<前書き>
あれぇ?おかしいですね。タイトルに中の巻なんて文字がついてますよ。
あ、惚けて見てもダメですか?(苦笑)
いつもの状況なので、いつものように流してくださいませ。
今回も微妙に大人風味でございます。ご注意くださいませ。
うん。これ12禁くらいなのかな?
『密か花』中の巻(孔明×花)孔明ED後
偶然を装って、孔明の手が胸のもっと頂きに近い場所に触れた。
もちろん下着があるし、直接じゃない。
その柔らかさに、まだ亮くんと花に呼ばれていた頃、彼女に抱き込まれて眠っていたことを思い出した。
甘い香り、時々服越しに触れる暖かく柔らかな膨らみ、裾の短い衣装から覗くすべすべした足の感触。
本当に罪作りだったよねと今は苦笑しながら思えるけれど、思春期真っ只中ではそれはひどく甘く、それでいて辛い思い出だ。
恋仲になっても二人の関係はいまだに清く、実はまだ口付けをしたのも数えるほどだ。
少しだけ、そう言い聞かせて触れる少女の肌は、布越しでも十分にその色香を伝えた。
ぴくりと大袈裟なほどに花の華奢な身体が跳ねて、孔明は固い自分の自制心に感心しながら身体を起こし手も離す。
「終わったよ。大丈夫?」
「はい」
向こうを向いたまま、花がどうにか細い声で吐息混じりに答える。
噛みしめた唇に、彼女がどれほど自分を男として意識しているか見て取れて、孔明はかすかに満足げな微笑を浮かべた。
でもこれで終わりじゃないから。
胸中で呟いて、それでも表情は花の師匠の仮面を付けたまま医師としての言葉を出す。
「花。ついでにこっちも診てあげるよ」
「え?」
次の瞬間、寝ていた花の方膝が掬いあげられて、ただでさえ短い制服のスカートがぱらりとめくれ上がった。
孔明の顔が自分の腿の所におちてくるのが視線に入った。
「やっ!師匠!?」
花はパニックになりながら孔明を呼ぶが、腿の内側に近い場所を何か湿って柔らかいものが触れた。
「あ~あ、青痣ができてるよ。真っ白できれいな肌なのにね」
花は慌てて身を起こすけれど、そこに待っていたのは立てた足の腿の内側、最も柔らかな場所に唇を付けている孔明の姿だった。
腿から這い上がる同じ感触に、さっき触れたものが孔明の舌だったことを知る。
「やだっ……師匠!」
それはひどく淫らな光景に思えて、花は半泣きになる。
自分の腿の所に師匠である孔明が顔を伏せているのだ、普通に対処できる限度はとうに越えている。
「きみの肌は痕が付きやすいんだね。こんなになるまで昼間は必死に起きて、それでも夜眠れない原因は何?言いたくなけりゃ、ボク流の方法で眠れるようにしてあげるけど?」
孔明の瞳は、挑むように花を見つめる。
ぺろりと舌が唇を舐める仕草は妖しく、強い熱が一瞬で宿った瞳は押さえられた表情の中で一際鮮やかだ。
本能はひどく危険だと告げていたけれど、花はこの状況にまだ付いていけず、言葉が口から出ない。
「それが花の選択?いいよ」
再び孔明の唇が腿に落ち、ちりっとした痛みを感じて顔をしかめると同時に、現実が花に一気に戻ってきた。
「言います!言いますから、止めてください。お願いです。師匠!」
孔明が顔を上げて時には、花はぽろぽろと泣いていた。
「花……泣くくらいなら、意地を張らずにいいなよ」
向かい合って、孔明はちょっと乱暴に掌で花の涙を拭ってくれる。
「だって、びっくりして言葉が出なくて、それなのに……」
「ああ、ボクが悪かったよ。ちょっと脅かしすぎたかな」
「怖かったです」
「きみもこれに懲りたら、師匠のボクに無駄な隠し事は止めるんだね」
「師匠……」
