<前書き>
えーと………すいません、前中後編になりました^^;
だめじゃんwww
気付いたら予定のとこまで行かずほぼ分量的には2回目まできてました。
だからあと1回あります。
そして公瑾さんのドラマCDが届いたのですが、まだ聞いてません。
だってここで聞いちゃうとお話の中身が影響受けて変わっちゃいそうなので^^
書き終るまでひたすら我慢です。
『周家の新婚事情』中編(公瑾×花)公瑾ED後
今日は早めに帰ると言い置いて公瑾が出仕したため、邸ではいつもより何事も早めに進められていた。
以前はいかなる時でも一度出仕してしまえば、公瑾の帰宅は遅かった。
いや、遅かったと言うよりも、そもそも城に用意された私室に泊まることが多く、こちらに戻って来るのはそれこそ週に二度あればいい方だった。
それが戦の前や大きな行事の前となれば、数か月帰らぬことはざらだ。
それでも親元から独立してからこの邸は公瑾が建て、少しずつ公瑾の好みの落ち着いた贅を凝らした居心地の良い場所になるように手をかけてきた。
故に、ここに戻らないのはひたすらに忙しかったためと、家を守る家令を筆頭に使用人たちには申し訳ないが、親族も近しい者も一人もいない邸に帰る意味など見出せなかったからだ。
だが花と言う年若い少女と心を通わせ、妻として娶った後には、邸は二人の家となった。
今まではどこであろうと大差なかったのに、そこが紛れもなく二人の暮らす場所と自然と感じるようになったのだ。
「ただ今戻りました」
早く帰ると言ってはいたけれど、まだ夕暮れに差し掛かる前に帰ってきた主の予想以上に早い戻りに邸の者たちは内心では驚いただろうが、よく躾けられた使用人は恭しく礼をとる。
「お帰りなさいませ」
お早いお戻りですねと言わず、いつもと変わらぬ丁寧さで頭を下げた家令は、それでも内心では思わず微笑ましさを感じていた。
いつにない早い帰宅は、当然新婚の妻に少しでも早く会いたいが為だろう。
「彼女は?」
「奥方様でしたら、今は私室におられると思います」
以前は何も言わずに奥に通った公瑾だったが、結婚してからは別々に帰った場合、端的ながら熱もなくだけれど開口一番に尋ねるのは決まって妻のことだ。
浅く頷けば自分の室へ向けて歩き出した公瑾に、家令は花のことを中心にその日公瑾の耳に入れておきたい簡単な事柄を報告する。
公瑾が自室に戻れば、花が公瑾の帰宅を聞きつけたのだろう、ぱたぱたとした足音と共に足早に現れた。
「公瑾さん、お出迎えしなくってすいません」
「必要ないと言ったのは私ですから、そう騒々しく来られる方が気になります」
子敬の元にいる花と公瑾では城から別々に帰ることも多いし、それこそ公瑾が夜遅いことも多いので、常日頃から出迎えは不要と言ってある。
広大と呼ぶ城のような邸ではないけれど、日本の花が育ったような上とは違いそれなりに広さはある。
邸に帰った公瑾を入り口で出迎えるのは使用人も花に急いで知らせなければならないこともあって気忙しい。
「すいません」
「出迎えが必要な時は先触れを出しますと伝えていました。ないときは本当に必要ないときですから、何故にそうもこだわるのですか?」
邸の表から家令と共に公瑾に付き従ってきた侍女は、主夫妻のやり取りに困惑顔だ。
花が言い辛そうに侍女を見れば、公瑾は着替える手を止めて下がりなさいと短く告げた。
侍女が室から退けば、花はおずおずと公瑾に近付いてくる。
「侍女がいては言い辛いことですか?」
「私はただお手伝いがしたかったんです」
「手伝い……ですか?」
花は公瑾の前に立つと、そっと公瑾の衣の袖に触れた。
一番上に来ている衣は脱いでいるが、下の衣はまだ帯も結ばれたままだ。
「私の家では父が仕事から帰ってくれば、母が出迎えて着替えの手伝いをしてたんです」
