goo blog サービス終了のお知らせ 

光の散歩道

日々 雑記 感想 そうして絵画など創作や写真日記

キンドル表紙作成

2017-02-20 | 雑記・感想

キンドルの表紙を作成しました。フォトショプを使っています。



まずベースとなる画像をキンドル推奨の2560x1600で作成しました。


 


肖像画を別ウインドウで調整し、ベースの上の新規レイヤーにコピペしました。


 


タイトルを重ね、それぞれのレイヤーを移動ツールを使って位置合わせしました。


 

 


画像を統合し、保存して出来上がりとしました。

 

 

 宇宙へと続く空の下 地球の上で

 

アマゾンkindleストアにて販売中です。





宇宙へと続く空の下 地球の上で

2017-02-11 | 雑記・感想

 

宇宙へと続く空の下 地球の上で

 

「闇のなかに燃える火を見たいんだ」と僕は23歳の佳奈子に言った。
「私も闇のなかに燃える火を見たい」と佳奈子も僕に言った。
 それから二十五年を経て、
「僕たちは闇のなかで、そうして火を焚いたんだ」と僕は23歳の祥子に言った。

 ……絶望と諦念と、それでも光を見出そうとする、錯綜した生と死と性を巡る耽美的な物語。

 


アマゾンkindleストアにて販売中です。




詩集 阿頼耶(アラヤ)の旅人

2015-02-25 | 雑記・感想

このたびは、「詩集 阿頼耶(アラヤ)の旅人」
表紙画像は、「赤黒青心の構図-2 (60.6x72.7 2006年)」をアレンジして使用しました。案内ページ↓

http://m-amanogawa.jimdo.com/


以下、あとがきより↓

 ときどき詩がでてくることがあった。ふっとそれはでてくる。根源的な意識のうずきというようなものが、詩として表れるのではないかと思う。そういうものだから推敲などするものではないとも思うが、書かれることによって、より見えてくるものがあれば、直しは意識の確認作業といっていいのかもしれない。
 もの思うとき、そこには言葉がある。
 言葉の裏には意識の象徴や比喩が、詩には自ずと生ずると思う。
 とても個人的なことであっても、言葉になるとき、言葉という衣をまとわなければ、詩は成立しない。表れる以上は言葉の制約から脱することもできない。
 まとわれた言葉の衣のなかには、意識という実態のごときものがあるのだろう。言葉以前といってもいい。詩が詩たる所以がそのあたりにあるのではないか? とも思うのである。

 こうして表れた詩は、二期に分かたれる。
 一期は1979年から1988年。
 二期は2001年から2006年までである。
 極力書かれたときのままに、ここに記される。
 ※「阿頼耶」とは唯識における阿頼耶識に依る。同心円上で表される意識構造図にあって、もっとも中心に位置する識のことである。


春の雪

2015-02-01 | 雑記・感想

楽天Koboライテングライフにも参加しました。

春の雪を、さらに、より白く見えるようにと調整しなおして、youTubeとは並びもかえて、楽天に上げてみました。これは無料 0円です。
epub大丈夫だと思ったのですが、「1980 過日陽炎」が見開きできてなかったので、こちらで奮闘、やっと見開きにできました。
楽天の推奨するAdobe Digital Editionsではきちんと見られたのに、Koboデスクトップアプリで見たら、見開きになってなくて、青くなりました><
で、枚数の少ない「春の雪」をepubでやってみました。
リーダーによって、癖というか、読み込み方が違うようです。
「1980 過日陽炎」もこちらの設定にあわせて、やりなおして見開きにできました。あわせてamazonKindleの最低価格設定値が変わりましたので、「1980 過日陽炎」は100円に直しました。
それから「望月夢幻物語」も楽天に加えました。
↓ 案内ページ
http://m-amanogawa.jimdo.com/


1980 過日陽炎 僕が見たもの 鎌倉・東京・小諸・軽井沢・御代田・他

2014-12-18 | 雑記・感想

 

アマゾンのkindoleで写真集に挑戦しました。

「1980 過日陽炎 僕が見たもの 鎌倉・東京・小諸・軽井沢・御代田・他」

文字通り、PCに取り込んだ、もう35年ちかく前の白黒ネガをフォトショップで調整加工した写真を集めてみました。当初、5.60枚位で試してみようと思って始めたのですが、結局これも、これもと欲張って(w^^;)、150枚となりました。
これは小説とかとは違い、アマゾンのKindle Comic Creator で作成し、kindoleの提供する無料アプリKindle Cloud Readerを使うことによって、PCでも見ることができます。



つれずれに

2011-10-22 | 雑記・感想

つれずれに(意識。表出。意識。)