ようやく涙が止まりかけた花の頭を抱き寄せて、孔明は自分も花の肩口に額をつけた。
「きみだって、もちろん女の子なんだから男のボクに言えないような隠し事の一つや二つあっていいと思うよ。だけどね、身体を痛めるような嘘や隠し事は許せない」
「あっ……」
「ボクはね、こう見えてきみに関してはたぶんある意味過保護だ。だからきみを傷つけるものが、例えきみ自身でも許せないんだ。いい?覚えときな」
肩口から伝わる孔明の常より低い声が、花の中にゆっくりと染み渡った。
顔は見せてもらえなかったけれど、どれほど自分自身が孔明に大事にされているか、その一言で分かる。
変な話だけれど、花自身より花の事を考えているのは孔明かもしれないと、あんな言葉のあとには思わずにいられない。
「わかりました。ありがとうございます」
相変わらす素直すぎる弟子の返事に、孔明は苦笑半分で頷いた。
そして顔を合わせて孔明が改めて、花に事の次第を問う。
「で、結局、きみの不眠の原因は何?」
「あの、夜になるとどこからか、部屋が軋む音やうめき声、妙な物音とか、女性のものらしい啜り泣きが聞こえるんです」
花はとっても生真面目に、どこか怯える表情で話し始めた。
「毎晩?」
聞く孔明の方は飄々としたもので、普通に仕事の事で報告を受けるような気軽さだ。
「ほぼそうですね。ここ五日?六日かな?」
「一晩中ずっとなの?」
「う~ん、そうじゃないですね。一定の時間だけなんです」
「妙だね。それできみの事だから覗きに行ったりした?」
花はちょっと気まずそうな顔をして頷いた。
「もしかしたらと思って。でも私の両隣は空き部屋で、思いきって覗いてみたんですけどやっぱり誰もいませんでした」
「覗いたって一人で?」
「さすがにそれは怖かったんで、二日目に衛兵の方に一緒にって頼みました」
「きみにもちょっとは危機意識があって良かったよ」
花の危機意識の薄さは、今もって孔明の悩みの種だ。
「それに師匠、わたし、聞いたんですけど、あの並びの部屋で昔自害した女官の方がいたらしいんです」
「まあそれなりに歴史のある古い城砦だから、あってもおかしくはないよね」
眉をひそめて言う花に、孔明は真面目な顔、もっともらしい表情で頷いた。
「え!ほんとなんですか?」
孔明だったら否定してくれると思っていたものだから、花はあてが外れて眉毛が下がりなんとも情けない顔になる。
「そりゃあ真実かどうかは分からないけど、絶対ないとは言いきれない。だって、城なんてものは権力の象徴みたいなもので、多くの人が暮らしてるんだよ。血生臭い謀略や利権に関わった事件が常にあるような場所なんだからさ」
それはそうだと花も頷いた。
時代劇だって、お家騒動なんて言うのはお城で起こっているし、暴君なんかが無礼打ちなんて言うのもあるかもしれない。
想像すれば、なんだか毎日とんでもない場所で暮らしているんだなと思って、花の顔色はちょっと悪くなった。
「師匠、まさか幽霊なんて非現実的なものはいないですよね?」
最後の希望に縋るように、花は孔明に必死の眼差しを向ける。
孔明はふむと考える表情になり、羽扇の代わりにさっきまで花を扇いでいた団扇で口元を隠した。
これは孔明が良くする癖で、花は否定の言葉を待つ。
その団扇の下で、孔明が口の端を上げてにんまりと笑ってるなんてことは花には知りようがない。
理知的な超現実主義の孔明なら、きっと一笑して否定してくれるはずだ。
「どうかなぁ?ボクは見たことないけど、ボクの知ることだけがこの世界の真実全てじゃないからね」
かえってきた無常な言葉に、花は思いっきり落胆する。
