ノーベル平和賞をもらったという
ICANでしたっけ
その一人が提唱したのが
日本よ、核の傘から離脱しなさい
って・・・・
あんた
何見てどこ見てるのと
言いたいですね。
そんなことしたら日本は
たちまち餌食になって
滅びます。
よくもそんな怖いこと言ってくれましたね。
がーー
これを見て手を打って喜ぶ
日本人が大勢いるという
不思議の国です・・・・
ノーベル平和賞をもらったという
ICANでしたっけ
その一人が提唱したのが
日本よ、核の傘から離脱しなさい
って・・・・
あんた
何見てどこ見てるのと
言いたいですね。
そんなことしたら日本は
たちまち餌食になって
滅びます。
よくもそんな怖いこと言ってくれましたね。
がーー
これを見て手を打って喜ぶ
日本人が大勢いるという
不思議の国です・・・・
コウノトリの巣立ちの映像を見ました。
一羽だけ少し遅れて
なかなか飛べないのですが
でも最後に巣を飛び立ったのでした。
これを見ていて思いました、
鳥で最後まで巣立ちできずに
巣に引きこもっているなんて
ありえないなあ・・・と。
人間だけが引きこもることができるのかしら。
鳥が巣立ちしなかったら
待っているのは死ですよね。
人間の場合は肉体は死なないけれど
心は死にます・・・
そしてなぜ人間は巣立ちできないヒトがいるのだろうと。
老婆の知っている例では
「親のネグレクト」でしたが
それ以外にも理由はあるのでしょうか。
なにしろ「自己肯定感」がなければ
巣立ちは難しいのでしょう
そしてそれを培うのが「家庭」というものでしょう。
兄弟姉妹を親が比較して優劣をつけたり
するとこれはもうネグレクトそのものですね、
しかしそんな目にあっても
巣立ちできる子とできない子がいるのは
なぜでしょうかね。
そこには「両親のどちらかの救い」が
あるのではないかなと思います。
両親ともに子を否定してしまったら
もう救いはないような・・・
あるいは「斜めの関係」にあるだれか
先輩、先生、叔父叔母、友人が
これらを補ってあまりあるという
存在があれば救われるかも。
そういう存在は昔は
必ずといっていいほどあったのではないかしら。
だから昔の子供は
100%と言っていいほど
みんな巣立ちできたのではないかな?
松江に行きました。
なんといっても観光の名所であることに
間違いありませんね
街並みは取り立てていうほどのものは
なかったような。でも
なにしろ
宍道湖は美しいし
なんてったって国宝松江城ですね。
お堀には舟が出ていて
イスラム系の人が何人も来ていたし
韓国の団体がぞろぞろ。
あれ、この人たち「反日」じゃなかったの ?
と思わず見てしまいました。
城の内部はまったく何もなく
ただもう太い柱と床とハザマだけ。
これはもうただただ「戦さ備え」の
ためだけのものだと思いました。
それだけにリアル感いっぱい。
そして外見がかくも美しいのはやはり
領民への権威付け ?
となるとーー
ヨーロッパでいうと今はほとんど廃墟になったような
城塞に近いのでしょうか。
華麗という言葉はどこを押しても
出てこない
でもこの美しさはなんとしたことだろう
と思っていたら
名古屋城の金のあれを思い出しました
さすが尾張は別格でした
松江城はーー
凛とした美意識
これに尽きると思った観光客の私でした。
敗戦で日本は素晴らしい憲法を
アメリカからもらいました
と
こう私が言うとしたらそれは
皮肉だったのです。
おかげで日本は戦争とは縁のない
永久平和を手に入れたと
錯覚して喜んでいるのが
大学教授、マスコミ、文化人たちだと。
戦争と縁がないと思いたくても
現実はそうはいきません
尖閣はやがてチャイナが乗っ取るでしょう、
アメリカが助けてくれると思い込んでいる
ノーテンキな日本人。。。
ところでです、
アメリカにプレゼントしてもらった憲法の中に
「男女同権」という
どこの先進国にもないような
立派なものが紛れ込んでいたんですね。
これを提案したのは女性だったんですって。
アメリカも日本の委員の中にも
反対があったのを押し切ったということです。
だから日本は敗戦と同時に
「男女同権」の国になったはなった
のです・・・
でもそれは「たてまえ」であって
「日本人の本音」は「男尊女卑」そのものですから
矛盾はすぐ露呈しました。
はい、日本は世界で最も遅れた
男女同権の国です。
今の日本で
「国を担える女性」っていますか?
いません・・・・
建前の「男女同権」はいわばスーツで
「本音」は普段着。
普段着の日本は
ごらんなさいませ
セクハラ天国でございます・・・・
あーあ、長く生きすぎたーー
これは96歳で逝った母の言葉です。
どういう時にこう言ったかというと
トイレに行く時でした。
もう自力では夜中のトイレに行けなくなって
いちいち娘の手を借りて
車椅子に乗って行ったとき
心の底からのようにこう言った
というより
嘆いたのでした。
娘の私はこの言葉を聞いたとき
あれだけ健康に気をつけていろいろな情報を
くれた母にして
「もうここまででいい」という
人生の曲がり角があることを知りました。
それはなんといっても
トイレに行けるか否かで
決まるのかもしれないと。
高齢者は夜中に2度はトイレに立つ
と思いますが
心してくださいね
自力でトイレに立てたら
まだ大丈夫と
自分に言い聞かせて夜が明けたら
今日を元気に生きましょう。