会社から帰ってきた時、着替えの手伝いをするのは母の役目だった。
背広を受け取り、ハンガーにかけてブラシを当てて手入れするのは花にとって妻の仕事だ。
「そんなことですか」
公瑾にとっては、もちろん妻がして悪いこととは思わないが、それをわざわざ花がしたがる意味が分からない。
人に仕えられることが当然の人間にとって、それこそ幼児の頃から衣服を着替える手伝いを使用人がすることは当然の感覚だからだ。
だから公瑾は花の何となく落ち着かない態度を、いまだ使用人がいること、彼らを使うことに花が慣れないためだと解釈した。
幼い頃から使用人が控えているのは当たり前の感覚の公瑾にとって、彼らを物と見るつもりはもちろんないけれど感覚としてはあってないもの、主張ぜず溶け込む調度と同じだ。
花は些末事と言うようにぽつりともたらされた公瑾の言葉に、瞳を揺らして俯いた。
「そんなこと、なんですね」
「花?」
問いかけるような深紫の眼差しに、花は顔を上げると緩く首を振った。
「何でもないです。お手伝いしますね」
気持を切り替えるように花は上衣を受け取り、衣紋掛けに丁寧に掛ける。
衣紋掛けに掛けた衣の襟を正す指先の動きは、繊細に思いのほかに優しく映る。
「帯はそちらをとっていだだけますか?」
既に手回しの良い侍女は、衝立の向こうの卓の上に深衣と帯を箱にきちんと用意してあった。
趣味に煩い公瑾が、文句もなく袖を通すのを見ながら花は複雑だ。
侍女が用意した衣と帯の組み合わせは、たぶん合格と言うことなのだろう。
花はいまだに自分の衣装の組み合わせすら公瑾にダメ出しをされることもあって、そっと唇を噛んでしまう。
昼間家令に言ったように少しずつできることを増やすしかないことは分かっているけれど、こんな場合は酷くもどかしい。
「今日は紀伯に邸での冬支度を聞いたのでしょう?いかがでしたか?」
「そうですね。とっても興味深かったです」
帯を結ぶのを、ただ手を添えるだけだが手伝うために膝を着けば、花は気付かなかったけれど公瑾は僅かに眉を寄せた。
何しろ花は人の帯どころか自分の帯を結ぶことさえできず、着替えの手伝いをしているとはお世辞にも言い難い。
おそらく花に手伝わせるよりは、侍女に手伝わせた方が早く手間もかからないだろう。
公瑾は帯を結び終わるとそっと花へ手を差し伸べて、さり気無く花が立ち上がるのを手伝う。
「花。着替えの手伝いは不要ですよ」
「え?どうしてでしょう?」
「私の着付けよりも、まずご自身の着付けが出来る様になるのが先決でしょう。自分の帯が結べなければ人の帯など到底結べません」
「でも」
「いずれしてもらうこともあるでしょうが、今あなたに憶えて欲しいことは他にあります」
「他に?何でしょう?」
「何より今は邸の女主人として、人を使うことに慣れてください」
それは決して声を荒げられたわけでも、冷たく言われたわけでもなかった。
僅かに気遣いを感じさせる声音で、たぶんこの邸の当主として夫として当然の要求だ。
だから花もやりたいと言う不満はあっても我儘は言えず、大人しく頷くしかなかった。
「分かりました」
「では次回からそのように」
満足そうに頷く公瑾が侍女を呼ぼうとする気配に花は慌てて公瑾を押しとどめた。
「待ってください。少し公瑾さんに訊きたいことがあるんです」
「訊きたいこと?」
「あの、お邸の冬支度のことで」
公瑾は花の様子に不審を覚える。
冬支度のことなど季節の変わり目にある一般的なことに過ぎないから、わざわざ侍女のいない時に改まって切り出す話でもない。
なのに花は何故かさも重大事を言うように緊張した表情だ。
「冬支度ですか?興味深かったと仰ってましたが、何かありましたか?」
本当に思い当たることがないように反対に訊き返され、今度は花の方が困惑してしまう。