「じゃあ、幽霊はいるってことですか?」
「ボクの見解では否定も肯定もできない」
「そんなぁ……」
「情けない顔だなぁ。幽霊って言うのは、残された想いの名残であり、記憶の再生かな。まあ性質の悪いものだったら、もっと噂になってるでしょ。大丈夫だよ」
安心していいんだか、悪いんだかよくわからない請け負い方をしてくれた孔明に、花はちょっと恨めしげな視線をなげる。
「まっ、今日は芙蓉殿の部屋にでも泊めてもらうほうがいいかな。あとはボクが調べとくから」
「いいんですか?」
「いいよ。その代り、今夜はきみの部屋にボクが泊まるけどいい?」
えっと花は一瞬言葉に詰まる。
自分がいない部屋に孔明が一人で寝泊りすると思うと、それはそれで何となく気恥ずかしい。
「まさか師匠に床で寝ろとは言わないよね?」
にっこりと笑顔で言われて、花は慌てて頷いた。
「もちろん、どうぞゆっくりなさってください。でも師匠と一緒なら怖くないし、どうせなら一緒に調べたほうがよくないですか?」
人の気も知らずどこまでも能天気な花の言葉に、孔明は思いっきり嘆息する。
どうやらあれでは、お仕置きは効き目が薄かったらしい。
「はな……」
剣呑な孔明の目の光に気付いたのか、花は小さく首を傾げてあどけなく微笑む。
これは亮の時には見られなかった甘さを湛えた庇護欲をそそられる表情だ。
だがそれも当然で、十年前の立場は見事に今と反対だったのだから仕方ない。
「師匠の言いたい事ならわかります。でもわたし、少し怖かったけど嫌じゃなかったです」
言われた言葉に、ようやく少し前に進める許可が出たのだと知る。
それでも花らしいのは、その後に少し慌てて付け加える。
「あ、でも、いきなりはなしですよ」
赤くなって言う顔はかわいいけれど、またちょっとだけ意地悪したくなる。
「花、いきなりはダメってことは、手順を踏めばいいって解釈するけどどうなの?」
「手順って!その手順の意味が分かりません」
「やれやれ、きみってホントに手間のかかる弟子だよね」
孔明はにっこりと笑顔をみせると花へ手を伸ばした。
「こうして会話があって、手を握るのが最初」
孔明の乾いて大きな手に花の手が包まれ、しっかり指が絡むように握り合わされた。
「次に抱きしめる…かな?」
心もち優しい声で言われ、花はしっかり握り合わせた手をやわらかく引っ張られた。
ああ、また心臓がどきどきしだした。
少しだけ勇気を振り絞って孔明を窺ってみれば、師匠の方はいたって余裕だ。
孔明は倒れ込んでくる身体を抱きしめながら、そっと告げる。
「名前を呼んで。花」
掠れたような孔明の声は、花の心をそっと撫ぜ上げる。
その声に、実は少しばかり孔明にも余裕のない男の情動が見え隠れしているのだが、経験に乏しい花にはわかるわけはない。
花はあたたかな腕の中でなんの不安もなく、ただ満ち足りた気持ちで目を閉じた。
「…孔明さん」
紡がれる言葉をその唇から直接受け取るように、孔明は長くじれったいほどゆっくりと口付けた。
今、この腕の中にあるのは間違いなく花だ。
急く気持ちはなく、ただ孔明の中にも溢れるような幸福な想いが満ちてくる。
柔らかく、でも逃さずに合わされた唇に、耐え切れなくなった花が、空気を求めて唇を開いたその隙間に舌を差し入れる。
まったく性急さのない、それでも熱い口付けに、花はそれだけに酔わされてしまう。
たった三つしか違わないはずなのに、孔明の口付けは大人の口付けだった。
器用な舌先にゆるく口中を探られ、陶然とし、浮遊感が襲う。
「あっ…ん」
