ブルキナファソから帰国して☆

西アフリカ内陸国での協力隊活動を終えたつこの、結核闘病記!

文化の違い

2011-03-18 19:41:24 | 日記
震災から1週間

自分が直接被害を受けたわけではないのに、気分は沈み、苛立ちやすくなっている。

だからでしょう。今日のブログは負のオーラ漂ってます。


ご注意ください。






きっかけは、些細なことでした。




同室の同僚が、私のペンを勝手に使った挙げ句、何も言わずにポイっと投げ返してきた。

ペンが私の前の机の上で飛び跳ねる。



いくら親しい仲でも、それはないだろうと思い、

「こんな風に借りた物を返すのがこの国のやり方なの?」

と尋ねる。



すると、相手は

「いや、俺がそういう人間なんだ。この国全ての人がそうではない。」

と、開き直るような発言。



耳を疑い、もう一度、でも少し口調を荒げて尋ねるが、答えは変わらない。




怒った私は、部屋を飛び出して帰ってしまった。





翌日、ちゃんと話し合おうと思い、同僚に話しかける。

「昨日、どういうつもりであんなことをしたの?」




同僚によると、あれは冗談だったのだという。



そして、謝るどころか正当化し、更に私を責め始めた。




自分はもう50歳を過ぎており、お前より相当年上だ。
年上の自分の方が、お前より礼儀というものを知っているに決まっている。
自分が礼儀を知らないはずがないではないか。

大体、この国では若者は年上を敬うものなんだ。
たとえ年長者に非があったとしても、
「○○さん、このような態度はよくないと思うのですが…」
と、質問するべきなんだ。

だから、昨日の非はお前にある。俺は悪くない。





私としては、「これがこの国のやり方なのか?」と精いっぱいの皮肉で相手に非を認めて貰おうとしたのだけど、伝わっていなかったらしい。

直接、あなたが悪い!というのは気がひけたから。

相手に気付いてほしかった。





それからは、私のつたないフランス語で何を言っても効果なし。

自分のことは棚に上げて…とか言いたかったけど、そんなフランス語知らない!!



でも、何とか怒りをこらえて、昨日いきなり帰ったのは悪かった。と謝る。

自分が非を認めることで、相手にも非を認める気になってもらう。

そして、円満に終わろうと思ったのだ。


でも、同僚からは全く謝罪の言葉なし。

そう、日本のやり方は通用しなかった。





耐えきれなくなってあなたは謝ってくれないのか?と訊くと、

「俺は、自分が悪くないのに謝るようなことはしない」

と怒り始めた。








それからは、家に帰って大泣き。

1時間くらい泣き続けた。



相手に明らかに非があるのが明らかなのに、仏語能力が足りないせいで相手にいいように言いくるめられてしまい、
結局私が謝るだけ謝って、挙げ句相手は逆切れ。


こんなに、悔しくて、腹立たしくて、自分が情けなくて、ブルキナベが嫌いになり、この国でボランティアをする理由を見失いそうになってしまったことってない







日本では到底、けんかすることのないようなことで、口論になる。

日本で27年間培ってきた、人との付き合い方なんてものは通用しない。


この国にいると、自分の心が狭くなったような、自分がとても意地悪になったような気になる。




もしかしたら、慣れない環境の中で、本当に心が狭くなったのかもしれない。


でも、これはおそらく、ブルキナの文化がそうだから。

私が腹を立てることも、ブルキナべにとっては普通のことだから。



それはそれで、仕方ない。それが異文化というものだ。と自分を納得させる。






でも、日本の被災者のモラルある行動がネットで取り上げられ、称賛される度に、

やっぱり、日本の思いやりの文化、相手を気遣う文化は最高だなと思う。



日常では、そんなに違いは現れないかもしれないけど、

どんな文化でも支障はないのかもしれないけど、


もし、ブルキナで災害が起きた時、被災者がどういう行動をするのか想像できてしまう。



こういう、非常時に勝つのは日本の文化だ。







だから、そんな報道があるたびに、泣いてしまうのかな。