花としては例年にない冬の準備と言うことで、もしや何か本当に隠された理由があるのではないかと思ったのだ。
例えば冬場は緊迫した状態であろうと余程でない限り兵を進めることはしないが、今年の冬が厳しいのならばそれを逆手にとって意表を突いて戦を仕掛けることも考えられた。
敵に気取られぬため、民にその事実を敢えて公表しないのかもしれない。
そんな風に考えていたのに、公瑾は本当に花の質問の意味が分からないようだった。
「今年はいつもの冬と違って、特別に厳重な冬支度だって聞きました。何かなわけがあるんですか?」
「紀伯が言ったのですか?いや、彼があなたにそんなことをわざわざ言うとは思えませんね」
僅かに公瑾の声が低くなったことで、花は夫の機嫌が悪くなったことが分かった。
「誰に聞いたというわけじゃないんです。ただ通りすがりに話していたのが、たまたま私の耳に入ってきたんです」
「ああそういう事ですか」
「もしかして誰だか捜して罰するつもりですか?」
「不用意なとは思いますが、そこまでするつもりはありません。ここは軍でも、戦地でもありませんから」
邸のことや主家族のことを余所でなくとも使用人同士あれこれ噂をするのは、はっきり言えば邸内とは言え褒められた行為ではない。
けれど長年使用人を使ってきた公瑾だからこそ、それぐらいは大目にみるべきことも知っている。
これが外の者に話しているようだったら別だが、ゆるりと首を振るとやがて花が慎重に話し出した理由にも思い当たった。
誰も罰せられないとほっとした様子の花に、公瑾は確かめるべく言葉をかける。
「で、あなたはもしやまた私が、軍事的に良からぬことを画策しているのでは思ったわけですか?」
「良からぬとか、そんな風には思ってません」
もちろん花は戦が嫌いだけれど、そこまで単純に考えているわけじゃない。
「今年が大掛かりと言うのは、たいした理由はありません」
「ええっと、じゃあ特別に今年の冬が厳しいってことは?」
「天候を読むとはいっても、そこまでは私も分かりませんよ。それこそたまたまです」
言下に何でもないと否定する公瑾に、花は素直に納得したりはしなかった。
「それって変です」
「変とはどういう事でしょう?」
「公瑾さんは毎年やっているようなことを、たまたま思い付きで変えたりはしません」
花に指摘されたことは全くもってその通りなので、公瑾は苦笑を漏らした。
「あなたも随分と言うようになりましたね。軍師らしく私のことを読み切りましたか?」
「違います。ただ……それは、私が公瑾さんのことをずっと見てきたから分かったんです」
認めるのは少し悔しいけれど、花は出会ってから常に公瑾を見続けてきた。
分かりにくいひとだから、尚更に注意深く、このひとを知りたくて見つめてきた。
だからこそ花は、たぶん誰よりも公瑾を分かりたいと思っている。
そうして公瑾の考えに思考を重ねれば、自ずとおかしいと気付くのだ。
「花。あまり愛らしいことを言われては、後悔することになりますよ」
夫婦になってからまだ日は立たず、蜜月の熱が醒めやらない公瑾は少女の腰を抱き寄せた。
そのまま力強く抱きしめられ、新妻らしく結い上げられてあらわになった首筋に公瑾の顔が埋められるようにして呼気がかかる。
「んっ」
項を指先が撫で上げ、その感触に耐えられず顔を上げれば間近に玲瓏な美貌があった。
伏し目がちな長い睫毛の間から、覗く深紫の瞳は熱を孕んで少女を捕えようとしていた。
いまだ美しい夫の色香に慣れない花は、唇が重なる寸前で呪縛から解かれたように横を向く。
「はな……」
狙いを外された公瑾の声が、不機嫌そうに名を呼ぶ。
「公瑾さん!このままなし崩しにしちゃうつもりでしょう」
公瑾に口付けられれば、花はぽーとしてもう何も考えられなくなってしまう。