甘く漏れた声と陶然とした花の表情に満足しながら、孔明はあっさりと花を胸から離した。
「ご褒美とお仕置き。きみは身体に覚えさせるのが一番なのかな?」
普段の孔明にはない艶めいた微笑みの後、孔明はすっと手を伸ばして花の腿の触れた。
スカートがめくれ上がったそこには、花が自分でつけた青痣の隣に赤く咲いた小さなうっ血の痕があった。
それこそが、先ほど孔明が付けたお仕置きと言う名の十年越しの恋の証しだった。
やっぱりねと孔明は、だんだん大きく、小さくなって不明瞭に聞こえる音に眉をひそめた。
花の部屋で待つことしばらくして、言うような音が聞こえてきた。
けれど、この音を不審者とか、幽霊と思うのが実に花らしいと思う。
これは男女の睦みあうときに出される様々な音や声で、まあ経験のない花に解らなくても仕方ないかもしれないが、実に幼い反応だと思う。
花の部屋に壁を接して、小さな隠し部屋があるのだ。
それは花の隣の部屋を監視するのを目的に作られた部屋なのだが、その隠し部屋を誰かが逢瀬に使っているらしい。
予想していたことなので、苦笑交じりに途切れ途切れに届く音に肩をすくめる。
向こうはこちらに音が漏れているとは思ってないのだろうが、これを花と聞くことにならなくて良かったと思う。
孔明は手配していた兵士に事を丸く治めるように言い含めて始末を任せると、花の寝台に横になった。
自分の部屋に戻っても全然問題はなかったけれど、たまには花の香りに包まれて眠るのも悪くない。
孔明にしても若い男だから、欲望がないわけじゃない。
それなりにというか、十年も待っているのだからそろそろ理性を緩めてもいいと思うことはある。
ただし、邪魔をする奴がいる。
もちろん花の幼さもあるのだけれど、大きな原因は恋敵だ。
「今更こんな事になるとはね」
今、最大に孔明を苦しめているのは孔明自身だった。
十年前に花の口から語られた花の師匠諸葛孔明が立派過ぎて、それを壊すことが出来ないのだ。
子供心に嫌味なくらいに良くできた奴だと思った。
だから亮は花の師匠に追いつくために必死で知識を貪欲に求め、知識もさることながら、堂々とした落ち着いた大人になりたいと思った。
そして結局蓋を開けてみれば、目標として追い求めたのは自分自身だった。
笑い話のオチにしては、ちょっとばかり酷い。
今花が孔明を見つめる視線は、あの子供の亮の前で語った師匠に思いを馳せているときと同じだ。
過去、花が語る師匠に恋心があったのかどうか、それは孔明にはわからない。
自分の幼い恋心に精一杯だったし、彼自身恋と言う感情をよく知らなかったのだから。
けれど今ならわかる。
「伏龍諸葛孔明。いつになったらあの子は弟子を卒業するのかな?」
それでも孔明は笑っていた。
ご褒美とお仕置きは、師匠だからこその特権だ。
なにより彼女はこうして手の届く所にいて、教え、導くのは自分なのだ。
まだ若葉のころから大事に育んだ恋心。
十年たってやっと蕾になったのだ。
そこへ自分好みの色を少しくらい加える事は許されるだろうと思いつつ、どんな花が咲くのかと一人微苦笑を浮かべた。
「ボクだって十年待ったんだ。花も待つ辛さを味あわなきゃ、わりにあわないよ」
少しだけ意地悪く呟くと、軍師でない二十歳の青年の密やかな顔が透けて見えた。
<後書き>
え~と、この中の巻を読んでなぜ納涼企画だったのかわかりましたか?
まあこうなってしまえば、師匠セクハラもといお医者さまごっこ編・・・・・・・いやいや、他に言いようがないよね。
こんな孔明もありですよね?(同意を求められても困りますか?)
