陶芸みち

陶芸のド素人が、その世界に足を踏み入れ、成長していく過程を描いた私小説です。

その186・卒業試験

2010-07-25 07:00:46 | 日記
 職業訓練校にも卒業試験がある。留年などありえないので(「卒業まかりならん」と言われれば、だれもが嬉々として学校に居残ることだろう)、卒業への関門というわけではない。ただ、今までにつちかった能力を試す場として、このトライアルは存在する。形式的には「記録会」だ。だからこそ、この場でライバルたちの後塵を拝することは許されない。
「半日の間に、切っ立ち湯呑みを挽けるだけ挽く」
 試験の課題が発表されると、クラスにどよめきが走った。入校して最初のろくろ訓練で教わった、あの切っ立ち湯呑み!なるほど、これなら各人の成長度があからさまにわかるというわけだ。目標ラインは70個。形状の均一性の審査と、抽出検品による厚みの確認(完成品の中から無作為に選ばれた一個がまっぷたつに割かれる)も行われる。ガチンコ勝負だ。今まではみんな、いったい自分がどれほどの腕前を身につけ、それはクラス内で何番目にランクされるのか、なんてことは意識したこともなかったはずだ。そういう数値化が不可能な世界なのだから。しかし今回ばかりは、その実力の度合いが突きつけられる。
 プライド高き茶飲み貴族たちもさすがに、事ここに至り、必死で練習をはじめた。それは彼ら彼女らがこの一年間で見せた、いちばん真剣な姿だった。恥をかかないための付け焼き刃というわけか。一方、試験結果に大した意味などないことがわかっている賢人たちは、おかまいなしに徳利なり大ツボなり好き勝手なものを挽きつづけたが。
 試験当日。訓練棟は緊張感につつまれた。
「はじめっ」
 イワトビ先生の号令で、みんないっせいに粘土を取りに走る。試験には菊練りや土殺しなどの準備時間も含まれるので、切っ立ち湯呑み70個を挽くには、一個あたりの成形を2分弱ですませなければならない。手順や、作品の形状の正確さ・シンクロ性など「真の成形能力」に加え、集中力と持続力も試される。

東京都練馬区・陶芸教室/森魚工房 in 大泉学園