結婚前まではどこか一線をひいたところを残していた公瑾ではあったけれど、晴れて婚儀を挙げた今となっては触れる手に遠慮はない。
だから断固と言うように公瑾を睨めば、目論見を外された公瑾はやれやれとため息を吐く。
「言ったように特に理由はありません」
「でも普段の公瑾さんだったらしないことじゃないですか。隠すようなことじゃないなら、私に話してくれてもいいと良いと思います」
こうと決めれば意外に頑固な事がある花に、公瑾は思案するように花を見下ろす。
当然理由はあるのだが、わざわざ花に告げるのも公瑾としては気が進まない。
短くない沈黙の中、再び漏れた公瑾のため息に花は意を決したように公瑾を見上げた。
「私、公瑾さんの奥さんじゃないんですか?確かに夫婦だからって何でも話すって言うのは無理かもしれませんけど、何でもないことで邸のそれこそ家政に関わることなら妻の私に話してくれてもいいと思います。それなのにただの冬支度と言うことも話してくれない。さっきも着替えの手伝いも、出迎えもしなくて良いって言う。私がいたらないから妻の仕事をさせたくないんですか?私、公瑾さんの何なんですか?」
一気に話していた花は、いつの間にか潤んだ瞳で公瑾に詰め寄っていた。
最初は冷静に話そうと思っていたのに、先ほどから言われたあれこれが思っていたよりショックだったらしく、感情的になっていた。
今言わなくて良いことまでつい口走っていたことに、花は唇を震わせてぎゅっと手を握り合せた。
一方公瑾は花の思い詰めた様子と言葉に、自分が良かれと思って花に告げたことが通じてなかったことにここに来てようやく気付いた。
「花。私はあなたを妻として認めてないわけではありません。それほどに迎えに出なくていいことや着替えを手伝わなくていい事が、あなたを傷付けることになるとは思いませんでした」
すると花は気まずい表情で、小さく首を振った。
「私こそごめんなさい。感情的になりすぎました。風習と言うか、違いは分かってたはずなのに取り乱してすいません」
「あなたが謝る必要はありません。私の配慮が足りなかったようです。あなたはただ母君が父君にされたようなことを同じようになさりたかったのでしょう」
やんわりと言われ、花はこくりと頷いた。
「はい。たぶん公瑾さんにとっては何でもないことなんでしょうし、着替えのお手伝いとかは私がするより慣れた使用人さんがされる方が手際よくていいと思ってるのは分かります。だから理解はしてたんです。でも妻としての立場を否定され、仕事を取り上げられた気になったんです」
「あなたが言われたように、私は特別使用人に手伝って貰うことに特別な感情も何もありません。それに先程手伝いが不要と言った事も、床に膝を着くあなたが寒そうだと思ったから言ったんですよ」
公瑾の細やかな気遣いに、花はあっと小さく声を漏らすと自分のいたらなさに恥ずかしくなる。
「すいません。気付けませんでした」
「まああなたらしいことですが、もうここまで来たならば思うことがあるのならば、言ってしまいなさい。まだここに何か溜め込んでいるのでしょう」
長い公瑾の指が、花の胸元の真ん中をとんと優しく触れた。
それはまさに夫婦だからこそ許された仕草であり、親しみを込めた動作でもある。
「溜め込んでなんか……」
「嘘はいけませんね。誤魔化せると思っているのですか?あなたは目の前にいるのが誰だかお分かりでしょう」
優雅に笑んだ男は呉軍きっての智将であり参謀、そうして都督の地位にあるひと。
にわか軍師の花が、おもいを隠し通せる相手などではなかった。
<後書き>
徐々に糖分増してるつもりですが、いかがでしょうか?
甘いながらもぴりりと一味効いた都督をめざしたいです。
え?それってどんな都督?