素直に別館へ行くべきだったのか少しだけ考えました(苦笑)
次回でちゃんと終わりますので^^
あれぇ?おかしいですね。タイトルに中の巻なんて文字がついてますよ。
あ、惚けて見てもダメですか?(苦笑)
いつもの状況なので、いつものように流してくださいませ。
今回も微妙に大人風味でございます。ご注意くださいませ。
うん。これ12禁くらいなのかな?
『密か花』中の巻(孔明×花)孔明ED後
偶然を装って、孔明の手が胸のもっと頂きに近い場所に触れた。
もちろん下着があるし、直接じゃない。
その柔らかさに、まだ亮くんと花に呼ばれていた頃、彼女に抱き込まれて眠っていたことを思い出した。
甘い香り、時々服越しに触れる暖かく柔らかな膨らみ、裾の短い衣装から覗くすべすべした足の感触。
本当に罪作りだったよねと今は苦笑しながら思えるけれど、思春期真っ只中ではそれはひどく甘く、それでいて辛い思い出だ。
恋仲になっても二人の関係はいまだに清く、実はまだ口付けをしたのも数えるほどだ。
少しだけ、そう言い聞かせて触れる少女の肌は、布越しでも十分にその色香を伝えた。
ぴくりと大袈裟なほどに花の華奢な身体が跳ねて、孔明は固い自分の自制心に感心しながら身体を起こし手も離す。
「終わったよ。大丈夫?」
「はい」
向こうを向いたまま、花がどうにか細い声で吐息混じりに答える。
噛みしめた唇に、彼女がどれほど自分を男として意識しているか見て取れて、孔明はかすかに満足げな微笑を浮かべた。
でもこれで終わりじゃないから。
胸中で呟いて、それでも表情は花の師匠の仮面を付けたまま医師としての言葉を出す。
「花。ついでにこっちも診てあげるよ」
「え?」
次の瞬間、寝ていた花の方膝が掬いあげられて、ただでさえ短い制服のスカートがぱらりとめくれ上がった。
孔明の顔が自分の腿の所におちてくるのが視線に入った。
「やっ!師匠!?」
花はパニックになりながら孔明を呼ぶが、腿の内側に近い場所を何か湿って柔らかいものが触れた。
「あ~あ、青痣ができてるよ。真っ白できれいな肌なのにね」
花は慌てて身を起こすけれど、そこに待っていたのは立てた足の腿の内側、最も柔らかな場所に唇を付けている孔明の姿だった。
腿から這い上がる同じ感触に、さっき触れたものが孔明の舌だったことを知る。
「やだっ……師匠!」
それはひどく淫らな光景に思えて、花は半泣きになる。
自分の腿の所に師匠である孔明が顔を伏せているのだ、普通に対処できる限度はとうに越えている。
「きみの肌は痕が付きやすいんだね。こんなになるまで昼間は必死に起きて、それでも夜眠れない原因は何?言いたくなけりゃ、ボク流の方法で眠れるようにしてあげるけど?」
孔明の瞳は、挑むように花を見つめる。
ぺろりと舌が唇を舐める仕草は妖しく、強い熱が一瞬で宿った瞳は押さえられた表情の中で一際鮮やかだ。
本能はひどく危険だと告げていたけれど、花はこの状況にまだ付いていけず、言葉が口から出ない。
「それが花の選択?いいよ」
再び孔明の唇が腿に落ち、ちりっとした痛みを感じて顔をしかめると同時に、現実が花に一気に戻ってきた。
「言います!言いますから、止めてください。お願いです。師匠!」
孔明が顔を上げて時には、花はぽろぽろと泣いていた。
「花……泣くくらいなら、意地を張らずにいいなよ」
向かい合って、孔明はちょっと乱暴に掌で花の涙を拭ってくれる。
「だって、びっくりして言葉が出なくて、それなのに……」
「ああ、ボクが悪かったよ。ちょっと脅かしすぎたかな」
「怖かったです」
「きみもこれに懲りたら、師匠のボクに無駄な隠し事は止めるんだね」