半覚半眠のたゆたう思惟の流れのなかで、現れては消える言葉たち。
風に吹かれて迷走する舟の船べりに、現れては消える白い波のように。
そうしてたゆたう。
ふと岩礁にふれて座礁する。立ち止まることば。
このようなものであった。「意識の表出と表出の意識」
似ていて似ていない。
舟はさらに波に煽られ岩礁に乗り上げる。
すなわち、「表出の意識の表出」「意識の表出の意識」
波は荒れる。
「無意識の表出される意識」
「意識に表出される無意識」
なんのことやら。
舟はすでに砕けて、沈まんとしている。


【宿題は昨日にとっておこう(え”っ?)】



たわいのないお話(10/19/20時頃)


さっき、風呂に入っていて、ふと「かげろう日記、堀辰雄」のことに思いが至りました。一年くらい前だったか、読みたくなって、さがしても、風立ちぬ、菜穂子、美しい村、幼年時代とかあるのに、かげろう日記はみつかりませんでした。高校生の時読んだのだから、まぁ物持ちはいいのだろうけど、読み返したいと思うときに当の本がみつからないということが、しばしばあるのはなぜなのでしょう?
そうそう、なんで「かげろう日記」に思いが至ったのだろうと、ふと思って辿ると、「茶色い戦争」でした。なんで、茶色い戦争のことを思ったのか、その先は不明ですが、「茶色い戦争」は中原中也の詩に出てくる言葉で、それは、日露戦争のことだったんだろうなと思うと、「学校で日露戦役の話がでたとき……」という「春の雪」が思い浮かんで、清顕と聡子のことを思って、ああとか思って、時代とか制約とか、そうだったんだから、そうなったんだし、普通に結ばれてハッピーエンドだったら、そもそも小説が成立しないわけだしとか、ぼんやりと思って、そうか、聡子さんは自由に外出もできなくて、今ならふつうにデートするのに、それもできなかったんだな、とか思って、聡子さんの家は伯爵だったかな、藤原氏なんだろうなとか思って、じゃ、藤原道長の子孫かな、そういえば、道長の腹違いの兄弟が道綱で、道綱の母親が「かげろう日記」の作者だったんだな。それにしても、道綱の母親は……いろいろせつないな。聡子もせつないし・・・。あれ、なんで、「かげろう日記」なんだろうと思い返して、そうだ「茶色い戦争」だ、と戻ったという、そんな、たわいのないお話を、ああ” ながながとしてしまいました><

コンソメ

2011-08-07 | 雑記・感想
味の素提供番組で、日曜日の午後6時から、「笑顔がごちそう ウチゴハン」という番組を以前から見ていたけど、この6月頃からは、ほとんど欠かさずにみています。
ぐっさんと江角マキコさんが司会をしている番組です。
味の素のCMで、6月頃から流れているコンソメのCMを母が見たがるからです。それは、瀬戸朝香さんが出るCMで、その子役が母のひ孫だからです。もうすこし詳しく言うと、兄の孫です。さらに詳しくいうと、私の姪が18歳のときに生んだ子です。

味の素のコンソメを使いましょう(笑)
ちなみに私は固形のものではなく、顆粒のコンソメを使います。量の加減が楽だからです。濃い目にしたいときは多めにというふうに、です。




季節の風

2011-05-24 | 雑記・感想
夜、静かな星空。
でもない…

たんぼに水が張られ、稲が植え始められ、季節の風物詩である、蛙の合唱が始まった。
巡る季節、巡る生命。
にぎやかに、にぎやかに。

少し寒い日でもあった。
浅間山が時ならぬ白化粧。
吹き過ぎる風が冷たい。

それでも、蛙の合唱は夜の底に響き続ける。

時が来れば消える。
それでも悠久を奏でて感じられるのは、それは、変わらずに巡る、巡りの悠久さ故なのだろう。

蛙たちは巡り来る新しき生命の誕生を願い、歌い続けている。
月のない星空の下に。

春の光のなかで

2011-04-06 | 雑記・感想
4月になってた。
4月。…今は4月、たったそれだけ…
(いや、あれは2月だったか? 道造の詩句である。)

4月、春である。まぎれもなく、この高原でも、春である。
あたたかい太陽の光を浴びて、のどやかな風のなかに佇んでいると、ふと、今が何時なのか、わからなくなる。

どんなときでも、晴れの日には太陽の光が降りそそぎ、
雨の日には、寂しさや悲しみが降りそそいでくる。

ふっと、むじょう……と呟いている。
無常……。
いや、
無情だったか……。

生生流転。生生滅滅。生生流転……。

小鳥たちが、さえずる。
にぎやかに、春を歌う。
そのなかに、昨年の春、あるいは一昨年の春、歌っていた小鳥はいるのだろうか?
春は、春。めぐりめぐりて、春の光。
のどけき風が渡る。

…今は春、たったそれだけ…
しかしながら、空を流れる雲。芽吹く緑。踏みしめてみる大地。
…それがすべてだ、せまい私の身のまわりに…
で、ある。

そして、この時も時の流れからは逃れられなくて、また、過去へと流れ去っていく。明日は今日の未来で、今日は明日の過去なのだな、と…また思う。
流れていく。