次回は間違いなく終わります。
えーと………すいません、前中後編になりました^^;
だめじゃんwww
気付いたら予定のとこまで行かずほぼ分量的には2回目まできてました。
だからあと1回あります。
そして公瑾さんのドラマCDが届いたのですが、まだ聞いてません。
だってここで聞いちゃうとお話の中身が影響受けて変わっちゃいそうなので^^
書き終るまでひたすら我慢です。
『周家の新婚事情』中編(公瑾×花)公瑾ED後
今日は早めに帰ると言い置いて公瑾が出仕したため、邸ではいつもより何事も早めに進められていた。
以前はいかなる時でも一度出仕してしまえば、公瑾の帰宅は遅かった。
いや、遅かったと言うよりも、そもそも城に用意された私室に泊まることが多く、こちらに戻って来るのはそれこそ週に二度あればいい方だった。
それが戦の前や大きな行事の前となれば、数か月帰らぬことはざらだ。
それでも親元から独立してからこの邸は公瑾が建て、少しずつ公瑾の好みの落ち着いた贅を凝らした居心地の良い場所になるように手をかけてきた。
故に、ここに戻らないのはひたすらに忙しかったためと、家を守る家令を筆頭に使用人たちには申し訳ないが、親族も近しい者も一人もいない邸に帰る意味など見出せなかったからだ。
だが花と言う年若い少女と心を通わせ、妻として娶った後には、邸は二人の家となった。
今まではどこであろうと大差なかったのに、そこが紛れもなく二人の暮らす場所と自然と感じるようになったのだ。
「ただ今戻りました」
早く帰ると言ってはいたけれど、まだ夕暮れに差し掛かる前に帰ってきた主の予想以上に早い戻りに邸の者たちは内心では驚いただろうが、よく躾けられた使用人は恭しく礼をとる。
「お帰りなさいませ」
お早いお戻りですねと言わず、いつもと変わらぬ丁寧さで頭を下げた家令は、それでも内心では思わず微笑ましさを感じていた。
いつにない早い帰宅は、当然新婚の妻に少しでも早く会いたいが為だろう。
「彼女は?」
「奥方様でしたら、今は私室におられると思います」
以前は何も言わずに奥に通った公瑾だったが、結婚してからは別々に帰った場合、端的ながら熱もなくだけれど開口一番に尋ねるのは決まって妻のことだ。
浅く頷けば自分の室へ向けて歩き出した公瑾に、家令は花のことを中心にその日公瑾の耳に入れておきたい簡単な事柄を報告する。
公瑾が自室に戻れば、花が公瑾の帰宅を聞きつけたのだろう、ぱたぱたとした足音と共に足早に現れた。
「公瑾さん、お出迎えしなくってすいません」
「必要ないと言ったのは私ですから、そう騒々しく来られる方が気になります」
子敬の元にいる花と公瑾では城から別々に帰ることも多いし、それこそ公瑾が夜遅いことも多いので、常日頃から出迎えは不要と言ってある。
広大と呼ぶ城のような邸ではないけれど、日本の花が育ったような上とは違いそれなりに広さはある。
邸に帰った公瑾を入り口で出迎えるのは使用人も花に急いで知らせなければならないこともあって気忙しい。
「すいません」
「出迎えが必要な時は先触れを出しますと伝えていました。ないときは本当に必要ないときですから、何故にそうもこだわるのですか?」
邸の表から家令と共に公瑾に付き従ってきた侍女は、主夫妻のやり取りに困惑顔だ。
花が言い辛そうに侍女を見れば、公瑾は着替える手を止めて下がりなさいと短く告げた。
侍女が室から退けば、花はおずおずと公瑾に近付いてくる。
「侍女がいては言い辛いことですか?」
「私はただお手伝いがしたかったんです」
「手伝い……ですか?」
花は公瑾の前に立つと、そっと公瑾の衣の袖に触れた。
一番上に来ている衣は脱いでいるが、下の衣はまだ帯も結ばれたままだ。
「私の家では父が仕事から帰ってくれば、母が出迎えて着替えの手伝いをしてたんです」