「師匠……」
ようやく涙が止まりかけた花の頭を抱き寄せて、孔明は自分も花の肩口に額をつけた。
「きみだって、もちろん女の子なんだから男のボクに言えないような隠し事の一つや二つあっていいと思うよ。だけどね、身体を痛めるような嘘や隠し事は許せない」
「あっ……」
「ボクはね、こう見えてきみに関してはたぶんある意味過保護だ。だからきみを傷つけるものが、例えきみ自身でも許せないんだ。いい?覚えときな」
肩口から伝わる孔明の常より低い声が、花の中にゆっくりと染み渡った。
顔は見せてもらえなかったけれど、どれほど自分自身が孔明に大事にされているか、その一言で分かる。
変な話だけれど、花自身より花の事を考えているのは孔明かもしれないと、あんな言葉のあとには思わずにいられない。
「わかりました。ありがとうございます」
相変わらす素直すぎる弟子の返事に、孔明は苦笑半分で頷いた。
そして顔を合わせて孔明が改めて、花に事の次第を問う。
「で、結局、きみの不眠の原因は何?」
「あの、夜になるとどこからか、部屋が軋む音やうめき声、妙な物音とか、女性のものらしい啜り泣きが聞こえるんです」
花はとっても生真面目に、どこか怯える表情で話し始めた。
「毎晩?」
聞く孔明の方は飄々としたもので、普通に仕事の事で報告を受けるような気軽さだ。
「ほぼそうですね。ここ五日?六日かな?」
「一晩中ずっとなの?」
「う~ん、そうじゃないですね。一定の時間だけなんです」
「妙だね。それできみの事だから覗きに行ったりした?」
花はちょっと気まずそうな顔をして頷いた。
「もしかしたらと思って。でも私の両隣は空き部屋で、思いきって覗いてみたんですけどやっぱり誰もいませんでした」
「覗いたって一人で?」
「さすがにそれは怖かったんで、二日目に衛兵の方に一緒にって頼みました」
「きみにもちょっとは危機意識があって良かったよ」
花の危機意識の薄さは、今もって孔明の悩みの種だ。
「それに師匠、わたし、聞いたんですけど、あの並びの部屋で昔自害した女官の方がいたらしいんです」
「まあそれなりに歴史のある古い城砦だから、あってもおかしくはないよね」
眉をひそめて言う花に、孔明は真面目な顔、もっともらしい表情で頷いた。
「え!ほんとなんですか?」
孔明だったら否定してくれると思っていたものだから、花はあてが外れて眉毛が下がりなんとも情けない顔になる。
「そりゃあ真実かどうかは分からないけど、絶対ないとは言いきれない。だって、城なんてものは権力の象徴みたいなもので、多くの人が暮らしてるんだよ。血生臭い謀略や利権に関わった事件が常にあるような場所なんだからさ」
それはそうだと花も頷いた。
時代劇だって、お家騒動なんて言うのはお城で起こっているし、暴君なんかが無礼打ちなんて言うのもあるかもしれない。
想像すれば、なんだか毎日とんでもない場所で暮らしているんだなと思って、花の顔色はちょっと悪くなった。
「師匠、まさか幽霊なんて非現実的なものはいないですよね?」
最後の希望に縋るように、花は孔明に必死の眼差しを向ける。
孔明はふむと考える表情になり、羽扇の代わりにさっきまで花を扇いでいた団扇で口元を隠した。
これは孔明が良くする癖で、花は否定の言葉を待つ。
その団扇の下で、孔明が口の端を上げてにんまりと笑ってるなんてことは花には知りようがない。
理知的な超現実主義の孔明なら、きっと一笑して否定してくれるはずだ。
「どうかなぁ?ボクは見たことないけど、ボクの知ることだけがこの世界の真実全てじゃないからね」
かえってきた無常な言葉に、花は思いっきり落胆する。
