TOY-TORCHA

59歳お父ちゃんの「つまらなくって、何の役にも立たない」と大評判の馬鹿まる出しブログ。

石丸伸二さんのこと

2024-07-10 00:00:28 | 日記
半年前まで群馬の実家で暮らしていた
とうちゃんは、Youtubeにあがる
安芸高田市の市長石丸伸二の活躍を、
連続ドラマのような感覚で眺めていました。

主人公石丸伸二を応援し続けた人にとって
今回の選挙は、物語のクライマックスであり、
投票という形でそこに参加できることは、
稀有な喜びの体験だったはずです。

「だったはず」と、ちょっと、突き放したよう
な書き方になったのは、その気持ちは
じゅうぶん理解できるものの、とうちゃんに
とってはちょっと事情が違ったからです。

どう違うのかという説明の前に、ちょっと
わき道にそれた話を書きます。

ここ最近、マスメディアに取り上げられる機会の
増えた石丸さんが、あちこちから叩かれている
という話です。

市長時代からマスコミのあり方に批判をし続けて
いた石丸さんらしい振る舞いなのですが、
マスメディアのレポーターが発する、おざなりで
意味のない質問に対し抵抗感を表したり、
自らの優れた論客ぶりを発揮しようとした
コメンテーターとの不毛な争いなどに、不遜な
態度だとかパワハラだとかの評価が下された
という事のようです。

そして、そんな報道番組の切り抜き動画なんかを
見て、「ああ、石丸ってのは嫌なやつだな」と、
短絡的な判断を下すおっちょこちょいも現れました。

「憲法九条 うんたらかんたらぁ!!
      読んだことないけどぉ!」

「教育勅語けしからん! 読んだことないけどお!」

なんかそいう感じの人いっぱいいるじゃないですか。
まず、古い動画を何本か観てみてほしいんですよ。

市長が賄賂もらってクビになった安芸高田という
田舎町に、生まれ故郷を救う為、エリート
サラリーマンの石丸伸二が東京の会社を辞めて
帰って来るわけですよ。
なんの経験もないまま選挙に立候補して、めでたく
市長になったが喜びは束の間、議会は敵だらけ。
居眠り議員や、クルクルパー議員、集めた税金を
自分のおこづかいのように使いまくるボケ議員
たちをバタバタとやっつけ、考えなしに立てられ
た箱モノをつぶし、行事をつぶし、財政健全化に
向けて四年間格闘し続けながらも、執行部職員を
育て、地域の子供たちに政治への興味を抱かせ、
安芸高田焼というお好み焼きみたいなのを開発
する! というサクセスストーリーなんですよ。

よく、「実績がない」とか言われてましたけど、
そんなコト全くなくて、実績だらけですよ。

だけど、ドラマの主人公ってのはアレやりましたとか、
コレやりましたとか自分からは言わないんですよ。
ヒーローの美学ですね。

恩着せがましい仮面ライダーとか見たくないでしょ?
そういう事です。

そいで、徹底的にクールでドライな人物のように
振る舞うけれども実は国を想い人を想う熱血漢、
というようなキャラ設定なわけですが、日本中の
人がとうちゃんみたいに素晴らしく感度の良い
センサーを持ち、数多ある動画の中から石丸劇場を
見つけ出し、応援できたわけではありません。

まあ、単に仕事や勉強が忙しくてYoutubeなんか
見てる暇なかっただけかもしれませんが、理由は
ともかく、不幸にしてこのドラマを第二シーズン
の都知事立候補編から見始めた人は、そこの
ところがわかってない。

だから、石丸さんという人が、ただただ口が達者な
癇癪持ちに見えるっていう事なんじゃないでしょう
かね。

ご本人も度々おっしゃってますが、かなりの
漫画好きで、演説の中に漫画のセリフを引用したり
してるとこなど見ても、「俺様がヒーロー」的な感覚の
強い人物と思われます。

自分自身で監督、脚本、主演をこなして、売り出し方
までプロデュースしてるヒーローなわけですから、
他の候補者とは差がついて当然。

何人かの候補者の演説なども観てみましたし、
言ってる事には納得も出来ました。ですが、それらは
単なる物知りおじさんだったり、思想家だったり、
活動家だったりの意見であって、政治家のそれではない
ように思えました。

ネットを駆使してゼロから自分を立ち上げて行く戦略的な
行動力、公約は根本的な問題と真正面から取り組んでいる
ものだし、実行力もある。
議会と揉めてばかりのサイコパスにも見えますが、市役所
の人達や市民とはとてもうまく付き合っています。
あとは、自らマスコミに売り込んでいける、
なりふり構わなさがあれば小池なんか目じゃなかったはず。

そう思うとつくづく、マスコミの馬鹿さ加減が残念で
なりません。

で、最初に書きかけた「事情が違った」っていう部分。
ここまで持ち上げといてなんなんですが、
とうちゃんは、一から十まで大賛成って言うわけでは
なかったんですよ。

市長時代の恫喝事件ていうのがあって、バズらせるため
ネタ作りだったんじゃないかと思うんですけど、
かなりきわどい事をやらかしてるんですね。

みんなが喜んでながめてたジジババ議員をやり込める動画も、
視聴者自身の、いじめを傍観するような、なんならいじめ
に参加するような快感を刺激してたと思うんですよ。

とうちゃんは、いじめってのは集団の質を向上させる為の
合理的な行動である、とも考えているので、いじめられる
側に原因があるならそれを無視していては、いじめられ損
だと思うんですね。
だから議員たちの反省の無さには呆れてたんですけど、
同時に、いじめをエンタメ化してるような危うさも「好き」
ではないわけですよ。

で、このあたりのコトに無自覚な人は妄信的石丸信者となり、
解ってる人は、とうちゃんや、小平次さのような、冷静な
応援団になる。
先日、田舎の同級生と電話で話したんですけど、
彼は、冷静なアンチでしたね。
「そんなもん宗教だ」と言ってました。

確かにそのとおりなんですが、人の世を統べるモノには、
神がかり的な要素が必要なんじゃないかと思うんですよ。
(理想的な物語、幻想を共有するという様な意味で
 言ってるだけですよ、天皇がいる国でよかった、みたいな事です)

合理性の枠からはみ出してるのが人間だからです。

石丸さんの熱に浮かされた人達が、意識的で積極的な
有権者となって、国を作り変えて行く。
そういうことをさせる「触媒」としての力を持って
いるのが石丸さんという人なんです。

ちょっと変わり者の天才っているじゃないですか、
ああいうタイプだから好き嫌いがわかれるのは
仕方がないと思っています。
けれど、よく知らないうちに嫌いになっちゃうには
もったいない人物なのではないでしょうか。


コメント (2)
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