会社から帰ってきた時、着替えの手伝いをするのは母の役目だった。
背広を受け取り、ハンガーにかけてブラシを当てて手入れするのは花にとって妻の仕事だ。
「そんなことですか」
公瑾にとっては、もちろん妻がして悪いこととは思わないが、それをわざわざ花がしたがる意味が分からない。
人に仕えられることが当然の人間にとって、それこそ幼児の頃から衣服を着替える手伝いを使用人がすることは当然の感覚だからだ。
だから公瑾は花の何となく落ち着かない態度を、いまだ使用人がいること、彼らを使うことに花が慣れないためだと解釈した。
幼い頃から使用人が控えているのは当たり前の感覚の公瑾にとって、彼らを物と見るつもりはもちろんないけれど感覚としてはあってないもの、主張ぜず溶け込む調度と同じだ。
花は些末事と言うようにぽつりともたらされた公瑾の言葉に、瞳を揺らして俯いた。
「そんなこと、なんですね」
「花?」
問いかけるような深紫の眼差しに、花は顔を上げると緩く首を振った。
「何でもないです。お手伝いしますね」
気持を切り替えるように花は上衣を受け取り、衣紋掛けに丁寧に掛ける。
衣紋掛けに掛けた衣の襟を正す指先の動きは、繊細に思いのほかに優しく映る。
「帯はそちらをとっていだだけますか?」
既に手回しの良い侍女は、衝立の向こうの卓の上に深衣と帯を箱にきちんと用意してあった。
趣味に煩い公瑾が、文句もなく袖を通すのを見ながら花は複雑だ。
侍女が用意した衣と帯の組み合わせは、たぶん合格と言うことなのだろう。
花はいまだに自分の衣装の組み合わせすら公瑾にダメ出しをされることもあって、そっと唇を噛んでしまう。
昼間家令に言ったように少しずつできることを増やすしかないことは分かっているけれど、こんな場合は酷くもどかしい。
「今日は紀伯に邸での冬支度を聞いたのでしょう?いかがでしたか?」
「そうですね。とっても興味深かったです」
帯を結ぶのを、ただ手を添えるだけだが手伝うために膝を着けば、花は気付かなかったけれど公瑾は僅かに眉を寄せた。
何しろ花は人の帯どころか自分の帯を結ぶことさえできず、着替えの手伝いをしているとはお世辞にも言い難い。
おそらく花に手伝わせるよりは、侍女に手伝わせた方が早く手間もかからないだろう。
公瑾は帯を結び終わるとそっと花へ手を差し伸べて、さり気無く花が立ち上がるのを手伝う。
「花。着替えの手伝いは不要ですよ」
「え?どうしてでしょう?」
「私の着付けよりも、まずご自身の着付けが出来る様になるのが先決でしょう。自分の帯が結べなければ人の帯など到底結べません」
「でも」
「いずれしてもらうこともあるでしょうが、今あなたに憶えて欲しいことは他にあります」
「他に?何でしょう?」
「何より今は邸の女主人として、人を使うことに慣れてください」
それは決して声を荒げられたわけでも、冷たく言われたわけでもなかった。
僅かに気遣いを感じさせる声音で、たぶんこの邸の当主として夫として当然の要求だ。
だから花もやりたいと言う不満はあっても我儘は言えず、大人しく頷くしかなかった。
「分かりました」
「では次回からそのように」
満足そうに頷く公瑾が侍女を呼ぼうとする気配に花は慌てて公瑾を押しとどめた。
「待ってください。少し公瑾さんに訊きたいことがあるんです」
「訊きたいこと?」
「あの、お邸の冬支度のことで」
公瑾は花の様子に不審を覚える。
冬支度のことなど季節の変わり目にある一般的なことに過ぎないから、わざわざ侍女のいない時に改まって切り出す話でもない。
なのに花は何故かさも重大事を言うように緊張した表情だ。
「冬支度ですか?興味深かったと仰ってましたが、何かありましたか?」
本当に思い当たることがないように反対に訊き返され、今度は花の方が困惑してしまう。
