小田井宿の深い谷を挟んだ東側に小田井城跡があります 。今は、高原野菜の畑と なっていますが、広さはおよそ 20ヘクタール。空堀の跡が所々に残っています。入り口は W の形をした堀で、三方は、田切と呼ばれる U 字溝のような 深い谷で囲まれており、堅固なお城でした。
武田信玄の再三の降伏勧告に応じなかった城主 小田井又六郎 でしたが、1543(天文12)年暮れ信玄と正月休戦に合意し、年越しの準備を . . . 本文を読む
7月11日(木)曇り五郎兵衛用水の学習会をいたしました。厚く雲が垂れ込める梅雨空でしたが、雨は何とか持ちこたえ、佐久歴史の道案内人の会の坂田先生のご案内をいただき、楽しみながら散策ができました。(大池:ため池でここの水で、約100haの水田に配水されます。)(上原大盤台の脇にある案内板)<散策ルート>真親神社→関所破りの桜→五郎兵衛墓所→大池→上原大盤台&r . . . 本文を読む
6/13(木)晴れ追分宿郷土館→追分宿→分去れ周辺(昼食)―<戻り)―油屋(休憩)→堀辰雄文学記念館→駐車場浅間根腰三宿(軽井沢・沓掛・追分)のひとつ。江戸から20番目の宿場で、北國街道と中山道の分岐点で交通の要衝でした。江戸時代に入り、貞享[じょうきょう]年間(1684~1688)の記録には、旅籠71軒、茶屋18軒、商店28軒、他5軒と参勤交代や善光寺参り . . . 本文を読む
2019/5/4(土)晴れ富士見城址(小諸の西部の飯綱山)富士見城の築城は、1500年代前半ごろだといわれています。大井氏が滋野氏へのけん制、対抗のために設けられたとする説と、武田信玄が天文年間(1532年~1554年)に佐久地方へ進出した際に拠点である鍋蓋城(小諸城の前身)の支城として整備したという説もあります。 いずれも、なるほど思います。 その後は北条、上杉、徳川氏に割って入った真田氏にとっ . . . 本文を読む
2019/4/17(水)晴れ時々曇り日本に2つの星型の城、一つは函館、もう一つがここです。築城は、田野口藩藩主松平乗謨(のりたか)により、1864(元治元)年に田野口藩新陣屋として着工し1867(慶応3)年に竣工。松平乗謨は、後の大給恒(おぎゅうゆずる)と名乗り、日本赤十字社の設立に貢献した。田口城五稜郭は、フランスのボーヴァン将軍が考案した城を参考にしたものとされるといわれる。総面積2万175坪 . . . 本文を読む
Top写真<発地の石仏群>実施日 2018/12/6(木)曇り 参加者11名
軽井沢町追分宿から東側の「借宿」にある女街道入口の案内看板には、・・・江戸時代には「入り鉄砲」「出女」といって当時恐れられていた武器鉄砲の動きや江戸屋敷に住ませていた諸大名の奥方は人質的意義をもっていたので女人の出入り厳重に取り締まった。したがって女人は関所をさけて裏街道を通るようになった。これを女街道、または姫街 . . . 本文を読む
2019/1~2月 4回連続講座「佐久・中山道歴史セミナー」 が終了いたしました。<開催概要>→ 開催日:①1/24(木)、②1/31(木)、③2/14(木)、④2/28(木)→ 開催時刻:毎回10:00~12:00 受付9:30より→参加費:1,000円(フルカラー172Pのテキスト「中山道佐久の道」代を含む。) 4回すべて受講されても、1回でも同一料金 . . . 本文を読む
佐久、甲斐から駿河につながる佐久甲州街道、海ノ口宿~平沢宿を歩く(その2)野辺山~平沢宿へ2018/10/11 曇り道、道標、石造物(道祖神、庚申塚、馬頭尊など)、旧家、大木、神社仏閣などの目印を手掛かりに、街道をたどりました。<TOP映像>平沢峠Map(野辺山~平沢宿)三軒屋跡 1832(天保3)年、板橋から2軒、平沢から1軒移住。井戸跡が3つ残る。これらのお助け小屋は二人扶持であった . . . 本文を読む
佐久、甲斐から駿河につながる佐久甲州街道、海ノ口宿~平沢宿を歩く(その1)海ノ口宿から板橋へ2018/10/11 曇り道、道標、石造物(道祖神、庚申塚、馬頭尊など)、旧家、大木、神社仏閣などの目印を手掛かりに、街道をたどりました。<TOP映像>馬の水飲み石鉢Map1 湊神社~板橋湊神社 信玄の宿営地とされる場所。1500年代後半まで海ノ口村があった。その後、度重なる洪水で2回移転し、南側の山すそに . . . 本文を読む
11/29(木)晴れ長野県史跡「平賀氏城跡」佐久市平賀の大林寺付近から平賀城跡のある山往復で、1時間程度の道のりです。実際は、説明を聞きながら約2時間の山歩きです。枯葉が敷きつめられた山道を行く。このあたりが、三ノ郭まもなく、本城(山頂)です。<蛇足説明>平賀氏が代々引き継いだ山城。築城時期は不詳であるが、平安末期に源義清の弟、盛義が平賀氏を称し、その子、義信が築いたと伝えられる。その後、1400 . . . 本文を読む
11月17日(土)10:00~12:00 晴れ一般参加者38名
<トップ映像>武重本家酒造付近から、大澤酒造方面に向かう登り坂
ツアールート茂田井学校跡(公民館)駐車場→諏訪神社→無量寺→<新道(バス道)>→茂田井間の宿京方入り口→一里塚→石割坂→上組高札場→<宿内散策>→馬頭観音→大澤 . . . 本文を読む
2018/10/22(月)晴れ中山道・落合宿近くにある自然石の巨岩を利用した石垣が魅力的な山城、国指定史跡「苗木城跡」。苗木藩遠山氏は、1万石で唯一、城を持った藩主である。1520年代に遠山氏は、武田と織田の双方との関係を持ちながら、争いを避け家系を継続してきた。その後、豊臣家に城を追われたが、再び城を奪還し、遠山氏は明治=1871(明治4)年に至るまで、この地を治めた。面白いのは、明治になり「廃 . . . 本文を読む
東信州中山道連絡協議会主催のウォーキングツアーの準備のため、9/27(木)、10/15(月)。10/18(木)の3回のトレーニングについての総まとめ。コース百沢石仏→→牧布施道標一里塚→瓜生坂石碑「百万遍供養塔」→林中の昔道(石仏)→長坂の石仏群→大応院(当山派真言宗修験寺)→長坂橋→枡形→ばん龍窟&rarr . . . 本文を読む
2018/10/1 晴れ江戸時代以前の小田井道を歩いた。岩村田周辺には11寺があったとされる。黒岩城に対し、上の城のあたりは城主交代後の隠居のための城(住居)とされている常木用水に沿った道路に入る。入り口のあたりは小田井道ではなく新しい道で、小田井道は団地の中央付近のようです。ポプラの高い木が王城公園。<今回のコースMap>「相生町南」信号から、猿久保に向かう場所は八日町といい市がたったとされる。 . . . 本文を読む
◆トレーニングツアー 2018.8.23(土)10:00~13:30 晴れ。<コース>八幡神社・高良社⇒常泉寺⇒常泉寺参道~正門⇒東桝形⇒八幡神社前⇒本陣/脇本陣⇒富岡街道分岐⇒(盗人道)⇒本町公会場(学習会・昼食)
◆宿場ガイドツアー 2018.9.15(土)10:00~12:30 雨。朝からの強い雨にも関わらず、 . . . 本文を読む