もっとも、原作はアメリカじゃ記録的なベストセラーであり、ほとんどのアメリカ人が内容を知っているそうだ。なのでこの映画を観ても驚かないだろうけど、ほとんど予備知識を持たない日本人は思いっきり面食らうじゃないだろうか。僕はビックリしちゃいました。
気がかりなのは、この映画を「泣けるラブストーリー」だと思って観に行くカップルがいるんじゃないか、ってこと。なんせ、サブタイトルが「燃え尽きるまで」で、宣伝コピーが「それは――誰もが逃れられない<運命の愛>」である。逆境の中でも愛を貫いたカップルの物語、なんて思い込んじゃう人もいるんじゃない? もしくは、過酷な運命に弄ばれながらも愛を育んでいく夫婦の物語、とか。
もう公開から3週間近く過ぎたので今さら言っても遅いかもしれないが(というか、この弱小ブログで言っても影響力は乏しいだろうが)、やはり書いておこう。くれぐれも恋人同士で観るべからず! これは、図らずも男の価値観を露呈させてしまう『マッチポイント』以上に、結婚前のカップルが一緒に観ちゃいけない映画なのだ。
誤解のないように書いておくが、出来が悪いわけじゃない。むしろ、ものすごく上手く作ってあると思う。上手すぎて「虚構」のワクを超えてしまっているから、余計に気分が重くなる。そういう映画である。
※お気に入り度→★★★★☆
※公式サイト→http://www.r-road.jp/
一組の夫婦の物語である。美男美女であり、ご近所さんからも一目置かれる「特別な存在」だ。子供は二人おり、順調に育っている。夫はそれなりに大きな会社に勤め、妻は専業主婦。郊外の瀟洒な家に住み、もちろん自家用車も持っている。時は1950年代。当時の日本人からすれば、夢のように理想的な「アメリカの家庭」である。
しかし、傍目には幸せそうに見える夫婦は、実は満たされない想いで日々を過ごしている。特別な存在であるはずなのに平凡な暮らしに甘んじている自分に、どこか不甲斐なさを感じてもいる。それでも、夫には「会社の女の子に手を出す」という捌け口があるのだが、女優になるという夢を断念した妻は家の中で鬱屈した気持ちを募らせていく。そして、ある日、夫に提案するのだ。「パリで暮らそう」と。
夫も同意するが、直後に上司から昇進の話を切り出され、迷う。そりゃ迷うでしょ。そもそも、この男には「やりたいこと」など何もないのだ。妻から「私が働くから、やりたいことを探して」と言われて同意したものの、おそらくパリに行って自由な時間を過ごしても何も見つからないだろう。それが分かっているから昇進の誘いを断らない。
しばらくして、夫にとって都合の良い出来事が起こる。妻が妊娠したのだ。それでも妻はパリに行くつもりだったが、結局は思いとどまる。退屈だが平穏な日々が、再び始まると思えた。しかし、二人の間に生まれた亀裂は取り返しがつかないほど深くなっており、もはや埋めることは不可能だった。そして、やがて妻の「決意」が起こした出来事により、二人は最悪の結末を迎えることになる――。
普通の映画で描かれることの多くは「絵空事」なのだが、この映画はまるで「事実」そのまんまだ。あまりにも生々しい。日本で実際に起きたことをアメリカで映画化しました、なんて言われても信じてしまうかもしれない。そう、1950年代のアメリカを舞台にした物語でありながら、ものすごく日本的な内容でもあるのだ。今より少し前、「終身雇用」や「専業主婦」が当たり前だった日本で起きた出来事のように思えてしまう。もしくは「自分探し」という言葉が流行った頃か。
夫は顔立ちが整っていて仕事もそれなりにできるが、実は薄っぺらな人間だ。しかし、それを他人事だと思える男がどれくらいいるだろう。見ていて嫌な気分になるとすれば、それは「自分と共通する部分」を見つけてしまうからだろう。物わかりが良いふりをして実は高圧的。周囲の者たちを見下し、心の中では常に自分が一番だと思っている。いや、思いたがっている。世の中の男の典型、と言っていいんじゃないだろうか。僕にとっては、とても他人とは思えない。
妻の方は夫よりも行動力があり、思い込みも激しい。なんせ、知り合いがまったくいない街で新しい暮らしを始めようとするのだ。それが実現していたら、この夫婦はどうなっていたのだろうか。ねじれた人間同士の関係を単純に「加害者と被害者」に分けるのは不可能だが、この二人の間では、より多くの「被害」を被ったのは妻の方だろう。しかし、それが普遍的な夫婦の姿である……ような気もする。まあ、偉そうなことは言えません。
レオナルド・ディカプリオとケイト・ウィンスレットは、充分すぎるほど好演している。あまりに好演しているので、「コイツら、素のままじゃねえ?」と思えてしまうほどだ。好感度が下がらないか心配。余計なお世話?
あと、精神を病んでいて「真実」をズケズケと言ってしまう、という男を演じたマイケル・シャノンがスゴい。実際ああいうヤツが近くにいたら、すげー忌々しいだろうなぁ、と思っちまった。
ラストの皮肉が効いている。登場するのは、不動産業を営む女。かつて主人公たちに家を紹介した彼女は、以前は散々褒めそやしていた二人についての悪評を口にする。すると、傍らで聞いていた夫は、補聴器のスイッチを切るのだ。そう、まるで「耳を塞ぐことが夫婦生活を長持ちさせるコツ」と言わんばかりに。うーん、辛辣。
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