花としては例年にない冬の準備と言うことで、もしや何か本当に隠された理由があるのではないかと思ったのだ。
例えば冬場は緊迫した状態であろうと余程でない限り兵を進めることはしないが、今年の冬が厳しいのならばそれを逆手にとって意表を突いて戦を仕掛けることも考えられた。
敵に気取られぬため、民にその事実を敢えて公表しないのかもしれない。
そんな風に考えていたのに、公瑾は本当に花の質問の意味が分からないようだった。
「今年はいつもの冬と違って、特別に厳重な冬支度だって聞きました。何かなわけがあるんですか?」
「紀伯が言ったのですか?いや、彼があなたにそんなことをわざわざ言うとは思えませんね」
僅かに公瑾の声が低くなったことで、花は夫の機嫌が悪くなったことが分かった。
「誰に聞いたというわけじゃないんです。ただ通りすがりに話していたのが、たまたま私の耳に入ってきたんです」
「ああそういう事ですか」
「もしかして誰だか捜して罰するつもりですか?」
「不用意なとは思いますが、そこまでするつもりはありません。ここは軍でも、戦地でもありませんから」
邸のことや主家族のことを余所でなくとも使用人同士あれこれ噂をするのは、はっきり言えば邸内とは言え褒められた行為ではない。
けれど長年使用人を使ってきた公瑾だからこそ、それぐらいは大目にみるべきことも知っている。
これが外の者に話しているようだったら別だが、ゆるりと首を振るとやがて花が慎重に話し出した理由にも思い当たった。
誰も罰せられないとほっとした様子の花に、公瑾は確かめるべく言葉をかける。
「で、あなたはもしやまた私が、軍事的に良からぬことを画策しているのでは思ったわけですか?」
「良からぬとか、そんな風には思ってません」
もちろん花は戦が嫌いだけれど、そこまで単純に考えているわけじゃない。
「今年が大掛かりと言うのは、たいした理由はありません」
「ええっと、じゃあ特別に今年の冬が厳しいってことは?」
「天候を読むとはいっても、そこまでは私も分かりませんよ。それこそたまたまです」
言下に何でもないと否定する公瑾に、花は素直に納得したりはしなかった。
「それって変です」
「変とはどういう事でしょう?」
「公瑾さんは毎年やっているようなことを、たまたま思い付きで変えたりはしません」
花に指摘されたことは全くもってその通りなので、公瑾は苦笑を漏らした。
「あなたも随分と言うようになりましたね。軍師らしく私のことを読み切りましたか?」
「違います。ただ……それは、私が公瑾さんのことをずっと見てきたから分かったんです」
認めるのは少し悔しいけれど、花は出会ってから常に公瑾を見続けてきた。
分かりにくいひとだから、尚更に注意深く、このひとを知りたくて見つめてきた。
だからこそ花は、たぶん誰よりも公瑾を分かりたいと思っている。
そうして公瑾の考えに思考を重ねれば、自ずとおかしいと気付くのだ。
「花。あまり愛らしいことを言われては、後悔することになりますよ」
夫婦になってからまだ日は立たず、蜜月の熱が醒めやらない公瑾は少女の腰を抱き寄せた。
そのまま力強く抱きしめられ、新妻らしく結い上げられてあらわになった首筋に公瑾の顔が埋められるようにして呼気がかかる。
「んっ」
項を指先が撫で上げ、その感触に耐えられず顔を上げれば間近に玲瓏な美貌があった。
伏し目がちな長い睫毛の間から、覗く深紫の瞳は熱を孕んで少女を捕えようとしていた。
いまだ美しい夫の色香に慣れない花は、唇が重なる寸前で呪縛から解かれたように横を向く。
「はな……」
狙いを外された公瑾の声が、不機嫌そうに名を呼ぶ。
「公瑾さん!このままなし崩しにしちゃうつもりでしょう」
公瑾に口付けられれば、花はぽーとしてもう何も考えられなくなってしまう。
結婚前まではどこか一線をひいたところを残していた公瑾ではあったけれど、晴れて婚儀を挙げた今となっては触れる手に遠慮はない。