「じゃあ、幽霊はいるってことですか?」
「ボクの見解では否定も肯定もできない」
「そんなぁ……」
「情けない顔だなぁ。幽霊って言うのは、残された想いの名残であり、記憶の再生かな。まあ性質の悪いものだったら、もっと噂になってるでしょ。大丈夫だよ」
安心していいんだか、悪いんだかよくわからない請け負い方をしてくれた孔明に、花はちょっと恨めしげな視線をなげる。
「まっ、今日は芙蓉殿の部屋にでも泊めてもらうほうがいいかな。あとはボクが調べとくから」
「いいんですか?」
「いいよ。その代り、今夜はきみの部屋にボクが泊まるけどいい?」
えっと花は一瞬言葉に詰まる。
自分がいない部屋に孔明が一人で寝泊りすると思うと、それはそれで何となく気恥ずかしい。
「まさか師匠に床で寝ろとは言わないよね?」
にっこりと笑顔で言われて、花は慌てて頷いた。
「もちろん、どうぞゆっくりなさってください。でも師匠と一緒なら怖くないし、どうせなら一緒に調べたほうがよくないですか?」
人の気も知らずどこまでも能天気な花の言葉に、孔明は思いっきり嘆息する。
どうやらあれでは、お仕置きは効き目が薄かったらしい。
「はな……」
剣呑な孔明の目の光に気付いたのか、花は小さく首を傾げてあどけなく微笑む。
これは亮の時には見られなかった甘さを湛えた庇護欲をそそられる表情だ。
だがそれも当然で、十年前の立場は見事に今と反対だったのだから仕方ない。
「師匠の言いたい事ならわかります。でもわたし、少し怖かったけど嫌じゃなかったです」
言われた言葉に、ようやく少し前に進める許可が出たのだと知る。
それでも花らしいのは、その後に少し慌てて付け加える。
「あ、でも、いきなりはなしですよ」
赤くなって言う顔はかわいいけれど、またちょっとだけ意地悪したくなる。
「花、いきなりはダメってことは、手順を踏めばいいって解釈するけどどうなの?」
「手順って!その手順の意味が分かりません」
「やれやれ、きみってホントに手間のかかる弟子だよね」
孔明はにっこりと笑顔をみせると花へ手を伸ばした。
「こうして会話があって、手を握るのが最初」
孔明の乾いて大きな手に花の手が包まれ、しっかり指が絡むように握り合わされた。
「次に抱きしめる…かな?」
心もち優しい声で言われ、花はしっかり握り合わせた手をやわらかく引っ張られた。
ああ、また心臓がどきどきしだした。
少しだけ勇気を振り絞って孔明を窺ってみれば、師匠の方はいたって余裕だ。
孔明は倒れ込んでくる身体を抱きしめながら、そっと告げる。
「名前を呼んで。花」
掠れたような孔明の声は、花の心をそっと撫ぜ上げる。
その声に、実は少しばかり孔明にも余裕のない男の情動が見え隠れしているのだが、経験に乏しい花にはわかるわけはない。
花はあたたかな腕の中でなんの不安もなく、ただ満ち足りた気持ちで目を閉じた。
「…孔明さん」
紡がれる言葉をその唇から直接受け取るように、孔明は長くじれったいほどゆっくりと口付けた。
今、この腕の中にあるのは間違いなく花だ。
急く気持ちはなく、ただ孔明の中にも溢れるような幸福な想いが満ちてくる。
柔らかく、でも逃さずに合わされた唇に、耐え切れなくなった花が、空気を求めて唇を開いたその隙間に舌を差し入れる。
まったく性急さのない、それでも熱い口付けに、花はそれだけに酔わされてしまう。
たった三つしか違わないはずなのに、孔明の口付けは大人の口付けだった。
器用な舌先にゆるく口中を探られ、陶然とし、浮遊感が襲う。
「あっ…ん」
甘く漏れた声と陶然とした花の表情に満足しながら、孔明はあっさりと花を胸から離した。
