開いてみた訳ですが、そのうちの一冊に、もうずいぶん前から探しても出て来なかった星座早見盤が紛れ込むように挟まっていたのが出てきて、それをぐるぐる回しながら見ていて、はくちょう座を描こうと決めました。はくちょう座には、ブラックホールも存在しているらしいですね。

 さて、星…星座といえば、【銀河鉄道の夜(宮沢賢治)】ですが、ジョバンニが銀河鉄道に乗って、カムパネルラに出会って最初に停まるのが白鳥の停車場です。その停車場に向かう車窓から見た北十字の記述があります。
【にわかに、車のなかが、ぱっと白く明るくなりました。見ると、もうじつに、金剛石や草の露やあらゆる立派さを集めたような、銀河の川床の上を、水は声もかたちもなく流れ、その流れのまん中にぼうっと青白く後光のさした一つの島が見えるのでした。その島の平らないただきに、立派な目もさめるような、白い十字架がたって、それはもう、凍った北極の雲で鋳たといったらいいか、すきっとした金色の円光をいただいて、しずかに永久に立っているのでした。
「ハレルヤ、ハレルヤ。」前からもうしろからも声が起こりました。ふりかえって見ると、車窓の中の旅人たちは、みなまっすぐにきもののひだをたれ、黒いバイブルを胸にあてたり、水晶の数珠をかけたり、どのひともつつましく指を組み合わせて、そっちに祈っているのでした。
 思わず二人もまっすぐに立ち上がりました。
 カムパネルラの頬は、まるで熟したりんごのあかしのようにうつくしくかがやいて見えました。】
 そうして走り続ける銀河鉄道のなかで、ジョバンニとカムパネルラは…
【二人も胸いっぱいのかなしみに似た新しい気持ちを、何げなくちがった言葉で、そっと話し合ったのです。】と、あります。

 【かなしみに似た新しい気持ち】…新しい気持ちというのがいいです。心が透明になるような感じがいたします。

羽をもつもの

2006-09-16 | 絵画
 とくに深い意味はないのですが、絵画的にはグロテクスという分類になるのかな?



  羽をもつもの (22.0x27.3 2006年)


 です。違う絵を描こうと思って、支持体の用意(地塗りとか・この絵は初めて地塗りに大理石の粉を塗ってみました(他にも何枚かに) そのままでは荒いので、乳鉢で2回に分けて30分くらい擂り潰して、だいぶ細かくなったかなと思って塗ったら、まだ荒かったです^^;)乾くのを待っているあいだ(二日ほど)紙に落書きしたりしていて、このイメージが出てきて、けっきょく、このイメージが先に絵になりました。

月のめぐり

2006-09-10 | 絵画
 【満ち欠け】って題はどうかなって思ったけど、【月のめぐり】と題してみました。



  月のめぐり (45.5x37.9 2006年)


 また同心円が基調の絵になりました。時計みたい。でも、画面が右回りにまわると、それぞれの月が上にきて、半周で新月になって、一周で元に戻ります。まさに【めぐり】ですね。

セルロイドの月型‐3…そして、よん

2006-09-02 | 絵画
 前作【赤の心象】、画面が赤に染まってどうなるのだろうと思ったか思わずか(笑)次に現れたイメージはふたたびみたびの円でした。時期を逸する前に今年も【ひまわり】を描こうと思いつつ抽象的な絵に気持ちは向いてしまうようです。なぜだろう? 誰かのせい? 神の御心?(まさか?・笑)
 で、画面に大きな円を一つだけコンパスで墨線として引いてみたけど、日の丸みたいで(>_<)それ以上にイメージがひろがらず、ついついまた月型にはしってしまいました。



  セルロイドの月型‐3 (22.0x27.3 2006年)


 そうしてこの絵を描いていて、なんだかバランスがどうだろう? とか、顔文字みたいじゃん(笑)とか、思って(この絵はほとんど計算もなく<黄金比とかそういう…>描いてしまったので…) もう一枚描こうと思って描いたのが、次の絵です。



  セルロイドの月型‐4 (24.3x33.4 2006年)


 背景を夜空のイメージという呪縛(?)からのがれて、こげ茶にしてみました。全体がアンバー系かな? になって、ちょっと渋めの大人の雰囲気((笑)になったでしょうか?
 でも、やっぱり、なんだか顔文字みたいですね(^_^)

赤の心象

2006-08-23 | 絵画
 そして…赤に染まりました。青が消えて、黒が薄くなって、しかも赤を何度も重ねて、下の黒の描画がぼやけて(やがてみんな赤に溶けるのだろうか?)ずいぶん柔らかい感じにはなりました。




  赤の心象 (24.3x33.4 2006年)


 ラジカルに絵画を考えるとき、絵画は目に見える形としての現象として、支持体に顔料なりが固着されて出来ます。いかに支持体に顔料を固着させるかは、ですから技術の問題です。もう一つ、現象としては結果として表象されるにいたる表現として考えたとき、ややこしくなります。意識だとか思想だとか信仰だとか感情だとか…そういった草草が影を落としてくるからです。…そうしてそういったものが明確に言葉にならないから、漠然としているからこそ、絵が描かれるということもあるのだと思います。
 …そうして今度の絵は赤に染まりました。甘いかなぁ、この絵? 赤というより朱だけど、朱が暖色だから(笑)かなぁ…ともかくも赤で画面を染めてみたいという欲求から描かれたこの絵を【赤の心象】と題してみました。

