陶芸みち

陶芸のド素人が、その世界に足を踏み入れ、成長していく過程を描いた私小説です。

その169・訓練事故

2010-07-05 09:06:35 | 日記
「あ」
 と、背後で小さく声が漏れたので、オレはろくろから目を上げた。その声音には深刻な響きがあった。つづいて「やっちまった・・・!!!」と痛恨のつぶやき。悲鳴よりも切実に聞こえるその小さな訴えに、鳥肌が走る。
 振り返るとそこには、ぶるぶる震える右手中指を押さえた不吉の出席番号13番氏が立ちつくしていた。顔は、痛苦と悔恨にゆがんでいる。彼が押さえる指先は、ありえない方向に曲がっていた。慄然とする作業場。
ー事故・・・!?ー
 オオアリクイの野太い足もとが、みるみるうちに血の池になっていく。コテをつくろうと電動丸ノコで木材を切っていた彼は、ふとした拍子で木の節を回転にはじかれ、凶暴な鉄刃に中指から人差し指、親指をなでられたのだった。肉束はえぐられ、中指の先の関節が真横90度に折れ曲がっている。
「大変だ!また代々木くんがやっちまったぞ。看護士さん~!」
 代々木くんは顔面蒼白で、巨体をよじって苦しむ。幸いなことにクラスには医療現場の経験者が何人かいたので、すぐに応急処置で止血をした。クラス中で連携し、救急車を手配する。あっという間にサイレン音が作業棟に横づけされ、ストレッチャーが飛びこんできた。
 しかしケガ人がそこに寝かされた途端、はじまったのは、なんと記念撮影会だった。
「絶好のシャッターチャンスだ・・・俺を・・・俺を撮ってくれ・・・」
 それは驚くべきことに、バカ張本人の要望だ。代々木くんは真っ青な顔でうめきながら、カメラポジションを指定する。
「アップも・・・たのむ・・・」「きみはロングで・・・」「サイドからも・・・そう!そのアングル」「いいねいいね。はい、チーズ・・・イテテ」
 なんという剛胆。携帯カメラの砲列にとり囲まれ、まるでファッションモデルだ。
「救急隊員さん、いっしょに入って・・・」
 白衣の男たちにかこまれ、曲がった指でピースサイン。タフな男だ。彼はケガ慣れしすぎてしまったようだ。しかし土気色の顔に余裕の笑みはない。こうしてさんざん遊んだ末に、オオアリクイは生け捕りにされた。白塗りのオリに閉じこめられ、けたたましいサイレン音とともに連れ去られる。現場には騒然とした空気と血だまりだけが残った。

東京都練馬区・陶芸教室/森魚工房 in 大泉学園

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