陶芸みち

陶芸のド素人が、その世界に足を踏み入れ、成長していく過程を描いた私小説です。

その180・深夜+1

2010-07-16 09:14:48 | 日記
 竹林は暗闇に閉ざされ、あたりは沈黙に支配された。精霊も深い眠りに落ちる時刻。窯の中で熾きがはじけるパチパチという音だけが聞こえる。
 マキが心細くなってきたので、オレは明け方前の仕事に取りかかった。小屋にストックされた丸太を小割りにし、朝からの攻め焚きに備えるのだ。小屋に残っていた最強の大物を引っぱり出した。まずは自分の背丈ほどもあるそいつを輪切りにしたい。だが、この夜ふけにチェーンソーを使うのはさすがに気が引ける。母屋ではみんなが寝静まっているのだ。仕方なく、ノコギリで切りはじめた。
 じこじこじこじこ・・・
 丸太は胴まわりがひとかかえほどもある上に、みっしりと蜜を吸って重く、ノコ刃はなかなか噛み進んでくれない。それでも地道に挽きつづけた。
 じこじこじこじこ・・・
 30分ほどもそんなことをしていたろうか。やっと刃が半分近くまで食いこんだとき、ふと顔を上げると、目の前に神様が立っていた。神様は、よれよれのトレパンにスカスカのセーターという出で立ちで、白い息を吐いていた。
「太陽センセー・・・」
「やっとるの」
 センセーは窯の炉内温度を確認し、手持ち無沙汰に熾きをかき混ぜる。
「すいません、起こしちゃいましたか?」
「ええんじゃ。ちょっくら代わってみい」
 超ビッグサイズの丸太を見て、血が騒いだようだ。センセーは弟子の手からノコギリを奪い取る。ところがそれを一瞥すると、ポイと投げ捨てた。
「こんなもんじゃ焦れったいわ。オノでたたっ切ったらー」
 そう言うが早いか、両手のひらにペッペッとツバし、巨大オノをむんずとつかんだ。そのまま振りかぶって叩き落とす。丸太の切り口を見て、一撃でまっぷたつにできると考えたのだろう。
 ところがその一撃は、「ゴツンッ」と鈍い音を残して、小さな木っ端を散らせただけだった。刃は幹の表皮に食いこむが、まっぷたつとはいかない。オノはマキをたてに割るには便利だが、輪切りに切断しようとするとホネなのだ。しかしセンセーはかまわず、第二打、三打を叩きこんだ。
「こんなろー・・・」
 頭上で気をため、渾身の力で振り下ろす。が、丸太も弾んだりしなったりして、その強烈な打撃にあらがった。それでも打ちこみつづける。
 がんっ、ごんっ、ばかんっ・・・
 激しい音が山向こうにまでこだまする。チェーンソーを使えばもう少し静かに事が運ぶのだが、今さらそんなことは言いだせない。
 齢七十七。センセーは曲がった腰をめいっぱいに伸ばしてオノをかかげ、コロコロ小柄なからだの満身で丸太と闘った。つるつるの額に汗がにじむ。側頭部にわずかに残るほわほわの毛が逆立つ。

東京都練馬区・陶芸教室/森魚工房 in 大泉学園