ほばーりんぐ・とと

ただの着物好きとんぼ、ウンチク・ズッコケ・着付けにコーデ、
あちこち飛んで勝手な思いを綴っています。

着物と「手」

2014-12-06 23:26:32 | 着物・古布

 

「着物と手」ってナニ…すんません、わかりにくくて…。

要するに「見え方」です。着物で写真を撮るときなど、どんなポーズでしょうか。

トップ写真は「若き日の高田美和」さんです。

 

洋服に慣れていると、洋装で写真に撮られたときどうなるかというのを経験上知っているので、

無意識にポーズをとります。もちろんケース・バイ・ケースではありますが、

リラックスして撮ってもらうときは、ほとんど「きをつけ」の姿勢なんてないでしょう。

それなのに、着物になると、まっすぐ立って、両手で持ったバッグを、前で提げる…なんて、

味も素っ気もないカッコになってたりしますね。着物って、実は「手のやり場に困る衣服」です。

着物本のモデルさんみたいにしたらものすごーく「不自然」ですしね。

 

やっと「手」のお話ですが、着物の時の手は、小さく見せる方がいい…というのは、

江戸時代から言われていること…らしいです。

着物を着る人は、なんとなーくカンで知っていると思います。にょっきり出さない…ですね。

写真を撮るときは特に…です。 

昨日の本の表紙写真をもう一度出します。若き日の司葉子さんですね。

これ、とても象徴的な写真なんですが、膝の上に置いている右手と、下についている左手、

手首の見える「分量」が違いますね。これは着物のカタチ上の特徴です。

 

          

 

洋服の場合の「長袖の袖丈」は、まず肩幅をはかり、その肩の「ここから袖がつくわよ」というところから

手を「体側に添わせて下げた状態」で、手首までを計って「袖の長さ」とします。

着物は、袖丈というと「袂の長さ」です。袖がどのへんまでくるか…というのは「裄」です。

手首までの長さは、首の真後ろ中心から「腕を水平に伸ばして」

その状態での手首までの長さ、のことで、これが「裄丈」になります。肩幅と袖幅を足したもの、です。

これで仕立てますから、実際に着用すると、着物は肩の丸みで寸法をとられ、少し持ち上がりますから

実際には手首は測った時のようには隠れません。

それが上の写真の「左手」です。写真はまぁお辞儀のしかかりみたいなポーズですので、

なおさら手が前に伸びているわけですが、原理としてお分かりかと思います。

同じ着物なのに、右手は手首が少し隠れています。袂というものが洋服と違って広いですから、

その中で肘が曲がっているからですね。

洋服は袖の長さが決まっていますから、手をぐっと曲げたら肘側に引っ張られます。

着物は袖のなかが広いので、その中で腕を動かすことで、袖口から先の手の出方を変えることができます。

 

風俗や人物を描いた絵を見ると「そのころの、美しいと言われるポイント」がわかります。

例えば平安美人は、しもぶくれ、ひき目、鉤鼻ですが、江戸時代は、瓜ざね、目細く、口元小さく…。

浮世絵の女の人の口なんて、ほんとにあんなに小さかったら、

湯豆腐も「さいの目切り」にしなきゃ、はいりませんて。

裸体の浮世絵(湯屋の絵など)では、女性はみんな胸は小さ目、胴のくびれはなく胴長、

そして一様に、手足の先が細く小さい…です。肘くらいまではふつうなのに、そこから急に細くなって

手はとてもちいさく華奢に描かれています。おなかにメリハリがないのは、

着物をきれいに着るためには「くびれなし、胴長」が「柳腰」と言われて褒められたからです。

 

日本の絵画では、写実とか遠近、陰影、と言ったことでは、西洋美術とは全く違いました。

元々「肖像画」の分野でも、陰影をつけない平面的な絵なので、特徴を強調することに、

ポイントが置かれているわけです。

浮世絵には「美人画」という分野があって、様々な女性が描かれていますが、

実はみんなおんなじカオをしています。「高島屋おひさ」とか「難波屋おきた」とか、

そう書いてあるからその人なのだとわかるという、今の時代ではマカフシギな肖像画です。

実は、写真のなかった時代、どんなに有名であっても、顔がわからないなんて当たり前でした。

だってそこまで行って会わなきゃ、見ることがないんですから。

赤穂浪士の討ち入りも、身分の高い吉良上野は、誰もその顔をしらなかった…

なので、唯一会ったことのある人の記憶と、亡き主君がつけた「額の傷」が頼りだったんですね。

美人画も、似ているかどうか、ではなく「こういう美人画に描かれるほどの美しい人がいるよ」ということが、

宣伝になったわけです。だから実は「カオ」は「キレイ」という程度で、髪型や簪、着ているもの、持ち物、

そういうところをそれはそれは鮮やかに丁寧に、その人を表すようにと描いたわけです。

そして一様に、手や足は細くて小さい…です。それが美人の条件だったわけですね。

(ただし、浮世絵も歴史が長いので、いろいろ変遷はあります)

 

さて、そんなわけで、当時の美しさのポイントとして「手は小さいこと」というのがあり、

絵ではしっかり「小さ目」に描かれているわけです。

有名な「ビードロを吹く女」、顔に比べて手首細いし手はちいさいでしょ。

 