「ご褒美とお仕置き。きみは身体に覚えさせるのが一番なのかな?」
普段の孔明にはない艶めいた微笑みの後、孔明はすっと手を伸ばして花の腿の触れた。
スカートがめくれ上がったそこには、花が自分でつけた青痣の隣に赤く咲いた小さなうっ血の痕があった。
それこそが、先ほど孔明が付けたお仕置きと言う名の十年越しの恋の証しだった。
やっぱりねと孔明は、だんだん大きく、小さくなって不明瞭に聞こえる音に眉をひそめた。
花の部屋で待つことしばらくして、言うような音が聞こえてきた。
けれど、この音を不審者とか、幽霊と思うのが実に花らしいと思う。
これは男女の睦みあうときに出される様々な音や声で、まあ経験のない花に解らなくても仕方ないかもしれないが、実に幼い反応だと思う。
花の部屋に壁を接して、小さな隠し部屋があるのだ。
それは花の隣の部屋を監視するのを目的に作られた部屋なのだが、その隠し部屋を誰かが逢瀬に使っているらしい。
予想していたことなので、苦笑交じりに途切れ途切れに届く音に肩をすくめる。
向こうはこちらに音が漏れているとは思ってないのだろうが、これを花と聞くことにならなくて良かったと思う。
孔明は手配していた兵士に事を丸く治めるように言い含めて始末を任せると、花の寝台に横になった。
自分の部屋に戻っても全然問題はなかったけれど、たまには花の香りに包まれて眠るのも悪くない。
孔明にしても若い男だから、欲望がないわけじゃない。
それなりにというか、十年も待っているのだからそろそろ理性を緩めてもいいと思うことはある。
ただし、邪魔をする奴がいる。
もちろん花の幼さもあるのだけれど、大きな原因は恋敵だ。
「今更こんな事になるとはね」
今、最大に孔明を苦しめているのは孔明自身だった。
十年前に花の口から語られた花の師匠諸葛孔明が立派過ぎて、それを壊すことが出来ないのだ。
子供心に嫌味なくらいに良くできた奴だと思った。
だから亮は花の師匠に追いつくために必死で知識を貪欲に求め、知識もさることながら、堂々とした落ち着いた大人になりたいと思った。
そして結局蓋を開けてみれば、目標として追い求めたのは自分自身だった。
笑い話のオチにしては、ちょっとばかり酷い。
今花が孔明を見つめる視線は、あの子供の亮の前で語った師匠に思いを馳せているときと同じだ。
過去、花が語る師匠に恋心があったのかどうか、それは孔明にはわからない。
自分の幼い恋心に精一杯だったし、彼自身恋と言う感情をよく知らなかったのだから。
けれど今ならわかる。
「伏龍諸葛孔明。いつになったらあの子は弟子を卒業するのかな?」
それでも孔明は笑っていた。
ご褒美とお仕置きは、師匠だからこその特権だ。
なにより彼女はこうして手の届く所にいて、教え、導くのは自分なのだ。
まだ若葉のころから大事に育んだ恋心。
十年たってやっと蕾になったのだ。
そこへ自分好みの色を少しくらい加える事は許されるだろうと思いつつ、どんな花が咲くのかと一人微苦笑を浮かべた。
「ボクだって十年待ったんだ。花も待つ辛さを味あわなきゃ、わりにあわないよ」
少しだけ意地悪く呟くと、軍師でない二十歳の青年の密やかな顔が透けて見えた。
<後書き>
え~と、この中の巻を読んでなぜ納涼企画だったのかわかりましたか?
まあこうなってしまえば、師匠セクハラもといお医者さまごっこ編・・・・・・・いやいや、他に言いようがないよね。
こんな孔明もありですよね?(同意を求められても困りますか?)
素直に別館へ行くべきだったのか少しだけ考えました(苦笑)
次回でちゃんと終わりますので^^