鑑三翁に学ぶ[死への準備教育]

内村鑑三翁の妻や娘の喪失体験に基づく「生と死の思想」の深化を「死への準備教育」の一環として探究してみたい。

[Ⅳ239] 日本人とか日本社会とか(19) / 尊い宗教的素養はどこへ

2023-05-18 17:40:23 | 生涯教育

鑑三翁は先述のように往時の日本人の宗教的信仰心の希薄さを指摘する一方で、下記のように実は日本人は数千年来古くから”宗教的素養”を有していたのだと記している。明治初めから”祭政一致”をスローガンとする政府の「神道国教化」政策が打ち出され、この神仏分離政策によって「仏教排斥運動」が全国各地で展開され、仏堂や仏像、経文などが毀壊された。その結果として日本人は”宗教的信仰心”への信頼を希薄化させてきたのだと鑑三翁は断言する。この歴史観は興味深いものだ。

【 私は多くの良き信仰をもった日本の仏教徒を友人に持っている。日本人は元々は宗教的な民族である。明治時代と大正時代の日本人からは日本人の深い宗教性を推し量ることはできない。日本人は元々はこのような宗教心のない敬虔な心を持たない民族ではなかった。宗教的には全く無関心の薩摩と長州の政治家によって作られた日本社会は、日本人の立場から見て劣等な社会である。

一時期日本人全体が僧侶と化した時代があった。その点においては日本人は欧米人と異なる所はない。数千年にもわたる深い信仰的素養があってこそ、日本人は今日のような世界的地位に到達することができたのである。そうしてこのような古くからの宗教的日本が依然として消滅していないことを私は感謝したい。神道であれ仏教であれ、その形態は異なっていも、その根底にはこの深い宗教的日本が潜んでいるのである。そして私が愛しまた信頼するのは、この隠れた日本である。

私がわが国の今日のキリスト教会というものを離れて「移って向かえ」というのは、この純正な信仰的日本である。私は恵心(注:源信とも言う、通称を恵心僧都、平安時代中期の天台宗の僧、942-1017、『往生要集』〈985年刊、極楽往生に関する重要な文献を集成し浄土教の思想的基礎となった。地獄に関する記述は広く民衆にまで影響を与えた〉を著して念仏結社の指導など浄土教の発展に大きく寄与した)、法然(注:浄土宗の開祖、1133-1212、「南無阿弥陀仏」と念仏を唱えれば死後は誰でも平等に往生できるという専修念仏の教えを説いた)、親鸞(注:浄土真宗の宗祖、1173-1262、法然上人の教えを受け継ぎその教えは『歎異抄』に記録されている)の弟子などに私の信仰の真の友人を求めようと願っている。そうして単純なイエスの福音は、最終的には彼らが受け入れ信じることになるに違いないと私は信じている。

私は今手許にサイズ氏(注:不詳)の『黙示録講義』を持っている。そしてこれによって恵心僧都の『往生要集』を思い起こさざるを得ない(那須山の中腹で内村記す)。】(全集25、p.99)

日本人が数千年来古くから”宗教的素養”を有していたにもかかわらず、明治政府の神仏分離政策によって仏教寺院や仏像、経文などが毀壊され、日本人の”宗教的信仰心”が希薄化してきたという鑑三翁の指摘は、決して排他的な宗教的イデオロギーによるものではない。傍証として空海『般若心経秘鍵』(太陽出版、1986)の訳者・解説者の仏教学の権威・金岡秀友氏の次の一文を掲げておく。

「明治以後の仏教学を規整した要素はいろいろあるが、第一に挙げなくてはならないのは、明治政府の政策の筆頭にも挙ぐべき「政教分離」の思想がある。「政教分離」の思想が現実の世界における実行を迫られるとき、純粋に作動することは極めて困難である。「政(治)」の代表たる政府は「(宗)教」との分離に熱心になればなるほど、実際には「宗教」の忌避を政策化して行く。明治→大正→昭和の百年間、わが国の政府ほど熱心に、この方向における「政教分離」を図った国はなかった。」(p.28)

「神道国教化」と明治政府は言いながらも、これは首尾一貫しない中途半端な教義によって推し進められてきたに過ぎなかった。その結果日本人がもともと有していた仏教的”信仰心”まで希薄化してきたというのが実際のところだろう。

日本のキリスト教徒であっても、いやそれであるからこそ日本人の宗教的心性を醸造してきた正統的な仏教、仏教指導者の教えを深く学ばなければならない、そう鑑三翁は記す。自らもそのような仏法を真摯に学ぶ友人たちと交流を続けたいと願っている。そうすることによっていずれは彼ら仏教信徒たちも、キリスト・イエスの福音を受け入れる時が来ると信じている‥キリスト者鑑三翁の祈りは神に聞き届けられたのだろうか。


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