円による構図

2006-08-20 | 絵画
 円による構図です。
 …続けて、赤黒青による抽象的な絵がきました。



  円による構図 (45.5x53.0 2006年)


 なんだか空(うろ)な印象…。
 描き始めるまえ、赤で画面を埋め尽くしたいような感じでしたが、ひきつづきというか(笑)青と黒が参加してきて、そうして【心の構図】の影響も残っていて、というか、二つの円は同心円ではなくなり、…つまり中心を異にして、というか、【心の構図】にあっては【核】としてあった小さな円が、中心から離れて、そうして今しも外側の円…【意識のくくり】から飛び出そうとしているようにも見えます。そのうえ【核たる円】はくりぬかれた穴になって、青が透けて見えています。斜めに走る二本の線はいわば導線のようなもので、心の昇天を表しているともいえるかもしれません。…空(うろ)な感じは、核が離れていってしまって、心が空(から)になる感じからくるのかもしれませんね。抽象的な絵であり象徴的な絵であるとともに、これは心象風景ともいえるかもしれません。…心象風景だとしたら…かなり、まずいことになっている? のかもしれない…。と、思いつつ(笑)このような絵が出来てしまいました。

赤黒青心の構図

2006-08-13 | 絵画
 もう十日ほど、ずっと【テルーの唄】を聴き続けています。そうしたなか描かれた絵が次の絵【赤黒青心の構図】です。



  赤黒青心の構図 (24.3x33.4 2006年)


 心の構図…同心円で示される心の構造モデルからこの絵は引かれました。すなわち潜在意識とも言われる核の部分、次に無意識、次に意識、そうして自己…影は自己の円の中に意識(自我)と対置して存在するというのが私の読んだ本の説明でしたが、この絵で私は、影には、影に対応する核があって、影の無意識があって…というふうに、意識に包括される構造とパラレルに影に包括される構造もあるのではないかという考察から、影も同じように同心円で少しずらして表してみました。(左上方に影の中心をもってきたのは、ときに気づかず影に支配されてしまうことがある…という考察の結果からです)
 そうしてこの4号の絵を描いている最中から、もっと大きな画面に描きたいと思って、続けて描いたのが、(縮尺を同じにすると大きさの違い…見え方なんかもあまり変わらないように見えてしまいますが…)次の絵です。大きな画面といっても、20号だからそんなに大きいという訳じゃないけど…。



  赤黒青心の構図-2 (60.6x72.7 2006年)


 【心を何にたとえよう…】と繰り返しながら描きました。ずいぶん汚れた心の構図…無垢な明るい心だったら、こんな絵にはならないのだろうけど…前記の考察とは別に絵は美術なので、画面の美ということも考えます。この青は、ゲド戦記でアレンの夢のなかの夜空の色が強烈に残っていたのに加え、昨年の秋、はじめてイブクラインの【クラインブルー】に染められたオブジェを見たのですが、その青の印象も実はずっと心の中に残っていて、暗いけど透明感のある【この青】(写真では色味が完全には再現できませんでしたが…)を出したかったのです。…後はバランスで全体に暗いトーンになってしまいました。…また、核が黒でさらに、自己の外(外界を表す)も黒になったのは、考察の結果です。

 …そうそう、4号の方の絵、反射して見苦しいのは、前回に作った支持体に貼った布を、いつもの10倍以上目の荒い布を意図して使ってみたのですが、織り目の凸凹がどうしても反射してしまいました。この布を使って作った支持体…あと10枚もあるんです(>_<)…どうしよう…。って、使うに決まってるけど(笑)はぁ~


月の祭…1998

2006-08-05 | 絵画
 ふたたび作品列から外れていた1998年の絵に手を入れました。



  月の祭 (24.3x33.4 1998・2006年)


 これも色調の暗い絵ですね…この頃の絵がすべて暗い色調だったという訳ではないように思いますが、というか、数年ほとんど絵を描かずにいて、ふたたび絵を描くようになった頃でした。かすかに思い出したのは、これはエジプトの壁画をテレビで見ていて、人が並んで(行列していく)イメージから引かれたイメージということでした。そうしてトップに掲出したり他の記事でも引用もしたので、また引用するのは? とも思いますが、このイメージから引かれて、



  月祭 (80.3x100.0 2001年)


 は、より構成的にシンメトリックに描かれたものでした。
 ふと思うと、ピラミッドのイメージで【月の祭】ってどうなんでしょうね? 詳しくないのですが、ピラミッドの頃のエジプトの宗教って太陽神ラーを崇拝していたと知ってみると…。だけれども考えもなしにピラミッドと月のイメージが一枚の絵になった訳じゃなく、ピラミッドも月も、ともに死と再生(輪廻)のイメージに繋がるからなのですが…。象徴です。