座間市立旭小学校
こどもたちの声に助けられて
語りかけがラクになりました

100年ぶりだの、50年ぶりだの言われた雪がつづいたのに、無事に出前スケジュールをつづけることができたのは、とても、ラッキーだったと思います。
もちろん、校庭も雪だらけ。
昨年にひきつづきの出前だったので、おおよその見当をつけられました。
なので、どこに車を停めて、どこから写真パネルを運びこんだらラクなのか、動きを予測できたのです。
・・・そう、予想できなかったのは、雪のために、現地集合のいちかわさんとうまく合流できなかったことかな。
写真パネル運び込みが、その分、大変になってしまいました。
もっとも、それもご愛嬌です。
また、楽しからずや。
ココの子どもたちは、とても素直でした。
水俣病になった患者さんが、どんなに差別されたか、に「かわいそうっ!」って声があがりました。
患者さんだけなく、水俣の子どもたちが他県に出たとき、心ない言葉を投げかえられることにも、いきいきと受け止めているのを感じることができました。
そう言えば、ココの子どもたちは、すぐに気づいてくれました。
この言葉の後の方の「人」が誰のことかと投げかけたとき、ひびくように「自分?」と応えてくれたんですね。
この受け答えこそ、「伝える」ことを助けてくれる力となるのです。
そんな素直な子どもたちも、最後に感想でも質問でもと先生が導くのに、なかなか手があがりません。
恥ずかしがってしまうのです。
勇気をもって発言してくれた男の子がひとり。
「水俣病という病気がかんたんなものじゃないとわかって、よかったです」
ほんと、良かったです。こちらこそありがとう。
給食のしたくをしに、教室に戻らなければならない子どもたちが、片づけを始めたわたしのところに、三々五々と寄ってきてくれます。
少女がふたり、それぞれに、わたしの正面に立って、「話してくれてありがとうございました」「感動しました」と言ってくれました。
そのようすがとても可愛らしくて、「うわぁ、思わずハグしたくなっちゃう」と叫んで、「ねっ、ハグしていい?」と思わず訊ねていました。
うなづいてくれたのでハグさせてもらっちゃった!
「水俣」の学びの深さに気づいたとき、それは、とても大切な学びに違いない、と思いました。
だからこそ、いちばん大切な存在に伝えたい。
それが、私たちが名前に「子どもたちに」と掲げる由縁なのです。
こどもたちの声に助けられて
語りかけがラクになりました
行った日:2014年2月18日 3,4時限目
行ったひと:いちかわ圭さん、村田キク江さん、田嶋いづみ
行ったひと:いちかわ圭さん、村田キク江さん、田嶋いづみ

100年ぶりだの、50年ぶりだの言われた雪がつづいたのに、無事に出前スケジュールをつづけることができたのは、とても、ラッキーだったと思います。
もちろん、校庭も雪だらけ。
昨年にひきつづきの出前だったので、おおよその見当をつけられました。
なので、どこに車を停めて、どこから写真パネルを運びこんだらラクなのか、動きを予測できたのです。
・・・そう、予想できなかったのは、雪のために、現地集合のいちかわさんとうまく合流できなかったことかな。
写真パネル運び込みが、その分、大変になってしまいました。
もっとも、それもご愛嬌です。
また、楽しからずや。
ココの子どもたちは、とても素直でした。
水俣病になった患者さんが、どんなに差別されたか、に「かわいそうっ!」って声があがりました。
患者さんだけなく、水俣の子どもたちが他県に出たとき、心ない言葉を投げかえられることにも、いきいきと受け止めているのを感じることができました。
そう言えば、ココの子どもたちは、すぐに気づいてくれました。
人に毒を食わされた者は
人に毒を食わされん
人に毒を食わされん
この言葉の後の方の「人」が誰のことかと投げかけたとき、ひびくように「自分?」と応えてくれたんですね。
この受け答えこそ、「伝える」ことを助けてくれる力となるのです。
そんな素直な子どもたちも、最後に感想でも質問でもと先生が導くのに、なかなか手があがりません。
恥ずかしがってしまうのです。
勇気をもって発言してくれた男の子がひとり。
「水俣病という病気がかんたんなものじゃないとわかって、よかったです」
ほんと、良かったです。こちらこそありがとう。
給食のしたくをしに、教室に戻らなければならない子どもたちが、片づけを始めたわたしのところに、三々五々と寄ってきてくれます。
少女がふたり、それぞれに、わたしの正面に立って、「話してくれてありがとうございました」「感動しました」と言ってくれました。
そのようすがとても可愛らしくて、「うわぁ、思わずハグしたくなっちゃう」と叫んで、「ねっ、ハグしていい?」と思わず訊ねていました。
うなづいてくれたのでハグさせてもらっちゃった!
「水俣」の学びの深さに気づいたとき、それは、とても大切な学びに違いない、と思いました。
だからこそ、いちばん大切な存在に伝えたい。
それが、私たちが名前に「子どもたちに」と掲げる由縁なのです。