だから断固と言うように公瑾を睨めば、目論見を外された公瑾はやれやれとため息を吐く。
「言ったように特に理由はありません」
「でも普段の公瑾さんだったらしないことじゃないですか。隠すようなことじゃないなら、私に話してくれてもいいと良いと思います」
こうと決めれば意外に頑固な事がある花に、公瑾は思案するように花を見下ろす。
当然理由はあるのだが、わざわざ花に告げるのも公瑾としては気が進まない。
短くない沈黙の中、再び漏れた公瑾のため息に花は意を決したように公瑾を見上げた。
「私、公瑾さんの奥さんじゃないんですか?確かに夫婦だからって何でも話すって言うのは無理かもしれませんけど、何でもないことで邸のそれこそ家政に関わることなら妻の私に話してくれてもいいと思います。それなのにただの冬支度と言うことも話してくれない。さっきも着替えの手伝いも、出迎えもしなくて良いって言う。私がいたらないから妻の仕事をさせたくないんですか?私、公瑾さんの何なんですか?」
一気に話していた花は、いつの間にか潤んだ瞳で公瑾に詰め寄っていた。
最初は冷静に話そうと思っていたのに、先ほどから言われたあれこれが思っていたよりショックだったらしく、感情的になっていた。
今言わなくて良いことまでつい口走っていたことに、花は唇を震わせてぎゅっと手を握り合せた。
一方公瑾は花の思い詰めた様子と言葉に、自分が良かれと思って花に告げたことが通じてなかったことにここに来てようやく気付いた。
「花。私はあなたを妻として認めてないわけではありません。それほどに迎えに出なくていいことや着替えを手伝わなくていい事が、あなたを傷付けることになるとは思いませんでした」
すると花は気まずい表情で、小さく首を振った。
「私こそごめんなさい。感情的になりすぎました。風習と言うか、違いは分かってたはずなのに取り乱してすいません」
「あなたが謝る必要はありません。私の配慮が足りなかったようです。あなたはただ母君が父君にされたようなことを同じようになさりたかったのでしょう」
やんわりと言われ、花はこくりと頷いた。
「はい。たぶん公瑾さんにとっては何でもないことなんでしょうし、着替えのお手伝いとかは私がするより慣れた使用人さんがされる方が手際よくていいと思ってるのは分かります。だから理解はしてたんです。でも妻としての立場を否定され、仕事を取り上げられた気になったんです」
「あなたが言われたように、私は特別使用人に手伝って貰うことに特別な感情も何もありません。それに先程手伝いが不要と言った事も、床に膝を着くあなたが寒そうだと思ったから言ったんですよ」
公瑾の細やかな気遣いに、花はあっと小さく声を漏らすと自分のいたらなさに恥ずかしくなる。
「すいません。気付けませんでした」
「まああなたらしいことですが、もうここまで来たならば思うことがあるのならば、言ってしまいなさい。まだここに何か溜め込んでいるのでしょう」
長い公瑾の指が、花の胸元の真ん中をとんと優しく触れた。
それはまさに夫婦だからこそ許された仕草であり、親しみを込めた動作でもある。
「溜め込んでなんか……」
「嘘はいけませんね。誤魔化せると思っているのですか?あなたは目の前にいるのが誰だかお分かりでしょう」
優雅に笑んだ男は呉軍きっての智将であり参謀、そうして都督の地位にあるひと。
にわか軍師の花が、おもいを隠し通せる相手などではなかった。
<後書き>
徐々に糖分増してるつもりですが、いかがでしょうか?
甘いながらもぴりりと一味効いた都督をめざしたいです。
え?それってどんな都督?
次回は間違いなく終わります。
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