        

 

明治になると…写真というものが出てきました。

当時の着物姿の写真を見ると、袖の中に手をすっかり隠している写真を多く見ます。

諸説ありまして、当時は「写真を撮られると、魂が抜かれる」なんてことも言われていまして、

手を出していることも、着物はほかに出ているところがありませんから、

そこから魂が抜けるとか、悪いものが入り込むとか、そんなことも言われたようです。

そしてもう一つ、普通に着物を着てそのまま袖から手を出すと、

モノクロ時代の写真は他が黒っぽいので、白い手は膨張して大きく見えてしまうから…。

女性はそれを嫌ったという説があります。

 

舞妓さんや芸妓さんのいわゆる「白塗り」は、かつて蝋燭や行燈くらいしか、明かりがなかった時代、

たとえ大きな料亭などで、百目蝋燭を何本もたてたとしても、今のような天井から

全体を照らす明かりとは比べ物になりません。その中で、美しいカオを目立たせ、

アピールするためには「白塗り」が効果的であり、そのためメイクも、眉ははっきり黒、

目元口元は紅…というメリハリメイクがよかったわけです。

顔が白塗りなのに、手はそのまま、では、あまりに色が違いすぎますから、

手も塗りましたけれど、今は手は塗らない、という場合もあるようです。

今は明るいうえ、元々が手は小さいほうがいいですし、手が白いと写真を撮るときにはそこだけ膨張します。

なので、舞妓さんたちが写真を撮られるときは、できるだけ手を隠す…とやっているそうです。

 

今の時代、手の大きさなんて昔ほどには気にしないと思いますが、

だからといって、手首からにょっきり…というのは、なんともバランスが悪く見えます。

ちょっと本から抜いてみました。左の女性、にょっきりに近いですね。

 

        

 

次によくある前で手を組む。同じような角度の写真を並べて見ました。

手(指)の組み方も、いろいろあるものですね。

 

 

もちろん、こういう本の中の着物は、必ずしもモデルさんの「マイサイズ」ではないでしょうから、

見え方も違うはずですが、長めに出ているよりは、あまり出ていないほうが見た目がいい気がしませんか。

もちろん、こういう手の長さは、裾の長さや衿抜きと同じで、礼装の時は…とか、紬の時は…など、

着物の種類や色柄でも、目だったり目だたなかったりします。

ただ、全体の姿を見たとき、手がどれだけ出ているかを意識すると、

改めて「出過ぎている」と感じることがあるのは、お分かりかと思います。

「手は小さいほうが着物姿ではバランスがいい」…ので、写真の時は「手を小さく見せる工夫をする」

そんなことを、カメラマンが書いていたと思います。

写真を撮るとき、ちょっと気を付けて見るといいと思います。

(と、いつも私は自分のことを棚の上の方にあげて、書いております。まず自分から…やんかぁもぉ)

 

着物を着たらつり革につかまらない、着物をきたら「ここだよー」と手を挙げて振らない、

そんなことを言われます。それはとりもなおさず「手、にょっきり」は、

和服ではあんまり見栄えがよくないよ…ということなんですね。

最期に最悪の見本…2010年の写真です。もともといただきものの着物で、ちと裄が短いかな…

だったのですが、そのころはまだ痩せてて…久しぶりに着たら、

でっぷり肉のついた肩や背中にとられましてねぇ…にょっきりどころじゃござんせん。

裄の足りない着物のキツキツ感、(実は当然のように身巾もなのですが)お分かりいただけるかと。

 

        


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4 コメント

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悩ましき着物と手 (みやこ忘れ)
2014-12-07 09:43:47
今日のとんぼさんのテーマは、常々困っていたことで…
身体の割に腕が長くて、手が目立つ…

そんな状態でお点前をすると、袖口から手首がにょきっ!手がどんっ!と出て、優雅さに欠ける…

せめて裄丈を長めにして、にょきっ!と出るのだけなんとかしようと思うのですが…

ついつい洋服の袖丈感覚で裄丈を思ってしまうせいでしょうか?
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Unknown (古布遊び)
2014-12-08 09:41:44
実は私は裄ってどうもよくわからないでいます。

若いころ作った着物は今の感じから比べると、かなり短いように感じるんですよねえ~
まあ、自分が太ったという事もあるのですが、感覚的に今はかなり長めの方がしっくりくるような感じがします。これって洋服の影響かなあとも思うのですが。。。

手の大きさということはあまり考えませんでしたが、なるほどなあと感心しました。
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Unknown (とんぼ)
2014-12-08 12:49:10
みやこ忘れ様

腕の長さって、ほんとに個人差がありますよね。
私とそして変わらない体格なのに、
裄は私より5センチくらい長い人もいます。
元々「女並」のサイズってのがありますが、
今はそれが通用しない時代なのでしょうね。
お察しいたしますー。
返信する
Unknown (とんぼ)
2014-12-08 12:52:07
古布遊び様

時代で裄も変わっていますが、
呉服屋の奥さんが「今はやたら長くする人が
けっこういる」と言っていました。
洋服の感覚もおおいに関係しているのでしょうね。
礼装は長めの方がいいですが、紬などが
余り長いと、野暮ったく見えます。
こういう感覚も、私の年代だからなのかもしれません。
難しいことですわ。
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